青春

「おい、お前。おれと漫才やらんか⁉︎」
と、僕の肩を掴み必死の形相で訴えてくる男は何処に目をつけているのだろう。僕のこの冷めた目を見て何で諦めないのか。
「嫌だと二ヶ月前から言ってますよね?今、七月ですよ?いつになったら諦めるんですか?」
「諦める…そうやな。お前が諦めた時、俺も諦める、やな!」
そう言うと、親指を突き立てて照れながら笑った。
「めでたい性格ですね。警察呼びますよ、このストーカー」
「いつもながら、きれっきれやな!ほんま ツッコミとして俺の相方に
「お断りします」
厳しいなー!」

あっはっはっは と何処に笑う場所があったのか分からないが豪快に笑うストーカー、この人の名前は池賀 太一郎(いけが たいちろう)という。僕より一つ上の教育学部三回生の生徒だ。自己中心的で真っ直ぐな性格は大学内でも知られており、どちらの意味でも知らない人は居ない有名人である。それに比べて僕は、特にやることも見つかっておらずパッとしない根暗な男で、友達と呼べる人も必要としてくれる人も無く……とりあえず、そんな男なのだ。名前を智畑 宝(ちはた たから)と言う。

「もう、良いですか?次、授業がありますから」
僕はこの後、後悔する。そう思ったのは遅かったのか、適当な事を言って終わらしたい気持ちが全面に出てしまったのか。頬をパンパンに膨らませて池賀先輩は手を腰に当ててお尻を突き上げて、きっと女の子がすれば一般的に可愛いと呼ばれるポーズをとった。
「もぉ〜う!キレちゃうんだからね!」
……無言、無言を貫こう。何かを言ったら、僕の負けになる気がした。
池賀先輩は黙ったままそのポーズで停止、僕は先輩を凝視しながらも沈黙を守る。
今思えば、寝不足がたたったのだろう。しかし、暑い夏の日だ。太陽の下で長時間あのまま居ると、どうなるかぐらい小学生でも分かるのでは無いか。僕らは小学生以下か。

見事に倒れた。



『……もう、夏にあんな事しちゃダメよ?今回は近くを通りかかった青木(あおき)先生がここまで連れて来てくださったから、良かったけど……』
『……すみません、村元(むらもと)先生。何か、引けなくなってしまって……』

カーテンを隔てて先輩の寝息が聞こえる。
あの後、道で倒れていた僕と先輩を授業に向かって歩いていた青木先生が見つけ、保健室まで運んでくださったらしい。僕が目を覚ました時には既に授業が始まっており、少し絶望感を味わいながらも諦めた。
「智畑君は池賀君と漫才師になるのかしら?」
「はあ。そうですね……。って、あれ?村元先生今、何て言いました?」
保健室の机を挟んで向き合って、村元先生が出してくださった氷の入った冷たいお茶を話半分聞き流しながら飲んでいた時だった。村元先生は笑顔で繰り返す。
「智畑君は池賀君と漫才師になるのかしら?」
そう言うと、先生はゆっくりお茶を飲んだ。対する僕は困惑の感情を隠す様にお茶を静かに置いて、
「ならないんじゃ……ないですかね。漫才師に興味ありませんし」
と言った。
「あら、そうなの?池賀君、あんなに楽しそうなのに」
「……」
確かに、池賀先輩は楽しそうだ。
「でも……」
僕は自分の手を見つめながら呟いた。
「僕は、楽しく無い……ですから」
「そっか」
それなら仕方ないね、と先生は少し微笑み、カーテンの向こうでまだ寝ている池賀先輩の方に目を移した。
「池賀君はね、少し前までよく保健室に来る子だったのよ。貴方に出会うまでは」
「え?」
そう先生は言うと、閉まっていた窓を開けた。外はまだ四時半を過ぎた頃もあってか、鬱陶しい暑さと鳴き始めた蝉の合唱が夏の始まりを告げている。先生はゆっくりと伸びをすると、服の裾を持ってパタパタと風を送っていた。しかし、やはり暑かったのか、残念そうな顔で窓を再び閉めた。
「……、先生」
「暑いわ。私、あんまりクーラーって好きじゃないのだけど、これじゃあ仕方ないわね」
苦笑いを浮かべながら、団扇を手にしている。
「先生。出来れば、さっきの話の続きを聞きたいんですが」
まさか、自分から聞く事になるとは思いもしなかった。だが、あそこで切られると気になるのは仕方ない。と、思う。
「そんな大層な話じゃないのだけど……。楽しくなかったんですって、大学が」
「……は?」
突然切り出された話について行けない。あの池賀先輩が、誰よりも大学という場所を楽しんでいるだろうあの先輩が、楽しくないとほざいていたのか。
「そんな風には、見えないですけど……」
「そうよねー?私もそう思ったわ。だって、それまでも楽しそうに大学生活をしている話を毎日、聞いていたから……」
でも、と少し間を置いて続ける。先生の表情は困った様な笑顔だった。
「やりたい事はある。けれど、本気で楽しんでくれる様な相手が見つからん、ってね」
そう言うと先生は、静かな声で僕に問う。
「本当に、智畑君は今を楽しめてないのかしら?」
「……」
僕は答えに戸惑った。

「おーい‼︎そこの勉強一筋って顔してるお兄さーん。止まれや」
初めて声をかけられた時、『これが都会のヤンキーか!』とビビッたものだ。脅し文句としか聞こえない、親しみを感じさせない声のトーンで呼び止められた。最後の止まれやはいらないだろうと思いながら、恐る恐る振り向いてみると素敵な笑顔の池賀先輩がいた。もう、満面の笑みだ。そんなのが、まるでゴジラの様に周りにいる人たちを押しのけながらやって来た。
「……ぇーっと、僕に何か用ですか?」
「おう!俺と漫才やらんか?」
二言目がこれだった。
「はあ⁈やりませんけど」
「えーー、良いやんけ。やりたい事、まだないんやろ?後悔はさせんから⁉︎」
「や・り・ま・せ・ん」
腕を掴まれ、誰も助けてはくれず、『あぁ、そういえばまだ友達いなかったな……』と悲しい現実を浮き彫りにさせた。勢い良く腕を振り払い、「やりたい事なら、星の数ほどあります!」と叫びながら振り返ると、ドヤ顔で先輩は言った。
「なら、その星の数ほどある中に漫才も入れたるわ」
その日から今日まで、約二ヶ月。ほぼ毎日、一人でいる僕を勧誘してくるのだった。

「あ……れ?ここは、保健室?……授業……っ智畑⁉︎」
そんな声がカーテンの方から聞こえたと思うと、シャッと目の前のカーテンが揺れた。
そして、焦って青くなっている先輩は僕を見て、
「あぁ、智畑……すまん!」
と謝った。
「……今、何時だと思いますか?」
「へ?あぁ、えっと…」
先輩が時計を確認しようと腕を上げた時、
キーン コーン カーン コーン
チャイムが鳴り響く。
すると上げた腕を静かに下げ、先輩は小さい声で呟いた。
「五時限目の終了の合図がなりました」
「そうですね」
そう僕は言い、わざと大きな溜息を吐く。対して、池賀先輩は青くなっていた顔をより青くして静かに床に座りこんだ。そして勢い良く土下座して叫んだ。
「俺が責任を取るから、俺の相方になってくれ‼︎」
「はぃ⁈」
何を言っているんだこの先輩は。まだ言っているのか、この先輩は。と言うか『責任を取るから、俺の相方になってくれ‼︎』がまずおかしいだろ。意味がわからん。

……ただ、あまりの必死さに笑えてくるだよな、この先輩は。

「僕の何処が良いんですか。僕なんて、やりたい事も無くパッとしないし根暗で友達と呼べる人もいませんよ?」
よいしょっと、先輩の目線に合わせて座り理由を聞いた。聞きたくなった、それだけが理由だ。他は無い。
先輩は僕の質問に驚いた様だが、それは一瞬ですぐに真面目な顔になって正座したまま答えた。
「智畑にはたっくさん良いところがあるぞ?まずな、ツッコミが良いタイミングで来るし、面白い。次に良い奴だよな。二ヶ月ほぼ毎日誘ってる俺を無視しねぇし。後は、根暗じゃ無いだろ。頭が良いだけで。友達がいないなら、俺が友達になったら良いし……まぁ、俺で良ければだけどな」
身振り手振りで説明していた先輩は最後の言葉を言うと急に黙り込ん
で、そして手を僕の前に出し「すまん……。俺と智畑は友達じゃ無くて、相方だったな!それでも良いか?」と、本当に真面目な顔で謝った。……。

「良いですよ」

「 おぅ、ありがとう!……えっ、今なんて言ったっ⁉︎」
がっしりと僕の肩を掴み、僕を見つめる目には驚きと不安が混ざっている様に見える。
「だから、良いですよ」
僕はそう答えた。
「本当にか?」
「えぇ、良いですよ」
「ホンマか⁉︎」
「しつこいですね」
「うっ、ホンマか……ありがとうっ、ありがとう‼︎‼︎」
……と、何度も何度も僕の肩を掴みながら、前後に体を激しく揺らす。嬉しさでいっぱいの池賀先輩に対して、僕は肩は痛いし気持ち悪いしで、ため息と共に魂も出ようとしていた。

「池賀君、それ位にしないと智畑君がキツそうよ」
ニコニコと楽しそうに笑う村元先生は何も言えない僕に代わって池賀先輩に声をかけると、先輩は思い出した様に「へ?あっ、すっすまん!」と謝り、肩から手を離した。
「……先生、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言う先生の眼差しは暖かく和やかで、そして楽しそうだった。
キーン コーン カーン コーン……
六時限目の始まるチャイムが鳴り響く。

「じゃあ、行くか!智畑」
先輩は立ち上がり振り向いて大きな手を僕に差し出す。
「これから俺の相方として、隣にいてくれよ!」
宜しくな‼︎と言う、凄く嬉しそうな顔で笑う先輩を見て僕は思う。
これまでとは全く違う世界に飛び込んでしまった。これからどうなるかは分からないが、まぁ……この力強い池賀先輩の手を掴み共に進む道はきっと面白いだろう。
僕は少し、先輩を見てから
「宜しくお願いします」
その手を取ったのだった。





………数年後。
コンビ『青春』は、テレビで観ない日が無い程の売れっ子芸人になるのだが、その話はまた別の機会に……。



ーENDー

青春

読んでくださり、ありがとうございました。
読みづらい箇所も多々あったでしょうが、楽しんでくだされば幸いです。

青春

大学生二人の話です。ただ、大学の話ではありません。先輩が漫才をしようと後輩を誘う話です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-26

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted