ある狙撃手の最期

発作的に書きました。あいも変わらず争いは世界中で絶えず続いているようで、悲しい限りです。そんな悲しみの発作を吐き出すために書きました。

 彼はボルトを操作し薬室へ弾丸を装填した。ライフルのスコープを覗くと8人の男たちが近づいて来るのが目に入った。
 高低差約37メートル、距離約237メートル。
 彼は一つ深呼吸をすると、ピタリと呼吸を止める。指先に少しずつ力を込め絞るように引鉄を引く。スコープの中心は先頭の男、左足の爪先を捕らえていた。
 乾いた音が響くが早いか、銃弾は男の左腿貫いた。男が足を抑えながら倒れるのを眺めながら、次弾を装填する。
 彼はスコープから目を外し、肉眼で標的の方向を観察する。
 慌てて残りの7人が瓦礫の物陰に隠れる様子が目に入った。撃たれた男は何とか這いずり物陰へ逃れようとしている。
 彼は慌てることもなく、スコープを覗くと先程の手順を繰り返す。2発目の銃弾は這いずる男の右の掌に命中する。
 再びスコープから目を外し、確認する。7人に動きはなかった。
 彼はスコープを覗くと引鉄を引く。次は右足の脹脛に命中する。引鉄を引く、左足の脛に命中。
 撃たれた男はどうにか助かろうともがいている。
 彼は3度スコープから目を外す。肉眼で、瀕死の男が蠢く場所を中心に眺める。
 変化なし。
 スコープに目を戻そうとした時、動きがあった。
 撃たれた男の仲間の一人が周囲の静止を振り切り、物陰を飛び出した。俊足で瀕死の男に近寄ると背後から両脇に手を入れると、一目散に物陰目掛けて引き摺り始める。
 しかし、男たちはたった3メートル届かなかった。助けようとした男は瀕死の男を胸に抱えて倒れている。その側頭部に穴が一つ空いていた。むろん彼のやったことだ。
 230数メートル離れた彼の元に、怒号が届く。だが、彼は気にも留めず観察を続ける。他に誰も出て来ないのを確認すると、またしても引鉄を引く。間隔を置いて5度銃弾を打ち込む。その頃には、目標地点から気配は完全に消え屍が2つ残されているだけだった。
 残りの6人は2人の回収をあきらめ、撤退もしくは迂回路を進んだのだろう。
 彼は緊張を僅かに緩め、ゆっくりと瞳を閉じた。

 彼が今のように狙撃兵として、働き始めたのはたったの3ヶ月前である。その2ヶ月前、に彼の国で内戦が勃発した。彼には内戦の原因も、戦いの意義も分からない。
 3ヶ月前までは、内戦をどこか人事のように感じていた。彼の村は辺境であったし、村の暮らしを維持することが精一杯で、政治や村の規模を越えた利権を考える余裕も必要もなかった。
 だが、戦争の天秤が傾き劣勢となった側は辺境部へ潜り込みゲリラ戦法を採り始めた。そんな時、彼の村は爆撃を受けた。彼の村はゲリラの拠点と疑われたのである。
 ゲリラなどただの1人もいなかった。しかし、爆撃した側には疑わしいだけで十分であった。それによって不安の芽が一つ摘めるのならば、真偽など重要ではなかったのだ。
 彼はたまたま、彼を含めた6人で狩りに出ていたので難を逃れた。
 廃墟と化した村を見た彼は、何も考えることができなかった。他の生き残りが復讐だなんだと、半ば自暴自棄に気炎を上げているのもどこか遠い世界の出来事に思えていた。
 1日と8時間ほど過ぎた頃にゲリラのリクルーターが現れた。リクルーターの言葉に彼の仲間は感化され、具体性のなかった復讐は形を持った。彼は、促されるままゲリラに参加し、狩猟のための技術を殺人に使い始めた。
 1人撃ち、2人撃つ。何も感じなかった。猟では感じる高揚感もそこにはなかった。友釣り戦法の行使にも心は痛まない。だが、同時に自分が正しいことをしているという意識もない。
 ただ、不思議なことはあった。
 仲間が撃たれた時の反応は、怒りか嘆きが大半を占める。しかし、立ち止まり呆然と銃を取り落とす者がいた。もちろん、彼はそんなマヌケを見逃すことはせず狙撃した。そのマヌケが胸を撃ち抜かれた瞬間の表情が彼には不思議だった。彼にはその瞬間、マヌケが安堵したように見えたのだ。もちろん、銃弾が身体を通り抜ける際の生理的な反応なのだろう。しかし、彼はそれを安らぎだと感じた。
 無意味に思える戦闘行為の合間合間に、彼の脳裏には何故か狙撃してきた者たちの姿が過ぎる。マヌケの表情が思い浮かぶ。すると彼は、呆然自失としてしまう。
 そして、その症状は遂に起きてはいけない時に起こった。

 目を開くと彼は、完全に包囲されていた。彼が狙撃地点として選んだビルの13階には彼以外に5人前後の人間がいる。物音からそう判断すると、彼はボルトを操作し弾丸を装填した。
 彼を目掛けて一斉に銃口が火を噴く。発砲音と連射速度から敵の武器はアサルトライフルと判明した。
 彼は慌てて物陰に転がり込むが、右足に一発の銃弾を受けていた。これで、彼がこの場を逃れられる可能性はほとんどなくなった。多対一であることに加え、ボルトアクションライフルとアサルトライフル。この距離ではもともと勝ち目は無い。ゆえに敵を全滅させることは不可能。さらに、彼に援軍の可能性はなかった。なぜなら、彼に与えられた命は、ゲリラ本体の撤退の時間稼ぎ及び、可能であるならば、離脱せよというものであったからである。
 彼はそれでも銃を手放さずに応戦する。敵も牽制するように銃撃を繰り返す。だが、強行する様子は無い。じっくり弾切れを待つ構えである。彼は淡々と応戦する。そして、最後の弾を撃とうとした時、背後から殴られた。正面の敵に気を取られている隙に回りこまれていたのだ。
 彼は完全に取り押さえられるまで、銃から手を離すことはなかった。
 銃が手から離れた時、彼の脳裏に狙撃してきた者たちの姿がまた過ぎる。最新の記憶である先程の2人。彼は敵が先程のチームであると気付くが早いか、泣き喚き始めた。記憶は次々に遡って行く。このような状況で捕まった狙撃手に死刑は無い。遡るにつれ彼はますます取り乱す。自身のやってきたことを彼は知っている。その報い。狙撃手の末路は私刑と決まっているのだ。
 記憶はさらに遡り、不思議なマヌケの表情が浮かぶ。彼は恐怖した。彼はマヌケのように安らぎを得ることは叶わぬと恐怖した。
 そうして彼は、死刑場ならぬ私刑場へと引き摺られていった。

ある狙撃手の最期

私にある限りに知識を用いて書きましたが、所詮は素人の想像です。実際の戦闘行為などとはかけ離れたものでしょう。しかし、それで良いと思います。実際のものなど知らないですむのならそれに越したことはありません。
個人を越えた争いは何だか虚飾が多いように感じます。何か本質を誤魔化して無理やり争いに駆り立てるような。
どうすれば良いかは分からないのですが、戦争等の安易にして残酷、そして悲しい方法を取らない問題解決がはかれる世界にしていきたいですね。

ある狙撃手の最期

どこかにある内戦国で、一人の狙撃手が命を失う日の話です。自身で気付けない程の悲しみと怒りを抱えた彼は、スコープ越しの表情に自分の望みを見ます。しかし、それは悲しみと怒りに反するが故に手に入らない。因果応報の結末。どのような理由であれ戦争を肯定してはならない。そう思って頂ければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-26

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