忘却のプレリュード
孤独である為の歌を。他の誰でもない、私の為に。
忘却のプレリュード
---宵は、明けることを知らない。
自らは深淵を彷徨い続けるのみだからだ。
其所に太陽があり其処に炎があり電気があるから宵は己の居場所を失い、光によって醒めるのだ。
照度を失った視界の中、私の意識は覚醒する。
目を開いた筈だったが、眼前に広がるのは闇。闇。闇。
どれ程眠っていたのだろうか。
全身を怠惰が覆う。
私は何時の間に潜り込んだのかも分からない羽毛の中で身動いだ。
何処からか風の音が聞こえる。
恐らく窓を開けたままで眠りについたのだろう。
不用心にも程がある。
最近は猟奇的な犯罪も多く発生しているのだから、気を付けようと思った矢先にこれだ。
昔からの三日坊主癖は、大人になってからも抜けぬまま。
これでは玄関の鍵を閉めているかも疑わしい。
人間変わろうと思うことは出来ても、本当に変わりきることは中々出来ないものだ。
視界の暗黒に目が馴染んだ頃、私は玄関の施錠を確認する為に起き上がる。
---頭痛がする。
鈍い痛みだ。
後ろ髪を引かれるような感覚。
そのままもう一度横になろうとする身体を無理矢理動かしたからか、跳ね上がるように布団を抜け出す。
そして何かを思い切り蹴飛ばした。
足の小指をぶつけたらしい。
突き抜けるような痛覚に、思わずその場に踞る。
声にならない悲鳴。痛い。痛い。
痛みはだんだんと広がっていく。
漆黒の中、微かに見渡したワンルームは、随分と散らかっていた。
脱ぎ捨てた衣服。
最近購入した旅行雑誌。
いつのものか分からない週刊誌。
あまり聞かない音楽CD。
それら全てが散乱していた。
酔い潰れたのだろうか。
深い靄が掛かっている様な感覚のせいで、上手く思い出せない。
しかし、小指の痛みで意識は完全に覚醒した。
私は溜まった涙を人差し指でぐっと拭い、様々なものを踏まないように玄関を目指す。
鍵は、施錠されていた。
そしてそのまま照明を付ける。
瞬く間に視界から闇は消え去った。
光の前に闇は無力だ。
為す術もなくその姿を消失させざるを得ない。
霞む瞳を明瞭にすべく、今度は洗面所へ。
随分と目が痛む。
コンタクトレンズさえ外さずに眠ってしまっていたのだ。
どうりで目が腫れているわけだ。
次からは飲酒量をしっかりわきまえよう。
後になって悔やみたくはないから。
失敗から学ぶことが人生に於いて最も重要なことであり、己を省みる事が出来なければ進歩も、進化もあり得はしない。
遥か古の時より、生物は、ヒトはそうやって移ろい行く環境に適応し続けてきたのだ。
多少大袈裟ではあるが、勿論、私も。
蛇口を捻り、流れる水を手で掬う。
そのまま水を顔に打ち付ける。
きりっとした心地良い冷たさが火照った身体を解す。
よし、すっきりした。
おや?どうして歯ブラシが二つもあるのだろうか。
使い古しを捨て忘れたか。
…詰めが甘いな。本当に。
社会に出て、後輩も増えて、なんなら高尚な演説をする機会だってあるというのに。
人間として、やはり私は出来損ない、欠損品なのだ。
やらなければいけないことも出来ないで、やりたいことが出来る筈もないのだ。
だから私は、
「いつまでたっても独り」なのだ。
変わりたい。
生まれ変わりたい。
正しい人間に、間違いのない人間になりたい。
…と、目に水が入った。痛い。
起きてから痛いこと続きである。
こういうのも、日頃の行い、というやつなのだろうか。
さて、切り替えだ。
現状を嘆いていいのは、変わろうとする、変えようとする人間のみなのだから。
まずは部屋の片付けからだな。
必要のないものが多すぎる。
要らないのだ。
もう。
全て。
そうして私は、またひとつ大切なものを忘れる為に、私の為に歌うのだ。
-了-
忘却のプレリュード
どーも!せいのです!!
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
拙い文章ですみませんでした。精進して参ります。
以前ワンルームの部屋に住んでいたのですが、僕は捨てられない病でして。
引っ越す際に沢山「何に使うのこれ?」というものが出てきました。
捨てる勇気も、時には必要ですよね。
それではまた、機会があれば。