三国異聞・郭嘉伝
このサイトで最初に投稿させていただきますのは、現在個人的に執筆中の小説です。
基本的にはほとんどオリジナルです。また、演義の話はほぼ参考にせず、基本筋は正史通りに進むと思います。しかし、こちらのオリジナル設定が演義の設定に被るところもございますのでご了承下さい。
また、私は小説は独自のスタイルで書き、書き方マニュアルなどはあまり参考にしないので、皆様からのアドバイスや感想をいただきながらスタイルを変えていきたいと思っております。
そのため、少しでも多くのアドバイス、または感想をいただきたく存じます。そちらの方もどうぞ宜しく御願いします。
これからのこのサイトに於ける初小説・三国異聞・郭嘉伝を、どうぞ宜しく御願いします。
品行不正の天才
この酒場も以前に比べたら大いに活気が失せたそうだ。
「あんた、よくもまぁ毎日毎日来る余裕があるね~」
この店の店主が酒樽の追加分を運びながら昼間から酒を一人で飲み続ける青年にまるで驚嘆するように言った。
「ここの酒は美味い。だから毎日来る。暇を無駄に持て余すよりは余程マシだろう」
「いや、そういうこと言ってるんじゃないんだが……ま、今じゃあんたはうちの大事な常連だからな。好きなだけ飲んでくれ」
最後は呆れ混じりに店主は言い、店の奥へと消えていった。
青年は店主に振り向きもしなかった。ただ、剥げかかっている赤い壁を見つめながら、静かに酒を飲んでいた。
「あぁ、やはり此処に居ましたか、奉孝」
静かな一時を一人で楽しんでいるところに、長髪の青年がやって来る。
「………文若か。」
声を聞いてすぐに誰か分かった。それはよく聞き慣れた声で、最も安心感のような感覚を与えてくれるものだからだ。
奉孝とは字で、本人は姓を郭、名を嘉といった。そして文若とは姓を荀、名を彧と言う者の字である。
「また昼間から酒ですか?」
「酒は百薬の長・・・。飲めば飲むほど、寧ろ体には良薬だろう」
「・・・・・そんなわけないでしょう。酒も過ぎれば毒となります。程々にしないか・・・」
いつもこうしていると荀彧は説教じみたことをブツブツと言ってくる。まるで何処ぞの姑のようだ。
「お前はまだ15になったばかり。成人になって早々そのように飲み暮れていてはすぐに迎えが来るぞ」
「なったばかりだから楽しまなければならない。私はそう思うが・・・。まぁ話は後だ。店主、会計を頼む」
郭嘉はそう言って頼んだ分の残り酒をさっさと飲み干し、銭を店主に払うと荀彧を連れて店を後にした。
「それで?何か話でもあったのか?」
外に出ると早速郭嘉が口を開く。荀彧が静かに頷き言うには、
「奉孝も今年で成人を迎えた。そろそろ、本格的に主君たるべき人を見つけてこの世に身を乗り出したらどうか」
大方そのような内容の話だ。しかし郭嘉は何も反応を示さない。荀彧はその様子だけで郭嘉が言わんとしていることは察した。
「お前がただでは話に乗らないのは分かっているが・・・。私はお前の才が乱れつつあるこの時勢に呑まれていくだけのものになるのは惜しくて仕方ない。私とともに来てはくれないか?」
「・・・・・断る。私は地位も名声も興味がない。況してや、私が他人に頭を下げて仕官するなど・・・・。考えるだけで寒気がする」
郭嘉は元々他人との交わりを嫌う人間だった。というよりは、様々な人間と広い人間関係を築くことが苦手で、自分より下の者には口を聞く事も憚るような人間である。しかし、逆に一度交友関係を持てば、これほど頼りになる男もそうそう居ない。
「とにかくだ。私は何と言われようと誰にも仕えぬ。お前が認めた男だか何だか知らんが、そんなものは私には一切関係がない」
そう言って郭嘉はさっさと踵を返して行ってしまった。荀彧は、拒絶と孤独に惑うその後ろ背を見ていることしか出来なかった。
「全く、何を考えているのだ、文若の奴は・・・」
荀彧を置いて一人になった郭嘉は、愚痴を漏らしつつ次なる目的地へと足を運んでいた。
「あら、奉孝様」
「やっといらしたのね。今日はこんな時間まで酒でも飲んでいらしたの?」
そこは若くて美しい女達の集う場所・・・。そして彼女らは皆、ある意味郭嘉の恋人のような者たちばかりであった・・・・・。
「あぁ、すまんな。少し邪魔が入ったのだ」
郭嘉はそう言って上の服を脱ぎ、上半身を顕にした。細心でありながらも程よく筋肉の付いた流麗な白肌である。これがまた彼女らを虜にしていた。
「奉孝様・・・」
「陳氏か・・・少し肩が凝っている、揉んでくれ」
陳氏はここに居る女達の中で最も郭嘉が気に入っている女。陳氏はまだ年も12ぐらいで郭嘉とは他の女と比べて年も近く親しみやすいというのはもちろんだが、郭嘉は彼女の恥ずかしがってほのかに紅くなった顔が何とも色気づいていて目が離せなくなるのだ。
「こ・・・このようにすれば、宜しいでしょうか・・・」
陳氏は恥ずかしさを必死で押さえながら郭嘉のマッサージをする。その様子を他の女たちは後ろから見て笑っていた。
「うむ・・・気持ち良い・・・。やはり良いものだな」
郭嘉は酒場に行ったあと必ずこの場所に足を運んではこのように女のマッサージを受け、共に酒を飲み、語らい、遊び耽っているうちに日も落ちる時間になるのである。
「さて、そろそろ帰らねばまた夫人に怒られる。私は今日はここで失礼するぞ。また明日会うことを楽しみにしている」
そう言って女達一人一人と口付けを交わすと、郭嘉はその場を後にして家路に着いた。
「お帰りなさいませ、奉孝様」
「あぁ」
「また遊んでいらしたのですか・・・?」
「ふっ・・・寂しいのか?」
「なっ・・・!?誰がそのようなこと・・・!!」
「冗談だ。そう怒るな、可愛い奴だ・・・」
耳元で囁かれてパッと頬を紅くさせる女。郭嘉を家で迎えたこの女は荀夫人。荀彧の妹で郭嘉とは婚姻の儀を行ったばかりであり、郭嘉より2つほど年が上である。
「・・・・・もう、さっさと夕食を済ませてお休みを」
まるで遊び半分の郭嘉の様子に不貞腐れながら、夫人は奥へと消えていった。
「乱れた世に名を上げる・・・か・・・・・」
何故か今日荀彧に言われたあの一言が脳裏をぐるぐると廻り始めた・・・・・。
このありふれた日常は、最早刻一刻と闇に侵され消えつつあったことに、郭嘉はどことなく気づき始めていた・・・・・・。
裂かれし夫婦
時は184年、4月・・・・・・。
「蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉」の旗印と黄色い布を頭に巻いた大集団が、中国全土を覆い尽くした。そして、黄金に輝く稲穂を食い尽くしていく蝗の如く、各地へ大勢力を以て押し寄せ、無差別殺人や強奪をし始めた。
そんな中、いつもの酒屋も女の集う場所も、完全に閉鎖してしまった。共に大集団の襲撃を受けることを恐れたものか、すでに被害にあったのか・・・どちらかは定かではないが、確かに郭嘉の住むこの街も、彼らによって侵略され始めていた・・・。
「はぁ・・・」
小さく溜め息を漏らす郭嘉。どこにも行く場所が無くて退屈していることが目に見えて明らかである。
「そんなに退屈なら賊に入信でもしたらどうです?」
酒の入った小壺を置いて夫人が郭嘉にそう言った。
「誰があのような愚鈍の大衆に混じるものか。興味の欠片もないが、あの連中のせいで毎日退屈が絶えないのが腹立たしいだけだ」
郭嘉にとって宗教などどうでも良かった。信じたところで救われるはずもない。そんなものは物知らずな愚か者が集まって勝手にドンチャン騒ぎをするだけのもの。その程度にしか思っていなかった。
「・・・・・そうだ・・・。夫人、私はこれから少し出掛けてくる。だから私が帰ってくるまでここで大人しくしていろ。賊共に存在がばれてはならんぞ。何をされるか分かったものではないからな」
「ちょ、奉孝様・・・!?」
そう言って有無を言わさず郭嘉は家を後にした。夫人の彼を呼ぶ声など、最早届いてはいなかった・・・・・。
「仲徳!!」
郭嘉はある男の元へと足を運んだ。彼は現在、黄巾賊の反乱に際してこの付近を回っているのであった。今回此処に来ていたのは所謂偶然で、来ることは郭嘉の知るところだった。
「・・・・奉孝殿か?」
男はすぐにそれが誰かを察した。そして笑顔で迎えた。身長は随分と高く、約八尺三寸(190cm以上)あり、顎には逞しい程の髭を生やしていた。
その男の名は程昱。仲徳は字である。彼もまた、郭嘉と交際をしている豪族の一人で、今回の反乱に際しては、周囲の豪族たちの協力を得んとして周辺地域を渡り歩いていたのである。
「賊の討伐に乗り出したそうだな」
「ええ、まぁ。私一人では大した戦力にはなりませんが、私と古くから親しくしている豪族がこの辺りには多いものですから。今回ここへ来たのはほんの偶々というものですよ」
程昱は剛毅な見た目の割に性格は大人しく、物腰も柔らかい。口調もいつも、誰に対しても敬語で接していた。
「文若殿とは、会われているのですか?」
「あぁ。勿論だ。いつもの説教ばかり食わされるが奴も主君とやらを得て毎日せっせと働いているそうだ」
「袁紹殿に兄弟揃ってお仕えしているそうですね」
「そうみたいだな。だが、袁紹とやらは良い噂もあまり聞かぬ」
「はは、私もかつて一度お見えしたことがありますが、あなたは嫌がりそうな御方でしたよ」
笑いながら程昱は言う。物腰柔らかく、性格も大人しい割にこういうことまで思ったことははっきりと本人を前にしても言えるところは、郭嘉が気に入っているところの一つでもあった。
「だが、一度は私もあの男の元へ行かねばならないかもな・・・」
「・・・?何故ですか?」
「文若に言われた。そろそろ主君を定めて天下に名を馳せる機を得るべきではないか、と・・・」
「なるほど、勧誘ですか。乗ってみたらどうです?袁紹殿はそうでなくても、彼の下には多くの有力豪族の家柄の者や、大きな才を持った方々も居ると、以前文若殿から伺いましたし・・・」
「ふむ・・・しかし、私は面倒なことはごめんだ。仮に仕えるのであれば、私の命を投げ出しても惜しくない者に仕えたい・・・」
「そうですね・・・袁紹殿が果たしてそうか、と言われれば、私も首を傾げてしまいますが、何分、私も一目会って少々お話をさせていただいただけなので、何とも言い難いのも事実です」
「行ってみるのも有り・・・か」
「私は一度は主君を持つことをお薦めしておきましょう」
「そういうお前も、主君とやらは持っておらぬではないか」
「私はあなたとは違って毎日仕えるべき主君を求めて渡り歩いておりますから」
「ふん、減らず口を・・・」
そう言って二人で久しぶりの談話を楽しんでいた最中のことだった・・・・・。
「仲徳殿!!仲徳殿はおられるか・・・!!」
一人の男が程昱の仮屋敷に駆け込んできた。
「如何なさいました?」
「賊が街を荒らし始めたんだ!もうすでにこの街の民の男が何十人も奴らに無差別に殺されて女も強奪されえてる。とにかくすぐに来てくれ・・・!!!」
「・・・・分かりました。奉孝殿・・・・・・」
程昱の言葉に郭嘉は頷いてすぐに自分の家に戻った。
(夫人・・・・・無事でいてくれよ・・・・・・・)
そう心に願いながら郭嘉は息を切らしながら全力疾走で戻る。
「夫人!!!」
家の中は様々なものが散らばり、明らかに荒らされた跡があった。郭嘉の頬を冷たい汗が一筋流れ落ち、体中から熱が引いていくのが分かる。
「どこだ・・・どこにいる・・・・・・夫人っ!!」
自分の甘さを責める心の余裕もない。今はただ、彼女の姿を確認しなければと、必死で家中探し回った。
「・・・奉孝様!!」
その時、夫人を探すのに夢中になっていた郭嘉の背後から、最も求めていたその声が聞こえてきた。
「夫人!?」
振り向くともう目の前まで剣を持った男が迫っていた。今にも振り下ろそうとしている様子に郭嘉は一瞬動揺を隠せなかったが、すぐに現実へと心を引き戻して間一髪、攻撃を交わした。
「お前らが黄巾賊とか言う凡愚野郎共か・・・」
彼らの頭には黄色い布がしっかり巻かれている。そして荀夫人は敵に捕らわれていた。
「俺の夫人に気安く触りやがって・・・・。その薄汚れた汚ねぇ体で俺の女に触ってんじゃねぇ下衆共・・・!!」
郭嘉の心は珍しく熱くなっていく。先程まで冷え切っていたのが嘘のように、今は全身、頭の芯からつま先まで熱が籠もって熱いぐらいだ。
郭嘉は近くにあった細剣を手に取り、慣れない手つきで構えた。まるで素人の構えで隙間だらけの様子に賊の男たちは嘲笑う。
「ちっ・・・こういうのは本職じゃねぇから仕方ねぇだろ・・・・・」
小声でボソッと愚痴を溢しつつも、夫人を助けるために武器を取って賊に斬りかかる。しかし、足も覚束無いまま斬りに掛かると前のめりになってしまう。それを見てまた賊の男たちは大いに笑い声を上げる。まるで戦う姿が見世物になっていた。
「夫人、待ってろ・・・。こんなクズ野郎共、すぐにぶっ殺してやる。さぁ、どっからでも掛かって来やがれ家畜野郎共!!」
「はっ!攻めでダメなら守りってか。笑わせるなこの素人!!」
そう言って先ほど襲ってきた男が郭嘉に斬りかかる。郭嘉は初めのうちは攻撃を避けつつ応戦したが、体力が磨り減っていくとやがて防戦一方でつばぜり合いが続くようになった。
「くっそ・・・いい加減諦めろよ、家畜・・・・・・」
「安心しろ、もうお前は終わりだからよ・・・・・」
ハハッと笑い声を聞いたあと、背後から何かが身体に突き刺さる感覚を覚えた。それと同時に、激しい痛みが郭嘉を襲う。
「なっ・・・・・・・!?」
郭嘉はその場に膝を付き、倒れそうになる体を必死に持ちこたえさせ、賊の男をキッと睨みつける。男はただ笑っているだけだ。
「奉孝様っ!!!」
その声を遠くに聞きながら、郭嘉の意識は闇へと堕ちていった・・・・・。
放浪
「・・・・・・・・殿!奉孝殿っ!!」
「ん・・・・・・ぁっ・・・・・・・・・」
意識が現実へと引き戻されると同時に激しい痛みが郭嘉の体を無尽に駆け巡ってきた。
「おぉ、やっとお目覚めですか・・・。文若殿、奉孝殿が目を覚まされましたよ」
「・・・・・・ここは・・・・・・」
「文若殿の屋敷内です。あれから戻ってくる様子がなかったものですから私が奉孝殿の家まで様子を見に行ったところ、血だらけで奉孝殿が倒れているのを見つけ、慌てて文若殿に連絡を入れたのです」
程昱は心底ホッとした表情を浮かべている。まだ痛みが残る腹部の辺りをそっと撫でてみると、確かに布のようなものが丁寧に、キツく巻かれていた。
「漸く起きたのですか、奉孝」
そこへ薬を手に持った荀彧が戻ってきた。郭嘉は何故か荀彧からただならぬ空気が発せられているのを感じた。
「・・・・・・・」
「丸三日。普段から怠けて遊んでいるからいざという時にそうなるんですよ、情けない・・・」
「お前は説教をするために私の看病をしたのか、質の悪い奴だな」
「そのような減らず口が叩けるなら問題ないですね。それで、何があったのかお話いただきましょうか。妹の行方も気になりますから・・・」
「・・・そうだ、夫人はどこだ」
荀彧の一言に郭嘉がハットしたように二人の顔を交互に見る。
「私が様子を見に行った時には奉孝殿以外に誰も居りませんでした・・・」
程昱が静かに、そして重たい口を開けて言葉を紡ぐ。
「まさか・・・賊に攫われたのか・・・!?」
そう言って無理に起き上がろうとする郭嘉を二人は慌てて制した。
「何をしようというのですか、そんな役に立たない重傷の体で」
「決まっている、夫人を探しに行くのだ。今頃賊共に何をされているか分からんではないか!」
「とにかく落ち着いてください。夫人殿は一筋縄ではいかない御方であることはあなたが一番よくわかっているはずです」
「そうですよ、仮にも私の妹でもあるのですから、問題はありません」
「だが20にも満たぬ女が一人下郎の輩に連れて行かれたら不安にもなるだろう。私はすぐにでも夫人を探しに行くぞ」
郭嘉は二人の諫言に耳を貸そうとはしなかった。荀彧は仕方ない、と言った様子で治りかけの傷口に一発お見舞いしてやるのであった・・・・・。
「ぐっ・・・・・・・・てめぇ・・・・・・・・」
そのまま意識を失っていく郭嘉を荀彧は呆れた様子で見届け、程昱は後ろで静かにその様子を心配そうに見ていた。
「全く・・・相変わらずわけの分からないところで無茶が過ぎますね・・・。15になってまだこれでは、妹を任せられません」
「しかし、文若殿・・・。このような荒々しい真似をしてしまって本当に大丈夫なのでしょうか・・・?」
「大丈夫ですよ。奉孝は殺しても死なない男です。今回の件にしても、仲徳殿がギリギリのところで見つけてくれたために生きていたものの、普通なら間に合わなくなっている可能性の方が遥かに高いのですよ。体を貫いて30分程放置されていたというのに・・・」
三国異聞・郭嘉伝