たとえば彼女
【鼓動・赤面・名前】
届かないものに手を伸ばすことが、愚かなことだと初めに嘲笑ったのは誰なのだろう。 人を羨む気持ちが、卑しいものだと初めに言ったのは誰なのだろう。
たとえば空。人はそれに触れることはできない。宇宙に飛び立つ技術を手に入れても、結果は広大な銀河に投げ出されただけで、青い空に触れられたわけではない。
廊下に張り出された学期末試験の結果表。上位20人だけが張り出されるその一番上に自分の名前を確認して、次に自然と別の名前を探す。私より10も下にその名前を見つけて、薄っぺらな優越感を味わう。
試験結果表を見るために廊下に集まった人垣の中にさっと視線を巡らせて彼女を探す。自分の順位を確認した彼女の横を通り過ぎながら、フンと鼻を鳴らすことが出来たら私のちっぽけな自尊心はもう少し満たされそうだ。
しかし彼女の姿は見当たらない。
自分の教室に向かいながら、それとなく彼女の教室を盗み見る。彼女は教室の片隅で、一人で文庫本を開いていた。肩にかからない短い髪が吹き込む風にほんの少し揺らされる。
こんな風にいつだって彼女は、私の心を乱す。
入学して最初の試験で、一番上に張り出された彼女の名前とそのすぐ下の自分の名前を見た時、次は負けたくないと思った。真面目に授業を受けて塾にも通って山のような宿題をこなして、次のテストでは一番上に名前が載った。彼女の名前は私よりずっと下にあった。気を抜くとすぐに追い越されそうな気がして、次も頑張ろうと思った。
すごく満足できたのに、それを興味のなさそうな目で眺める彼女を見て鼓動が速まった。肩甲骨にかかる真っ直ぐに長い髪がいつもキラキラと光を反射して、真っ黒な瞳から光を奪ってしまっているみたいだった。
私は肩で揺れる自分の髪にそっと触れ、髪を伸ばすことを決めた。それなのに、夏休みが明けた日に見かけた彼女は髪を短く切っていた。少しの風ではなびかない光る黒髪が、彼女の存在をより頑なにしたみたいだった。
次の週末に私も髪を切った。初めて耳が出るほど短く切った髪があまりにも似合わなくて、次の日彼女を見るのが憂鬱だった。教室で友達が「短い髪も似合う」とわかりやすいお世辞を並べてくれて、私は赤面しながら気持ちは惨めになる一方だった。
彼女は私に目もくれずに、自分の席で文庫本を開いていた。
友達は私の方がずっと多いし、テストの結果だっていい。それなのにどうしてこんなに、彼女には敵わないと思い知らされるのだろう。
噛みしめた奥歯が音を立てる。どうしたら彼女は私を見るのだろう。
黒い感情が次から次に湧き上がってくる。彼女の何もかもを奪ってしまいたい。ただ、彼女の視線を独占したい。この気持ちは何と呼んだらいいのだろう。
青空を目指して飛び立ったロケットから、仄暗い銀河を見た宇宙飛行士もこんな気持ちだったのだろうか。
彼女の真っ黒な髪も瞳も、まるで銀河のそれなのに、彼女は紛れも無く私の青空だった。
たとえば彼女