叫びの壺

頼んだ覚えのない“宅配物”。
その壺に夢中になった俺は…

毎日積み重なる不満。やるせない日々を変えてくれた謎の贈り物…“叫びの壺”は…

『これはキミの責任で処理してくれ!』
「いや、でもそれは……部長の了解の上で…部長…部長‼︎」

まただ。
失敗は全部部下の俺の責任だ。一体こいつは………

新しい部長が配属されてから3ヶ月、
上手く行かないのは部下の責任、成果が上がったのは全部自分の手柄ーーー
ろくに仕事も出来ないくせに上司へのゴマスリはお手の物。
そんなバカ部長に俺は飽き飽きしていた。
毎日毎日バカ部長の顔色を伺い仕事をする日々に何の楽しみがあるんだ。
会社に対する不満が溜まっていたあの頃の俺は
同じ感情を持っていた同僚と飲み歩くのが日常となっていた。

そう、あの“贈り物”が届くまでは………

《宅配です》

昨夜もいつも同様、部長や会社の悪口を同僚とわめき散らし
飲んだくれて帰った俺は突然の宅配便の訪問に
目覚めの悪い起床を余儀なくされた。
「んっ、“真心本舗”……」
聞き覚えのないその送り主に疑問を抱きながらも
《料金はかかりませんから》
その一言に思わず荷を受け取っていた。
「“叫びの壺”?」
説明書を読むと、どうやらこの“壺”は日常の不満や鬱積をぶち撒ける“壺”のようだ。
「ハハ、“大様の耳はロバの耳”…か」
こんなチンケな壺に俺のやるせない気持ちをブチまけた処で
今の俺の気持ちはどうにもならないよ……
その時はそう思い適当にキッチンのカウンターの上に置いて置いたのだが………

『キミね、どうしてこんな事になったの。どう責任を取るつもりなの!』
「あ、でもこれは部長がやれと…」
『私が、この私が、そんな事を言うはずないでしょ!責任をなすり付けるのもいい加減にしなさいよ❗️』

“それはあんたの事でしょうが”……言えなかった。
専務も社長も部長のゴマスリにすっかりハマっている。
一平社員の俺の言い訳など通る訳ないのだ。

「糞ーーーー!俺が何したというんだ‼︎全てバカ部長の命令だろうが!いい加減にしろ。バカ部長‼︎」

同僚との飲み会でも気分が晴れなかった俺はいつの間にか
キッチンのカウンターにあったその“壺”を手に取り思いっきり叫んでいた。
「バカ部長、死ね!お前なんか死んじまえ‼︎」

『あ、キミ、キミちょっと…』
次の日出社すると例のバカ部長から妙な猫なで声で呼ばれた俺は…

『いや〜、この前は悪かったね。君一人の責任にして。あれから私も反省してね。専務と社長には“私のミス”として謝っておいたから、そう気にせずにね。』

………何なんだ?バカ部長が謝ってきたのは初めてだった。

何があったのか解らないが、それからの部長は手のひらを返したように俺のご機嫌を伺いだしてきた。

「何があったんだ?」
よくは解らないが、あの“壺”に叫んでから何か気持ちが吹っ切れたような…

それからの俺は、何か不満が溜まるごとにあの“壺”に叫んでいた。

「馬鹿野郎。斎藤死ね。お前はしつこいんだよ。」
ある時は同僚の悪口をー
「経理の小林!いい加減認めろ。出張での晩飯にステーキ食って何が悪い!しがないサラリーマンの楽しみを奪うな。お前なんか階段から落ちて骨折してしまえ‼︎」
ある時は経理の杓子定規な態度に不満をー
「受付の安藤瞳!お高く止まってるんじゃねぇ〜よ。てめーなんざな、可愛くも何ともねぇよ。勘違いしてるんじゃねー。バカ女‼︎‼︎」
ある時は、ことごとく俺のアタックをかいくぐっていた受付嬢にー

上手く行っていた。
少なくとも最初の内は、全てが上手く回っていた。
俺が“叫びの壺”に悪口を言った人達は
不思議な程その翌日には俺に優しくなっていった。

俺はいい気になりその“壺”に叫んでいった。
あいつ、あの子、あの野郎、あのバカ、
気がつくままに悪口を叫んでいた俺は………

「なんだ、何で俺をそんな目で見る。俺がお前らに何をした。」

いつの間にか俺の周りは俺を敵のように睨みつける視線で満ちていた。
何もしてない。
何も言ってない。
あの“壺”に叫ぶ以外は、俺は決して口に出して悪口は言ってない…
ハズなのに…
どうして俺をそんな目で見る。

精神的に追い詰められた俺は
溜まっていた有給を消化し、休みを取ることにした。
「訳がわからない?!一体何が悪かったんだ」
一人部屋に閉じこもり頭を抱えていた時………

《宅配便です》

頼んだ覚えのないその荷物の送り主は“真心本舗”

胸騒ぎを抑える事が出来ない俺は
貪るように包装紙を破り、その“贈り物”を開けた。

“真実のヘッドホン”

説明書にはただ商品名のみ書かれていた。
何をするものなのか?

とりあえず俺はその“ヘッドホン”を耳に当ててみた。
それが地獄への扉を開ける事だとは気づきもせず……………

『一体何様のつもりなんだ。下手に出れば図に乗りやがって。死ねや。』
あのバカ部長の声だ。
『もうやってられないよ。同期のよしみで付き合ってやってたのに…。自分の事えらい様と勘違いしてんじゃないのか。やめちまえよ、早く!』
同僚の斎藤の声?
『気持ち悪いんだよ。私に声掛けれるような顔じゃないでしょ。笑っちゃうよね。本当に気持ち悪い。死ねよ、ストーカー!』
受付のあの子の声!

これってもしかして…
その後も怒涛の如く続く俺への非難・苦情・悪口…

いつの間に俺はこんなに嫌われていたんだ?!

ハッ!
もしかして…
俺が叫んだ“壺”の声は…
全て聞こえていたのでは…
俺に“叫びの壺”が届いたその数日後に
この“真実のヘッドホン”が皆に届いていたとしたら………

留まることの無い罵詈雑言を聞きながら俺は
フラフラと窓のふちに身を寄せていた。
「戻れない。もうあの会社には戻れない。敵しかいないあそこには…」

[どうやらまた一人不良社員を処理出来たようですね。]
『はい、専務発案のあの“壺”は効果てきめんですね。我が社に不満を持つような不良社員を一発で見つけるどころか、申し合わせたように皆自分から生命のスイッチを切ってくれるんですから』
[しっ。滅多なことは言うもんで有りませんよ。我が社はいかにして有能な社員を確保するかに賢明な努力を惜しまないだけですからね。こらからも部下への叱咤激励…お願いしますよ。必要以上にね…部長さん…]

身に覚えのない“宅配便”
あなたは…
受け取る勇気がありますか?
もしかすると
それは
あなたを……………

叫びの壺

生き残るために必死なのは社員だけではないですね。
企業努力とは
ある意味“死刑台”と同じ
ものなのかもしれない。

叫びの壺

ある日届いたその“壺”は… 罠とは知らず夢中になった俺の結末は…

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-23

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