愛しの都市伝説(3)
三 DJガードマン伝説
いやあ。あの頃はすごかったですねえ。肩で風切って歩こうものなら、向こうから来る人とこちらから来る人がぶつかって、カタカタ肩は鳴ったものです。
今は使われなくなったビルの暗い奥で、一人、呟いているのは、ガードマンである。もちろん、この物語の登場人物である。普通の人間ではない。伝説のガードマンである。伝説のガードマンって、何か特別なことをしていたわけではない。溢れかえる人々を、混雑しないよう、人波がすみやかに流れるよう、笛や身振り手振り、ボードなどを使って、交通整理をしていたのである。もちろん、一人じゃない。繁忙期には、十人以上のガードマンが、この店に、この商店街に張り付いて、客たちに事故がないように働き回っていた。その巧みな人捌きから、伝説のガードマンが生まれたのである。
お客様。どうぞ、まっすぐにお進みください。肩同士がぶつかっても、決して、怒らないでください。肩ぶつかり合うも多少の縁と言うじゃありませんか。いや、少し違っていましたか。そんなことどうでもいいじゃありませんか。同じ店に買いに来た同志として、仲間として、家族として、愛国者として、互いを認め合いませんか。
なに、なに。人が多くて、店に入れないじゃないかですか。おっしゃる通りです。今は、確かに、人の流れが途絶えません。行く川の流れと同じです。方向転換しようにも、流れに身を任せなければなりません。でも、大丈夫。人生、山あり、谷あり、川あり、人の途絶えあり。しばらくすれば、必ず、人と人との隙間が空きます。そこがチャンスです。チャンスを待つのも、買い物の楽しみのひとつです。その楽しみを満喫しながら、店に入ってください。私たち、従業員が、笑顔で、お客様を温かくお迎えします。えっ、人が多くて、熱気で、暑くて仕方がないのに、これ以上、温める気かですって。それは大変、失礼しました。お店の中では、ただ今、お茶の試飲コーナーがございます。そこで、ゆっくり落ち着いて、水分補給をしてください。私たち従業員は、お客様の体が一番大切なのです。
何、タイムセールに間に合わないですか。そうですね。後、五分で、タイムセールスが終わります。でも、後、一時間後には、再度、タイムセールスがあると聞いております。当店では、あんまマッサージ機などを配置したリラックスコーナーがあります。そこで、十分、栄気を養ってから、タイムセールスに望んでいただきたいと思います。何、そんなにゆっくりする時間がないですか。
それなら、今のタイムセールスは、おしょうゆが安いですか、直ぐ次に、サラダ油が安くなります。今回は、とりあえず、サラダ油をご購入いただき、次回、お醤油の特売日に、改めて、お越しいただければありがたいです。
何、醤油と油は、全然違う、分離してしまうじゃないか。なるほど、おっしゃる通りです。それでは、当店には、プライベートブランドのお醤油がございます。これは、メーカーに作らせて、名前は当社で販売しておりますので、今、特売の商品と内容は変わらず、しかも、値段は安い。あっ、すいません。これは、わが社の極秘情報でした。お客様だけにお教えいたします。決して、他のお客様には他言しないようにお願い申し上げます。何、他の客も聞いているって。大丈夫。人は聞いているようで聞いていないものです。もちろん、聞いていないようで、聞いていることもあります。兎に角、今は、私たちにとって、あなた様だけがお客様なのです。
すいません。これだけのお客様がお通りですので、自転車は御遠慮いただけませんか。何、天下の公道なのに、お前にとやかく言われたくない。おっしゃる通りです。ですから、公道でございます。ですから、公として、個人が使用する際にも、他人のことを考えて使用する必要があるのです。人と自転車。これがまともにぶつかれば、やはり、人が怪我をします。自転車も壊れるって。そうです、自転車も壊れます。お互いが怪我をしたり、壊れたりすることを避けるためにも、譲歩する必要がございます。それなら、歩く人が譲歩すればいいじゃないか。おっしゃる通りです。今、人は、お互いに、右に行く人、左に行く人、が、お互いに道を譲りながら歩いております。そう、譲歩しているのです。自転車のお客様も、是非とも、乗車ではなく、譲車してもらいたいものです。
ああ、懐かしいな。これ、全部、俺が言ったわけじゃないけれど、最終的には、伝説のガードマンが言ったことになるから、俺が言ったことになるんだろうなあ。でも、今は、自転車だろうが、車だろうが、走ろうと思えば走れるぐらい、この商店街は閑散としている。ああ、俺の伝説も、このまま消えてしまうのかもしれないなあ。
空虚なビルの片隅の伝説のガードマンは、より一層、暗闇に同化して、伝説は伝えられることなく、消えて行こうとしている。
愛しの都市伝説(3)