帰り道

 薄暗い山道を、私は落ち葉を避けながら歩いていた。足音が鳴らないように。

(もう! 何で私が気を使わないといけないのよ!)

 ……違う。別に気を使う必要なんてない、と思う。私が気まずいだけだ。ひとりで気まずいだけだ。

 はーあ……

 肉まん食べたのが悪かったのかなぁ。でも、と私は口を尖らす。そんなのわかるわけないじゃん! ひとりで腹を立てる。ちらりと前を見た。楽しそうに話ながら前を行くふたりを。

 はーあ……

 そしてひとりで哀しくなった。


 私がそれに気付いたのは小学校6年の夏休み。それまではいつだって3人
で遊んでたのに。でも、あの日、本屋から帰る途中、見てしまった。

 ふたりが、2人だけでいるところを。

 私は、なぜかふたりから隠れて、急いで家に帰った。家に帰って、ベッドにうつぶせになって、胸のドキドキが収まるのを待っていた。ドクン、ドクンと体中に響いて、頭の中には楽しそうに話してたふたりの顔ばっかり出てきて。

 わけがわからなかった。

 だってそれまではいつもさんにんで遊んでたのに。

 なんでなんでなんで! って。


 夜ご飯を食べて、買ってきたマンガを読もうとしても、ふたりの顔が出てきて全然集中できなかった。楽しみにしてたのに。ぜんっぜん、話が頭に入ってこなかった。ひどい。


 次の日、ふたりに会った。ふたりはそれまでと全く同じカンジで私に話しかけてきた。私は、だから、ふたりに合わせて、なんでもないふりをしてたけど、けど、頭の中は昨日の事でいっぱいで、「ねえ、昨日ふたりで歩いてたよね」ってセリフを頭の中で何度も言った。

 何度も言ったけど、それを口にすることはついになかった。言えなかった。ふたりも、何も言わなかった。

 それから、意識してふたりを見るようになって、わかった。ユイちゃんはタイキくんのことが好きなんだって。タイキくんも、たぶん、ユイちゃんのことが好きなんだって。

 ふたりは今まで通りだったよ。今まで通り私を誘ってくれた。でも、さんにんでいて、ふたりが楽しそうに話してると、その話題に入っていけなくなっちゃった。あー、たのしそうだなー。私が入っちゃ悪いなーって、思っちゃって。

 そして、一歩引いちゃって。

 一歩引いて、そして思った。もしかしたらふたりは前から2人だけで遊んでたのかもしれない。

 私が知らなかっただけで。


 中学になって、私たちは別々のクラスになった。だから、部活は一緒の部にしようよ、って誘われた。ふたりに。陸上部にしようって。

 でも、私は断った。だって、運動、苦手だし。

 ふたりの邪魔するの、悪いし。

 いい機会なんだって、思った。新しい友達ができて、さんにんで遊んだりすることは無くなるかもしれないけど、それでもきっと、私たちは友達でいられる、と思う。

 そうして私は美術部になって、美術室からグラウンドを見てた。陸上部の練習が終わるまで、そこで絵を描いてた。

 帰り道でうっかり一緒にならないように。もちろんそれは行きも同じで、そのおかげで私はいつも遅刻ギリギリだ。

 ……だって、一緒になっても気まずいだけだし。

 ……自分でも、なに意地張って、バカみたい、って思ったりしたけど。



 ほら。やっぱり。気まずいじゃん。

 クラスが違い、部活も違えば接点はあまりなくなる。それぞれ新しい友達ができて、一緒に遊ぶこともなくなる。無くなった。

 それは私のせいだってわかってる。わかってるけど……。

 やりきれなくて、足元にある石ころを蹴とばした。石ころは思ったよりもずっと勢いよく転がっていき、危うくガードレールと激突するところだった。

「あっ――」

 あぶね――……。

 ほっ、と息をついて、前を見た。ふたりはちょうど左カーブを曲がりきったところで、ユイちゃんの横顔がかろうじて見えた。私のことなんて、まるで気づいていなかった。


 ……。


 何やってんだろうなー、私。

 気づかれたって別にいいじゃん。やましいことがあるわけじゃなし。それなのに、何をコソコソしてるんだろう。

 なに逃げてるんだろう。

 なにから逃げてるんだろう。

 そんなことを考えてたら、いつの間にか何かを軽く蹴とばすように歩く、ふて腐れ歩き(私の命名)をしていた。そして、ちょうど右足のつま先の前にあった小石がヒットして、コロンコロンと転がっていった。

 あ――……っ、とその行く先を見守る私にはなすすべもなく、見事にガードレールの柱に当たってカン、と音を鳴らした。それほど大きな音ではなかったけど、先行くふたりを振り返らせるには充分だった。

 ユイちゃんが、あっ、と口を開けたのがわかった。それからタイキくんに何か話しかけて、そして大きく手を振った。満面の笑顔で。

「モモカちゃーん!」
 
 それに対し、私は何とも微妙な笑顔で手を振りかえした。ヤッベー。どうしよう。

 そんな風に考えていた私に、ふたりが大きく手招きした。

 おいで、おいで。

 やっぱり、満面の笑顔で。

 それを見たら、それまでのいろんな思いは吹っ飛んで、久しぶりに返ってきた飼い主を見つけた犬みたいに猛ダッシュで駆けていった。

 ハーハー言いながら、駆けていった。

帰り道

帰り道

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-22

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted