スカイ・クロラ 読書感想文

 僕はこの本を読む前、押井守監督により映画化された「スカイ・クロラ」を観た。作品のどこか退廃的で空虚な雰囲気とラストシーンに魅せられて、スカイ・クロラシリーズに興味を持ち始めた。ネットで情報を集めていると、映画のラストと原作のラストはかなり違うという書き込みを見かけたので、ますます原作が読みたくなり、最後は表紙にある「僕はまだ子どもで、ときどき、右手が人を殺す。その代わり、誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう。」という、本文から引用した言葉に惹かれ、この本を手に取った。
 僕の期待した通り、原作は映画と同じような雰囲気で、主人公カンナミの厭世的で淡々とした思考と、クリアーな精神によって紡がれる文章は、僕をよりこの世界に引き込んでいった。
カンナミはキルドレという子どもの姿のまま老化せず、故に記憶も蓄積出来ない特殊な状態にある存在だが、言動に共感してしまう部分も多く、キルドレに憧れを抱いてしまうほど、魅力的なキャラクターだと感じた。おそらくこれは作者、森博嗣の思惑通りなのではないかと思う。スカイ・クロラシリーズの登場人物は半数以上がキルドレだが、大人を描写する時にしばしば否定的な描き方をしているからだ。かと言って森博嗣が大人を忌み嫌っているとは限らないが。
 キルドレは決まって空に焦がれている。空は美しい、地上は濁っている、汚らしいと思っている者がほとんどだと思う。シリーズの番外編に当たる短編集「スカイ・イクリプス」では、戦闘機の機銃が弾切れになり、敵機に自機で体当たりをするも生き延びたキルドレがいる。そのキルドレは病院で自殺した。キルドレ全ての思考が同じという訳ではないが、このキルドレの思考にも、何か奥ゆかしいものを感じる。
 キルドレは空で敵機と戦う時、とても満たされている。忘我の境地に自身を連れていく(作中では空戦の事をダンスと表現するほど)。空戦シーンでは改行が多様され、様々な航空用語を用いて、リアルにダンスの様子を描写している。多様された改行により、流れるように文章が頭に入ってきて、自分も空を飛んでいるかのように錯覚する事もあった。この書き方にも僕は魅力を感じて、よりスカイ・クロラの世界に想いを馳せるようになった。空戦シーン以外にも改行が多様されるシーンがある。緊迫した状況や、極度の諦観によって書かれているシーンだ。とにかく洗練され、透明度の高い文章は読んでいる内に、何もかもを忘れさせ、そのシーンに自分の魂を連れていかれるようだと思った。
 スカイ・クロラの世界は平和が確立された世界で、人々が自身の平和を実感するために巨大企業同士がキルドレを使い「ショーとしての戦争」を繰り返している。この設定も現代社会に対するアイロニーが見え隠れして好きだ。
 ある本を読んで、しばらくしてからまたその本を読むと、前に読んだときにはすんなり理解出来た一文が理解出来なくなっていたりする事がある。本は著者により様々な価値観を読者に与えてくれるものだ。スカイ・クロラにも大きく影響を受けた自覚がある。価値観は生活の中で緩やかに変化していくものだと思うが、それならば、今存在している自分は本当に過去の自分と同一人物なのか? と考えてしまう。過去共感出来た本やキャラクター、現実世界の人間に今の自分が共感出来なかったら、もはや今の自分と過去の自分は別人ではないか? 価値観だけが人を形作る訳ではないが、内的要因に限った話では、価値観というのはかなり重要なものに思える。価値観が変化し、人間が変化する。そんな不安定であやふやな存在の価値はどれほどのものだろう? 生まれた意味や生きている意味というのは、元来無意味で無価値なものだと思っているが、そう思わない人というのは、社会では美化されて語られる。
 先日ネットで「抑うつリアリズム理論」というものを知った。その理論は簡単に言うと、軽度から中度のうつ状態にある人は普通の人より正確に現実を認識しているに過ぎないという理論だ。普通の人は世界がバラ色に見えるレンズを通して現実を見ているという事。僕はこの理論に感銘を受けた。スカイ・クロラにもこの理論に通ずるものがあるのではないかと考える。キルドレは客観的に見れば軽度のうつ状態の人間と同じようにも見える。僕は三、四年ほど前からずっと抑うつリアリズム理論で提唱されている事のようなものを真理だと考えて今まで生き続けてきたから、スカイ・クロラのキャラクターや世界観に魅了されたのかもしれない。
 とにかく、この本を読んで思ったことは元々僕が思っていた事、考えていた事と同じようなもので、そういう思いがより浮き彫りになるのが気持ちよかっただけなのかもしれない。真相は自分でもよく解らないが、カンナミの価値観、思考。世界の無機質さ。そんなものがこの本を僕に最後まで読ませた力、面白さのようなものではないかと思います。

スカイ・クロラ 読書感想文

ありがとうございました。

スカイ・クロラ 読書感想文

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-21

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