BEACH RAM!② (前編)

第二話 楽しみ舞いて麗らかに笑うもの(前編)

「ん、あ?」
「レイジ、起きて朝だよ。」
 混濁した意識の中、聞きなれた若い女の声が聞こえてきた。その声の主は、鳴水ミサゴであった。
「んあ、ミサゴか…、どうした?」
 ゆっくりとまぶたを開いて、周囲を見渡すと、そこは見慣れた自分の部屋であった。その部屋はカーテンで仕切られているために、部屋はまだまだ薄暗いが、カーテンの隙間から差し込む淡い日差しが、すでに人間が行動を始めるのに十分な時間であることを告げていた。
「そろそろ学校だよ、早く起きないと」
「……ねぼけてるのか、今日は日曜日じゃないか」
 そういって、寝ている間にどこかに行ってしまった薄いタオルケットを手探りに探し、タオルケットを見つけるとそれをかぶって、また先ほどの態勢へと戻って睡眠を再開した。
「ね、寝ぼけてるのはレイジの方でしょう! 今日は月曜日だよ」
「月曜日っ……!? ……って、今は夏休みじゃないか」
「まだ夏休みじゃないよ、まだ学校あるよ!」
「……海の日」
「じゃないよ」
「……勤労感謝の日」
「じゃないよー! 早く起きないと遅刻しちゃうよー!」
 俺はそのままミサゴに引っ張られ、無理やり冷水をため込んだ洗面台に顔を突っ込まされた。

 現在、我々が存在しているこの空間は、俺の叔父にあたる人物の屋敷である。少し古めの和風家屋で、部屋の床には畳が敷き詰められ、その個々の部屋は襖で仕切られており、障子を開ければ朝日とともに縁側が出迎える、といったような一昔前の木造建築である。
 今ではこの家の正式な所有者はこの世には存在しておらず、空き家となっていたところにその孫にあたる人物が、盗人顔負けの厚顔で住み込んでいるというわけである。
 祖父の死後、この家は長い間人の手に触れる事がなかった。そのため、移りこんできた時は、きっとゴミとほこりだらけで掃除が大変であろう、ひょっとすると柱が腐っていたり、虫にやられてしまっていたりして、とても人が住める状況ではないのではないか、と思っていた。
 しかし、実際に屋敷の中に入ってみると、思ったほどに散らかってはいなかったし、柱にも何ら不備は見当たらなかった。もちろん、ほこりなどは積もりに積もっていたし、湿気でやられてしまっていた畳は何枚かあったが、生前の祖父の生真面目な性格が幸いしたのか、家の中はキレイに整理整頓されていた。古い書籍の数々を除いては。
 生前祖父は古い詩を非常に好んでいたために、この家には非常にたくさんの蔵書がある。数えたことはないが、恐らく3万冊は優に超えているのではないか、と推測できる。それらの書籍は俺がこの家に移りこんできた時にも顕在で、この家の多くの空間を占有していた。家の掃除や畳の処理などよりも、これらの古書を片付ける事の方が大変であったのだ。
 なにやら祖父の蔵書の中には、政府運営の図書保管施設の連中が唸りを上げるような歴史的に価値のある数々の古書が存在しているらしく、そういったものは施設に寄付している。今でも、たまに施設の古書オタクが家に訪ねてきて、祖父の蔵書を漁っては良書を見つけては、俺の承諾の元、持ち帰って施設に置いたりしている。俺としては、邪魔なのでみんな持って行ってくれてもかまわないのだが。

 そんな祖父の影響もあり(というよりも、他にろくな娯楽が無いこの家の環境的な問題なのだろうと思うが)、俺も暇なときには書庫から古書をひっぱり出してきて、もしくは、家のそこら中に見受けられるいまだに片付けきれていない本の山から引っ張りだしてきて、暇つぶしに読む事がある。読む、と言っても、歴史的な伝記や軍記ものではなく、もっぱら短い詩がいくつも掲載されているような本だ。俺は長ったらしい読書は苦手なので、短時間で読め、なおかつ一程度の満足感を味わえる為、詩は好きだ。祖父の遺産にあたるこれら詩集の山には、邪魔ではあるが、暇なときには重宝している。
 そんな空き家を再利用しようと、部屋中のほこりをふき取り、窓を開けて換気して、水や電気を通して、独力で再び人が住むことのできる環境を取り戻し、今に至るまで勝手に住み込んでいるというわけだ。

 ミサゴによるほぼ水責めの形で冷水につかり、なんとか朝のけだるさを抜け出すことができた。タオルで顔についた水を拭きとりつつ、ゴミや空き缶、新聞紙や本などで埋め尽くされたダイニングテーブルにつく。
 ミサゴは、ダイニングで食事を作っていた。俺は、目の前に広がるゴミをテーブルの端に寄せて、朝食をとるに十分なスペースを作り出す。
「ちょっとまってね、今できるからー。それまで、これでも飲んでて」
 そういって、ミサゴはコーヒーがなみなみと注がれたカップを俺の前に置いた。ミサゴは、長く青い髪をひとところで結び、緑色のエプロンを悠々と着こなしてあくせくと調理をしていた。
 湯気が立ち上るコーヒーに手を付けることなく、錯乱した本の山から適当な雑誌を手繰り寄せ、まだ焦点のはっきりしない目で文章を追った。
「またコーヒー冷ましてるの?」
 その状況を見て、ミサゴがフライパンを片手に楽しそうに笑いかける。
「……コーヒーってのは、ちょっと冷めて飲みやすくなった頃が一番美味しいんだ」
「猫舌なだけだよねー」
 ミサゴはこれが言いたかったためだけにコーヒーを入れてやったんだぞ、とでもいったような楽しそうな表情を見せて、調理を再開した。
 俺は、雑誌をもともとあった山の一番上に置いて、椅子の背もたれに体を任せた。コーヒーからあふれ出る蒸気を鼻腔で感じつつ、そろそろできあがるであろうトーストエッグの到来を待ちつつ、どこの家にもある一般的な朝の雰囲気に、若干のけだるさを感じながら、身をゆだねていた。
 部屋の時計に目をやると、まだまだ朝の就業の時刻までには十分な時間を残していた。

 ようやく、コーヒーカップに手をやる。おそらくは、俺の口内に適した温度に落ち着いているであろう。俺はコーヒーを口にするが、まだまだこのコーヒーは俺の口内適正温度には達していなかった。
 コーヒーをテーブルに置いて、俺にとっては何気ない朝の一時に、ふと違和感を覚えた。
「……そういえば、なんでお前ここにいるんだ?」
「え?」
 鼻歌交じりの上機嫌で、さも当然のように俺の家のキッチンで二人分の軽食を作るエプロン姿のミサゴに俺はその疑問を問いかけた。
 ミサゴはジュージューと音をたてるフライパンを片手に、体は調理場に向けたまま、顔だけをダイニングの方に向けた。そして、その質問にビックリしたような表情をして、少し目を細めて返答した。
「なんで、って…、それは……」
 俺は、ふつふつと湯気を立てて俺の口腔を威嚇する黒い液体を、腕を組んで睨みつつ思考をめぐらせた。
「お、覚えてないかな…? 昨日の事……」
「うーん……」
「そ、そっか、覚えてないんだ……」
「いや、お前が俺の腰に跨ってヒィヒィ喘いでた所までは覚えてるんだが……」
「し、しっかり覚えてるじゃん!」
「そうか、お前、俺の家泊まったんだったな。」

 このオレンジ色のビキニの上から、俺のTシャツとエプロンを羽織ってキッチンで鼻歌を奏でつつ料理をしている女、鳴水ミサゴ。彼女には、ちゃんと帰る家がある。
 彼女の家は、この家からは少し離れているらしいが、離れていると言ってもこの島の中の事であり、自転車で1時間もかからない範囲にあることは確かである。俺は、ミサゴの家には行ったことがない。ミサゴの家族の事に関して、俺は一切の情報を持っていない。家はいったいどういう間取りなのか、どんな部屋で生活しているのか、兄弟はいるのか、父親はいるのか、母親はいるのか、家族はいるのか、俺は何一つ知らない。
 前に一度、彼女に直接、彼女の家族や自宅の事を聞いた事がある。ミサゴはただ困った顔をして寂しそうに、「わからない」と答えるだけであった。俺もまた、「そうか」と答えるだけだった。それ以降、俺がミサゴに家族の事を尋ねることはしていないし、彼女からも話を切り出す事はなかった。正直、家の位置ぐらいは知っていてもいいと思うが。
 あらかたの予想はついている。この狭い島の中だ、情報なんていくらでも流れるのに、その情報が流れないという事は、それは流すべき情報では無いという事だろう。そして同時に、そのことは彼女が自分から語るまでは、無理に本人に直接問いただすようなことでもないであろう。もし、彼女の自宅が、彼女にとって本当に心から安心して過ごす事の出来る場所ならば、こうやって俺の家に泊まりには来ない。
 それもまるまる一週間。…いや、二週間か…?
 俺は別にそれでいいと思っている。寄り添い合うつがいの男女が、その相手の事に関してすべてを知る必要などない。もしそう考えているならば、それは強欲というものだ。ひょっとしたら相手は、その関係を継続させるために隠し事をしているかもしれない。だとしたら、相手が関係を望み続ける限り、知らないふりでその行為を信じてやるのが適切な判断だと思う。ミサゴがそれを望まない限り俺はそれを欲しないし、ミサゴがそれを欲しない限り俺はミサゴに望まない。
 ただ、個人的には、平常ビキニしか着ないアイツがどんな服を持っているのか、クローゼットを覗いてみたい気持ちはあるが……。というか、あいつ制服持っているのか……?ここ最近、学校ですら制服姿を見た記憶がないぞ……。

 やっと優しい表情を見せてくれたコーヒーを口に運びつつ、また雑誌を読んでいると、チーンという奇怪な音がダイニングに響いた。
「レイジ、お皿の上にトースト出して」
「俺の家にトースターなんてあったのか」
「何言ってんの、毎日食べているでしょ。ほら、目玉焼き乗せるよ」
「うむ、コーヒーもう一杯」
「はいはい」

 俺のミサゴも今のままで満足している。変わることなく続いていくような、こんな和やかな日々に、俺達は心から満足しているのである。


 そんなレイジ達の家から、島を中心にぐるりとまわった反対側には、陸地が海に飛び出た岬がある。その岬の上に、老紳士、天守博士の屋敷もとい研究室がそびえたっている。天守博士は、この島の中でもよく名の通った人間で、町の人々の間ではガイノイド作りに熱中している酔狂で変わり者な老人、という見解で一致している。

 老紳士は、高級そうなワインレッドのガウンに身を包み、廊下いっぱいに敷き詰められた赤い絨毯を踏みしめながら、屋敷のとある一室へと向かう。その手には、水の入ったガラス製の容器とグラスを載せた銀色のトレイを抱えていた。
 老紳士が、扉の前で歩を止めた。少し息をついて思案したあとで、その木造の扉に向かって語りかけた。
「ラブリエ、もう起きているか?」
 老紳士の呼びかけに対する返答はなかった。
「……入るぞ、ラブリエ」
 そう行って、扉のドアノブに手をかけて、扉を開いていく。部屋から溢れだした光が老紳士の視界を埋め尽くしていく。鋭敏になった網膜神経が、少しずつ冷静さを取り戻していき、真っ白になった視界の中で、物体が輪郭を現していく。
 その視界の中心に、彼女の姿があった。
「起きていたのか、ラブリエ」
 彼女の輪郭は、カーテンが開け放たれ硝子窓から差し込む光の回折よってぼやけていて、
逆行となった彼女は、少し影をさしつつもこちらに向いて立っている事がわかった。その端麗で無機質な美しさの中でかすかに光を放つ双眸は物静かに老紳士を見つめる。彼女は、一糸まとわぬ姿で、そこに立ち尽くしていた。
 老紳士の視界の中で、少しずつ輪郭を取り戻していく彼女の身体は、人間のそれとは少しばかり異なっていた。脱皮した直後の白蛇の様な彼女の肌を伝っていくと、個々の関節部分には重厚な機械部位が露出していた。
 頚椎、腹部、腰椎、膝、足首、肩、肘、手首――。
 それぞれのジョイント部分には、同様に無骨な黒鉄色の関節部分が位置する。金属光沢を有したそれは、対照的な肌の色彩の中できわだって異彩であった。
 少女の整った清らかさの中に、物々しく重厚な秘部が付随され、そして強調されることにより、その不統一な色彩によって非常に不可思議なエロティズムを醸し出していた。
 彼女の頭部に位置した、金色の髪もまた、どこか無機質的であり、その構造は人間のそれとは異なっていた。頭頂部からは、触覚の様な跳毛が飛び出しており、まるで鳥の翼の様な後ろ髪は、今は地面に向かって垂らしている。
 彼女、天守ラブリエ(あまもり・らぶりえ)は人間ではない。天守ラブリエは女性形ヒューマノイド、すなわち機械的に人間を模したロボットである。
 老紳士は、彼女のその、真に人間的な、あまりに美しい素体に心を奪われていた。
 ピシリ――、と沈黙の室内に音が響く。
 容器の中の氷が溶け、氷に亀裂が生じた音だった。
 老紳士は感情が溢れだした様に、ゆっくりと口を開いて、声帯を振動させる。
「……なんという美しさだ……、素晴らしい……」
 水の入った容器の表面に露結した液体が、玉になり、その表面をはって落下する。
「……パパ」
 老紳士の言葉に反応したのか、ラブリエはゆったりと口を開いて言葉を発した。老紳士は、彼女のその口腔の奥底から発せられたその音に酔いしれる。返答も相槌も忘れ、惚けた表情で彼は彼女の次の言葉を待つ。
 しかし彼の予想とは反して、目の前の彼女は表情を強ばらせていった。
「……パパ、一体…、どういうつもり…?」
「……?」
「わ、私が着替えてる時に堂々と部屋に上がり込んできて、一体どういうつもりかって聞いているのよ!」
「な、わ、私は――」
「バカ! エッチ! 出てってよ、アホ――!」
 そう行ってラブリエは老紳士を押し飛ばす。老紳士は開け放たれた扉から部屋の外へと弾き出された。
 持っていたトレイが空中を舞い、そこに乗っていたピッチャーが水を撒き散らしながら落下する。氷で冷やされた水を全身に浴び、ガウンをびしょびしょにしながら老紳士は床にへたり込んでいた。
 そして、彼女の部屋の扉が、バタンと音を立てて閉まった。老紳士は、驚いた様な表情で閉ざされた扉を見つめて黙り込んでいたが、しばらく放心した後、大きく口を開けてその場で笑い声を上げた。
「……アハハハ! これは、まさかここまでとはな! アハハハハハ!」
「何が可笑しいのよ! パパのバカ!」
 瞬間、扉が開き、発射される様に飛んできたぬいぐるみが老紳士の顔に勢い良くあたった。老紳士はそんな事をいささかも気にせず、相変わらず笑い続けていた。

「いい加減機嫌を直してくれてもいいんじゃないか、ラブリエ?」
「うるさい」
 そう言って、ラブリエは頬を膨らませ拗ねた表情でネクタイをしめる。
「そも、私が『入ってもいいか』と聞いた時に、君が何も答えなかったのがだな」
「バカ、エッチ、ロリコン」
 ラブリエは、ブラウスの上から、ブレザーを羽織り、首にマフラーを巻いた。
「うーむ、困ったお姫様だ。しかし、ラブリエ。その格好は、この季節には不具合じゃないか?」
 老紳士は、左手を自身の顎に添えながら彼女を眺め、季節感にそぐわないその服装を指摘する。ラブリエは、マフラーを首に巻き、ブレザーを着こみ、黒タイツを履いており、その姿はまるで寒冷期の女子高生のそれだった。
「わ、私の勝手じゃない! パパには関係無いでしょ!」
「まあそうなのだが、その格好、ひどく目立つと思うぞ。それに、熱いだろう」
「熱くなんて無いわよ! ロボットが熱なんて感じるわけないじゃない!」
「そんなことはない。君の身体には、温度感知ができるようにはなっているからな」
「ふん! 知らないわよ、そんな事!」
 ラブリエは長く垂れたマフラーの端を背中に回す。
「服装の事に関しては君の好みに委ねることとして、ラブリエ。もし、何か不具合が起こったらいつでもこちらに連絡してくれ。私は今日一日、研究室にこもっているつもりなので、何かあったらいつでも駆けつける」
「……パパ。うん、ありがとう……」
 そう言ってラブリエは、老紳士の胸元へと身体を寄せる。
「なあに、心配することはない、きっと大丈夫さ。それに、この島の住民はいい連中ばかりだ。もしものときには、必ず君の助けになってくれるはずだ」
「うん……」
 雛の様に縮こまった彼女は老紳士の胸元で静かに頷く。
「君の事は、先生にちゃんと頼んである。学校についたら、先生のいうことに従っていけばいい。君の事だ、いい友達もできるだろう。さあ、そろそろ行かないと学校に遅れるぞ。転校初日から遅刻だなんて不名誉、被りたくは無いだろう?」
「うん。私、いろいろ不安だけど頑張る……、パパが私を信頼してくれているならば、私は大丈夫……」
「私はいつだって君の事を信頼しているよ、ラブリエ。いつだって、いつまでもな。ほら、お弁当だ。お弁当という名称が適切なのかは分かりかねるがな」
 そう言って、老紳士はアルミの弁当箱を差し出す。そのアルミの箱を眺めて、ラブリエは訝しげな表情を示す。
「……可愛くない」
「『可愛くない』か……、配慮がかけていたな。しかし、私にはそのあたりのセンスはないからな。すまないが、そこは我慢してくれ」
「せめて、何かの可愛い布で巻くとか、可愛い袋に詰めるとかしてほしいわ……」
「おそらく君の求めるようなものは、私は持っていないな。ほら、お金を渡すから、今日の帰りにどこかで買ってくるといい」
 老紳士は、白衣のポケットをまさぐり、そこに入っていた紙幣を数枚取り出して、彼女に手渡した。
「可愛くないなあ……」
「先に言っておくが、中身はもっと愛嬌が無いからな。それと、基本的に火気厳禁だ。弁当箱を火の近くに置くんじゃないぞ。」
「火気厳禁なお弁当なんて悲しすぎるわ……」
「ともかく登校の時間だ、忘れ物はないか? 学校についたらまず校長先生のところに行くんだぞ。それと、クラスの子に攻撃的な言葉を使ったりするんじゃないぞ。もちろん、乱暴なんてもってのほかだ」
「ああー、うるさい! もう、私は子供じゃないのよ! そのくらいのこと、言われなくたってわかってるわよ!」
 そう言ってラブリエは、アルミの弁当箱をスクールバックに詰め込んで、そのスクールバックを肩に抱えた。老紳士の目の前をスタスタと歩いていき、部屋の扉の前に経つと、首を回してこちら見やった。
「さあ、行きましょう?」
 老紳士を一瞥してそう言い放った後、ラブリエは扉を開けて部屋の外へと出て行く。彼女の言葉に促されるようにして、老紳士は彼女の後をついて部屋を出て行った。
 彼らは、赤い絨毯を踏み進んでゆき、そして廊下の隅に配置された階段を登っていく。その階段を登り終え、その先にある扉を開け放つ。

 扉の向こう側にあったのは、ガラス張りの小さな部屋だった。ガラスの外には、明るみを増した朝の空が見て取れ、眩しいほどの日光が差し込んでくる。部屋の向こう側には、敷き詰められたコンクリートの庭があった。ここは、この老紳士の屋敷の屋上である。
「そうだ、ラブリエ。これを」
 そう言って、老紳士は彼女にある箱を差し出す。
「なに、それ?」
「私からのプレゼントだ。開けてごらん」
 ラブリエはその箱を受けとって、その箱を開けた。その箱の中身は、高級そうな光沢を放つ本革のペニー・ローファー・シューズであった。その靴の内側には、流れる様な美しい書体で「la Briller」と金色の刺繍が施されていた。
「私が、君のために特別に発注しておいた、君専用の革靴だ。ぜひ、使ってくれ」
「パパ……」
 ラブリエは老紳士の胸に飛び込んだ。
「はは。君は正直だな、ラブリエ。嬉しいかい?」
「嬉しいに決まっているじゃない、パパ……。こんなにもパパに想われて、私は本当に幸せものよ……」
「ああ、私の愛しい天使ラブリエ……」
老紳士は内心、自身の腕の中に抱きしめた機械仕掛けの愛しい天使を離したくはなかったが、その拘束をゆっくりと解いて、きしむ膝を曲げて彼女の肩に手をかけながら、彼女の視線の正面に立った。
「……さあ、時間だ。ラブリエ、いってらっしゃい」
「ええ、少し寂しいけれども、私泣いたりしないわ。いってきます、パパ」
 そういってラブリエは老紳士の頬に接吻した。そして、ラブリエは箱から革靴を取り出し、壁にかけてあった金属製の靴べらを利用して、丁寧に革靴に足を通した。
「ピッタリだわ、それに、すごく履きやすい」
「もちろん、そう設計させたのだからね。すごいのは、それだけじゃないぞ。ラブリエ、今日はそのまま跳んでみるといい」
「跳ぶって……、靴を脱がずに?」
「そう、靴を脱がずに、そのままだ。大丈夫、そういう風に設計を頼んだんだ」
「わかった。じゃあ、電磁カタパルトの操作をお願いね」
「ああ、位置について、準備が出来たら合図を頼む」
「了解したわ」
 ラブリエは扉を開けて、屋上へ出た。屋上の一端に設置された、カタパルトのシャトル部分に足を設置する。スクールバッグを肩にかけ、片手でそれをしっかりと握りしめる。

 そして、ゆっくりと彼女の後ろ髪が稼動していく。まるで、鷺(さぎ)の翼の様に、彼女の金色の髪が大きく開いていった。内部に筋肉を有した様に、彼女の翼の形状をした彼女の髪は、風を切って飛翔するための鋼鉄の両翼である。
 彼女は、そのまま、ガラス部屋の中の老紳士に向かって、ウインクをした。それが、合図であった。老紳士は彼女の合図を確認すると、カタパルトの射出ボタンを押した。
 カタパルトに電流が走り、そして彼女が乗っているシャトルが高速で稼働する。そして、制服姿の機械天使は、弾丸の様に空中に撃ちだされた。
 彼女の視界に映るのは、海と空。その境目の、水平線に視界を合わせて、彼女はその大翼を力いっぱい広げた。そして、彼女の水平に伸ばされた足首が、稼動する。足首は、まるで殻の様に開き、内部のロケットブースターが露出する。
 彼女の革靴は、その変形に合わせて、分解する。バラの花の様に変形した彼女の足に、彼女の革靴は接着された様に張り付いていた。
(なるほど。パパが言ってたのは、こういうことなんだ――)
 そして、初速度を保ちながら、風に乗ったあたりで、彼女のブースターに火が添加された。彼女のブースターは轟音を立てて火を吹き出しながら、推進力を生み出していく。その勢いに乗って、彼女は大空を自由自在に飛び回る。
 彼女は高度を上げていき、やがて島全体を一望することのできる高さまでたどり着いた。その位置まで来ると、ラブリエはブースターの出力を調整し、その場所で留まった。
 眼下に広がる風景は、一面に広がる青の海(といっても水没した建造物が露出し、棘を生やした歪な水面ではあるが)、そして緑の島。もちろん、居住地域や、地表が露出した部分などがあるため、完全に緑に覆われているわけではないが、幸ノ鳥島が自然豊かな島であることは確かだ。
「ここが、『幸ノ鳥島(こうのとりしま)』……、綺麗な島……」
 海から流れてくる風が、彼女の跳毛を揺らす。
「今日からここが、私の世界! 私の空!」
 彼女のブースターが勢いを取り戻し、彼女は正立の状態で上昇を再開した。翼を匠みに曲げ、身体を反らして、上空で回転し、そのまま島へと速度を上げて向かって行く。
「まだ始業までには時間があるし、少し島を見て回っちゃおうかな!」
 夏の風をかき分けて、彼女は島を旋回する。まるで、彼女の飛翔する姿を島に見せつける様にして、彼女は速度を上げていく
「ああ、気持ちいい! 空を飛ぶのって、本当に気持ちいいわ!」
 快晴の青空に、楽しげな一つの影が飛び回っていた。


 それとは対照的に、公道を走る一つの姿があった。赤い小柄なバイクにまたがって、海辺の道路を進む二つの影。
「レイジー、早くしないと遅刻しちゃうよ」
「そんな事言ったってこのバイクの速度が上がるわけじゃないんだから、無駄な文句を垂れるんじゃない。それにどーせ、この時間じゃ、いくら速度出して裏道走ったところで、始業には間に合わないだろうよ」
「諦めるのは良くないよ、先週もそんなこと言って何回も遅刻していたじゃない。今日はちゃんと早く起きたのに、こんな時間になってるのはレイジが何十分もコーヒー冷ましていたからでしょう」
「終わったことをネチネチと言うな。それに、コーヒーに関しては、冷めた状態で俺にコーヒーを出さなかったという点を考えると、お前にも否があると思うぞ」
「もー、無茶苦茶だよー……」
 そんな実にも花にもならないような無益な言い合いをしながら、俺達はバイクに乗って公道を突き進んでいく。俺が運転を座席に座り、荷台にミサゴが乗る。
 ミサゴは、俺の薄っぺらなバックをクッションにして、俺にしがみつきながらバイクに乗っている。ミサゴは白い半ヘルメットをかぶり、その隙間から流水の様に流れでた青い髪を風になびかせている。
 その青い髪には、赤いてんとう虫の髪飾りがあった。相変わらず、ミサゴはビーチサンダルに水着姿という破天荒な出で立ちであり、彼女の胸元にはいつものように朱色のお守りがあった。
 対して俺は、高校指定の半袖の制服を着ており、学生服のズボンはひざ下までまくっている。
 ミサゴと対照的に、俺はバイクゴーグルをかけただけで、ヘルメットは着用していない。
いわゆる「ノーヘル」ということになるが、まあこの島の事だ、こんな事で咎められる様な事は無いだろう。
 ファン、ファン、ファン……
 そう思っていると、後方から何か不吉な音が聞こえてきた。
「れ、レイジ…」
「ま、まさかな…」
 どんどんこちらに近づいてくる警報音。
 それは、まごうことない、サイレンの音だった。
 後方に視線をやると、凄まじい勢いでこちらに突進してくる白いバイクがあった。
おそらく白バイには似つかわしくないその攻撃的な流線型は日光に照らしだされ美しく光り輝く。わずか8秒たらずで時速200キロまで加速する加速性能を有し、最高速度は時速300キロを超すという怪物的なエンジンを載せたあのマシン。
 かつて史上最強の称号を有したそのバイクの表面には、パールミラージュホワイトの下地の上に、銀色の文字で猛々しく「隼」と記されていた。
 そして、そのバイクにまたがり、まさしく猛禽類の様な獰猛な眼光でこちらを睨みつける女。彼女は、まるでコスプレ衣装の様なアメリカンポリスの制服をまとい、ポリスキャップを深くかぶり、燃えるような赤髪をなびかせる。
 犯罪者顔負けの形相を呈するその女は、あれでも島の治安を守る警察官であり、名を赤城虎吉(あかぎ・とらきち)という。その攻撃的な名前に負けること無く、彼女の性格は獰猛・野蛮・三度の飯より喧嘩好き、という困った性格の女警官である。美人な女性だが、その性格が見事なまでのアダとなっており、未だに結婚どころか、男も居ないらしい。剥製になったら結婚できる、とまで言われているほどの、どうしようもない暴力女である。
「そこのノーヘル二人乗り、またんかいボケェ!」
 そんな彼女の声が、拡声器ごしに後方から聞こえてくる。
「と、虎吉か……、面倒な奴に出会ったな」
「聞こえてんだろ、レイジ! 止まれって言ってんだ!」
「レイジ、虎吉さん、すごい怒ってるよ? 止まったほうがいいんじゃない?」
「いや、あの女は明らかに俺とわかって追っかけてきているんだ……。止まった所で、いつもの様に殴り合いの喧嘩ふっかけられるだけだろ。ていうか、よく見ればあいつもメルメットしてないじゃないか」
 警告どうりに止まったところで、話し合いの通じる相手ではないことは過去の経験から学んでいるので、ここは虎吉の警告を無視して、なんとか逃げ切ってやろうとスロットルに力を入れた。
 しかし、相手は1300CC、こちらは110CC、なおかつ二人乗り。10倍以上の排気量を有するバイクに、速度で勝てるはずもなく、今はまだ多少距離が開いてはいるが、あの婦警がすこしスロットル捻ればすぐさまに追い越されて退路を塞がれる、なんてことはわかっていた。
 さてこの、のほほんと緊迫した状況どうしようか。速度で勝てる見込みがないならば、起点の良さで勝負するべきである。では、いかにしてそれを利用するか。
 そう考えて、このあたりの裏道を思案していると――。
「レイジ」
ミサゴが自身のヘルメットを俺の頭に乗せてきた。
振り返ってミサゴを見やると、いつの間にか彼女は、エアボードを抱きかかえていた。
「お、おい、ミサゴ」
 エアボードはすでにエンジンが指導しており、タップリと空気を吸引してすでに発進準備が整っていた。
「さ、先に学校に行ってるね」
 そう言ってミサゴは、エアボードのスロットルレバーを引いた。
 爆風と轟音と共に、ミサゴはエアボードと共に空中に舞い上がった。
 そして、俺を残して遥か彼方の上空へとその姿を消した。
「あ、あのやろう…、逃げやがった…」
 そうしている間にも虎吉を乗せたバイクを近づいてくる。
「お、おい! これでもう搭乗員は全員(というか俺だけだが)ヘルメット着用してるぞ!」
「ええい、しのごのと御託を! ぬけぇ!」
「な、何を抜けてっていうんだよ!」
 変わらず、虎吉は俺との距離を狭めていく。あれじゃ婦警じゃなくてただのチンピラだ。
「『トライデント』!」
 虎吉はハンドルから片腕を放し、手のひらを地面に向けた。その動作に呼応するようにして、地面から生え出るように道路標識の付いた鉄柱が飛び出てくる。それを握りしめ、まるでナギナタの様にその鉄柱を構えた。その姿は、まるで駿馬に乗った戦国武将さながらだ。

 あれが、鳴水ミサゴの『ミネハハ』と同様、赤城虎吉の持つ能力『トライデント』である。ただコンクリートから鉄柱を生やして取り出すだけの能力、と言ってしまえば非常に簡素で地味な能力なのだが、その能力はこの島の舗装された道路の上ならば自由に使用することが出来る便利な能力だ。公道の規則を提示する標識で、違反者を物理的に圧制するのだから、視覚的にはこの島の治安を司るものにとって相応しい能力とも思える。
 また、この能力を利用して、この島の彼女の管轄地域は防塞能力を有する様にして(身勝手な)改造を施されているようだが、それがどの範囲に及び、どの程度の装備となっているかは、彼女以外誰も知らない。
「うおらぁああああ! 死にさらせええ!!」
 そんな虎吉が、こちらに向かって迫って来ていた。左手に標識の付いた鉄柱を握りしめ、突き刺す様に攻撃心を溢れだしながら。スロットルを握りしめ、そして左手の鉄柱を振りかざす。
「面倒くさい女だ、こうなったら!」
 俺は、片足をバイクの座席にのせ、フットブレーキを力の限り踏んだ。
 そして、もう片足に力を込めて、前方へと飛んだ。

「おりゃあああ!」
 俺の胴体をめがけて振り下ろされた虎吉の鉄柱は、俺とバイクの間で空を切る。全力で静止する俺のハンターカブを取り残すようにして、虎吉の隼は疾走していく。
「ああ!?」
 俺は見計らった様に、急制動するハンターカブの座席に着地する。すぐさま機体のハンドルを握りしめ、バランスを保ち、そしてスロットルを回す。
 そんな俺を背後に眺めながら、虎吉の隼は俺との距離を離していく。虎吉は慌てて、ブレーキを踏んでターンするが、そんなものを俺が待っているハズもなく。
「バーカバーカ! そんなんだから何時まで経っても結婚できね―んだよ、暴力女! 貧乳! 万年処女! 女版ミッキー○ーク!」
 思う存分罵倒を吐いて、俺はスロットルを回し、すぐさまに小道へと入っていく。
「んだとコラァアア!」
 俺の軌跡を追って、後方から隼が追いかけてくる。しかし、小道はハンターカブでギリギリ通り抜ける事のできるような狭い道であり、隼のような大型のバイクが通り抜ける事のできるような広さはなかった。
 後方から聞こえる鬼のような怒声が遠くなっていくのを聞きながら、俺は軽やかな気持ちでバイクの進むままに身を任せていた。

 小道を抜けると、そこは閑静な住宅地へと続いていた。立ち並ぶ住宅は、門付きの高級そうな建物だったが、苔と蔦が生い茂っており、人が住んでいる様子は見られない。この島には、こういった無人の住宅地が数多く存在する。俺の住む家も、そういった地域に当たるといってもいい。
 俺は、バイクの速度を落とし、その住宅地をゆったりと進んでいく。
「ふう、困った女だ。あんなのと結婚する奴は大変だろうな。しかし、もうここまで来れば大丈夫だ……。いくらアイツでも、ここまでは追ってこれまい……、……ハッ」
そう発言した後、まるで何か、不吉な事を誘発するような発言をしたことに気づいた。
「……フラグ立ったか? ……いや、もう何も起こらんだろう、隼じゃあの小道は通れないし。何も起こらんはずだ……、起こらんことを願いたい……」
 しかしながら、運命というものは残酷なものである。
「…………うわあああああ!」
 どこからともなく、いやおそらくは上空から聞こえてくる悲鳴。その声はこちらへと近づいてくる。
「うわあああっ! 落ちる、落ちる、落ちるぅ~~!」
 撃ち落とされたオオワシ、と言うよりも、巣から落下した雛鳥の様に。
「な、なんだ!?」
 俺の頭上に、その運命の少女が空中から落下してきた。
「わあああっ、ど、どいて、どいてぇ! いや、どかないでええ!」
「ど、どっちなんだよお!」
 その返答を聞くまでもなく、俺はその少女を全身で受け止めた。

 意思というものが、この島に存在しているのかどうか、ということは分からないが、まるでこの不思議な島の意思によって巡りあわせる様に、俺達は導かれていく。
 何らかの意思によるものだったのか、それともまったくの偶然だったのか、もしくは定められた運命だったのか。
 ともかくはそれが、この島の運命、そして俺の存在を大きく揺るがすこととなる、世界に愛された機械仕掛けの天使、天守ラブリエとの、初めての出会いであった。


 俺は気づけば地面に突っ伏していた。
 視界には、屈託の無い青空と、ちらほらとその中を遊泳する白い雲達。おそらくは、そこから放たれた少女の、鈍い鈍痛が全身を支配していた。
「白雲千偶、空しく悠々と……。恨むぞ、神様よ……」
 俺は、運命やら偶然やらに悪態をつきつつ、ゆっくりと身体を起こした。
「しかしながら、少女ってのはあんなに硬いものだったか……? なんかこう、鈍器の様な硬さだったが……。まるで落下する冷蔵庫を受け止めたような感覚だったが…」
「……冷蔵庫とは失礼ね」
 ひとりごとの様に放った俺の言葉に反応して、少女の声が聞こえてきた。その声は、俺の下腹部あたりから聞こえてきた。
 俺は、自身の下腹部を見やると、先ほどの少女の顔がこちらを見て、不愉快そうな表情をしていた。少女の、顔が。
「……」
「初対面の女性に対して、冷蔵庫とは失礼ね。まあ、受け止めてくれたことには感謝するけど」
 俺は何度か瞬きして、その眼前に映る光景を再確認する。座り込んだ俺の、その丁度股のあたりにあるもの、それは少女の顔だ。それはいい、それはいいが、その頭部がつながっている部分がどこにも見当たらない。胴体が、だ。
 つまりは、少女の生首が、俺のあぐらの中心部にあったのだ。
「……だいぶ強く打ったのか?」
 俺は自身の後頭部を軽くトントンと叩く。
「それにしたって、もう少し優雅に受け止めることはできなかったの? もっと、お姫様みたいに受け止めて欲しかったわ」
 俺は目を何度も瞬きする。しかしながら、その光景に変化はなかった。
 いや、多分、見る角度が悪かったんだ、少し見方を変えればきっと――、
 そうして、視界を左右に回すと、ふしだらにスカートをはだけさせた少女の胴体が転がっていた。
「うわああああっ!!」
「きゃっ! い、いきなり大声出さないでよ、びっくりするじゃない! それとも、どこか痛むの? 頭でも打った?」
「あ、あ、あ、頭を打ったのはお前の方だ! か、完全にイッちゃってるじゃないか!」
「イッちゃってる…? ……な、なんて失礼な人! 私がバカだっていうの?
 そんな悪口いわれたのは初めてだわ、信じられない!」
 少女の生首は、その金色の髪(?)をまるで手の様にパタパタと動かして、俺に対して怒りの表情を向ける。
「ああ、どうしよう……、やってしまったのか……、刑務所か…? というか、この島に刑務所なんてあったか……?」
「刑務所? 何を言っているのかしら、この人は? そんなことより、貴方、ちょっと」
「偶然とはいえあまりに無慈悲だ、俺が一体何か悪いことをしたとでも言うのか……?」
「ちょっと貴方、聞いているの? さっきからなんだか要領を得ない事ばかりブツブツとつぶやいて……」
「そうだ、これは夢だ!」
「現実よ」
 開き直った直後に、俺の下腹部のあたりから少女のツッコミが飛んできた。
「貴方、気を確かに。いいから、私の胴体に私の頭をつけて」
「な、生首が喋ってる…!」
「わたし、さっきから喋っていたじゃない」
 少女は呆れた様な表情で、狼狽する俺を眺めた。
「い、いったい、なんなんだ君は…?」
「そんなことはいいから、ともかく私を胴体にくっつけてちょうだい。私の胴体はどこ?」
 そうやって、彼女は、自身の髪をまるで手足の様に匠に動かし、首だけで方向を転換させる。そして、自身の胴体を探し、その胴体を視界に捉えた。
 その胴体部分は、腰を突き上げ、誘うようにスカートの中身を見せつけていた。
「い、いやっ! み、見ないで!」
「ヘブゥっ!」
 彼女の翼の様な髪が、俺の頬を殴打した。
「な、なんだよいきなり!」
「ご、ごめんなさい! でもあんな、はしたない格好、殿方に見られたくないものぉ…!」
 そういって彼女の生首は顔を赤く染めて、翼の様な髪でその顔を恥ずかしそうに隠した。
「ともかくは、君は身体に支障は無いんだな」
「大丈夫だから、早く私の頭を胴体にくっつけて…!」
 俺は混乱した思考を何とか整理し、彼女の言われたとおり胴体へと擦り寄る。彼女の胴体の、頭部の位置する場所を見ると、そこには金属光沢を放った重厚な鋼鉄色の機械式の脊髄が露出していた。それを見て、俺の中で混沌を司っていた様々な疑問が、少し氷解の色を呈した感覚を覚えた。
「乗せるだけでいいのか?」
「乗せるだけでいいから、あ、あんまり見ないで……」
 おそらくは、この少女はロボットか何かなのだろうか。
 この島じゃ、少女が空から落下してくるだけじゃ飽きたらず、その少女がロボットときてるものなのか。ロボット、という非現実的な存在をさも当然の様に受け止めてしまっているのは、非現実的な存在を此処ぞとばかりに内包した、この島に毒されてしまっている証拠なのだろうか。
 理解できないものは、理解できないままに受け入れるしか無い。そんな、どこかの放浪者が放ったその言葉が俺の脳裏によぎった。
 俺はその少女の生首を胴体に寄り添わせる。
「ほら、胴体だぞ」
 俺がそう言うと、少女は自身の顔を覆っていたその翼を開き、胴体を確認すると頭部の接合部からチロチロと導線の様なものを伸ばし、胴体部分と少しずつ接触していった。
 お色直し、ではないだろうが、おそらくは少女の身支度をジロジロと魅入る事を躊躇って、俺はその行為から視線を反らす。俺は視線をさらしたまま、彼女の頭部を抱えていた。
「……もういいわよ、いつまで私の頬に触れているつもりなの?」
 その声を聞き、視線を少女に移すと、ムスッとした表情で頬を染め上げながら、こちらを睨みつける少女の姿があった。
 その少女の頭部は、しっかりとその胴体と接合している様に見えたが、その接合部である脊髄はむき出しであった。
 少女はその手で、頬に触れていた俺の手をどかし、その場に立ち上がった。
「も、もう大丈夫なのか? なんか、脊髄部分がむき出しになっているような気がするけど……」
「大丈夫よ、どうもありがとう」
 彼女は頬を染め上げたまま、俺の後半の発言に触れずに、首から垂れ下がったマフラーを首にまいて、そのむき出しの脊髄を隠す様に覆った。
 なぜが、少女はひどく恥ずかしそうな表情をして、俺から視線を逸らしていた。何をそんなに恥ずかしがる事があるのか、と思いながら俺は彼女の装いを今一度見返した。

 彼女は、よくその顔は非常に端麗で美しい顔立ちをしており、先ほどまで匠みに動いていた、その翼の様なものは、いまではまるで髪の様に重力に任せて垂らしていた。
 なるほど、こうして見ると確かに、後ろ髪の様に見え、……なくはないのか。その頭部の頂点からは、跳ねっ毛がまるで触覚の様に飛び出している。いわゆるアホ毛と呼称されるものなのだろう。
 また、容姿とは別に目を引くのが、彼女の装いだ。彼女は、薄い紅茶色の制服を纏っていて、その左胸のあたりには校章なのか熾天使を模したワッペンが貼り付けられていた。履いているスカートはチャック地のもので、太もものあたりでそれはひらひらと舞っていた。そのスカートから流れ出る曲線が描く繊細な太ももには、その表面を覆い尽くすように黒タイツが履かれていた。布地の隙間からかすかに白肌の煌めきを見せる、そのいじらしい黒膜は彼女の足を覆い尽くしており、その足先にはいかにも高級そうな通学用の革靴があった。
「……いやらしい視線で私の身体をジロジロ見ないでくれる?」
 そう言い放つ彼女の首には、チェック地のマフラーが、その首筋を隠すように巻きつけられている。その服装を総括すると、冬場の女子生徒の身なりである。衣服を纏うのも億劫なほどに熱い季節だというのに。
「……なかなかに季節外れな格好だな。熱くはないのか?」
「私の身体を散々視姦したあとで、第一声がそれなの? 失礼な人ね」
「じゃあ、なんて言えばいいんだ? 太ももの曲線美が素晴らしいとかいえばいいのか?」
「へ、変態! 少し甘い顔をしたらすぐこれだわ、真性の下衆ね!」
「うーん、面倒くさいヤツだな…」
 俺の発言が気に入らなかったのか、そっぽを向く彼女の横顔を眺める。不意に、俺の脳裏に昨日の光景が蘇る。それは、昨日の夕方に見た、走り去る電車の最後尾の客車の窓に映った、彼女によく似た少女の姿だ。
「なあ、君、昨日電車に乗っていなかったか? 夕方ぐらいにさ」
「……電車? 私、そんな記憶は無いわね。貴方の見間違いじゃないかしら?」
俺はもう一度彼女の顔を眺め、そして記憶の中の少女と照らし合わせた。
「……いや、あれは君だった。天守のおっさんと向かい合う様にして、客車に乗っていたはずだ。俺は確かに見たんだ」
「天守……、ああ、パパのことかしら。何処かに出かけて居たのかしら? 確かに昨日、家には居なかった様だけど。でも、貴方が見たその人ってのは、残念ながら私じゃないわよ。私には昨日電車に乗ったなんて記憶は無いもの」
「……うーん、俺の見間違いなのか……?」
「もしそれが私だったとしたら、とてもメルヘンチックな出会いだったでしょうね。でも、おあいにくさま。あれは私じゃないし、今日の出会いはただの偶然よ。運命的な結びつきなんて皆無だわ」
 俺は、彼女の発言に違和感を感じてやまなかった。
 そこまで掘り下げるような事では無いにしろ、何か不可解な疑念が思考を取り巻いていた。確かあの時、電車の窓から覗いた少女の影は、俺達の姿を横目で追った。そして、俺は彼女と目があった。
 その時の少女は、ひどく無機質的な表情で、確かに今のこの表情豊かな彼女とは異なっていた様な気がする。しかし、その姿、その顔、その特徴的な髪は、確かに彼女だった。それとも、彼女の言うように俺の見間違いか、記憶違いだったのか?

「な、何をそんなに難しい顔をしているのよ。……べ、別に私は貴方との出会いが運命的でないからといって、感謝をしていないとは言っていないのよ。貴方が挺身して落下する私を受け止めてくれなかったら、この人気の無い住宅地でバラバラになっていたところなんだから」
「……まあ、いいか。で、聞きたいことは山の様にあるんだが、まずは君の名前を教えてくれないか?」
「どうしてそんなこと教えなきゃいけないのよ」
 少女はこちらを訝しげに見つめ返した。
「ああ、受け止めた時の衝撃で身体が痛い……」
「え、だ、大丈夫? お医者様を呼んだ方がいいかしら!?」
 俺のわざとらしい動作に対してまじめに心配がる彼女。困った、非常にやりにくい…。
「き、君の名前を聞かないと、痛みが収まらんなぁ……」
「え……? ああ、そういうことなのね、冗談だったのね。ならよかった、痛いところは無いのね。もしどこか痛むようなら、私どうしようかと思って焦ってしまったわ……」
「は、はぁ……」
何だ、この複雑な少女は……。これは手強いぞ……。
「え、えーと、君の名前は……」
「私、パパから、信頼の置ける人物以外には本名を名乗るな、と言われているの。だから、名前は教えられないわ」
「し、死ぬ思いをして君を受け止めたっていうのに……」
「偶然の産物じゃない。それを餌に情報を得ようとするなんて、いやらしい俗物根性ね。そういうのをなんて言うか知ってる? 『鶴の衣(い)を借る狐の皮算用』っていうのよ」
「絶対そんなことわざ無いからな、間違った知識をこれ見よがしに使うんじゃない」
「まあいいわ、名前ぐらい教えてあげてもいいわよ、私の名前は――、」
 彼女が自身の名前を告げようとした瞬間、後方から怒声が上がった。

「見つけたぞおお! レイジィイイ!」
 轟音と地鳴りと共に近づいてくるそれは、間違いなく暴走婦警・虎吉のそれであった。

「ま、まずい……、回り道して追いかけてきやがった、逃げるぞ!」
「に、逃げるって、何処に?」
「とりあえず学校まで行けば大丈夫だ、撒けるかどうかは分からないが、ともかく急ごう!」
 俺は慌てて倒れていたバイクを起こして、エンジンを指導させる。
 後方からは怒声が猛牛の如く迫ってきていた。
「レイジィイイ!!」
「ほ、ほら、お前も早く乗るんだ! あの女、普通の思考回路してないから何するかわからんぞ!」
「わかったわ、後ろに乗ればいいのね」
 そう言って、しぶしぶと俺のバイクの荷台に座り込む彼女。
「それにしたって、女の子に足を開かせるなんて、バイクっていうのは下賤な乗り物ね」
「どっかのお姫様みたいなこと言ってないで、振り落とされないように俺の身体にしがみつくんだ」
「さも合法的に女性を抱きつかせる……、本当に不埒な乗り物だわ……!」
「振り落とされんなよ!」
 そう言って俺はスロットルレバーを全開にしながらギアを入れる。バイクはドンと上下し、暴れ馬の如く疾走を始めた。
 俺はハンドルを握り締めて、その制御をとる。なんとか、車体を安定させ、軌道に乗せ、ギアを踏みしめ、加速を促す。
 そんなことをしている間にも、虎吉の隼は俺に近づいてくる。
「ちょ、ちょっと! 追いつかれてるわよ!」
「わ、わかってるって! どっかの小道に……!」
 視界を左右に回すが、どこもかしこも住宅ばかりで、逃げ道として有効な小道は見当たらなかった。
 やがて、道路は急な登り坂へとたどり着いてしまった。
「げっ、こんな急な登り坂じゃ、ギア落とさないと登れないぞ……! あの隼じゃともかく、俺のハンターカブだとかなりきついな……!」
 これは、チェックメイトか?
 そう考えて居ると、俺の首筋に頬を寄せて、その少女がまるで誘うように呟いてきた。
「ねえ、あのバイク、『隼』って言うの?」
「あ、ああ、そうだよ、地上最速の二輪だよ」
「素敵な名前ね。でも、空は飛べないんでしょう?」
「そ、そりゃあ、バイクだし……」
 少女はなおも言葉を続けた。
「じゃあ、こうやって行き詰まったら、もう打つ手はないのね?」
「何が言いたいんだ?」
「わからない? 翼を生やしてあげるって言っているのよ、あなたのバイクに」
 そう言って彼女は、ハンターカブのタンクを叩いて、強気な表情で俺を見た。
「……はぁ?」

「レイジィイイイ!!」
 そして、地上最強の隼は俺の後方わずか10メートル程度のところまで差を縮めていた。その隼にまたがる暴君は、再びその手に標識の付いた鉄柱を握り締めている。

「走って!」
 スロットルを促す様に彼女の声が耳元で響く。
「い、いわれなくとも!」
「ギアは落とさず、そのまま!」
「ええっ! それじゃ、あんな坂登れないぞ!?」
「いいから、私の言うとおりにして!」
 彼女の言葉は、こんな状況にも関わらず、強気である。
「何か、考えがあってのことなのか!?」
「いいから!」
「ど、どうなってもしらんからな! ええい!」
 俺はギアを下げることなく、その坂へと向かった。荷台に乗せた少女はおれの身体を強く握りしめ、バイクを腿で握りしめる態勢になる。
 そして、彼女の髪、もとい翼が道路いっぱいに開いていく。

「なっ、なんだありゃああ!?」
 それを見て、虎吉が驚嘆の声を上げる。
 次の瞬間、俺の背中に衝撃がかかる。
「な!?」
「いいから、しっかりバイクに捕まってて!」
  彼女の足が、革靴とともに、まるで貝殻の様に開いていく。その中心部には重厚なロケットブースターが顔を覗かせる。
 そして、それは稼動と共に一気に点火した。
「うおおっ!!」
 ジェットエンジンの推進力を得て、加速をする俺のハンターカブ。高速ギアにもかかわらず、機体は坂道を苦ともせずにかけ登っていく。

「逃がすかあああ!!」
 虎吉の隼がなおも距離を詰める。そして、俺達の側面について、そのナギナタの様な鉄柱を握りしめ、それを振りかざす。
「いくよ! しっかり握りしめて!」
「おうっ!」
 彼女のその言葉の直後、俺たちは坂道の頂上にたどり着いた。
 そして、振り下ろされる隼の鉄槌。

 それをまるで軽くあしらうかのように、俺達はバイクと一緒に――、空を飛んだ。

「えっ……、すげえ! 飛んでるのか!?」
「飛んでいるって言うよりも、私が担ぎあげているのだけれどもね。私が拘束を解いたら真っ逆さまよ」
「す、すげえ! ハンターカブが飛んでる! 俺のバイクが空を飛んでるのか!」
 俺にタンデムする形で、その頭に位置した大翼を開き、その足からロケットブースターを露出させる彼女。やがて、俺の視界は、地上に残された隼を見失っていく。雑然としきつめられた住宅を見下ろして、俺達は大空を突き進んでいく。

「……なんだありゃあ、格好良すぎるじゃねえか……」
 地上に取り残された、名折れの「隼」と暴君は、大空に飛翔した俺たちの影を眺め、魅入る様に呟いた。

「おおお、すげえ! 今、俺、バイクで空飛んでるよ!」
「私の力を借りて、ね」
「でもやっぱりすごいな!」
「じゃあ、これで私を助けてくれた恩はチャラね。だって、追手から貴方を逃してあげたんだもの」
「う……、まあ、そうなるのか……?」
 俺が少し渋い顔をすると、それを見計らったように少女は表情を澄まして口を開いた。
「貴方、確かレイジと呼ばれていたわね。それ、名前かしら?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、教えてあげるわ。私の名前は、ラブリエ。天守ラブリエ。特別に教えてあげたのだから、いつか何かしらを持って私に返してね」
「善意無償の自己紹介じゃないのかよ!」
「貴方にはまだ信頼が置けないわ。信頼の無い分を、恩義という有償のもと提供させて上げるんだから感謝なさい」
「せ、性格悪っ~……!」
「それと、あなた、『清蓮高校(せいれん・こうこう)』」の学生でしょう? 制服を見ればわかるわ。清蓮高校が何処にあるか、教えてくれない?」
「じゃあ、君は転校生なのか」
「……君?」
 ラブリエはそう言って、怪訝そうな表情をして会話を止めた。その表情の意図する事を理解して、俺は仕方なしに彼女の無言の要求に答える。

「ラブリエ……、は転校生なのか? 清蓮高校の?」
「うん、そうなのっ! だから、学校まで案内してくださらない?」
 そういって上機嫌に笑って、俺の身体を強く抱きしめる。
「まあ、いいけど、これも恩義じゃないのか? 道に迷った転校生を、高校まで案内してやるのも」
「そこまで案内してくれるのは、貴方の親切。そこまでこうして運んであげるのは、それに対する私の恩義よ」
「本当に面倒くさいヤツだな……。じゃあ、俺の言う通りに進んでいってくれ」
「ねぇ、レイジ?」
「あ?」
「私、この街のこともよく知らないの。この街のことも教えてくださらない?」
「というと?」
「もう少し飛び回らないかしら?」
「調子に乗って、そんなことをしてたから、先刻みたいに落下したんじゃないのか?」
「む~……」
「けど、もっと飛び回ってたいのに同感だな! 義理堅い女は苦手だが、感情に正直な女はタイプだぜ!」
「話のわかる人ね! それじゃあ少し旋回するけど、振り落とされないでね!」
そう言って、彼女は自身の翼を匠に動かし、ゆっくりと旋回していく。

 そうして、俺たちは島に始業のベルが鳴り響くまで、島中を飛び回っていた。


 幸ノ鳥島・清蓮高校(こうのとりしま・せいれんこうこう)――、
 この島唯一の高等教育機関であり、同時に陸地に残された人類にとって最後の教育機関である。というのも、こんな狭い島にいくつも学校を残しておいても無駄なので、島の中に残された教育機関を一つ所にまとめてしまおう、という考えの元で白羽の矢が立ったのが、当時栄世を誇り、比較的大規模な敷地面積を有し、島の中央に位置していたこの清蓮高校であった。

 この清蓮高校、現在在中している教職員はわずか10人程度しかいない。学生数も全校生徒合わせて300人程度しかいない。また、各クラスは学年ごとの分類で分けてはおらず、一年生から三年生を混同して授業を行なっている。そのため、授業内容は非常にまばらなものとなっていて、学生の自主性が非常に試されるものとなっている。
 まあこの状況下、そんなにまともに勉強をしている学生も少ないのではあるが。
 清廉高校は、緑豊かな山の麓に位置している。島の半分を覆う緑色の中で一つだけ異彩を放つ白い建物が存在する。その雪花石膏の輝きを放つ白亜の建造物こそが、清蓮高校の校舎である。

 その整然たる校舎の一室に、その二つの影はあった。
 一つは、清蓮高校の教職員、今石洋子(いまいし・ようこ)の影であった。洋子は白いブラウスを着こみ、黒地のタイトスカートを履いている。その淡い赤色を呈した髪は後ろで結ばれ、流れるように跳ねている。彼女は銀縁の眼鏡を着用し、ブラウスの襟元には琥珀色のループタイが輝く。
 沈黙が支配する、澄んだ空間の中で、今石洋子は口を開いた。
「マスター、例の転校生の件ですが……」
 洋子は、書類と封筒の束をその胸に握りしめ、もう一つの影に向かって語りかける。洋子に背を向け、窓辺に立つもう一つの堂々たる金色の影。
 清蓮高校の校長にして最高権力者である、スクールマスター、その影である。その影は、金色の甲冑を全身に纏い、その表情も金色の仮面に隠され伺い知ることはできない。背には、真紅のマントが備えられ、その表面には金色の刺繍で「SCHOOL MASTER」と描かれている。
「……」
 金色の影は、彼女の丁寧な言葉に口を開こうとはしなかった。
「始業の前には、こちらに訪れる様にちゃんと伝えておいたのですが……、申し訳ありません……」
 頭を深々と下げる洋子の額を汗が伝う。
「……良かろう、ともかくは彼女の今後の処遇こそが重要となる。それさえ、誤らなければ」
 ゆっくりと、荘厳な口調でスクールマスターは口を開く。
「は、はい! その点は、重々に承知しております!」
「今石」
「は、はいっ!」
 洋子は慌てて下げていた頭を上げて、その金色の声を聞いた。
 金色の甲冑は、真紅のマントを翻し、金属音を奏でながらと洋子の元へと歩み寄っていく。その甲冑からあふれだす様に、金色の後光がその影を包み込んでいた。
「この島、この世界の陸地には我が清蓮高校以外の学業施設など、存在していない。にもかかわらず、転校生だと名乗る少女が我が清蓮高校に訪れようとしている。ありえるはずのない事例だ」
「は、はい……、まったくもって不可思議な事態です……!」
「私にも、事の全容が把握しきれていない。本来ならば、私が自ら手を下すべき問題なのだが、……君も知っての通り、私には時間が無い」
「マスターのお身体の事に関しましては、ご承知しております」
「そこでだ、今回の少女の事はお前に一任したい」
「了解致しました。今石、全霊を以って対処致します!」
「虚実なのか、真実なのか。真実だとしたら、その仔細を調べ上げろ。それがお前の職務だ」
「りょ、了解致しました…!」
 金色の甲冑はゆっくりと洋子へと手を向け、洋子の頬に触れた。そして、もう片方の手で、金色のヘルムの口元だけを開けた。
「あっ……。……だめですマスター、紅が……」
「構わん」
 そう言い切り、金色は羞恥する洋子の顎を持って、その唇に自身の唇を重ねた。洋子は、瞳を閉じて、恍惚の表情でその行為を受け入れる。洋子が、その甲冑に手を回そうとする瞬間に、金色は彼女の唇から自身の唇を離していく。
 名残惜しそうに赤面する洋子をそのままに、マントを翻し、背を向けた。その背中には、人類最後の教育機関の校長を司る威光があった。
「話は以上だ。行け、今石」
 ただ、そう呟く様に放ったその言葉を受け、洋子は頭を下げ、その場から出て行った。

「はたして、この事態はいかなるものか。
 島の気まぐれか、世界の気まぐれか。もしくは――」

 同時刻、清蓮高校、教室において。
 清蓮高校は、「橙蓮(とうれん)」「桜蓮(おうれん)」「紅蓮(ぐれん)」「翠蓮(すいれん)」「藍蓮(あいれん)」「黒蓮(こくれん)」の六つのクラスが存在しており、それぞれに50名程度の生徒が在籍している。
 この教室は、「翠蓮」クラスの生徒が使用している。
 始業のベルが鳴り終わった後で、一向に姿を表さない教師を待ちくたびれ、翠蓮の生徒達は淀みの声をあげていた。
 翠蓮クラスにはわずか23名の生徒しか在籍していないにもかかわらず、その教室は非常に広く、大学の大講義室の様な重厚な造りの一室である。
これと同規模の大教室が現在ではいくつも空き教室となっており、そこからはかつての清蓮高校の栄世が伺える。

「遅いわね、今石先生。どうしたのかしら…」
 翠蓮クラスの委員長にして、生徒会長でもある金平文(かなひら・あや)はポツリと呟いた。金平文の髪は山吹の花の様な美しい金色をしていて、それは金糸の如く垂れていた。
 金平はクラス随一の美少女で、淡麗な顔立ちをしており、赤いフレームのメガネがアクセントとなっている。彼女は、おそらくはこの島において、数本の指に入るであろう非常に真面目な人物であり、魑魅魍魎と形容するに相応しい連中を此処ぞとばかりに押し込めた様なこの清蓮高校を統制する確かな信頼と実力を持った、まさしく才色兼備という言葉がよく似合う女生徒である。

「どうなってんのさー、カーナブーン、今日学校休みだっけー?」
 机上に全身を投げ出し、突っ伏した恵比寿シイラが気だるそうな口調で言い放つ。
 「金平文」、苗字の「金」と名前の「文」を取り、彼女に付けられたのは「カナブン」というあまりに愛想の無い愛称であった。金平文は、自身の腕を回して、そこに巻きつけられた革ベルトの小さな腕時計の盤面を見やる。
 アンモライトに彩られた盤面ははきらびやかな採光を放ちつつ、その針は既に時刻9時を回っていた。始業時間は、8時40分。隣の紅蓮クラスの教師ならいざしらず、あの規則正しい今石洋子が遅刻するとは思えなかった。
 一身上の都合か、もしくは何かしらの催事に巻き込まれているのか。金平文は考える。

「うーん、確かに始業時刻はだいぶ過ぎているわね。でも、もう少し待ってみましょう。ほら、そこ帰り支度をしない」
 いそいそと帰り支度を決め込んでいた二人の女生徒を指摘する。
「えー、もう今日休みでいいじゃーん、海行きたーい」
「カナブンも海いこーよ、おっぱいでっかいんだからさー」
「あなた達の言っていることはよくわからないけれども、今日は休日ではないし、こうして待っていればおそらく今石先生もいらっしゃるはずよ。それまで待っていなさい」
「カナブンは真面目だなー」
「おっぱいでっかいくせに真面目だなー」
「……あなたは何か私の胸に対して恨みでもあるのかしら?」
 そんな女生徒達の冗談に戯れながら、金平文は教室を見渡す。
 そして、彼女は少し不可思議な事に気がついた。
 水着姿の女子生徒――、ではなく。とある男子生徒、鈴木レイジの姿がなかったのだ。
 いや、不可思議な点は其処ではない。鈴木レイジが、遅刻したりサボったりするのはいつものことだ。だから、鈴木レイジの姿が無いことに関してはいまさら不審がることではない。問題は、やはり水着姿の女子生徒なのだった。
「ねえ、ミサゴ?」
「え、ええっ! な、なにかな、カナブン!?」
 金平文は、水着姿の女子生徒、鳴水ミサゴに語りかけた。
 純白の制服姿の連中が、服装を乱しながらただれるように机に突っ伏している中で、水着姿で机に行儀正しく座る彼女の姿は初見の人間には非常に不可思議に思えるだろうが、問題は其処でもない。
「今日は、レイジは一緒じゃないの?」
 鈴木レイジが定時に学校に居ない事が問題なのではない。問題なのは、そういった場合に必ずといっていいほどの確率で、この水着姿の女生徒も学校に来ていないのだ。
「ああっ、そういや、レイジいねーや!」
 机に突っ伏していたシイラが、驚いた様に顔を上げて教室を見渡した。
「し、知らないなー……」
「でもミサゴ、昨日レイジの家に泊まっていったんじゃないのか?」
「ぎ、ぎくっ……」
 どんどんと、ミサゴの顔色が青白くなっていった。
「け、喧嘩でもしたの?」
 金平文は、彼女のそんな様子を理解して、おそらくは彼女が何かしらの事をしてしまったのであろうことを理解し、優しく諭す様に言葉を綴る。
「け、ケンカとかじゃないんだけど……、大丈夫かな……。も、もしかして本当に捕まっちゃったのかな……、ひょっとして、いまごろ……」
 彼女の言葉の最後の方は、声が小さくなっていき、聞きとることができなかった。それと同時に、彼女の顔色は一層青白さを増していった。
「み、ミサゴ? 大丈夫、何かまずいことでもしてしまったの?」
 それを気遣う様に金平文が優しい言葉で鳴水ミサゴに尋ねる。その返答を聞く前に、大教室の扉が荒々しく開いた。
「皆さん、遅れて申し訳ありませんね」
 その声の主は、今石洋子であった。
「先生おそーい」
「彼氏と二度寝ー?」
「はいはい。ああ、もうこんな時刻になってしまったなんて、本当に待たせてごめんなさいね」
 その女教師は、女生徒の野次を軽く受け流し、教壇へと足を進めていく。
「あら、今石先生だわ。ミサゴ、また詳しくね」
 そう言って金平文は自分の席へと着席する。
「私が遅れたのには理由がありまして、いえ、正当な理由があるからといっても、それがいいわけじゃないんですが。実は、今日転校生が来るはずだったのですけど…」
 そう、言葉を吐くと、女子生徒達は騒がしく囃し立て始めた。
「キャー! 先生、男子? 女子? かっこいい?」
「かわいい系? かっこいい系?」
「私のタイプ? その子、おっぱい大きい?」
「学校ここにしか無いのに、転校生とかわけわかんーない! キャー!」
教壇に立ち尽くす女教師を尻目に、大いに盛り上がる女生徒達。
「はいはい、騒ぎたくなる気持ちはわかりますが、お静かに。それと三番目の彼女、君は自身が特殊な性癖を持っていることを自覚なさい」
 今石洋子はそう言って、女子生徒達をなだめる。
「えー、その転校生なんですが、まだ現在こちらに顔を出していないというか、消息が掴みきれていないというか……」
「はーい、先生!」
「何でしょう恵比寿さん、ちなみに先生今話をしている途中なんで、出来れば遮っていただきたくないんだけれども」
 そんな今石の丁寧な拒絶空しく、シイラは言葉を続ける。
「その子、男の子なんですか? それとも女の子?」
「あなたには暗示的にものを告げようとしても無駄だっていうことがよくわかったわ。まあ、その程度ならかまわないでしょう。一応、女の子っていう事にはなっているらしいけれども……」
「一応?」
「なんとも説明しにくいことなのだけれども、彼女は……、ん?」
 今石が言葉を言い尽くす前に、彼女は何かの叫び声のようなものがこちらに近づいてくる事に気付いた。それは、窓の外から聞こえてきており、こちらに向かってじょじょに近づいてきている。
「……うあああああ……」
「何の音かしら、こちらに向かってきては居るようだけれども」
 今井洋子は、不審そうに教室の窓に近づいた。
 瞬間、視界に写ったのは、こちらに向かってくる鈴木レイジと話題の転校生の姿があった。その二つの姿は、一つのバイクに跨り、翼を生やして空中を滑空していた。
 そしてその影は、洋子の視界を埋め尽くさん勢いで、その教室へと突っ込んできた。
「うわああああああああああああ!!」
「きゃ、きゃあああああああああ!!」

 バイクは、大教室の窓ガラスを叩き割り、それを突き抜けて洋子を吹き飛ばし大教室の中へと飛び込む。はじけ飛んだガラスが四辺に飛び散り、バイクは教壇を弾き飛ばして、埃を舞い上げながらそこで盛大に転倒する。
 一瞬の静寂の後、舞い上げられた埃の中から聞こえてきたのは甲高い怒鳴り声であった。
「いった~~~っ……、あなた、本当に、何をやってるのよ! あれほど制御は私に任せなさいっていったじゃないの!」
 その声の主は天守ラブリエである。
「俺だって操縦したいんだよ、多少身体を動かしたっていいじゃないか! それにエンジントラブル起こしたのはお前だろう!」
 その声に反論するように聞こえてきたのは、鈴木レイジの声である。
 大教室の中で、二人の罵倒だけが響き渡る。
「な、何、私の責任だっていうの!? あなたが、無理やり無茶な旋回させるから行けないんじゃないの!」
「無理なら無理って言えばよかったじゃないか! いいか、俺の無茶に乗り気になったお前にも否があるぞ!」
「無茶苦茶な話だわ! 調子に乗ったのは貴方じゃない! どうして私が貴方のペースメーカになんてならなくちゃいけないの!? そもそも、あんなに好き勝手機体揺らしておいて、自分の否を認めようとしないなんて、あなたどうかしてるわ!」
「お前に制御があるんだから、調子をあわせるのはお前の仕事だろう!」
「だから、揺らすなって何度も言ったじゃない! 私は何度も忠告したじゃない! どうして、そう思いついた事がすぐ行動に結びつくのよ!」
「し、仕方ないじゃないか! ラブリエと、飛ぶの、本当に楽しかったし……」
「え……、そ、そんなこと言われたら……、言い返せないじゃない……」
 そこで二人は照れる様にして押し黙った。
「おい、あいつら何かこのまま良い感じに終わろうとしてるぞ……」
 呆れた表情でシイラが呟いた。
「レイジ……」
「ラブリエ……」
 レイジがラブリエの肩に手をかけようとしたその時、煙幕の中から野獣の如く手が飛び出してきて、レイジの頭を鷲掴みにした。
「って、ええっ!?」
 その手は彼の頭部を鷲掴みにしたまま、それを黒板に叩きつけた。ゴシャ、と鈍い音を奏でて、レイジの頭部はその黒板にめり込んだ。
 ゆっくりと煙幕をかき分けながら、その影は立ち上がる。頭部にガラスの四辺が突き刺さり、流れる様に血液を垂らしながらも、今石洋子は笑顔を絶やさなかった。
「さて、明日からはちゃんと正面玄関から校舎に入ってね、天守ラブリエちゃん?」
「は、はい……」
「……レイジ、黒板に突き刺さってるけど、大丈夫かな」
 シイラがその光景を眺めながら呟いた。
 タイトスカートにまとわりついた埃を払いながら、笑顔のまま今石はハンターカブを蹴っ飛ばした。吹き飛ばされたハンターカブは、教室から退場し、その廊下でガシャンと重厚な音を立てる。
「じゃあ、いきなりだけども自己紹介、いいかしら?」
 今石は、血まみれの笑顔をラブリエに向けた。
「……えーと、血が流れ出ていますけれども、大丈夫でしょうか…?」
「自己紹介、いいかしら?」
 洋子は表情をピクリとも変化させず、笑顔のまま彼女を眺めた。
「は、はい…、えーと……、はじめまして、私は……」
 そう言って彼女は、生徒たちの方に向き直り、恥ずかしそうに自己紹介を始めた。


「痛っ……、ミサゴ、もう少しやさしく巻きつけてくれ」
「レイジが動くからだよ、じっとしてて」
 俺は保健室の丸い椅子に腰掛け、ミサゴによる手当を受けていた。
「ったく、あの暴力教師め、力の加減というものを知らんのか……」
「レイジが今石先生にバイクで突っ込んでいったのが悪いんでしょ?」
 ミサゴは丁寧に俺の頭部に包帯を巻き付けていく。
「そもそも、アンタが今石先生を怒らせるような事をしたのだから、アンタにすべての否がある事に関しては理解しなさい。今井先生も怪我を被ったのだから、怒る程度で済んだ事を感謝なさい」
ミサゴの言葉をより強調するかのように、金平文が攻めの言葉を続ける。
「まあ、俺に否があることは認めよう。だがな、その半分はあの転校生の所為だからな!俺を空に駆り立てたのはアイツだからな!」
「ラブリエちゃん、って言ったっけ。なんか、だいぶ揉めていたけれども、一体朝何があったの?」
 そう言いながら、ミサゴは俺の頬を、消毒液の染み込んだ脱脂綿でこする。
「朝何があったか? そもそもはお前がだなぁ~……」
 俺はミサゴの首に手を回して、ミサゴの身体を力ずくで引き寄せる。
「いい~、ご、ごめんなさい~!」
「俺を残して颯爽と逃げやがって、何が『何かあったの?』だぁ~?」
「でもあれはそもそもレイジがぁ~……」
 俺はもう片方の手で、水着の上からミサゴの乳房を握りしめる。
「ひゃあっ!いきなり揉まないでよぉ~っ!」
「ええい、よいではないか。ここは、保健室、何をしようと咎めるものなど……」
「ここにいるわよ!」
 そう言って、金平文は俺の頭をハリセンで思い切り叩きつけた。
「あだッ! 頭を叩くな、頭を! ていうか、どっから出したんだそのハリセン!」
「私は、この清蓮高校に在籍する魑魅魍魎どもを制し律する生徒会長よ。ハリセンの一本や二本、傍らに忍ばせておいても不思議ではないわ」
 そう言って、カナブンはメガネの位置を直す動作をして、さも得意げな表情で俺達を眺めた。その腕には、生徒会長の証である、清蓮高校の紋章が描かれた緑色の腕章があった。
「まったく、生徒会長になるために生まれてきた様なヤツだな。……しかし、カナブンは本当におっぱいがでかいな……、またでかくなったんじゃないか、ちょっと触ってもいいか?」
「ウフフ、私、隠し持ってるのはハリセンだけじゃなくってよ?」
 カナブンは不気味な笑顔を俺に向けると、彼女の何処かから『ガシャン』という重厚な金属音が聞こえてきた。
「でも、カナブンは本当に大きいよね。私も、カナブンには勝てないなぁ」
「ミサゴ、間の抜けた事を言ってないで、さっさとそのバカの治療を済ませてしまいなさいよ」
 ミサゴは変わらすに、俺の頭部に包帯を巻きつけていた。その姿を見て、俺はとあることを思いついた。
「……そうだ、ミサゴちょっと腕をかせ」
「えっ?」
 俺はミサゴの両腕をとって、それをカナブンの胸に押し付けた。そして、ミサゴの腕を動かして、カナブンの胸を揉ませた。
「きゃあっ! な、何をっ!!」
「ミサゴさん、感想は?」
「ふ、ふわぁ……、やわらかくて、あったかくて、すごくエッチな感触だよぉ……」
 ミサゴは呆けた様な表情でよだれを垂らしてそういいながら、俺の操作を受けカナブンの胸を揉み続けた。
「ああっ……、なんか俺にもその感触が伝わってくる……、おおっ……!」
 カナブンはミサゴに胸を揉まれながら、青筋を立てて俺を凝視していた。
「な、なるほど……、いい度胸だわ。あんたの頭を開いて、その腐りきった脳味噌を総取り替えする必要がありそうね……」
「い、いや……、よく見てくれ、胸をもんでいるのは俺じゃなくて、ミサ……」
「このアホっ! 一回死ねっ!!」
 保健室に再びハリセンの威勢のいい音が鳴り響いた。


 そんなこんなで俺たちは教室に戻ってきた。俺を見つけるなり、シイラの馬鹿は俺の風貌を眺めて言葉を放つ。
「……なんか、保健室に行く前より怪我増えてない?」
「なあに慣れたもんさ」
「殺される前に、その不埒な思考を改めなさいよ。次にあんなことしたら、その程度じゃ済まさないからね」
 そういってカナブンはつんけんとした態度で、自分の席へとつかつかと戻っていった。
 俺は教室に戻ると、教室を見渡して、かの転校生、ラブリエの姿を探した。

 教室の中心に明らかに異質な人だかりができていることに気がついた。まあ、転校生なんて経験したことのない連中の集いなわけで、興味を掻き立てられる事は無理もないが。
 その人の群れは隙間なく、その渦中の彼女を埋め尽くしていた。

「きっとあの中で、魔女裁判ばりの詰問地獄が行われているんだろうな…」
「いやー、休み時間が始まってからもうずっと今の状況だよ。まともに話しかける事なんてできないよ」
 シイラは棒付きの飴を口内で頬張りながら、横目にそのかしましい人の群がりを眺める。
「しかし、転校生ってのは一体どういうことなんだ? そんな事がありえるのか?」
「まあ、何が起こるかわからない、この島の事だしね。どこぞから転校生が自然発生する事が、無いとは言えないでしょう? キノコみたいに部屋の隅からニョキニョキ~、って転校生が生えてきたのかもしれないし、もしくは本当にこの島以外に陸地が存在していて、そこから来た親善大使なのかもしれないよ」
「それだったら、もっと騒いでるだろ」
「騒いでるじゃん」
 そう言って、シイラはもう一度その人の群れに視線を合わせた。
「もっとこう、島中でニュースになるだろ」
「らよねー」
 シイラはそう言って、口内の飴をコロコロと舐め回し、彼女の口から飛び出た棒がその動きに合わせて動いた。俺達は黙りこくってその人の集いを遠目に眺めていた。
「レイジは、あの子の事について何か聞かなかったの? 朝出会ったんでしょ、あの子と偶然に」
 シイラと俺の会話を傍観していたミサゴが口を開いた。
「そうだよ。レイジなら何か情報を掴んでるんじゃないの、彼女の素性とかさ」
「うーん……、何か言ってたかな……」
 そう言って、俺は腕を組み、教室の柱によりかかり記憶を辿る。
 空から降ってきて……、首が取れて……、翼みたいな髪をしてて……、髪が自在に動いて……、足が開いてロケットブースターが点火して……。
 名前は、天守ラブリエ……、天守ってのは、この島の西の岬に住んでる天守のじーさんの事だよな。で、天守のじーさんはロボットを作ってて……。
 ……で、彼女は転校生を名乗っている、と。
「なるほど、合点がいった」
「本当? ねえ、教えてよ、どういうことなのかさ」
 シイラがさも楽しげに俺に擦り寄る。
「まあ、お前らが期待してるような、面白い展開では無いってことだ。会話聞いてりゃ、そのうちわかるだろうよ」
「な、何なんだよ~、教えてくれてもいいじゃないか~」
 俺のシャツを引っ張り、ネコの様にしがみ付くシイラを軽くあしらう。

「レイジくん、どいてもらっていいかしら?」
 その声は、俺の後方から聞こえてきた。声の主は、今石洋子その人であった。
「授業を始めるわよ、席に着席なさいな」
 彼女の頭部には、俺と同じように包帯がまかれていた。そして怒りを込めたような瞳で俺を眺めた。
「レイジくん、席に座りなさい」
「へ、へぇ…」
 俺は、その威圧的な視線に耐えかねて、俺は座席へと歩を進めていき、今石洋子は教壇に立った。同様に俺も自分の机に戻り着席する。
 俺は、机に突っ伏して、横目に転校生たる少女を眺める。彼女は、散り散りになっていく女子生徒達を眺めてため息をついて、ひどく疲れた様な表情を見せた。
 そして、不意に彼女と目があった。ちらりとかいま見えた彼女のその表情は、どこか頼りなさげであったが、俺の視線に気づくと、すぐに表情を整えて、憎たらしげに俺の視線から目を逸らした。
(『転校生』って肩書も大変だろうな。しかし、なんであいつ冬服なんだ……)
 俺の視線をわざとらしく逸らした、そんな彼女の横顔を見ながら、今石の教科書を読む声を子守唄に、俺はうつらうつらと眠りの世界へと入っていった。

「レイジ…レイジ…、授業終わったよ! ほら!」
「ほぇ?」
「ほら、寝ぼけてないで、もうお昼だよ」
「ん、ああ、もう昼?」
 そう俺に語りかけるのは、いつも通りミサゴの清らかに澄んだ声だ。
「ふああ、んー…、疲れたー」
「もう、授業中ずっと寝てたクセに何を言ってるの」
俺は寝ぼけ眼をこすりながら、手探りでミサゴの胸を握りしめる。
「ひゃあんっ!」
俺は二、三度その柔らかい肉を揉んで、身体を起こす。
「ああ、もうこんな時間なのか」
「一体いまの行為にどんな意味があるのよっ」
「さて、購買にでも行ってくるかな。 何かいるか?」
「話聞いてくれないし、なぜかしっかり目覚めてるし~…」
「レイジ、コーラと焼きそばパン!」
「先生はコーラと焼きそばパンじゃありません。つーか、自分で買ってこい」
俺はシイラの注文を軽く弾き返す。
「売り切れてたらコロッケパンでいいよ。あ、お釣りはちゃんと返してね?」
そう言って、シイラは俺の手に小銭を乗せる。
「駄賃をせがむ気すら起こらない様な清々しい横暴っぷりだな。まあ、ついでだし良かろう。ミサゴは何かいるか?」
 
俺はそう言ってミサゴに振り返る。
ミサゴは、何か恥ずかしそうな表情で、モジモジとして頬を染めていた。
「どうした? 羞恥心でも生まれたのか?」
そう言って、俺は彼女の水着姿を見やる。
「…レイジって時々平然と酷い事を言うよね」
ミサゴは俺を腹立たしげに見つめる。その表情にはまだ赤みが残り、複雑に交差した感情が垣間見えた。
そんな彼女の表情を不思議そうに見つめる俺の視線に気づいたのか、彼女はハッとして、より表情の赤みが増していく。
赤だるまの様になった彼女は、思い切ったように口を開いた。
「レ、レイジ、あ、あの、あの、あの!」
「ど、どうした、大丈夫か?」
ミサゴが何かしらの意思をこちらに伝えようとしている事は明らかだったが、そこまで緊張している彼女は珍しかった為、
こちらまで緊張してしまう。俺は息を飲み込んで、彼女の次の言葉を待った。
「きょ、今日、お、お、お、お、お弁当作ってきたんだけど…、ど、どうかな…!」
そういいながら、彼女は弁当を俺に向かって差し出してきた。
「べ、弁当ぉ?」
「う、うんっ、今日、朝、はやく起きて、作っといたんだ、だからっ……」
俺は差し出されたその弁当を受け取り、それを訝しげに見つめる。
そういえば確かにミサゴは今日、朝早く起きていた様な気がする。
「あ、ありがとうな、ミサゴ」
「よ、良かったぁ、喜んでくれる?」
「ああ、嬉しいよ。ありがとう」
「レイジぃ!」
そう言って、俺に抱きつくミサゴ。
俺は彼女の抱擁を軽く返す。
しかしながら、昨晩さんざ求め合った男に弁当を作ることを恥ずかしがるとは、本当によくわからない女だ。
俺の胸板に頬をあてがうミサゴをよそに、教室を見返すと、
其処に先ほどまでと同じように大きな群がりがあることに気づいた。


「あ、天守さん、ランチを一緒に食べませんか?」
「ラブリエちゃん、一緒にお弁当食べようよー!」
「ラブリエさん、是非とも私と一緒に昼食を…」
その女子学生の群れは、かの転校生を中心に集まっていた。

「う、うん。誘ってくれてありがとう。み、みんなで食べようね。」
転校生は慌てながらも、その群衆に対して返答した。
彼女の発する言葉は、俺に対してのものとは大きく異なり非常に丁寧なものであった。

「ねぇ、ラブリエちゃんのお弁当ってどんなの?」
「えっ?」
一人の女子学生が放った一言で、彼女の表情はほころびを見せた。
「きっと、ラブリエちゃんの事だから、お弁当も可愛いんだろうなー」
「え…、あ…」
彼女の表情にはどんどんと焦りの表情が溢れていく。
その表情に気づかずに、女子学生達は盛り上がっていく。
その中で一人だけ、話題の中心であるはずの彼女は、引きつった表情をしていた。

そんな、輪を眺める俺達。
「ったく、しょうがないな…」
俺は、その場から立ち上がる。
「な、なにする気なの? レイジ」
「ミサゴ、弁当はありがたく頂くが、悪いが飯はシイラと食っててくれ」
「え、一緒に食べるんじゃないの?」
「すまないな、渦中のお姫様を救いに行く用事ができたんでな」
「はぁ? ま、まあいいけど…」
「悪いな、この貸しは必ず」
「ちょっ…、コーラと焼きそばパンは? お、おい!
 せめてお金だけは置いていけよ~!」

「ちょっとごめんよ」
俺は、女学生の群れをかき分けその中心で引きつった表情をした彼女の前に歩み出る。
「よぉ、ラブリエ」
俺の声を聞くと、彼女はおれの方に向きなおった。
その表情はひどく頼りなさげで、何かに助けを求めている様な表情であったが、
彼女は俺の顔を見るなりその表情を変え、憎たらしげに言葉を放つ。
「な、なによ、貴方…、何の様かしら…!?」
「ラブリエ、お前、もう忘れたのか? 昼休みは俺に付き合うって、朝約束したじゃないか」
俺はその群衆に聞こえる様に少し大きめに言葉を発する。
「や、約束? え、そ、そんな事した覚え……」
「いいから、ホレ、ついて来いって…」
俺は、彼女を手を掴んで、彼女を立たせた。
「ちょっとレイジくん、ラプリエちゃんは今、私達と…」
「悪いな、朝から約束しておいたんだ、ちょっと借りるぜ」
「あ、ちょ、ちょっと…!」
そして、俺は彼女のスクールバックを掴んで、彼女と共に教室を急ぎ足に出て行った。

レイジとラブリエが教室から出て行く後ろ姿を見て、水着姿の女学生が恍惚の表情で呟く。
「はぁ~…、レ、レイジかっこいい……、愛の逃避行みたい……」
ミサゴは両手で自身の顔を抑え、彼が行った行動を嬉しそうに称賛する。
「しゅ、手法が古典的過ぎやしませんかねぇ…、古き良き少女漫画のテンプレーションというか…」
「『テンプレ』じゃなくて、『様式美』っていうんだよ。
 それに、古きも新しきも少女漫画のストーリーなんて『様式美』の塊みたいなものじゃない」
「ミサゴちゃん、毒がちょっときついですよ…」

ミサゴはレイジに作ってきたものと同じ、自分用の弁当の布を開いていく。
彼女のそんな様子を呆れる様に眺めながら、シイラはストローで果実のジュースをすする。
「でもさぁ~…」
シイラがストローから口を離して、ミサゴに向かって言葉を放つ。
「いいの? あの転校生ちゃんにレイジ取られちゃって。
 本当は一緒に食べたかったんでしょ? わかるよ、その弁当見れば。
 朝、早く起きて、頑張って作ったんでしょ?」
そういってシイラは彼女の弁当を見る。そして、視線をミサゴに移した。
ミサゴの表情は、シイラの言葉を全く理解していない様な、まさしく無垢と呼ぶに相応しい表情だった。
「ミ、ミサゴ。私の言ってること、理解できてる?」
「え、うん。私もレイジと食べたかったけど、無理にそれを強要するのは悪いかなって」
「今日はあいつが勝手に突っ走っちゃったからあれだけど、ミサゴはもっと求めていいんだよ?」
「うーん、私は満足しているよ?」
ミサゴは不思議そうにシイラを見つめる。その表情がシイラの言論を駆り立てる。
「ねえ、ミサゴ。あんた、レイジの事、好き?」
「え、えぇっ?」
突然のその言葉に驚いた様な表情を見せて、彼女は箸をとめた。
「答えて、ミサゴ。レイジの事、好き?」
「す、好きだよ? 大好きだよ?」
「私もアイツのこと好きだよ、友達としてだけじゃなくて、異性として」
「し、知ってるよ? 舌使いが特にいいってレイジよく…、ったあ!」
シイラのチョップがミサゴの頭部を小突く。
「そういうことは言わんでよろしい。それについては、まあいいとしてさ。
 あの転校生ちゃんが、レイジの事を好きになったらどうする?
 逆に、レイジがあの転校生ちゃんの事を好きになったら、どうする?」
「それは~、レイジのすることだから、私がどうこうとすることではないのじゃないのかな」
「ミサゴや私にレイジが向かなくなっても?」
「それはイヤだよ…」
「でしょう? だったら、アンタはもっと危機感を持ちなさい。私が言うのもなんだけど…」
「危機感を持った所で、私が何をしようと決定権はレイジにあるんだからさ」
「そんなこと言ってる間に、今頃どっかの教室の隅で弄りあってるかもしれないよ~?
 どーする―?」
そう言ってシイラは両手をミサゴに向け、それをまるで多脚昆虫の様にワラワラと動かす。
「け、健康的でいいんじゃないの?」
「だーっ、どうしてそうなるっ!?」
シイラは頭を抱えて身体を大きく反らせた。


俺はラブリエの無機質なその腕を掴んで、校舎の屋上へとその足を進めていた。
そして、屋上へと続くその重い鉄の扉を開き、その先へと進む。

屋上はひどく荒廃していて、俺たちの他に先客は居なかった。
空は青色を呈し、其処には日光を遮る白雲もなく、降りしきる夏の日差しが俺たちを照らし、視界の先を歪ませている。
鼻孔にかすかに香る夏の湿った空気が心地良い。
敷き詰められたコンクリートの床の間からは、若々しい新緑の雑草達が力強く何本か生え出ており、それがこの屋上の荒廃ぶりを際立たせていた。事実、この屋上に訪れる者など滅多に居ないのだ。
だからこそ、俺は彼女を連れて此処に来たのだ。

「別に逃げて来たではないが、ここまで来ればまあ大丈夫だろう」
そう言って、彼女の方を振り返ると、なぜか真っ赤な顔でムスッとしていた。
そういえば此処に来るまで、ラブリエはヤケに口数が少なかった。
「ど、どうした?」
「い、いい加減はなしなさいよ……」
彼女はマフラーで口元を隠し、俺から視線を反らしながら呟いた。
「ん、ああ」
俺は目的の場所にたどり着いても、彼女の手を握りしめたままだった。
俺は握っていた彼女の手を離した。
「そ、そういう意味じゃないわよ!」
俺の束縛から開放された彼女の手は、すぐさまに俺を手を握り返した。
「あ、ああっ! そ、そういう事でもないのよ!」
彼女は自身の行為を恥ずかしがる様に、俺の手の拘束をすぐさま解いて、
自身の手を胸元に寄せてもう片方の手で熱を逃がすように握りしめる。
「ち、違うのよ! 私が言った「はなして」っていうのは、「閑話休題(かんわきゅうだい)」の「わ」であって、「乱離骨灰(らりこっぱい)」の「り」じゃないのよ!」
「…ろりおっぱい?」
「バカ! 私をここまで連れてきた理由を「話しなさい」って言ったのよ! それを貴方は…! で、で、でも私、別に貴方と手を繋いでいたかったなんて思ってなかったのよ! 別に手を繋いだからなんだっていうのよ! ドキドキなんてしてないわ!」
「だいぶ興奮してるが、大丈夫か?」
「い、異性に手を握られて大丈夫なわけ無いでしょう!」
「色々と忙しいヤツだなあ」

ラブリエはゼイゼイと息を荒げながら、屋上に設置されたベンチに腰掛けた。
「と、とにかく、何の様なのかしら? 私、貴方と何か約束を交わした覚えは無いのだけれども…?」
「本当に覚えてないか?」
「覚えてるわけ無いじゃない。どうせ貴方がでっち上げた約束なんでしょう? でも正直助かった…、あの場から失礼にならないように抜け出させてくれた事には、感謝してるわ…」
「じゃあこれで、「名前を教えてくれた恩」は返せたかね?」
「名前を教えてくれた恩…? あ……」
「思い出してくれたかい、亜光速のお姫様。俺は嘘偽りの約束じゃなくて、君への恩義の返却という約束の元に、君をパーティー会場から誘拐してきたのさ」
俺がそう告げ終わると、彼女はぽかんとした表情で俺を眺めていたが、次第にその表情の中に笑みが溢れていった。
「は…あは…。あははははは……! 29点ね! 王子様の口説き文句としては落第点よ…! あははは……!」
「随分と採点基準の厳しいお姫様だな」
「王子様としては赤点レベルだけど、私としては非常に満足よ。満点をあげてもいいぐらい、満点に近い赤点ね!」
「しかし赤点と満点じゃその差は大きすぎるんじゃないのか?」
「なあに言ってるのよ、赤点と満点の差なんて「ナイ」に等しいじゃない、あはは…!」
「……ああ、なるほどね」
 彼女は空を仰ぎ見るようにして愉快そうに笑い続け、やがてゆっくりと落ち着いていった。

「ああ、可笑しいわ……、朝も思ったけれども、貴方ってやっぱり面白い人ね…」
「俺からしたらお前の方がよっぽど面白いと思うけどな」
そう言って、俺は彼女の正面の床に座りこむ。
「こほん…」
俺が座るのを見ると、彼女は恥ずかしそうにスカートを抑えた。
彼女はベンチに座っており、俺は床に座っている為、こうしていると視界の真正面には彼女の股間が位置していた。
なるほど、水着の女とばかり過ごしていると、こういった配慮を忘れていくのか。
俺は視界を凝らし、彼女の太ももの地平線を超えて、その先の新大陸へと視界を進める。
「あだっ!」
俺の視界が新大陸にたどり着くや否やといった所で、俺は彼女の翼にチョップされる形となった。
「其処に座られると、足を楽にできないのよ。貴方、私の隣に座っていいわよ」
そう言って、彼女はいそいそと彼女のバッグをどけて、スペースを確保する。
ベンチにはスペースはいくらでもあるのに、わざわざ隣のスペースを確保するということは、隣に座れということだろうか?
俺はそんな彼女の意思を汲んで、彼女のすぐ隣に腰掛ける。
「ねぇ、レイジ、私って嫌な性格なのかしらね…」
座るや否や、彼女は呟くように自責の言葉を発した。
「みんな、とってもよくしてくれるわ。この学校の人たちは、本当にいい人たちばかりだわ…。 でも、私、心の何処かであの人達を騙してるの…」
彼女は自身の腿の上に握りしめた拳を置いて、それを見つめるようにして言葉を紡ぐ。
「騙してる…?」
「……レイジ、ねぇ、貴方は私の初めての友達よ。あ、貴方が私の事をどう思っているかはわからないけれども、少なくとも私にとっては、特別な人よ。ほんの、今日出会ったばかりだけれども……」
ラブリエは俺の目を自身の双眸でしかと捉え、そして意を決した様に口を開く。
「ねぇ、私の秘密を聞いてもらってもいいかしら…!」
「お、お前が構わないなら、いいんじゃないのか?」
俺は彼女に圧倒されるように答える。
「こ、後悔しない? 聞かなきゃよかった、なんて思ったりしない?」
「何を話してくれるのかわからないから、一概に「YES」とはいえんが…、お前がそう望むなら、極力努力する」
「そんな曖昧じゃ嫌よ…! 後悔しないって誓って!」
「うーん…、ものすごく難しい注文をされてるような気がするが…。わかったよ、後悔なんてしない」
「わかったわ…。でも、もう一つ誓って欲しいの…。今から私が言う事を聞いても…、わ、私の事…、嫌いにならないでいてくれる……?」
そういって彼女は再び俺の目を不安に溺れ尽くした様な表情で見つめる。
俺は、彼女のその問いかけに対しては迷うことなく返答をした。
「ああ、何を聞いたって俺はお前を嫌いにはならない。これでいいか?」
その承諾の言葉を聞くと、彼女は不安そうな表情をより一層強め、ゆっくりと、震えながらもその言葉を発し始めた。
「わ……、私ね……、じ、実は……、実はね………」
彼女は首にまかれていた、季節感のずれた不自然なマフラーに手をかけ、それを取った。
本来首がある其処には、脊髄を模した黒鉄色の金属が露出していた。
その重厚な秘部を見せつけるようにして、彼女は口を開いた。

「私、実は…、ロボット、なの……」
「……うん、知ってる」

澄み切った青空の中で、セミの鳴き声だけが響き渡った。

「……」
「……」

しばし流れる沈黙。
彼女は驚いた様な表情で俺の顔をみつめ、俺は困ったような表情で彼女を見つめる。
そして、セミの羽ばたきの音とともに沈黙は氷解し、彼女は溢れだした様に言葉を放った。

「……し、知ってたの!?」
「今までの行動から考えればなんとなく推測出来る」
「ど、どうして!? ちゃんと感づかれないように行動してた筈なのに! 私、普通の女の子を演じきれていた筈でしょう!?」
「普通の女の子は、空は飛べんし、首も取れん」
「…あ、ああっ! そ、そんなところ、気が回らなかったわ…」
「逆に聞くが、何処に気が回ったんだ?」
「か、関節部分は、ちゃんと隠しているじゃない…!」
そう言って、彼女は立ち上がり、自身の服装を見せつける様にして、俺の前でくるりと回った。
「…なるほど、黒タイツで足の関節、冬服のブレザーで腕の関節、マフラーで首の関節を隠してるのか。 でもお前、手首出てるし、その翼みたいな髪見れば、なんとなくわかるぞ」
「えええっ…、ど、どうしよう…! じゃ、じゃあ、みんな私がロボットだって、気づかれちゃってるかもしれないの!?」
「多分、もうみんな気づいてるとは思うけど…」
「やああっ…、どうしよう…! 私、みんなに合わせる顔がないわ…!」
ラブリエは顔を抑えて恥ずかしそうにその場に縮まりこんだ。

俺は彼女が悶える様子を見て、ふと疑問に思った。
一体この少女は何を恥ずかしく思っているのだろうか。
「自分がロボットであること」が彼女の羞恥の根源である、という事はわかる。
しかし、その羞恥が「相対」からくるものなのか、「絶対」からくるものなのか、ということは大きな問題に思えた。
つまりは、彼女は「自分が他人と違う姿形をしている事」を恥ずかしがっているのか、
「自分の姿形そのもの」を恥じているのか。

「ラブリエ」
「な、なによぉ~…」
彼女は顔を真っ赤にして、こちらに向いた。
俺は、彼女の顔を見て、それから彼女の全身を見渡した。
「お前、可愛いぞ」
「なによいきなりっ…! 知ってるわよそんなこと…!」
「それだけ自信満々ならいいんだがな」
「私を作ったのは「パパ」なんだから、私が美人なのは当然よ」
「「パパ」ってのは、天守のじーさんの事か? だとすれば、君はあのじーさんの作ったガイノイドなのか」
「そうよ」
そう言ってラブリエは、恥ずかしそうに顔を伏せる。
なるほど、作り手である天守博士を尊敬している事が、彼女自身の自信につながっているのか。
また、歪な構造の自信だなあ。
「…ねえ、レイジ。お弁当、食べてもいいかしら?」
ラブリエは身体を屈めたまま、覗きこむ様にして俺の顔を眺めた。
「別に俺に承諾を得ずとも、好きに食べるといい。俺も食うし」
俺は携えていたミサゴの手作りの弁当を取り出した。
ラブリエは俺の弁当箱を横目に一瞥し、伏し目がちに自分のスクールバックからいそいそと弁当箱を取り出した。
彼女が取り出したのは、非常にシンプルなアルミケースの弁当箱だった。
彼女はなぜか俺に背を向けて、俺に中身を見せないようにして弁当箱を開ける。
…弁当? ロボットなのに弁当?
「中身、何はいってるんだ?」
俺が好奇心ではなった一言に反応して、顔を真赤に染め上げて、彼女は振り返った。
「な、なんだって、いいでしょ…! バカッ!」
再び、彼女は俺に背を向ける。
「まあ、無理に見せてくれとは言わないが…」
俺も、弁当を包む布の結び目を解いて…
「ジュボボボボボボボボボ!!」
解いて………
「ゴポン、ゴポン、ゴポン、バルバルバルバル…」
「すまん、やっぱり見せてくれんか?」
駆り立てられた好奇心を抑えきれずに、俺は彼女の食事風景を覗きこんだ。
「ジュボボボボボ…、きゃあっ……!」
彼女は、ガソリンスタンドの給油ノズルの様なものを咥えていたが、俺の視線に気づくとそれを慌てて口元から離した。
給油ノズルはアルミ製の弁当箱へと伸びており、そこから何かしらの液体燃料が流し込まれているようである。
ガソリンスタンドにあるような、その給油ノズルにはトリガーが逆向き付いており、
それはおそらく口に加えながら自らで補給ができる様に設計がなされているためであろう。
「み、見たわね……!」
「す、すまん、好奇心が抑えきれずについ……」
彼女の双眸は怒りに燃え、俺を睨みつける。
殴り? 蹴り? 翼によるど突き? 次の彼女の行動を予測して、防御に身構えていたが、
彼女が取った行動は予想外のものであった。

「う……、う……、う、うわああああああ~ん!」
彼女は声をあげて子供の様に泣き始めたのだった。
アルミ製の弁当箱をその腿に乗せ、給油ノズルを握りしめた手はその位置のままに、瞳からはボロボロと涙を溢れだしている。
彼女は口を大きく開いて泣き声をあげる。
「お、おい、泣くなよ、俺が悪かったって…!」
俺が謝りの言葉を述べても、彼女は泣き止みそうにはなかった。
俺は、この予想外の状況に完全に困惑していた。
人前では凛とした性格(どこか抜けている部分はあるかもしれないが)の彼女が、どうしてこんなに、声を上げてまで泣くのか俺にはわからなかった。
「わあああああっ…! わあああああああああんっ……!」
まるで幼児の様に泣き声をあげて、涙で顔をぐしゃぐしゃにする。
こんな人間以上に人間の様な表情が、声が、感情が――、ロボットのそれなのだろうか?
いや、俺の疑念は間違っている。彼女はロボットだ、ロボットだからこそ、今涙を流しているのだ。

どうして彼女は俺に食事を見られるのを嫌がったのか、
どうして彼女はあの教室から逃げたかったのか、
どうして彼女は冬服を着て、黒タイツを履き、マフラーを首に巻いているのか。

「ああああんっ…! うああああああんんっ…!」
自分がロボットだと、知られたくないからだ。
自分が他人とは異なった存在だということを、知られたくないからだ。
自分がロボットだと知られる事、自分が他人とは違うと知られる事、
彼女にとって、その感情は、こうして幼児の様に声を張り上げ涙を流すことよりも、辛く、恥ずかしい事だったのだ。
どうやら俺は、彼女にとても非道い事をしてしまった様だった。

「ラ、ラブリエ……、頼むから泣き止んでくれ……」
「うあああああんっ……、パパああああああっ……! パパああっ…!」
うーん、どうしたらいいんだ……? このまま、泣き止むまで待ったほうがいいのか?
「わああああああああああああんっ………!!」
うーん………、こうなったら一か八か……

「うわあああああああんっ…! あああ………、…!」
俺は彼女の頭を抱きしめた。泣き止まない子供はこうするのが相場だろうし。
「あああ………、あ………………」
「大丈夫だ、ラブリエ。何も心配しなくていい」
「……ひぐっ……、ひぐっ……、う、うん…、ひぐっ……、ただ、ちょっと……ひぐっ……、ビックリ……、した…、だけ、だから………」
「ビックリしたな。悪かった、でも大丈夫だ」
「……うん……ひぐっ……大丈夫………」
彼女はゆっくりと俺の抱擁を受け入れるようにして、俺の身体に手を回した。


清蓮高校の校舎に清らかな鐘の音が響き渡る。
その鐘の音は、正午の授業の開始を告げるものである。

「ほら、席につきなさい。授業をはじめるわよ」
がやがやと落ち着きの無い生徒たちを制し、今石洋子は教壇につく。
生徒達が自席に座り、少しずつ落ち着きを取り戻していく教室。
その教室を見渡すと、二人ほどこの教室にいるべき学生の姿が見受けられなかった。
「……何処か既視感のある光景ね…、金平さん、レイジくんと天守さんの行方について、何か知らない?」
「え、えーと…、確か昼休みが始まった頃に、レイジくんが天守さんを連れて、教室から出て行った様な…」
「オーケー、オーケー、わかったわ。…全く、あの男は本当にろくな事をしてくれないわね。双方無事に帰ってくることを期待しましょう」
そう言って、今石洋子は巨大な黒板につらつらとチョークで文字を書き始めた。
「ミサゴー、結局レイジ帰って来なかったねー」
シイラ椅子から身体を乗り出して、嬉しそうにミサゴの耳元で囁く。
「え? あ、そうだね」
「きっと今頃、互いの恥部という恥部をまさぐりにまさぐりあって、
 ドロンドロンのネッチョンネッチョンのドッピュンドッピュンに……」
「恵比寿さん、授業中はなるべく私語は謹んでね?」
「は、ハイ、すみませんっ!」
囁きと呼称するには、多少周囲への配慮に欠けたシイラの語らいを指摘し、再び洋子は黒板に文字を書き始めた。
「うう~、怒られたった~…」
そう呟きながら、目を細めるシイラ。
ミサゴはそんなシイラから視線を移して、窓の外を眺める。
窓の外には、照りつける日差しによって乾燥に乾燥しきった白色の土が敷き詰められた校庭、その先にはそれを街と隔てる城壁の様な森。しかし、この清蓮高校は斜面に位置しているために高低差があり、彼女の視界の中では街は死角となり映らない。
したがって彼女の視界の中では、森の先に広大な海が広がっていた。
黄土色の上に緑、緑の上に青が映り、そして陽炎にぼやけた水平線の先には、空があった。
空もまた、海と同じ様に青色を呈す。彼女は、その陽炎にぼやけた境界線を眺めていた。
いったいどんな表情をして、彼女はそれを眺めていたのか。
そんな彼女の表情を見ることが出来たのは、その教室でたった一人だけだった。


降りしきる日差しから隠れる様に、二つの影は屋上の貯水タンクが作り出す日陰の中へと溶けこんでいた。貯水タンクは、鉄柱の台によって高く持ち上げられており、二人はタンクの部分が作り出す影に合わせて座り込んでいた。

俺の開いた足の間に膝を付き、ラブリエは俺の胸に顔を寄せ、その華奢な手を俺の背中に回す。
「……暑い」
「なら離れろよ…、もう泣き止んだんだし」
「泣いてない」
「お前、ロボットのクセに泣くんだな」
「な、泣いてない」
「涙だってボロボロ出てたし、声もワンワン…」
「もう一度泣くわよ!?」
「ダウト」
「あ…、………意地悪いわよ、貴方」
「多少なりと自覚はしてる」
「嫌いよ、貴方なんか……」
そう言って、彼女は俺をより強く抱きしめた。

「チャイム、鳴っちゃったけれども……、いいの?」
「いいわけないだろ、授業はもうとっくに始まってるだろうし」
「どーせ出ても寝てるくせに」
「しっかり俺の事観察してんじゃねーよ」
「たまたま視界の隅に写っただけよ」
「俺もたまたま寝てただけだ」
「そう、「たまたま」なのよ、何もかも、きっと。私も、貴方も」
そんな掬いどころの無いような会話を、俺達は日陰の中で淡々と続ける。

「ジュボボボボッボボッボボボボボボボ……」
「ボジュボボオボボボオンボボオボ……」
「ジュブブブボオオ……、……あんまりジロジロと見ないでくれるかしら」
ラブリエは、給油ポンプらしきものから口を放し、こちらを睨みつける。
「いや、どうしても気になって…」
「い、いやらしい……、卑劣漢よ!」
「どうして給油風景を覗きこんだぐらいで其処まで罵声を浴びなきゃならんのだ」
「給油って言わないでくれるかしら! 食事よ!」
「だったらなおさらじゃないか、食事ぐらい、別に恥ずかしくもなんともないだろ?」
「食事ぐらいって…、生理現象じゃない!」
「……何か、昔の漫画でそんなのがあったな。生理現象に対する恥じらいの感覚が倒錯しちゃうって設定の。ってことは、アレか。お前からしてみれば、食事風景を見られるのは、放尿しているところを見られるって事と同じくらい恥ずかしいって事なのか?」
「私、排泄なんて下賎な行為はしないからわからないわ」
うーん…、なかなか手強いヤツだな。

「まあ、俺はお前がロボットだってことは知ってるから、別に気なんて使わなくてもいいんだぞ?」
「私が気にするのよ! あなたの考えだと、自己紹介した人の前なら裸になっても気にならないって言ってるのと一緒よ!」

「いいや、お前は行為を恥ずかしがっているんじゃ無くて、自分がロボットだって知られるのが恥ずかしいんだろう?つまり、お前は裸になるのが恥ずかしいんじゃなくて、胸にホクロがあることを知られるのが恥ずかしくて、人前で裸になるのを恥ずかしがっているだけなんだ」
「何よその屈折した羞恥心は…、ホクロを絆創膏で隠していれば裸になっても恥ずかしくないって事?」
「……うーん、その通りなんだが、身近にそんなヤツが居たような…」
「結局何が言いたいのかさっぱりだわ。貴方のその卑猥な例えの、「絆創膏」ってのは、私にとっての何なの?それが定まっていなければ、こんな話をいくらしたって無駄だわ」
そう言って、彼女はまた俺から顔を背けて、給油ポンプを咥えた。
「えーと…、「裸になる」ってのが「食事」で、「ホクロ」ってのが「ロボット」って事だろう…? で、「絆創膏」っていうのは……、…「絆創膏」って言ったのは俺だったか?」
「ジュボボボボボボボボ……」
「…」
「ゴポンゴポンゴポン……、けぷぅ…」
「…ともかくはだ! 羞恥の根源である、その「ホクロ」を含めて魅力的な訳で……」
「その例え、まだ使うつもりなの…? そもそも例えるべき対象の大小が逆よ」
「……要するに、お前が「食事」を恥ずかしがってるのは、それが「ロボット」特有の行為だからだろう? 他人にロボットだってバレてしまう行為だから、「食事」を恥ずかしがっているわけで、「食事」という行為自体を恥ずかしがっているわけじゃない。俺は別にお前がロボットだってことは理解しているから、食事風景を見たって別になんとも思わない。だから、気にしないでやってくれって言ったんだ」
「…言いたいことはわかったけれども、裸の女性の話は必要だったかしら?」
「……うーん」
「それに、さっきも言ったけれども、他人がその行為を容認しているからといって、恥の感覚が消えるわけじゃない。恥の感覚っていうのは、もっと心身の根幹に根付いた精神感情なのよ。そんなに簡単に、その感覚を切り取る事なんて出来ないわ」

……面倒くさい正確だな。というよりも、面倒くさい感情機構か。どうしてこんな感情を天守のじーさんはこの女に実装したんだ? もしくは、その機構は、何らかの感情機能の相関で生まれた、本来予期して居なかった感情なのか?
ん……?
「そういや、天守のじーさんはどうなんだ? あのじーさんと一緒に食事したりしないのか?」
「パパと…? うーん、そういえばどうだったかしらね。普通に一緒に食事をしていた気もするけれども」
何か、色々と違和感のある返答だな。まあ、いいか。

「でもよ、だとしたって、それが努力しない言い訳にはならないだろう?」
「何を努力しろっていうの、そもそもどうして……」
「じゃあ、このままで本当にいいのか?」
「……」
「お前は、自分がクラスの連中に「隠し事」をしているって、引け目を感じているって言った。自分の存在を告白できないでいるって事に対して、お前は確かに「嫌だ」っていう感情がある。その裏を返せば、ロボットだっていう、自分の存在をみんなに告白して、それを受け止めてもらいたい、みんなと違う自分を、認めて貰いたいって思ってるんだ。
そうしたいと思う欲求と、そうされなかった時の恐怖とが混在して、お前の中で葛藤を作り出してるんだ。本当は、お前だってあいつらと一緒に昼ごはんを食べたいんだろう? こんな人気の無い屋上の隅で、一人寂しく食事なんてしたくはないんだろう?」
「……わ、私を屋上へ連れてきたのは貴方じゃない! 貴方が勝手に引っ張ってきたんでしょう!」
「お前を連れ出してきたのは確かに俺だ。俺の勝手でやった事だ。だが、今のお前に、あそこで食事する勇気があったって言うのか? 身体を震わせて、今にも泣き出しそうな表情をしていたヤツが?」
「あるわけないじゃない! 貴方に、私の恥ずかしさなんて分かる筈が無いじゃない…!そんな事貴方にわかるはずない……!」
ラブリエの瞳には、再び涙が溜まり始めていた。
「私だって、みんなと一緒にお昼ゴハンを食べてみたい…! みんなと一緒にお話をしながら、おかずの交換とかしたりして、普通の女の子みたいに過ごしてみたい…! 本当は、冬服なんて着たくない! マフラーなんてしたくない!自分を隠す事なんてしたくない…、でも、…でも! どうしても、どうしてもそれが出来ない…! 今日だって、本当は夏服に腕を通したのよ…! 勇気を出して、本当の自分をさらけ出してみよう、って思って!でもダメだった! 変な顔されたらどうしようって、笑われたらどうしようって……! 頭の中で笑い声が聞こえるの、あいつは変なヤツなんだって、変わり者なんだって……!そんな事を考えてたら、いつの間にかにそれを脱ぎ捨てて、冬服を着ていた……
鏡を見て、冬服の姿の自分を見た時、安心したの、これでいいんだって、自分の中から声が聞こえてきたのよ。 その声は、夏服を着た私を笑う声と一緒だった!」
彼女は呪うように、自身の身体を覆い隠すその冬服を抱きしめ、ひどく弱々しい声で呟いた。
「レイジ…、私、どうしたらいいんだろう……」

『別にお前がロボットだってわかったって、それを笑うヤツなんて居ない』
俺の脳裏をよぎったその言葉は、彼女にとって慰めにも励ましにもならない事は分かった。
彼女だってそんな事は知っているのだろう。知っているからこそ、行動に踏み出せない自分を恥じているのだ。じゃあ、こちらから踏み込んでやるべきなのか? それも違う。俺はそうして、さっき彼女を傷つけてしまったのだから。
だとするならば、俺がとるべき最善案とは、俺自身が彼女の「絆創膏」となってやることなのか? いや、俺自身が彼女の「絆創膏」をはがしてやる事なのだ。

「ラブリエ、俺で慣れていけばいいじゃないか」
「え…?」
「恥ずかしさを完全に払拭することは難しいかもしれないけど、慣れる事はできるだろう。だから、俺を使って少しずつ、他人に自分をさらけ出す事に慣れていけばいい。慣れてきて、もう大丈夫と思ったら、その時にみんなに告白すればいいじゃないか。お前の造り主である天守のじーさんを除けば、俺はお前がロボットだと知っている唯一の人物だ。まあ、多分お前がロボットだって気付いている連中なんて山ほどいるだろうが、その事実をお前に認められているのは俺だけだろう。この貴重な人材を利用しない手はないだろう」
「あ、貴方はいいの…? 私に付き合わせてしまって……、迷惑じゃないの?」
「俺は別に構わんさ、お前が良ければな」
「…ありがとう、貴方って適当そうに見えて本当は、すごく紳士的で優しい方なのね……、
野蛮で下劣で下品な人かと思っていたけれども、見なおしたわ。……で、恥ずかしさに慣れるために、具体的に私はどうしたら良いのかしら?」
 ラブリエはそう言って、俺に笑顔で向き直った。その表情を確かめると、俺は腕を組んでウンウンと頷いた後で、彼女に向かってその提示を投げつけた。
「よし、わかってくれたか。じゃあ、服を脱いで裸になってくれ」
「…………えーと、もう一度言ってくれるかしら?」
「今着ている服を全て脱いで、そこで裸体になってく…、ぬがっ!!」
 俺は、言葉を言い終わる前にラブリエの翼によって頬をビンタされた。
「さ、サイッテーだわ、貴方って! 少しでも弱い所を見せたら、それにうまい事付け入って甘い汁を啜ろうとするのね! この人でなし! 変態性欲魔神! 万年発情男!」
「ロボットに「人でなし」といわれるとは、人類として何か感慨深いモノがあるな」
 思わず立ち上がったラブリエは怒りの表情を浮かべ、俺はその足元であぐらを書きつつその顔を見上げて呟いた。
「アンタに少しでも弱い所を見せた数分前の自分を殺してやりたいわ! もう教室に帰る!」
「いやいや、よく考えてみてくれ、お前が俺の前で裸に成ることは、自分の姿をさらけ出すことだ。つまりは自分がロボットであるということを他人に知られる事だ。それに慣れていくことで、ほかの人にも自分がロボットであるという事をさらけ出すことに繋がって行くんじゃないのか」
「あんたの下らない俗物感情丸出しの言葉を理解するために積んでる集積回路なんて一つ足りともないわ! 結局私の身体が目当てなんでしょう!?」
「まあ、正直どんな事になっているのか見たい気持ちはかなりあるが」
「ほら、やっぱり! 貴方って本当に最低の下衆ね!」
「でもいいのか? 今のまま、みんなにロボットだって打ち明ける事が出来ないままでも」
「う、うう……」
そう言って、ラブリエはその場に立ち止まってうつむいてしまった。
「別におまえの裸を見たからといって取って食おうなんて気は無いよ。俺は、ボルトとナットに結合に性的興奮するような特殊性癖は持ちあわせていないしな。ただ、おまえが俺を利用する最適な方法が、俺の前で裸になることだって言っているんだ」
「……、なんだかすごく適当な口車に乗せられているような気がするけれども……」
「俺を使う使わないは、おまえの自由さ」
 俺はニタニタ笑いながら、羞恥に染まったラブリエの表情を眺めた。
「う、ううう……。……いいわ、脱いであげる、いいえ、私の為に脱ぐのよ! 私が他人に慣れていくために、裸に成るのよ!」
ラブリエは意を決したように俺に向かって言い放った。
「ああ、俺はここで眺めているから、好きに脱ぐといい」
「好きに脱ぐといい? 何言ってるの、あんたは幸運にも私の裸を眺める権利を与えられたのよ! それ相応の代価は払って貰うわ! 貴方も裸になりなさい!」
「お、俺も!? なんで!?」
「いいから、脱ぐのよ! 私一人裸にされるんじゃ、なんだか不公平じゃない!」
「べ、別に俺は構わないけど、こんな真昼間から屋上で男女二人が素っ裸でいたら、他人が見たら誤解の元だぞ」
「四の五の言わずにサッサと脱ぎなさい!」
「は、はい、分かりました」

かくして、昼間の屋上にて、太陽の見下ろす中、一人の人間と一体の機械少女は互いの裸体を見せ合う事になったのだ。

「へ、へえ……、男の人ってこんなのが付いているんだ……」
「あ、あんまりジロジロ見るな……、ていうかお前が脱がなきゃ意味がな……」
「えいっ」
 ラブリエのデコピンが俺の御神木を、まるで鐘を鳴らすように弾いた。
「ひゃんっ!」
「あははっ、変な声! それっ、えいっ、えいっ!」
「おうっ! お、おい! そこで遊ぶんじゃな、あひゃんっ!」
 俺はラブリエの目の前で素っ裸にされ、ラブリエはマフラーとブレザーを脱いだだけで、俺の目の前にしゃがみこんで、俺の御神木を指先でいじって楽しんでいた。
「ねえ、これは何をする部分なの?」
「は、排泄と生殖の為の器官だ、だからそう無作法に扱うもんじゃ、あんっ!」
「ふうん、ダーティな器官のわりに可愛い形してるじゃないの、ほれほれほれ」
ラブリエは枝垂れ桜の如く垂れた、俺のモノの先っぽを猫の顎を撫でるように指先で弄んでいた。
「お、俺の身体はもういいだろ! もともとの目的を忘れるんじゃない!」
「なんだっけ?」
「こ、この……、いいからさっさと脱げ!」
「きゃ、きゃあっ! 乱暴にしないでよ! 強姦魔! 卑劣漢!」
 俺はラブリエのシャツのボタンに手をかけ、嫌がるラブリエの服を脱がしていく。裸の男が、女の子の服を無理やりに脱がす光景、傍目から見たら確実に俺が強姦魔であろう。
ラブリエのシャツを脱がすと、彼女は上半身が黒いブラジャーだけとなり、対照的な彼女の白魚の様な美しい肌が露出した。
俺は彼女の素肌に見惚れていると、彼女の服を掴んだ俺の手を退けられた。
「も、もう……、自分で脱ぐわよ……」
ラブリエは俺の手をどけると、立ち上がって服を脱ぎ始めた。
純白のシャツを脱ぎ、スカートを脱いでベンチに丁寧に置いた。彼女の白い肌と対象的に、素肌はまさしく白磁をたらした様に洗練された美しさがあった。その純潔を侵す様に、彼女の関節の各部には重厚な黒鉄色の金属可動部が露出しており、その無骨さが肌の白さと相成って、彼女のエロティシズムを強調していた。
「あ、あんまり、ジロジロ見ないでよ……、恥ずかしいんだから……」
ラブリエは顔を赤く染めて、自分の関節各部を手で隠して、俺から視線を逸らした。
さっきまで、俺の一番恥ずかしい部分を指先で弄んでいた癖に、いざ自分が裸になるとやけにおとなしくなるものだ。
「ね、ねえ……、もういいでしょ……。すごく恥ずかしいの、もう服を着させて……」
ラブリエは顔を真っ赤に染め上げて、俺に視線を合わせずにそういった。しかし、彼女の羞恥心を払拭するためには、彼女にとって楽な選択をさせ続けるというのは決して優れた選択ではないだろう。おそらく。
「ラブリエ、俺は裸になれ、といったんだ。まだ残ってるじゃないか、ブラジャーとパンティーが」
俺がそう言うと、ラブリエは顔をさらに赤く染めて、驚きと怒りの混在した表情をした。
「ば、バカじゃないの貴方! わ、私に裸になれっていっているの!?」
「最初からそう言ったろう。見ての通り、俺は素っ裸だ」
「アンタと私とじゃ意味合いがぜんぜん違うでしょ!」
「いいか、羞恥心になれるためにこれは必要なことなんだ。よく言うだろ、筋肉トレーニングはきつくなってからが本番だって。だから、思いっきり恥ずかしい格好をして、それに慣れていくのが必要なんだよ。さあ、自分をさらけ出すんだ」
「う、うぐぐ……、絶対いいように言いくるめられているだけだと思うけど……、いいわ……! 脱いでやろうじゃないの、心して拝見なさい!」
 ラブリエは俺の顔を睨みつけたまま、ブラジャーのホックを外し、微かな膨らみの乳房をあらわにした。乳房の部分には特殊な素材を使用しているのか、パッと見てわかるほど柔らかく、かつ弾力を携えていた。
「おお、いいぞ! さあ、次は……」
「わかってるわよ、助平!」
 ラブリエは次いで、パンティーを脱ぎ始めた。パンティーはブラジャーと同色の黒色で、彼女の肌の白さを際立たせていたが、その下着も彼女の手ずから彼女の肌から離れていった。
「……これでいいでしょう!」
 かくして完全な裸体となった彼女は、まさしく造形の神秘と呼ぶべき美しさだった。
彼女の白肌の中に、無骨すぎるアクセントで存在する黒色鉄骨の関節。微かな隆起を見せる未発達な乳房を超え、腹部の曲線をたどると微かな膨らみの先に、少女の性器を彷彿とさせる狭隘があった。しかし、その狭隘は微かな筋道を示すのみで、その奥に性器は存在せず、ただただ無骨な鉄骨造りの腰部関節が存在するだけであった。生殖機能どころか、性器そのものを排する事で、彼女の少女性、もしくは不可侵性を強調しているように思えた。
 破壊と耽美、その共存が人間の身体を模した形状の中に濃縮され、静謐な脈動を感じさせる。その脈動は、ある種グロテスクでもあり、エロティックでもある。『自然的』な曲線の中に、出現する『人工的』な直線。非人間的であるが、絶対的に人間的な機械少女。それは、美とエロティシズムの探求の末にたどり着く、『人間造形』の到達点にして、不完全体。究極的であるが故の不完全。あまりに直接的なダブルスタンダードの掲示、その拮抗と共生から醸しだされる、芳しきエロティシズム。その甘美な芳香には、限りなき禁忌への挑戦を感じさせられた。
 俺は夏の日差しに照らしだされる彼女の身体を眺め、その造形の奥深さに浸っていた。
「……どう、へ、変じゃないかな……?」
 ラブリエは恥ずかしそうに俺に向かって語りかけた。
「変だな、どうみたって変だ」
「な、そ、そんなこと……!!」
 ラブリエは驚いたような表情を浮かべるとすぐさまに関節を手で隠して俺を睨みつけた。
「いいじゃないか、別に『変』だって。なあ、ラブリエ『変』ってどういうことか、考えた事があるか?」
「……み、みんなと違うって、ことでしょう?」
「違うね、『変』っていう言葉は、状態なんかじゃなくて個人の感情なんだ。感情はえてして主観的なもんだろ? 絶対的に『変』なんて事はありえないし、そもそもに『変』ってのは決して悪いことじゃない。それを受け入れてやる環境と、受け入れられる余裕があれば、なんの苦でも無い。例えばだ、お前は俺の裸をどう思う?」
「……なんかちっちゃいのついてる」
 ラブリエは訝しげに俺の股間を眺め、返答するように呟いた。
「……いいか、ラブリエ。そのまま視線を逸らさずにいるんだ」
「……? ……えっ、ええっ、血管が浮き立って、……ああっ、反り立って、大きくなってきた! ひ、ひいっ……、止めて! 止めて!! もうわかったから、わかったからあっ!」
「さてラブリエ、俺の身体をどう思う?」
「な、なんかよくわからないけど、とにかく下品よ! バカ、変態!! なんなのよ、小さくなったり大きくなったり、そんな『変』な――」
 そこまで言って、ラブリエは言葉が止まった。
「そういうことさ、ラブリエ。『変』っていうのは、いつだって主観的で一方的なもんなのさ。俺達からしてみりゃお前はどうみたって『変』だし、お前からしてみりゃ俺達だって『変』だ。別にそれがどうってことじゃない。問題なのは、それを互いに受け入れるって事だ。この学校の連中に悪いやつは居ないし、お前の事なんてとっくに受け入れているだろうよ。だから、問題はお前自身がみんなに『受け入れられる』、そのほんの少しの勇気と慣れだけなんだ」
「……うん、『変』なんて言ってごめんなさい……」
「大丈夫だ、ラブリエ。少しずつ慣れていけばいいんだ。それまで、俺が付き合ってやるからさ」
 しおらしくなってしまったラブリエの肩を掴んで、俺はラブリエに語りかけた。


その様子を屋上の扉の影で眺めていたのは、教室を抜け出してきた恵比寿シイラであった。
「こ、これはエライこっちゃ……」

 次の休み時間、女子トイレにて、シイラとミサゴは二人で会話をしていた。
「え、えー!? レイジが素っ裸でエレクチオンしながら、同じく素っ裸の転校生の天守ラブリエちゃんに求婚してたー!?」
 ミサゴは驚きの表情で声をあげた。
「そう、そうなんだよ、ミサゴ! あれは完全に事後だったよ! これはアンタとしてもあたしとしても非常にマズイ状況なわけで! さあ、驚きの後の次の台詞は!?」
「け、健康的でよろしいんじゃないかなあ?」
「あ、アホー! そんな事言ってる場合じゃないでしょう! もっとこう、金切り声あげて『キー! 私のレイジに手ぇ出すなんて、許せないわあの女!』とか、充血した目でクマを作って包丁を片手に『レイジくんがそんな事するわけ無いよ……』とか言ってくれないとさあ! いや、そこまでの反応は要求しないけどさあ、一応アンタはあのバカ(=レイジ)の彼女なんだからさあ、少しは危機感持たないと! 危機感っていうか、この状況は完全に、ビンタ合戦最悪血流クラスの修羅場リーチ確変ものだよ!?」
「て、照れるなあ、レイジの彼女かあ……」
「ああ、もう、この女は! いいから来なさい!」
「あ、ちょっとシイラっ!」
 シイラはミサゴの手を取って、トイレから出て行った。

「ちょっとレイジ!」
「……あ?」
 シイラは教室に戻りレイジを探すと、レイジは机に突っ伏したまま、さも面倒くさそうに顔をあげてシイラに返答をした。レイジの頭には、おそらくは授業をすっぽかしていた為に今石に殴られた為に出来上がった巨大なたんこぶが頭にできていた。そのたんこぶを冷ます様に、ラブリエは棒に括りつけられた袋詰めされた氷を使ってレイジのたんこぶに当てていた。
「どうやらご両人揃い踏みの様ね、その度胸と根性だけは認めてあげるよ!」
「なんだシイラ、俺に何か様か?」
「この表情をみて何の用事も無いように思えるか! ミサゴと私と言うものがありながら、ポッとでの転校生に言い様に乗り換えやがって、この浮気者!」
シイラはレイジのたんこぶを押しつぶす様に鉄拳を振り下ろした。
「あ、あだっ! お、お前、今冷やしてた所だっつーのに、なんてことしやがる! ていうか、浮気者? 何を言っとるんだお前は?」
「しらばっくれよーったってそうはいかないよ、あんたさっきの時間、そこの転校生と一緒に屋上で良からぬことをしていたのを、このシイラちゃんはちゃーんと見ていたんだからな!」
「良からぬ事をしていたというのはおそらく事実だが、お前等を見限ったつもりなんてさらさらに無いぞ。俺の愛の規模はこの島の人口よりも遥かに多いんだ。俺の夢は、人類全員俺の嫁だ」
「だれがアンタと良からぬことをしていたのよ」
ラブリエはそう言って、吊るしていた氷を上下させてレイジのたんこぶを静かに叩いた。
「つまりだ、俺は恵比寿シイラも愛しているし、鳴水ミサゴも愛している。同様に天守ラブリエも愛しているし、委員長の金平文だって同様に愛している。当然ながら、フルスロットル、全力を持ってしてだ。俺にはその包容力があるし、そのキャパシティはこの島の人間全てを覆い尽くして余りあるほどなのさ! 来るもの拒まず、去るもの追わずさ! そうだよな、ミサゴ」
「レイジー!」
「うごっ!」
ミサゴはレイジに飛び込んで抱きついた。レイジはそのまま、開け開かれた窓から上半身をのけぞらせ、ミサゴの抱擁を受けた。
「ちょ、ちょっ! み、ミサゴ! 落ちる、落ちるって! お、おい、シイラ、助け……」
「包容力があるんだろ? モテる男はつらそうだね」
そういってシイラは、レイジの姿をさも楽しそうに眺めていた。
その時だった。
レイジの反転した視界の中で、一台のバイクが校門を突っ切って、この清蓮高校の校庭の中でと突っ込んできた。そのバイクはレイジが今朝追いかけられたバイクであり、その乗り手は当然かの女警官、赤城虎吉であった。
「げぇっ、トラキチ!? 何しに来たんだあの女?」
虎吉は校庭で華麗にバイクを滑らせて停止させると、校舎の窓から今にも落ちそうになっていたレイジとミサゴの姿を見つけると、声をあげた。
「レイジ! ミサゴ! 落ちてでもいいから、今すぐ来い!」
「こ、こんな所まで追っかけて来やがって! 殴り合いならゴメンだぞ!」
「そんなモンは後だ、《アヴァターラ》が出やがったんだ!」

「……《アヴァターラ》?」
二人のやりとりを横目に見ていたラブリエが、不思議そうにその聞きなれない言葉を呟いた。

後編に続く。

BEACH RAM!② (前編)

ご無沙汰しております。
少し長くなってしまったので、前半と後半に分けています。
二話目からこの文章コントロール力の無さ、先が思いやられます……。
先が思いやられますが、なんとかして形にしておきたいほど、私個人としてこの作品に愛着を感じています。
本当は挿絵や表紙のイラストも凝りたいのですが、なかなか画力の向上が間に合いません。
基本的なプロットは最終話まで出来上がっているので、後は自分のやる気と速度の問題なのですが、
本当に文章速度が欲しい今日このごろですね。

BEACH RAM!② (前編)

遥か昔、過去に起こった人類の終幕。 その滅亡から取り残された様に、地表を埋め尽くす海のなかに一つの島があった。 島の名は、幸ノ鳥島(こうのとりしま)。 その島では、科学や物理では証明のできないような超常現象が多発していた。 主人公、鷹雄レイジと鳴水ミサゴは、その島の住人たちと、変わらぬ日常を過ごしていた。 突如空から落下してきた人型ガイノイド、天守ラブリエとの出会いと共に、この物語は始まっていく。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2014-08-21

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