まばたき

彼の生涯は、駆け足で終わったと言われるだろう

彼の生涯は、駆け足で終わったと言われるだろう。志村はいま、まさに臨終を迎えようとしていた。
64歳。その年齢とは思えぬほどに彼は老いている。深く刻まれたシワ、痩せ細った身体、干涸びた指先。焦点を定めない視線で、ぼんやりと宙を見つめながら、彼は己の生涯について考えていた。

志村は生まれつき、時を止める力を持っていた。ただし、思うように自由にというわけではなかった。時を止める合図は、まばたき。彼がまばたきをすると世界のすべてが停止する。そしてもう一度まばたきをする。すると、再び世界が動き出す。止まった世界の中でも、志村だけは目が乾く。つまり、いつまでもまばたきを我慢していられるわけではない。
はじめのころはうまく使いこなすことができず、歯がゆいおもいをした。しかし、やがてまばたきをある程度コントロールできるようになると、止まった時の中を動くコツのようなものを掴んだ。限られた時間の中で、できるだけ無駄なく、短く、必要なことだけをする。
そうして志村は、これまでほとんどのことに成功してきた。もちろんいくつも汚いことをやってきた。だが、止まった時の中で彼がしたことに気づける人間などいるはずがない。誰からも愛されながら、なおかつ、成功をつかんできたのだ。これほど悔いのない生涯がかつてあっただろうか。今も彼の周りをたくさんの人間が囲んでいる。遺産目当てなどではなく、純粋に彼の死を惜しんでいた。

止まった時の中を動いたぶん、彼は世界よりも先に老いていった。戸籍上は64歳となるが、おそらく100歳以上の時を生きてきた。そしていま、その生涯が幕を閉じようとしている。

いよいよ、そのときが来たようだ。周りが何か言っているが、もう、よくわからない。
まばたきを一度だけした。静寂が彼を包んだ。
そして、次に閉じられたまぶたは、もう二度と開くことはなかった。

いまも世界は彼のまばたきを待って、止まりつづけている。



++超能力者++
志村一彦(しむら・かずひこ)
ESP:まばたきをするたび時が止まる

まばたき

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まばたき

1分で読めます。「話の中に必ず超能力者がひとりは出てくる」というしばりで掌編の連作を執筆中。 超能力者の名前と能力が必ず最後に記載されてますので、答え合わせ感覚で読んでいただければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • サスペンス
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-21

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