LAPIS -episode party-
序章 リオの独白
今日、俺がすべきことは街に砂糖と醤油、万年筆を1本買いにいくことだけだった。
正直それだけを買いにいくだなんて俺も気が乗らなかったが、娘がそれでは困るというし昨日の買い出しで買い忘れてしまった後ろめたさもあって素直に街へ出向いた。
そして今、俺は帰路についている。手元には砂糖と醤油しかない。もちろん買い忘れたわけではなく、急いで帰らなければならない事情ができたのだ。
全く、何故砂糖と醤油なんて重いものを先に買ってしまったのだろう。久しく運動をしていなかったせいで荷物を持って走るのがキツい。切羽詰まったこの状況でそんなどうでもいいことを考えながら風をきる。
そんな事より…まずい事になった。まさか今更勘付かれるとは…
娘、シナになんて説明すればいいのだろう。シナ自身のことも、使命のことも、説明しなくてはならないことがたくさんある。だが、説明する時間なんて無に等しい。
とりあえず、あいつらからシナを遠ざけなければ…
森の奥の人目に触れない場所に位置する我が家は、俺が慣れない大工仕事に骨をおりながらこそこそと作った小さなウッドハウスだった。
素人が何年も前に作った家だ。あちこちがいたんでいる。
「シナッ!!」
そんな脆い家と分かっているにも関わらず、木で出来た扉をぶち破る勢いで開けて娘の名を呼んだ。
「ちょっ…お父さん!扉が壊れちゃうじゃないか!」
案の定そう怒る娘を無視して肩をつかむとようやく「何かあった?」と緊迫した状況を察したようだ。
「お前…ヒスイの事はわかるな?」
「えっ、うん。お父さんの妹で…ボクの叔母さん…だよね。会ったことないけど。」
「そうだ。ちょっとまってろ。」
俺は自分の机の一番下の引き出しからメモと手のひらサイズの石板を取り出し、シナの手に押し付けた。
「このメモに書いてある場所にヒスイはいるはずだ。今直ぐ荷造りをしてヒスイの所に行け。この石板を見せれば俺の身内だってわかってくれるだろう。」
「えっ…?な、なんで急に?お父さんは行かないの?」
いきなりの事で頭がついていかないのか、若干涙目になっている。それも仕方ない事だ。
「振り回してすまない、シナ。お前には沢山話していない事がある。今はこれだけ言おう。お前は国軍に追われている。」
「な、なんで…。」
「悪い事をしたわけじゃないが…今はそれを一から説明する時間もない。すぐそこまで奴らは来てる。一刻も早くここを出ろ。俺はここでやりすごしてから後を追うから。…頼む。」
「…うん。わかった。」
まだ涙目のまま、下を向いて聞き分けよくそう言った娘に強い罪悪感を感じた。
…でも、今はどうしようもない。
「ありがとう。また会う時に、全てを話すよ。」
「…荷物、纏めてくる。」
「ああ、すまない。」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「ああ」
「これって、なんなの?」
シナは手に持った石板を指しているようだ。
それは…
「宝物だよ。絶対に他人に渡すなよ。」
シナは俺の言った通り、3分という速さで荷物を纏めて扉の前に立っていた。
「国軍には、気をつけろよ。それだけじゃなくても世の中には危険なものがたくさん…」
「もう!!お父さんはボクを世間知らずと思って…心配しないでよ!」
…驚いた。
たった3分で気持ちに整理をつけたのか、もしくは我慢しているのか、シナはいつもの笑顔でいた。
「行ってきます!お父さんこそ気をつけてよ!!」
本当、お前は母親によく似てるよ。
こんな状況なのに、つられて口角が上がる。
「もちろんだ。またな。」
「うん!」
「…なぁ、シナをずっと見守るって約束、まもれなかったよ。」
かけていくシナの後ろ姿を見送りながら、呟く。
シナの姿が見えなくなった頃、ちょうど幾人かの兵隊がこちらに歩いてきた。
「失礼します。マジア国軍の者ですが、リオ・コルナールさんですね?」
…来た。なんとか誤魔化しきらないとな。
でも、まあ、
ずっとそばで見てやれなくても、俺がシナを守るから。
お前は心配しなくていいからな、ルリ。
一章 気をつけなきゃね
「なぁーシナ…これ以上進むの明日にしよーよ。」
隣の男は空を見て気だるそうに呟いた。
釣られてボクも背の高い木々の向こうの空を見る。
夕焼けのオレンジと夜の紺が混ざった色。もうカラスの鳴き声も聞こえない。
確かに灯りなしじゃ何も見えなくて道に迷ってしまう。
「でも、ここで休んだらそれこそ危険じゃないか…夜の森は夜行性のモンスターとかいるし。寝込みを襲われるよりはずっと動いていた方がいいんじゃないかな。」
「…でも夜の森とか進むの怖いじゃん…。」
それが本音か。
「もー男なんだから『守ってやる!』くらいのこと言って欲しいよ…。」
「そ、そんなこと言えるかよ!俺はビクトゥースの中で1、2を争う小心者なんだぞ!?」
「そんなムキになって主張すること!?」
この男はジャンヌ・サファイア。この森に入ろうとした所で呼び止められ出会ったばかり…とはいえかれこれ6時間以上一緒に駄弁りながら歩いている。
この通り小心者のようだがとても話しやすくてすぐに打ち解けてしまった。
話によれば、ボクと同じマジア国の街外れの出身らしいがボクの家とは真反対に位置するビクトゥースの村に住んでいたらしい。
どんな村かと聞いたら「田舎すぎてなんもないや」と返ってきた。
でも剣術が盛んな地域のひとつらしく「俺、剣術だけは誰にも負けねーから!」とドヤ顔で語っていた。
そんなに腕に自信があるのに度胸は無いのだと主張するからちくはぐでなんだか笑えてしまう。
「なぁシナー…やっぱり暗くてあんまり辺りが見えないよ。」
「そうだね…」
「だろ!?だから…」
「じゃあ速く森を出ないとね。安心して!ボク灯りになるくらいの火系魔導はつかえるから。」
「えっ…。」
今日はこれ以上この森進めない理由がなくなりジャンヌは途端に顔色が悪くなる。
なんか面白いなこいつ。
「なんでそんな急ぐんだよ…。なんか理由でもあるのか?」
ジャンヌが不満そうに呟く。
理由、かぁ…。
正直にいえば、ボクが焦っているのは国軍が追ってくるかもしれないという危機感からだ。
父から聞いただけだから実感は湧かないものの、なんだかわからないことだらけで妙な恐怖がずっと心の中にある。
そのことを他人に簡単に言うわけにいかないからとりあえずジャンヌにはまだ「知り合いがフェイリーランドにいるから会いにいく」としか言っていない。
フェイリーランドは、父の妹さん、つまりボクの叔母にあたるヒスイさんが住んでいるらしい国だ。
マジアから2ヶ国は越えていかないとならないので、馬車などを利用しマジアを横断しただけでも十数日かかっているボクにとっては途方もない旅である。
ジャンヌはその途中にあるトルシェ王国に用があるらしく、そこまで一緒に行く事になった。
話が逸れてしまったが、今ならジャンヌに事情を話しても平気だろうか。急な用事でフェイリーランドになんて行く人はボク以外ではきっと稀なんだろう。このまま黙っていたら逆にあやしまれてしまう。
「うーん、自分でも自覚ないんだけど、ボクなんか追われてるらしくて…なんかしたわけじゃないけど、ボクもよく把握できてなくて…」
しまった、自分でもわからないことなんて人にわかるわけないじゃないか。ジャンヌの頭の上にクエスチョンマークがいくつも見える気がする…
「んー、とりあえずフェイリーランドに行く事になった過程を聞いてくれるかな。」
ボクは苦笑いを浮かべながらそう言って今までのいきさつを話した。
「国軍相手にかー…大変だな…。」
「なんだかわかんないことばかりだけど追われてるし早く行かないといけない気がして。」
「ああ、この森はマジアとトルシェの国境だから国軍の自由に動ける範囲内だ。急いだ方がいいな…」
冷や汗をかきながら緊張感のある面持ちで言う彼にひとつ疑問が生まれた。
「ここまで一緒に来てくれてなんだけど、ボクがそんな立場って分かって関わらない方が良かったとか思わないの?」
「えっ俺そんな非情な奴に見えた!?」
「いや、なんか臆病者イメージだから国軍相手なんて怖くないのかなーと思ったんだけど」
ジャンヌにため息をつきながら「いやまあ怖いけど……そもそも俺が声かけたんだから」と言われて、自分は彼を過小評価しすぎていたなと反省した。
「ごめんよ」
「あっ謝ることじゃないぞ!寧ろよく話てくれたよな、まだ出会ったばかりだっていうのに…でも、多少は気をつけろよ」
確かに信用できそうだとはいえあまり話すべきじゃなかったかもしれない。
何故だかボクの中でジャンヌが出会ったばかりの友人……という感覚がとても薄かった。
「うん、気をつけるよ」とボクは答えようとした。
その時だった。
「そーそー!気をつけなきゃー!」
頭上からいきなり聞こえたのは、
暗い森には場違いな明るい女の子の声だった。
「あたしみたいなのが何処にいるかわかったもんじゃないからねぇ!」
「だ、誰?!」
ボクとジャンヌはすぐさま上を見る。
しかし、目に映るのは生い茂った木々と、その隙間から見える紺色の空だけで人影は見えない。
「こっちこっち!」
「ひぇ?!」
後ろから声が聞こえたと思ったら肩まで叩かれた。
気配を消して背後に近づいていたらしい。
ボクもジャンヌも突然過ぎてしばらく動けなかったが、相手はそれ以上なにもしてこずに頬を膨らませて「そんな怖がんないでよぅ」と拗ねた素振りをしている。
攻撃したりする様子もないので、声の主の方に向き直る。もちろん距離は取りながら。
声の主はボクより上か、もしくは同い年くらいの少女のようだった。赤い瞳に長い赤髪という夜でも目立ちそうな風貌をしている。
それでも存在に気づかなかったということは気配を消していたのだろうが…ここまで完璧に気配を消すことができるなんて。多分かなり戦闘能力が高いのだろう。
もしかしたら国軍の追っ手かもしれない。
…だとしたら、かなりまずい。
ボクは不安を隠しきれずに震えた声で問いた。
「誰なの…?もしかして…」
「ああ!安心して〜あたしマジアの者じゃないからぁ。」
少女は片手を顔の横でひらひらとかざした。
「あたしはガーネット。お散歩中に偶然通りかかっただけよぉ。”あたしみたいなの”っていうのは知らない人って意味だから、そこ勘違いしないでよねぇ〜」
散歩中に偶然?こんな時間に散歩なんて…
「怪しいな」
それまで黙っていたジャンヌが胡散臭そうな目で呟いた。
「なによぉ、その目は!……まあいいわぁ、信じろって方が無理な話よね」
再び頬を膨らましたかと思うとガーネットはため息をつき、すんなり諦めた。
ため息をつきたいのはこっちだ。
「とりあえずこれだけ言っといてあげようと思ったのよ、あなた達トルシェ王国に行くんでしょぉ?」
「え?うん。通るだけだけど…」
「気をつけた方がいいわよぉ。もうすぐ戦争始まるから。」
なんでもなさそうな様子だがなんか大変なこと言ってるぞこの人。
「マジかよ……そんな情報は聞いてないぞ」とジャンヌが冷や汗を流すと、ガーネットは「マジよぉ、マジマジ!」と話を続けた。
「トルシェにとっては防衛戦争ね。コーサラ国が攻めようとしてんのよぉ。」
「コーサラが?嘘つくなよ。
あそこってフェイリーランドより更に遠い国じゃなかったか?しかもデカイし。言っちゃ悪いけどトルシェなんて小さい国、経済効果にも期待できないんじゃないか?寧ろ領土にしたりしたら管理に負担がかかるだろ。」
地理や経済に疎いボクにはよくわからないがジャンヌはトルシェ王国を獲得してもコーサラ国になんの利益もないのでは、と言いたいらしい。
「なかなか鋭いわねぇ!知識もあるようだし。でも、コーサラが欲しいのは単に領土だけじゃないのよぉ。」
「え?なんだよ、そのコーサラが欲しいのって…」
「秘密秘密ー!企業秘密でーす!これ以上言うと怒られちゃうわぁ!」
口の前で人差し指を立ててガーネットはリアクションを取る。
「ねぇ、怒られるって誰に?」
「だから企業秘密だってぇ!もうなにも言いません!」
多分この人コーサラの人だな、とほぼ確信しながらもボク達はそれ以上何も聞かないことにした。
隠したいのかバラしたいのかよくわからないな…
「まあそういうことで!気をつけた方がいいわよぅ!」
「でも、ジャンヌはともかくボクはマジアまで戻れないんだけど…」
ここの道はトルシェに一本道で繋がっているから他の道へ路線を変更することもできない。
「そうねぇトルシェには行かないとダメみたいねぇ。そこで!」
「わわっ!?」
ガーネットは何処から出したのかいきなり剣の切っ先を向けてきた。
びっくりした。鼻スレスレじゃないか…!
だがそんなことお構いなしにガーネットは続けた。
「あなた達にこの剣を授けよう!!役立ててくれよぉ!テレッテーン!」
アイテムゲットのBGMのつもりなのか自分で効果音を口にしているのはスルーするとして、その剣はガーネットの武器ではないのであろうか。
ボク達にあげちゃっても大丈夫なのかな?
「あたしのことは気にしないで〜他に武器あるしぃ。それにコレ安物のドゥサックだからぁ。」
「ドゥサ…?なにそれ?この剣のこと?」
「えーっ知らないのぉ?シナちゃんだっけ?世間知らずねぇ〜」
そんなこと言ったってずっと人里離れた森に住んでたし、一応魔導士だし、そんな剣の名前なんて知るわけないじゃないか。
ボクが世間知らずと馬鹿にされたことにムッとしているとジャンヌが「まあまあ」となだめてくれた。
「ドゥサックっていうのはよく兵士が使う剣だよ。シンプルなつくりをしていてコストがかからないから大量に入手できるんだ。」
「はぁ、なるほど。」
ジャンヌって物知りだったんだ。剣術が得意みたいだから剣の事は知っていて当たり前かもしれないけど、地理とか世界情勢とかもある程度知ってるみたいだし。ビビリだけど。
「あっジャンヌくんだっけ?いいとこ見せてるとこ悪いんだけどぉ…ちょっと聞いてもいーい?」
「なんだよ?」
「あなた、装備とかみたところ剣士のようだけどぉ…剣は忘れてきたのぉ?」
「…」
ガーネットの言葉を聞いて固まるジャンヌの方を改めて見る。
…確かに。魔法でコーティングされたローブのような防具ではなく、甲冑の簡易版みたいな直接的な防具を装備しているし、あれだけ「剣術得意なんだ!」とドヤっていたから剣士のようなものなのだろう。
だがしかし、肝心の剣が見当たらない。
「…わ、わすれてないし…ちゃんと持って来たし…」
「じゃあ、何処にあるのよぅ?」
ガーネットに問われ、長い沈黙の後ジャンヌは目を逸らしながらボソッと小声で答えた。
「……落とした…」
なんと。
剣士が剣を落とすとは。
ボクが衝撃を受けて唖然としている一方でガーネットは涙を流しながらゲラゲラと笑っている。
「あっはははっ!!さっ最高!!げほっ…ていうか、剣を落としたら普通、気づくでしょ!!あっははははは!!…げほっ」
笑っているというより寧ろむせているようにみえる。
その間ボクは頭の辞書の「ジャンヌ」という項目に「ビビリ」「物知り」の他に「おっちょこちょい」を追加しておいた。
二章 立ち止まっちゃダメだよ
衝撃発言から数分後、ジャンヌはガーネットから渡された剣を慣れた手つきで鞘に収めていた。
「ねぇ……大丈夫?」
「こ、今度は落とさねーよ!……多分」
多分って……そこはかとなく心配なんだけど。
「げほっ……シナちゃんに、ぶふぉっ……預けた方が、いいんじゃなぁい?……ぶはっ」
「コイツ……まだ笑ってやがる……」
ジャンヌは悔しそうにしながらあたりをキョロキョロ見渡す。なにしてるんだろ?
「うーん。なんか長い丈夫な紐ないかなー。体に巻きつけておけば落とさないと思うんだけど。」
なるほどね、意外と考えてるんだなぁ、なんて失礼なことを思いながら一緒になって周辺を探す。
だけどそう都合良く長くて丈夫な紐なんて落ちているわけがないわけで。せいぜい植物のつる程度しか見当たらない。
ガーネットの言うとおりボクが持っていた方がいいかもしれない。
「やっぱりボクが預かるよ。」
ボクが提案するとジャンヌはここだけは譲れないとばかりに反論してきた。
「いーや!意外と重いから大変だし、シナが落とさないともスリに合わないとも限らないしさ。あと女に持たせるなんて恰好わりーじゃんか…」
えーと…最後のはささやかな男のプライドってやつかな?誰も見てないんだから気にしなくていいと思うんだけど。
それにボクが預かるっていってもボク自身がそれを持つわけじゃないしね。ふふふ。
よし、必死な様子のジャンヌにボクがたっぷりの余裕を醸し出しながら精一杯のドヤ顔で諭してあげようじゃないか。
「ふふん、その心配はないよ。魔導で別次元に収納しておくからボクは重くないし、絶対落としたり盗られたりしないよ!」
よし、決まった。
「おお!魔道士ってそんな事もできるんだな!」
えへへ、やっとボクの活躍が回ってきたよ。
キラキラした目で拍手を送るジャンヌを見て、日々の勉強は無駄じゃなかったと実感する。
認められるってこんなにも気持ちの良いことなんだな。
「俺の住んでた所は魔導士があんまり居なかったからかもしれないけど、そんなの始めて見たぞ。」
「え?そうなんだ、ボクのお父さんは普通に使ってたけどなあ。」
あ、ガーネットも知らないのかな?
さっきからずっと黙ってるけど…
「ねえガーネットは見たこと…って、いない?!」
「うわほんとだ!いないぞ!!」
確かにしばらく会話に入ってなかったけどもうどこかに行ってしまったなんて、気配がなさすぎるよ…
知らぬ間に現れて消えるなんてどこの幽霊だ。
忠告もしてくれたし武器もくれたからちゃんとお礼を言いたかったんだけどなあ。
「最初から最後まで不思議な奴だな…まあ、きっとまた会えるだろ!」
「そういうものかなあ…」
「意外と偶然とか奇跡ってあるもんだぞ?世界は思った以上に狭いんだからさ。それにお前…あ、なんでもないや。」
え?「それにお前…」何?
ボクがどうかした?
「ごめんごめん。勢いで出ちゃっただけだよ。本当になんとなくだから気にすんなって…
ほら、シナもたまにないか?あまり考えもせず喋り出す事。俺いっつも思ったことすぐに口にだすからさ、よくあるんだよ。」
うーん、言われてみればたまにあるかも。
ジャンヌの言葉に納得しながら、今の情報を脳内辞書に追加した。
「ジャンヌは勢いで喋る」っと
家が森の奥にあったからか、お父さん以外の人とはあまり接点がなかったボクにとって、こうやって他人の情報が増えていくのは新鮮でなんだか楽しい。
前まで考えたこともなかったけど、ボクはボクが思った以上に人と関わるのが好きみたいだ。
もしかしたら案外社交的な性格なのかも。
「話戻るんだけど、ガーネットに会える会えないの前にそれまで生きてられるかが問題だぞ。」
「えっなんでそんな不吉な事いうの……」
「だってさ、ガーネットが言ってただろ?もうすぐ戦争が始まるって。巻き込まれたりしたら……」
さっきまで「きっと会えるさ!」なんてポジティブな発言をしていたというのにいきなりそんな真剣なことをいうなんて……びっくりするじゃないか。
でもさっきの紐といい、一見アホに見えてしっかり対策とか考えるし、案外慎重なんだな。
「あ、自分で言ってて想像したら恐ろしくなってきた」
「アホか」
上げて落とすタイプだなこいつ。
「アホじゃねえよ!多分……とにかく、さっさと行った方が安全だろ!」
「だからボクは最初から言ってるじゃないか……」
「あー!聞こえない聞こえない!」
「はいはい……」
まあ、冗談は程々に。足を動かさないとなんの解決にもならないからね、進もうか。
*
雑談しながらも、真っ直ぐに早足で暗い道をしばらく歩くとジャンヌが急に立ち止まった。
目の前の道を光で照らすと、大きな岩。
そこでジャンヌが一言。
「うん!行き止まりだ!」
「はっ?」
行き止まり?行き止まりって…迷った?この暗い森の中で……?
「だから行き止まりだって……」
「いや、そんな『知ってた!』みたいに清々しく言わないでくれる!?
由々しき事態だよ!
なんでこう急いでる時に限ってボケ発揮するの!?
ていうか!ここは一本道だってさっき言ってたじゃないか!
なに?ボク達極度の方向音痴!?」
もうパニックだ。元々焦りはあったし、ボクだってこの薄気味悪い森が怖くない訳じゃない。
行き止まりってことは引き返さないとダメって事でしょ。
どこまで引き返せばいいのかなんてわからないし、すぐそこまで追っ手が来てるかも……!
そう思うと、今まで歩いてきた道がさらに恐ろしいものに思える。
「ああもう!いっぺんに悪いこと起こりすぎだよ!!そもそもなんで国軍なんかに追われてるんだよボクは!」
ここに来てなんだか不安や不満が押し寄せてきてしまった。
「おい、ちょっとしっかりしろって!」
ジャンヌに肩を叩かれてはっとする。
ああ、取り乱すなんてボクらしくない。自分が思ってた以上にボクは追い込まれてたのか。
「落ち着けって……ここは一本道の筈だし、少なくとも俺は道案内とか昔から得意なんだ。方向音痴じゃない。落ち着いて、話を聞いてくれ。」
「あ、はい……」
なんだか恥ずかしくなってきてしまった。
少し深呼吸をしてジャンヌの話に耳を傾ける。
「だから、迷った訳じゃなくて”行き止まり”なだけだろ。」
「え?」
じゃあ元々トルシェに繋がる道は無かった……?うぅ……なにその絶望的な状況……。
「違うって!暗くてわかりにくいけどさ、岩の下の方を見てみろよ。どう見たって道の途中に岩を置いたって感じだろ?」
ジャンヌに即されて岩と地面の間を見る。
あ、本当だ。確かに元から岩があれば草とか生えているだろう場所にしては不自然な程なにも生えていない場所がある。
しかも、それは道と同じ幅で直線上にある。
「じゃあ岩は誰かが置いただけで、先には道があるってこと?」
「そういう事。遠回しに言ってごめんな。」
いや、話も聞かずに勝手にパニックになってただけだし……
こっちのが申し訳ないよ。
「いや、偶然気づいたからちょっと余裕を見せてかっこつけたくて。」
「……」
「えっ何だよその目……」
なんでキミはそれをいっちゃうかな……
「かっこよかったのに台無しだよ……」
「マジで!?かっこよかった!?」
「うん。過去形だけど」
冷たい目で返してやるがいまだに喜んでいる。
なんというポジティブシンキング。
「じゃあ、この先に進むにはこの岩を超えるんだね……登れるかな」
岩には足場になりそうな出っ張りがあって、高さも大体2人の身長をあわせたくらいだ。見たところは登れそうだけど……
生憎ボクは岩登りはおろか木登りすらやったことがないんだよなあ。
「えっ木登りもか!?森育ちにあるまじき発言だな」
「お父さんが危ないからって登らせてくれなかったんだよ……」
「ほんとに箱入り娘かよ……はあ……」
ジャンヌにため息つかれる筋合いないんだけど。
「まあ大丈夫だろこのくらい猿でも登れるぞ」
「ジャンヌ、猿舐めすぎじゃない?
寧ろ猿のができるよ」
「じゃあ猫でもできる!」
「猫も結構高いところ登るよね」
「5歳児でもできる!」
「5歳児はちょっと厳しいのでは」
「う、うるさいな!変なとこツッコむなよ」
「ジャンヌはこのくらいなら大丈夫って言いたかったんだねうんわかったわかった」
「そういうことだよ」
「棒読みなのが気になるけど……」とまたもやため息をつくと、ジャンヌは目の前の岩に手をかけた。
「ま!俺が先に行って引っ張りあげてやるから、心配すんな!」
おお、頼もしい!今のはかっこよかったよ。また調子に乗るから言わないけどね。
ジャンヌに手伝ってもらいながらやっと岩の頂上まで来た。
向こう側へ目をやると、ジャンヌの言ったとおり道があり、ほっと一安心だ。
「よかったーこれで進めるな!さっさとおりようぜ。」
「うん、でもジャンヌ……こっちの面なんか足場少なくない……?」
「飛び降りればいいだろ?」
なんでそんなさらりと言うの……!こんな高さから飛び降りるなんてやったことないよ……!
「お前俺のこと馬鹿にするわりにはなかなかのビビリじゃねーか……ここから落ちたって死ぬ恐れなんてよっぽどないぞ?」
「はっ初体験は誰だって怖いの!」
「はいはい……じゃあ一緒に降りてやるよ。せーので飛ぶぞ?」
「う、うん……」
「はい、せーのっ」
タンっという軽い足音をたてて
目を瞑ったまま飛ぶ。
少しの風を切る音と浮遊感のあと、片足のつま先が地面に着いた。
案外普通にできるものだな、と両足を大地につこうとした、その時だった。
地面から足へ伝わるはずの反動が……
ない。
その代わり、にミシミシ、バキバキと何かが折れたり割れたりしてゆく音がした。
「「えっ?」」
バキッ
ひときわ大きな音が鳴ると一瞬にして体が沈んでいく。
そう、これは……
「落とし穴!?」
「嘘だろ!?」
「しかも結構深いんだけど!!」
2人で悲鳴をあげて落ちてゆく。
受け身なんて取れるはずもなく、
ダンッという鈍い音とともに体をうちつけられてしまった。
しかも頭までどこかで打ってしまったらしく、くらくらする。
意識が朦朧としていく。
(あれ……?)
仰向けに寝そべった状態のボクの目に、人影が映る。
ぼやけて殆どわからないが…ボクらが落ちた穴の外からこちらを覗き込んでいる。
(誰……だろ……)
そこでボクの意識は途切れた。
三章 信じなきゃ
意識が覚醒し始めて、ボクはゆっくりと目を開けた。
視界に光が差し込む。
日差しなのか、人口的な光かはわからないが、とにかく寝ぼけたままのボクにとってその光はひどく眩しく、すぐに目を閉じてしまった。
体が暖かく、ふわふわとしたもので覆われて、なんだかとても心地いい。ボクは布団の中にいるようだ。
今は何時だろう。今日ってなにか早起きする予定はあったかな?
ボクは眠りに落ちる前の事を思い出す。
思い出す。
……あれ?おかしくない?
「どこ此処!?」
今度はぱちっと目を開けて、ものすごい勢いで上半身を起こした。
いや、だって昨日の最後の記憶からして此処にいるのはおかしい!
辺りを見まわすと大きな屋敷の部屋みたいな所で、ボクは天蓋付きベットにいたのだが、最後に目に収めたのは謎の落とし穴だったはず…
「あら!お目覚めになられたのですね!」
「えっ」
突然横から聞いたことのない声がしたので咄嗟にそちらを向く。
するとボクの寝ていたすぐ隣に、金髪の綺麗な女の子が笑顔で横たわっていた。
女の子はみたところ10歳くらいだろうかーって、いやいやおかしい。全く状況が理解できない。
「えっキ、キミ、誰……?」
「ええっ?覚えていらっしゃらないの……?そ、そんな……」
「まって、い、今思い出す……」
お上品に涙をおよよと流す少女に何故か身に覚えのない罪悪感を感じつつ、再度記憶をたどる。
「やっぱり身に覚えないんだけど……」
「そんなっ!あんなことまでしたのに!責任とって下さい!!」
あんなことってボク一体何したの!?
責任って何!?
ひたすら「責任を取れ」と泣きわめく少女を前にボクがなす術もなく慌てふためいていると、どこからかバタバタと何かが迫ってくるような音がした。
と、思いきやバタン!と大きな音を立てて勢い良く扉が開かれた。
視線をそちらに向けると今度はメイド服を着たお姉さんが立っていた。
お姉さんはビッっとボク達の方向を指差すと、ものすごい音量で叫んだ。
「ルビー様!!何してらっしゃるんですか!!」
「ちっ、バレてしまいましたわ」
女の子は舌打ちすると、ベットから降りた。
えっキミさっきまで泣いてたよね……?
「貴女のせいで計画が台無しですわ!押し切れそうだったのに!」
「計画!?知りません!逃がしませんよ!」
け、計画?どういうこと?
戸惑いながら2人の鬼ごっこを見ていると、聞き慣れた声が聞こえた。
「おーいシナ!調子どうだ?」
「ジャンヌ!」
これ、どうなってるの!?
*
「説明が遅れてしまい申し訳ありません。私、トルシェ王宮で働かせてもらっております。ツェレンと申します。」
鬼ごっこがひと段落ついたのか、ツェレンさんは申し訳なさそうな顔をボクに向けた。
「そして、此方はトルシェ王国王女のルビー・トルシェ様です。私はルビー様の専属メイドとしてお世話させていただいております。……ルビー様が御迷惑をおかけしました。」
「引っ張らないでくださいまし!!」
「は、はい……」
生まれ育った森の外は驚きに溢れている。
今もそう、幼い王女を紐で縛ってる専属メイドが目の前に。
とりあえず、今の状況はどういうことなのだろうか。
「えっと……ここは王宮ってことですよね?ボクは何故こんな所で寝かせてもらってたのでしょうか。」
「はい、その原因もルビー様にありまして……」
「ツェレンもノリノリだったくせにぃ……」
王女が呟くとツェレンさんは「……はい?」と王女を睨むと王女はしたを向いて「ご、ごめんなさい……」としりすぼみになりながら謝った。
主従関係逆転してるよ……。
と心でツッコミながらツェレンさんの説明に耳を傾ける。
「気を取り直して、今の状況に至る経緯なのですが……最近、外から外国のスパイが大勢来ているとの情報がありまして。大体がコーサラの方からではないかと言われておりますが」
コーサラ。
昨日ガーネットが言っていた国だ。
もしかすると、ガーネットもそのスパイだったんじゃ……。
「た、大変ですね……」
ガーネットがコーサラに関係がある確率はとても高いけれど、確定でない事は言えないよね。それに武器をくれた恩を仇で返したくはない。
今は、黙っておこう。
ジャンヌも同じことを思ったのか、静かに黙って聞いている。
「そこで、ルビー様がスパイ違法入国対策にある作戦を考えたんです」
「その名も!『二重トラップ大作戦~目先の餌に油断した哀れな国家の犬たち~』ですわ!!」
「あ、名前は私がつけたのですがね」
んん?話が見えてきたぞ?
つまり、その作戦って…
「はい、あなた方がかかってしまった落とし穴です。スパイなら楽々登れるくらいの大きな岩の先にスパイも登って来れないような深さの落とし穴をつくったのです」
「国の周りにあちこち作ったんですの!頑張りましたわ!」
「まあ、殆ど私の魔導ですが」
それに……まんまとボク達がひっかかったんだね……
「気づかなかったね……なんだか恥ずかしいな」
「1番恥ずかしいのカッコつけてた俺だけどな……」
「はは……」と乾いた笑いをするジャンヌの気持ち、お察しするよ。
「落ちた後、お二人は軽く脳震盪を起こしていたみたいで、たまたま私達がそこを監視していたので王宮にお運びして手当てを……。関係のない方を危険な目に合わせてしまい反省しております」
「あの時わたくし達がいなかったらどうなってたか分かりませんわ……それにしても、カッコつけておきながらまんまと罠にハマるのはみていて滑稽でしたわ」
王女はジャンヌを見て鼻で笑う。
ああ……ジャンヌのオーラがどんどん暗くなっていく。
ジャンヌのライフを削るのはもうやめてあげて……!
「ルビー様!なんて事おっしゃるんですか!おやつ抜きです!」
「ひどいですわー!!」
いや、ひどいのは王女の方だと……
「すみません……ガキの言うことなのでお気になさらず……」
「ガキっていいましたわね!許しませ……」
「ディナーのピーマンを死ぬほど増量しますので許してやってください……」
もはや苦笑いしかでてこない。王女とメイドの関係ってこんなんでいいのか。
「いや、もう気にしてないんで……」
ジャンヌも落ち込む気が失せたらしい。いつもの調子に戻っていた。でも多分気にはしてるだろうなあ。
これ以上ジャンヌの話題はやめた方がいいと思い。ボクは話題を移すことにした。
「あの、とりあえず経緯はわかったんですが、なんでボク達は関係のない一般人だとわかったんでしょうか」
「あ、それは俺だよ!」
え?ジャンヌ?なんでジャンヌがでてくるのさ。
「いや、俺さーこの国の女王様と面識があったんだよ」
「えっ?何それ!」
「実は、俺昔マジアの兵士として国に仕えてたんだ。その時にトルシェの女王様がマジアに来てさ、案内役をしたんだよ。」
「へぇ……」
女王様と面識があったからコーサラのスパイだと疑われなかったのは分かったけど……。
ジャンヌは昔、マジア国に仕えてたのか。
「あ、隠しててゴメンな……シナが不安になるかと思って、黙ってたんだ。あ、でも!3年も前の話だし!ドジ踏んですぐにクビになったからお前を国が狙ってるなんてこともしらなかった」
「う、うん……」
ぶっちゃけ、正直に言うと…
少し信じられない自分がいて嫌になる。ジャンヌはなんだかんだここまで助けてもらったから、あまり疑いたくないのに。
「…ジャンヌさんの言っている事は本当みたいですよ」
重い雰囲気を察したのかツェレンさんが口を開いた。
「マジアの国に仕える方々には、手の甲に魔導で刻印を押されるはずなのですが……ジャンヌさんのはその上からバツをつけられていました。国の事情から一切切り離された証拠です」
「ジャンヌさんの手当てをしている時に気づきました」と付け足し、ツェレンさんは口を閉ざした。
「恥ずかしいけど……俺はもうクビにされた身だから、国とは関係ねーよ」
そうみたいだね……疑ってごめん。
「いーよいーよ!俺も黙ってたんだからお互い様だよ。それにしても、よく女王様は俺なんかのこと覚えてたよなあ……」
即座に話題を切り替えたのはジャンヌの気遣いだろう。
うぅ……ビビりでヘタレでおっちょこちょいでアホなやつと思っててごめん……。
「ねぇあなた……いくらクビにされたからってマジアへの忠誠はないわけ?」
「る、ルビー様余計な事を……」
あああ……せっかくジャンヌが話題を変えたのに……
と思っていたらジャンヌは急に拳を握りしめて、憎らしそうに言った。
「マジアのなぁ……国家の下働くってどういうことか知ってるか……?」
「え?」
「上のお偉いさんはどうか知らねぇが……下っ端は低賃金で、休みなく、目的も知らず働きアリのように働かされ、休みでも自主的に訓練するのが普通だとか言われて、必死に仕事しても給料が払えないからと次々に下から切り捨てられて……俺なんか花壇の草むしりで間違えて一本花を抜き取ってしまっただけで……」
た、大変だったんだなあ……
ていうか兵士は草むしりなんてするのか。
社会の闇を見た気分だ。
「だから俺あんなブラックな国の事なんか寧ろ嫌いだよ……忠誠心なんて三年前に捨てたね!」
うん……なんか一気にジャンヌが信じられるようになったよ……!
四章 さがしてね
ボクやジャンヌも2人に礼を言い、改めて自己紹介をした。
ボク達はツェレンさんと王女に連れて行って貰って女王様のところへ助けてもらったことにお礼を言うことにした。
小さな国とはいえさすがお城だ。
綺麗で広い。
「あ、そういえば王女様」
「ルビーでいいですわ!」
「じゃ、じゃあルビー、ちょっと聞きたい事が……」
ボクが聞きたいのはボクが起きたときにルビーが言ってた事だ。
「さっき“責任”がどうとか言ってたけど、それ全く身に覚えないんだよね……」
「ああ、私も忘れていましたわ」
「は?!」
どういうことだ。と首を傾げると、ルビーはボクのうでに纏わり付いてきた。
「だってシナ様かっこいいんですもの〜!」
「え?!え?!」
「実は私の計画でしたの!シナ様は私の王子様にふさわしいと思い、昨晩私を襲った設定で責任とって結婚してもらおうとしたのですわ!!」
設定?!結婚?!とても目の前の少女から発せられる言葉とは思えない。
「王子様って……ボク女だし……」
「え?」
ルビーはぽかんと口を開けてボクの顔を見つめたと思うと、ボクの胸に手をのばした。
「……まじですわ」
「いや待って、今まで男だと思われてたの!?」
「ルビー様、いくらなんでも失礼です!私も治療するまで気づきませんでしたが失礼です!」
「そうだぞ!まあ俺も最初どっちか迷ったけど!」
「えっそんなに男に見えるかな!?」
森育ちだから?森育ちだからなの?
それとも服装?確かにお父さんのお古だけどさ……!
「男に見えるっていうか……中性的すぎるんだよ、シナは……」
「一人称もボクですしね……」
「シナ様が女でも私の王子ですわ」
フォローのつもりだろうか……
だがしかし、人から見る自分ってこんなにも違うのか……少々衝撃的だったけど個性として受け入れよう。
「着きましたよ」
そう言ってツェレンさんが大きな扉の前で止まった。
「な、なんだか緊張する」
「や、優しい方だし大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫…」
ジャンヌも二回目とはいえ緊張しているようだ。
確かに女王様は優しい方かもしれないが、王様まで一緒にいたらどうしよう…
王様の情報は全く知らないし…
「心配しなくとも、お父様は優しいしお母様ほどの権限はありませんわよ!」
「え?女王様の方が偉いってこと?」
「そういえば、トルシェって他の国とは違って女性が統治してるんだったな」
そんな国もあるんだ。
やっぱり、男の人と女の人では違うのかな。
「トルシェは徹底した福祉国家として有名だからな。”世界一優しい国”なんて言われてるし……
もしかしたら、それも関係してるのかもな」
なるほど。
ジャンヌの話に相槌を打っていると、突然扉が開かれた。
ルビーが見兼ねて開けたのだ。
「えっ、ちょっと待って、まだ心の準備が……!」
「日が暮れちゃいますわよ!」
う……たしかに。女王様も忙しいかもしれないし、こんな所にずっといるのも失礼な話だ。
「女王殿下!ジャンヌ様達がお目覚めになりました。礼をしたいと申しております……って殿下?どこですか?」
「えっお母様いないんですの?」
「はい……見当たりませんが、これは……」
ツェレンさんは部屋の中をぐるりと見渡し、おもむろに歩き出したと思えば、部屋の隅にあるテーブルへ近づいていった。
「……ありました」
テーブルの上になにか手紙のようなものがあったらしく、ボク達にもみせてくれた。
『女王殿下のスペシャルかくれんぼターイム!!
部屋に入ってから10分以内に見つけないとツェレンの昔書いてた小説を国民の前で心を込めて朗読します!!
美しいトルシェ王国女王より 』
「……あの、」
「なっ……私の黒歴史を……ゆるせません。絶対に見つけないと」
「さすがお母様ですわ……こちらにはひとつも利益を与えないなんて……!」
女王様……お茶目な方だった。
「とりあえず探そうぜ。範囲はこの部屋なんだよな?」
「その筈です」
「今日こそ見つけますわよお母様……!」
今日こそって、今まで何回かあったのか。
ボクは脳内辞書を引っ張りだして『かくれんぼはトルシェの恒例行事』と記した。
*
「お母様〜どこですの〜?」
部屋に入って大体7、8分経った頃だろう。
ボクらは女王様を探してはいるものの、そこには諦めムードが漂っていた。
範囲であるこの部屋はとても広く、さすがお城だというほかない。
けれど家具や柱といった物が少なく、人が隠れることができるような所は限られている。
だから案外すぐに見つかると思われたが、部屋の隅々を手分けして探しても気配すら感じないのでこれ以上探しても無理な気しかしない。
「皆様!諦めないでください!本気になればきっと見つかります!」
一方、ツェレンさんは必死だ。
確かに1番被害被るのはツェレンさんだもんね、若干目が血走っているような気がする。
でも、でもさ……
「でも、さすがに絨毯の下には居ないと思うぞ……」
ジャンヌが苦笑いを浮かべて言った。
そう、ツェレンさんは本気すぎて絨毯をめくって下を覗き込んでいた。焦りすぎだ。
「そ……そうですね……」
「ツェレン、もういいじゃありませんの……もう3話まで公開されてるじゃありませんの」
「公開されてたの?!」
しかも3話って。
もしかして楽しみにしてる人もいるんじゃないのだろうか。
「そろそろ盛り上がってくる場面ですから余計恥ずかしいんですよ……お願いですから公開を阻止するのに力を貸してください」
なんだかツェレンさんの小説が気になってきてしまったが、本人がかなり嫌がっているのでぐっとこらえることにした。
これだけ探しても見つからないのならツェレンさんも腹をくくって襲い来る羞恥への心構えをした方良いように思えるけれど……
「まあ、できるだけ協力しますよ!」
「でもよー、正直もう疲れたよ俺……腰いて…ー…」
今まで屈んで下の方を探していたジャンヌがだらしなく絨毯の上に寝転がりながら言う。
「ちょっとジャンヌ、人の家?でだらしないよ……」
「あー、ごめんごめん。すぐに起き上がりますよー……って、あれ?」
ジャンヌが天井を見つめて動かない。
あのねえ、キミ今すぐ起きあがるって……
「……みつけたんだけど、女王様。」
「「え!?」」
その場に居た全員が上を向く。
「えーうそぉ……みつかっちゃいましたか」
「なっ!なにをなさっているのですか!一国の女王が!」
女王陛下はなんと天井に吊り下がった大きなシャンデリアの間に身を潜めていた。
本人も見つからない自信があったらしく不満げに声を漏らす。
「わざわざ専属魔導士にここまで連れてきてもらったのですが……」
「はあ…おばさんが何を必死にかくれんぼしてるんですか」
「あっツェレン言ったね?おばさんって言ったね?」
「ツェレンだって必死だったじゃありませんのー」
女王様、ツェレンさん、ルビーの3人は僕らのことを置いてけぼりにしながら口論をしている。
つくづくツェレンさんは従者っぽくない態度だが大丈夫なのだろうか。
そういうもんなんだろうか。
「ともかくジャンヌさん、シナさん、ルビー様もご協力ありがとうございました。おかげさまで私のプライドは保たれました」
「い、いえ……」
すでに3話まで公開されているのにここまで必死に隠したい4話目が無性に気になりつつも、丁寧に礼をいうツェレンさんにボク達もお辞儀をかえす。
いつのまにやらジャンヌはちゃんと起きあがっていたようだ。
「あっそうだ、俺達女王陛下に挨拶と助けて貰ったお礼をしに来たんですけど……」
顔をあげたジャンヌがそう言うと、はっとしたツェレンさんが「すっかり忘れていてごめんなさい」とまたペコペコと頭を下げた。
「いやいや、気にしないでください」
「本当に、申し訳ありません……」
ツェレンさんは最後に深々と頭を下げると、女王様に向き直った。
「女王陛下、お二人が是非女王陛下にお目通り願いたいと仰ったので」
「病み上がりにありがとうございます。でももとはといえばこちらが無関係の方を巻き込んだのですし……礼なんていいのに」
「それだけじゃなく、女王様が俺の事を覚えていて下さったのがとても嬉しかったので……
暗い夜道で心細かったので、寧ろ助かりました」
「あら、そうだったの?トルシェにはなんの御用があったのですか?」
「俺は腕のいい武器屋があるって聞いたので来たんですけど、こっちのシナに途中で会って……フェイリーランドに行きたいらしいんです」
ジャンヌはガチガチに固まっているボクの代わりにボクが言うべきことまで代弁してくれている。
なんだよ、なんだかんだ場慣れしてるんじゃないか……!
まるで彼が緊張しているように見えない。
「あら、シナさんっていうんですね」
「は、はいぃっ!シナ・コルナールです」
突然話しかけられて変な声がでてしまった。
……すごく恥ずかしい。
「シナ……コルナール……」
笑われてしまうかもとおもったが、女王様は僕の名前を小さく復唱しただけで、なんだか驚いているようだった。
「あの、ボクの名前が何か……」
「もしかして、リオ・コルナールさんの娘さんかしら?」
「えぇっ!?」
なんで女王様がお父さんの名前を?
しかもなんだか嬉しそうだ。
トルシェの女王様と交流があっただなんて聞いたことがないよ!
「そ、そうですけど、それがどう…」
「やっぱりー!!凄い!そっくりね〜」
なぜか興奮気味に身を乗り出す女王様にボクは戸惑うことしかできない。
ジャンヌも唖然としている。
「あっ」
ボク達の様子に気づいた女王様はあわてて態勢を整えた。
「ごめんなさい。いきなり驚きますよね……でも折角ですからお話したいわ。お二人共、夕食ご一緒にどうです?」
夕食、つまりディナー……
まてまてまて、男手一本森育ちの世間知らずにとっていきなりレベルたかすぎないか。
「もちろん、よろこんで!」
待って、心の準備が整ってないよ。
全く物怖じしないしやはり場慣れしているのかな、昨日ボクが案外社交的なのかと思ったのだけど、それはジャンヌの方だったらしい。
「待ってよジャンヌ、ボク全然マナーとかわかんないよ……だいじょぶかな」
ボクが小声で言うと「大丈夫だろ、それより絶対ご馳走だぞ!やったな!」なんて言いやがる。
とりあえずキミは食い意地優先ってことが分かったよ。
女王様もすっかりその気で嬉しそうにしているので、もう腹を括ろう。
そうだ、心配なら食べなきゃいいんだ。
食事を残すのは気がひけるが、ジャンヌや他の誰かに食べて貰えばいい。
ボクが食事を我慢することを固く決心していると、すぐ近くのイスに座ってテーブルのお菓子をつまんでいたルビーが口を挟んだ。
「わたくしも!わたくしも一緒にお話したいですわ!いいでしょう?」
「ルビー様、今日はテーブルマナーの先生が来ていらっしゃるのでそちらで夕食をとって貰います」
「えー」
「月に一回なんですからがんばっていただかないと……それと、おやつは禁止と言ったはずですが何クッキー食べてるんですか」
王女様も大変だなあ……。
「あらあら可哀想に。さっ!ルビーはツェレンに任せて、早速会食会場に向かいましょうか」
女王様が手をパンパンっと軽快に叩くと、召使いらしき男性が2人が登場し、ボク達を会場まで案内してくれた。
女王様はまだ少し仕事があるらしく、少しだけ遅れて来るそうだ。
仕事があるのにかくれんぼをしていたってことか…大丈夫かこの国。
だがそのおかげで待ち時間にジャンヌから基本的なマナーを少しだけ教えてもらった。
その場でできるかどうかは別として、全く無知の状態よりはマシだろう。
それよりジャンヌがマナーを心得ていたとは驚きだ。
ボクが異常な世間知らずなだけだろうか。
第一印象から打って変わってなかなか博識でなんでも程よくこなす事が分かってきたボクの脳内辞書のジャンヌの情報はもうヘタレ以外の文字ばかりで、ジャンヌに対しての印象がかなり変わってきた。
五章 教えてください
「お待たせしてごめんなさい」
ボク達が会場に着いてから15分。
思ったよりも早く女王様はやってきた。
「お腹も空いているでしょう、すぐに運ばれてきますから遠慮せず食べてくださいね」
「食事まで用意して貰ってすみません……」
ボクがそう言うと、女王様は「いいのよ」と気さくに笑った。
「ジャンヌさんにはお世話になったし、シナさんのお父様とは古い友人ですから」
ゆ、友人!?
友人って、女王様と対等な立場でいたってこと?
お父さんってそんな偉い人だったの!?
女王様がボクのお父さんを知っていたというだけで驚きなのに、友人だなんて……
「何だよシナの父さんって貴族か何かだったのか?」
「知らないよ!ボクの知ってるお父さんは酒を飲むと異様に絡んでくるただの親父だよ!」
女王様は暫くにこやかに黙っていたが、ボク達の会話を聞いて大げさに笑った。
「あはははっ、リオさんもお変わりはないのですね。安心しました。」
お変わりないって……
女王様相手にもあの絡みをしていたのか。恥ずかしい。
だが、余計にお父さんとの関係が気になってきた。
「あの女王様、ボク父からボクが産まれる前の話をあまり聞いたことがないんです」
「そのようですね」
「よかったら、昔の事を教えてくださいませんか」
「ええ、もちろん。そのつもりで会食を提案しましたので……まあ、大した事は言えませんが」
女王様はにっこりと優しく笑ってから、昔を懐かしむような遠い目をして語り始めた。
「リオさんは仲間と旅をしていました。
リオさんが考古学者でしたので、世界の歴史を探るべく、いろんな土地を渡り歩いていたそうです。
旅の仲間はリオさん、その妹のヒスイさん、そして何処で出会ったのか知りませんがリオさんと同い年くらいの可愛らしい女の子が居ました。
ルリ・メルディアさんという方です。
私達が出会ったきっかけは、リオさん達がこの国に立ち寄ってくれた時、うちの子を助けてくださったんです。
あ、ルビーじゃありませんよ。
ルビーの上に年の離れた姉がいるんです。
今はマジアの貴族の家に嫁いでしまいましたが……
その子が悪い輩に攫われてしまったところを助け出してくれたんです。
それがリオさん達との出会いです。
愉快な方々でしたよ、リオさんはリーダーらしく冷静で礼儀正しい方でした。お酒には弱かったですけど。
ルリさんはリオさんが大好きだったようでいつもリオ様リオ様ってべったりでしたよ。
ヒスイさんは歳の割りに気が強くてサバサバとした性格で、でも1番ノリがよくて良い話相手になってくれました。」
長い台詞をつまる事なくすらすらと紡ぐと、一呼吸置いてこちらに質問を投げかけた。
「…そういえば、リオさん以外の2人はシナさんはお会いした事はあるのですか?」
「会ったことは、無いですけど…」
ルリという人は紛れもないボクの母にあたる人だ。
そして、ヒスイさんの元へは今まさに訪ねようとしている。
それを口にすれば女王様は大層驚いた後「皆さんはどうされているのかしら?」と、楽しそうに笑った。
「あの、さっき言った通り2人には会った事が無いんです。
母はボクを産んだ直後に病気で亡くなってしまって。」
「えっ?……そうだったのね、それはごめんなさい」
「いえ、本当にボクは全く覚えていないのでそれは気にしないでください」
むしろ思い出のある女王様の方がショックだったのでは、とこちらも申し訳なく思っていると、女王様はおもむろに口を開いた。
「ですが……ルリさんは大好きなリオさんと結ばれて、幸せだったんじゃないでしょうか。」
「可愛いお子さんも産まれてね」なんて茶化すように言われて照れてしまった。
「食事のマナーがわからないから、と手をつけようとしないところがルリさんそっくりです。」
「えっバレてた……」
「ふふ、気にしなくていいんですよ」
先程の重い雰囲気が嘘のように柔らかくなる。
「そうそう、ヒスイさんについては何か知っていますか?」
「えっと、フェイリーランドに居るとしか分からないんです。」
「そういえばフェイリーに行きたいと仰ってましたね。もしかして、ヒスイさんを訪ねに?」
「はい、父に言われて……」
「あら、何故そんな危険なこと?」
う、まずい。この話題はあまりよろしくないというか……
誤魔化した方が良いのだろうか、だがしかし良くしてもらっただけに嘘をつくのも気が引ける。
ジャンヌの意見が欲しくて、目で訴えると「言えばいいじゃん」と小声で返された。
あまり公にするなみたいな事言ってたくせに……。
まあいいか、ジャンヌもきっとこの人なら大丈夫だと思ったんだろう。
ボクは自分でもよく分からないがマジア国軍に追われているという事を父が息を切らしながら帰ってきた所から体験通りに話した。
「大変でしたね……それにしても、何故でしょう?リオさんが悪事を働くとは思えませんし」
「ボクも特に思い当たらないです」
ジャンヌが「もしかしてシナの父さん正義の怪盗とかやってたんじゃ……盗品を貧しい人に分けあたえていたとか」と真剣な顔して言い出したが、まあ、スルーだ。
だが、改めて考えてみても全く心当たりがない。
お父さんは一応わかっていたみたいだけど……
みんなでうんうん考えていると、女王様が「あっ」と声を漏らした。
「……もしかして、コランダムの研究が関わっているのでは?」
「えっコランダム?なんでまた?」
女王様の発言に疑問を抱くジャンヌ。
……待って、全然知らないよボク。
なんなのこらんだむって……
「リオさんが調査していたんですよ。歴代のコランダム所有者について、詳しい事は極秘で確証もないからと教えて貰えませんでしたが」
「でも、それについて調査してる学者は沢山いるはず……なんでシナの父さんが……?」
2人はボクを置いてどんどん話を進めていく。
ボクはお父さんがそんなもの調査していた事さえ知らなかったよ。
「あの、コランダムって……何?」
「マジかよ、お前コランダムも知らないの?……あ、世間知らずの箱入り娘ならず森入り娘だったな、そういえば。」
あざ笑うように言うジャンヌにムッとする。
森入り娘とか、全然上手くないんですけど。
ボクとジャンヌに睨みを利かすと、女王様が仲裁に入ってくれた。
「まあまあ、無知は罪ではありませんよ。私から説明しましょう」
「……お願いします」
「ええ」
やはり女王様は穏やかで、周りを和ませてくれる。
こんな人に導かれてトルシェの人達は幸せなんだろうな。
*
「"コランダム"は、元は鉱石の一種の名称です。
ですが、現代では"コランダム"という名称は他の意味で使われることが多いですね。私達が言っていたのは"現代の意味をもつコランダム"の方です」
「へぇ…現代ではどういう意味なんですか」
「簡単に言えば才能とほぼ同じ意味です。……いや、"コランダム"は才能の一種と言った方が正しい。
『神から授けられた、世界一を約束された才能』それがコランダム。コランダムをもつ者は、それぞれ違った優れた能力を授かります。
たとえば魔力がとてつもなく多いとか、火系魔導ならば何でも操るとか……元からある能力が特化されることもあれば、体を変形させるなどの特殊能力が備わることもあります。
コランダム所有者とはそんな神からの授かりものを持った人々のこと……うちのルビーもその1人です。」
「えっ?ルビーも?」
あの子、ああ見えて凄い能力を持ってたんだ…
「はい、ルビーはどうやら回復系魔導の才があるみたいです。
実はお二人が落とし穴に落ちてしまった時にできたたんこぶやら傷はルビーが治したんですよ。」
そうだったんだ。確かにあの高さから落ちて傷がなにひとつないのはおかしいよね。
後でちゃんとお礼を言わなくちゃ。
「それと、ルリさんとヒスイさんもそうだったみたいですし……
リオさんがコランダムを調査していたのも2人がコランダム所有者だったのがそもそものきっかけみたいでしたよ。
……あと、ずっと黙っていらっしゃいますがジャンヌさんもですよね?」
「へっ!?ジャンヌが!?」
母と叔母までそんな特別な人だなんてびっくりしたけれど、よりにもよってジャンヌまで?
「な、なんだよ悪いかよ…」
ジャンヌは不服そうに口を尖らせる。
悪いっていうよりそんなオーラ全く感じないから信じられない。
「う、嘘でしょ?
本当だとしてもせいぜいヘタレを極める能力としか思えないよ……」
「つくづく失礼だなお前……
これでもコランダムあるんですー
剣の腕なら自信あるって言っただろ?」
いや、でも剣を落とすような人だし……
国軍に真っ先にクビにされるし……
剣よりも地理に強いってイメージしかないよ。
それにしても、そんな人がこんな身近にいたなんて。
「もしかして意外とコランダム所有者って多いのかな」
そう呟くと、女王様が顔をしかめた。
「そんな筈は無いのですが……トルシェでもルビーしか居ませんし。マジアなんてあんなに大きな国なのにジャンヌさん以外は存じ上げません。」
「俺も知らないな……」
貴重なコランダム所有者なのにクビにされるジャンヌとは一体……。
「剣術って言っても所詮個人技だからな。でっかい軍が強みのマジアには俺は合わないんだよ」
はあ、なるほど。
「……って勝手に思ってる」
思ってるだけかよ。
「マジアはそうかもしれませんが………」
ボクがジャンヌに呆れていると、女王様が神妙な顔をして割って入った。
「気をつけてください。年々勢力を伸ばしてきているコーサラ国はコランダム所有者を中心とした侵略国家。
噂によれば他国に散らばるコランダム所有者を引き入れまくっているとか……彼らの交渉を断れば武力行使で連行し洗脳させて力を酷使させると。あくまでも我が国で聞いた噂ですが、コーサラの侵略に対し不安に思う民があとを断ちません。」
「コーサラ国って」
ジャンヌと顔を見合わせる。
多分同じ事をおもっているのだろう。
コーサラ国は森で会ったガーネットが言ってた国だ。
近々コーサラがトルシェを襲うとか…
「ねえ、ジャンヌ。あの事言った方がいいんじゃない?」
「そうだよな……」
「……どうかしましたか?」
ボク達がこそこそと話しているのを不思議に思ったのか、女王様は首をかしげた。
「女王様、コーサラ国の事なんですが…」
ジャンヌは重々しい口調で、昨日の森で出会ったガーネットの話をした。
六章 力になれませんか
「そうですか…そんな近くまで…」
女王様は眉間に皺を寄せる。
「もっと早く言うべきでした…」
「いいえ、」
「あの、どうするんですか…?」
「…一応、国民との話合いではどんな敵が来ようと迎え討つことになっています。」
国民と話合い?
「トルシェは国というよりは都市国家だから、成人は広場にあつまって挙手制の話合いで国の方針を決めるらしい」
ボクが首を傾げると小声でジャンヌが教えてくれた。
「…ですが正直、互角にたたかえる相手ではありません。改めて皆の意見を聞く必要があります。でも国民は戦うと言うでしょうね。」
「えっなんで…」
「なんでそんな自ら死ににいくような真似をするの」と続けようとしたが、いくらなんでも無礼すぎると気づいて口を噤む。
けれど、女王様にはボクが言おうとしたことが分かったようで、「そうですよね」と下を向いた。
「私も無謀だと思います。多くの国民が犠牲になるくらいなら、土地は諦めてそれぞれ逃げた方がましだと…思っているのですが」
女王様は下に向けていた視線を上げて、会場にかけてあった大きな絵を見つめた。
あまり気にしていなかった絵画だが、その巨大さと精密さからかなり価値のあるものというのはみて取れた。
絵の中には沢山の人々が描かれている。煌びやかな装飾品を身につけた貴族、ボロボロの服を着た農民など様々な人間。
けれど皆一様に笑っていた。
一体何の絵なのだろう。
と絵画をながめていると、女王様が口を開いた。
「皆、信じているのです。ライズの言葉を。」
「ライズ…?」
「はい、この絵画に1人だけ後ろを向いている少女がいるでしょう?この少女がトルシェに言い伝えられる救世主、ライズです。」
女王様が言うには、年端もいかない少女ということしかわからないからこのように後ろ向きの絵しかないのだそうだ。
「ライズは滅びかけていたこの国を救い、国のあり方を国民にしめしました。その中にこんな言葉を残しました
『先の未来、またこの国に危機が訪れようとするでしょう、その時には私は生まれ変わった姿で国を癒してみせます。どうか、その時まで耐えていてください』
…国民は、第二のライズが訪れるまでトルシェを無くさないよう戦うと言うでしょう。」
女王様はため息をつくとボク達の方へと向き直る。
「ともかく、コーサラと戦争なんかになったら、貴方達の命の保証はできません…。できる限りはやくこの国から出た方がいいでしょう。」
この国に留まっていたら危険。
それはわかっていたけれど、ここまで丁寧にもてなされて何もせず逃げるのはなんだか気が引ける。
「なにか、力にはなれませんか」
同じことを思ったのかジャンヌがおずおずと口を開く。
けれども女王様は首を横にふるばかりだった。
「それは大変嬉しいのですが、失礼ながらあなた達に協力してもらうとかえって逆効果なのです。シナさんはマジアに追われる身…トルシェでかくまっていると知れたら、マジアも敵に回すことになるかもしれません。」
本当に、なにもできないんだ…
いきなり突きつけられた無慈悲な現実にただ落ち込むことしかできない。
暫く黙っていると、食事会場の大きな扉からノックの音が聞こえた。
「ツェレンです。女王殿下に面会したいと言う方がいらっしゃいます。」
女王様は「今いきます。」と答えると、椅子からゆっくりと立ち上がった。
机に残された食事はあまり減っていなかった。
「楽しい食事のはずでしたのに、すみません。」
「い、いいえ!いろいろ聞けてよかったです。おもてなしありがとうございました。」
「こちらこそ…また、機会があればお話したいです。」
眉を下げながらも笑顔を崩さず女王様は部屋からでていった。
*
「俺たちなんもできないのかな〜」
「うう…ボクのせいかな、なんもやった覚えはないけど…」
食器をカチャカチャという音と共にぼそぼそとした会話を交わす。
女王様が部屋を出てから緊張感は無くなったけれど、決して軽く賑やかな雰囲気は取り戻せなかった。
そんな中、ボクらの向かい側で同じく食事をする人物がひとり。
「お2人が心を痛めることはないですよ、国家関係のいざこざなんて理不尽ばっかですから。義理も思いやりもないんですよ。」
「うん、ありがとう…それで、ツェレンさんはそんなことしていいの?」
向かい側に座る人物…ツェレンさんは女王様と入れ替わりで登場し、さっきまで女王様がいた席に躊躇なく座り、あろうことか女王様の残した食事を消費しはじめたのだ。
「んー、バレなきゃいいんです。どうせ女王様全部食べませんし、処分したとでも思うでしょう。」
「ルビー様もバレないようにはっちゃければ怒らないのにー」なんて言っているが、それでいいのか。
「そんなことより、先ほどの話…あっ実は扉の外から聞いてしまいました。…何か、力になりたいと仰ってくれてましたよね」
「は、はい…なにかできることがあればいいんですが」
「なら」ツェレンさんはまっすぐボクの目を見て言った。
「ルビー様と、一緒に逃げてくれませんか」
七章 策があります
「ルビー様はまだ幼いです。今までも何かと窮屈な生活をしていたのに、今回の事でさらに束縛したりするのは我慢ならないんです。」
ツェレンさんはこめかみにしわがよるんじゃないかというくらい悔しそうにしていた。
「でもコーサラはコランダム所有者を狙っているんじゃなかった?」
となると、コーサラの目的がルビーである可能性は高い。
というかそんな気しかしない。
「そうだな、逃げ切れば万事解決って訳にいかないだろ。追っかけてきた場合、逃げられるかどうか…」
「はい、その通りです。コーサラが気づくのも遅くはないでしょうし、なによりあなた方に相当な負担をかけてしまう。」
負担というか…自信がないよ、ボク達がそんな状況で逃げ切れるかどうか。マジアからも追われる身だし。
「ですが、策があります。」
「策?」
「少なくともトルシェ国内からは逃げられるし、ルビー様の身割れがなければなんとかなります。」
そんな策が?
コーサラの目をかいくぐって逃げるなんて可能なのだろうか。
「一体どういう策なんだ?」
ジャンヌは疑り深い目をしている。
やはりコーサラの人達は簡単に逃がしてくれるような奴らじゃないんだろう。
「…ルビー様に、内緒にしてくれるのでしたら教えましょう。」
僕達はその条件を飲んだ。
内容を知っていても損はないだろう。
「簡単なことです。ルビー様の身代わりを差し出せばよいのです。
相手はルビー様の外見なんて知らないでしょうし、 治癒魔法が得意であれば十分騙せます。」
「!!」
”身代わり”なんて、ツェレンさんが言うとは思わなかった。
ルビーの身代わりになった子はどうなるんだろう。
それがバレたら、その子はどうなるんだろう。
「ツェレンさん…ルビーが無事なら、いいんですか。」
厳しい人だけど、誰かを犠牲にするようなひどい人にはみえなかった。
「はい。ルビー様と身代わりの価値を考えれば当然です。」
そんな…!
「そんなのおかしいだろ!俺達はそんなことできない!」
ショックで固まる僕とは逆に、ジャンヌは相当頭に血が上っているのか机の上にまだ残る料理がひっくり返るのも気にせず音を立てて立ち上がる。
「…わかりました。では、なにもなさらないということで。」
言いながら淡々とスープを口に運ぶツェレンさんの目はどこか寂しそうな目をしていた。
*
トルシェ領内にある深い森の、少し開けたところ。
そこにひっそりとコーサラ国の臨時拠点は既にあった。
他よりも小さく、だが少し丈夫なテントの中で書物を読んでいた男が、何者かの気配を感じ、首だけを後ろへ回した。
「おい、どこに行っていた」
男は苛立ちを隠すことなく、眉間にシワを寄せていた。
「さんぽー!!」
右手を上げて元気いっぱいに答えたのは、先日シナやジャンヌと森で出会ったガーネットだ。
「お前…リーダーが居なくてお前の軍は大丈夫なのか」
「ん〜?みんな慣れてるから大丈夫よぉ」
「…なんでお前みたいな奴が第一部隊の隊長なんだ…」
心底納得いかないような表情を浮かべる男にガーネットはにやっと口角を上げる。
「なあに?自分は隊長になれないのにーって?」
「なぜそこでその話が出てくる…」
呆れたようなため息混じりの声を発しながら、首を前に向けて視線を書物に戻した。
「いーじゃない!外交官だって立派よぉ〜位置的にはあたしと変わんないしぃ…ねっレイドがいこーかんっ」
男の名はノライノーツ・レイドといった。
ガーネットのいう通り、彼はコーサラの隊長を目指して鍛練したりもしていたが、彼が出世した先は外交官という役職であった。
「いいかげんにしろ、ガーネット・アンブランセ。俺はそんなことは気にしていない。」
だがレイドはそれに納得し、受け入れている。
外交官としての仕事も手を抜くことは無かった。
誰よりも現実主義な彼は思い通りにならなかったからといって不機嫌になるようなことはない。
表面上では。
(ふふっ怒ってる怒ってる)
ガーネットは、レイドは本気で苛つくと名前を呼ぶとき無意識にフルネームを使うことを知っていたから、彼女にはバレバレである。
ならばそっとしておけばいいのに、ガーネットはおもしろがって度々この話題をひっぱりだしていた。
「はいはい、ごめんなさいね…あっそういやそろそろトルシェの女王様んとこにお邪魔するでしょお?準備しなきゃ〜」
まるでこれからデートにでも行くかのようなガーネットに反省の色はこれっぽっちもない。
くるりと背を向け、鼻歌を歌いながら準備に向かうガーネットに、レイドは再度ため息をつく。
「ああ、それか…もう行ったぞ」
「はあ!?なんでそんな勝手なことすんのよぉ!!」
「その言葉そっくりそのままお前に言いたい…」
納得いかないガーネットは自分のことを棚にあげ、レイドに詰め寄る。
「あたしがどんだけ楽しみにしてたとおもってんのぉ!?
トルシェ城のデザイン性の高さ半端じゃないんだからね!?コーサラのとりあえず金ピカにしとけ文化とはちがうのよぉ!?」
「観光目当てか…」
もう怒る気にもならなかった。
「わざわざそこに合うような服も買ってきたんだから!」
「それは珍しいな…そこに合う服って、コーサラとはそんなに違うのか?」
「裾が長くてふわっとしたやつ!!思い切って青にしたのぉ」
レイドは、そう得意げに言うガーネットをまじまじと見やる。
彼女の髪は燃えるように赤く、瞳も同じ明るい赤色だ。
「…よかったな、それ絶対に似合わないぞ。」
八章 聞いてあげる
高い天井にきらびやかなシャンデリアがぶらさがる廊下は夜だというのに昼みたいに明るい。
隅々にまでシャンデリアの光が届いているからだろう。
ボクとジャンヌはそこを黙ったまま歩いていた。
ツェレンさんは、あの後すぐに席を立って出ていってしまった。
取り残されたボクらは残りの食事を食べる気にもなれず、それに続く形で部屋を出てしまった。
部屋を出る前も今も、会話は必要最低限。
(ボクもジャンヌも悩んでいる事は同じなのだろうか…)
ふと、ジャンヌの方を向くがボクの視線には気づかないようで下を向いたままだ。
だけどボクはその時気づいた…彼の前に立ちはばかる大きな銅像に。
「ちょ、あぶな…」
ゴンッ
声をかけようとした時にはもう遅く
ジャンヌの頭は銅像に直行。
いかにも痛そうな鈍い音を立てた。
「いってえぇっ!?」
「だ、大丈夫?」
「うああ…ぐわんぐわんする…」
うずくまるジャンヌの顔はよく見えないが、こころなしか涙声になっている気がする。
「シナぁ…たんこぶできてる…」
「えぇ?ボクに言われても…」
「さわっちゃダメですわ!!」
おろおろとしていると、後ろからはつらつとした高い声が聞こえた。
この声と口調はルビーだ。
「まったく、世話が焼けるお客様ですわね」
ルビーは大股でジャンヌの側へ駆け寄ると、可愛らしい小さな右手を差し出した。
ジャンヌは苦笑いを浮かべて「ありがとな」とその手を取り立ち上がった。
その時だった。
「引き上げるだけな訳ないじゃありませんのバーカ!!ひっかかりましたわね!」
「えっ」
ルビーはあろうことか、ふらふらと立ち上がったジャンヌの腕をそのまま力強く引っ張ったのだ。
案の定ジャンヌは不意を付かれて頭からすっ転んでしまった。
なんだか「うひゃあ!?」とか情けない悲鳴を上げていたが、バカにしてはかわいそうなのでスルーしてあげよう。
「いってえ…また脳震盪起こしたらたらどうすんだよ…」
「ジャンヌの頭、おかげで踏んだり蹴ったりだね…」
「そんなの私の治癒魔法ですぐなおしてさしあげますわ。」
ああ、そういえばルビーは治癒魔法に長けたコランダムをもってたんだっけ…
なるほど治癒に関しては自信があるようだ。
「なおしてあげるから…今から私の部屋に2人で遊びに来てくださいまし!」
「え、ここじゃ駄目なのか?」
「ここでもできるけど、その…」
ルビーは途端に口ごもってしまった。
うつむいていてよく見えないが、こころなしか顔が赤いような気がする。
「お、お礼として…マジアの話を聞いてあげてもよろしいんですのよ…?」
「へ?」
「私、トルシェから出たことなくて…他の国からの人に会ったのも初めてなんですの。だから聞いてあげますわ!」
これは…治療するかわりに、マジアの話を聞かせて欲しいって事でいいのかな。
「じゃあお願いしようか、ねえジャンヌ」
「そうだな。ところでそれ、俺を転ばせないといけなかったのか?」
自分の扱いに納得しない様子だったが、ジャンヌもルビーの言わんとしてる事を察したらしい。
「ジャンヌはそういう立ち位置の人かと思いまして。違いますの?」
「どういうことだよ…」
ハッキリ「違う」と言えないジャンヌに同情すると共に笑いがこみ上げてきたが、我慢した。
*
「で〜?どうなったのぉ?」
ガーネットはあくまでついでとでも言うように、気だるげに言った。
「少し考えてもらおうと思ってな。一週間後にまた行くつもりだ。」
「さっさと話つければいいのに。断ったら軍隊けしかけりゃいいのよぉ。」
レイドはまた、ため息をついた。
彼女と会話し始めてからもう何度ため息をついただろう。
「馬鹿か、お前ら戦闘部隊を待機させてるのは力を見せつける為だけ。
だからわざわざ第一部隊を連れて来たんだ。
トルシェは無傷のまま味方につけたいと言っただろう。」
トルシェに訪れた目的は、コランダム所有者の獲得と条約の締結だ。
領地拡大にあまりメリットはない。
「じゃあ、暇じゃなぁい。」
「暇じゃない。お前達にはトルシェ城を見張ってもらう。お前の部下達はもう既に城の周りで待機してるぞ。」
それを聞いたガーネットは途端に顔をしかめた。
「あたしの部下ちゃん達を勝手に動かさないでよぉ!
てか何で見張らないといけないのよぉ、それだって暇だしぃ。」
「王女に逃げられたら困るだろうが…とにかく仕事はしっかりしてもらわないと困る。」
レイドが手を払って「あっちいけ」のジェスチャーをするとガーネットはわざとらしく頬を膨らませて出口へ向き直る。
「しょーがないわねぇ!…そんな一週間ごときで国の方針がかわるのかしらねぇ、無駄じゃないのぉ?」
そう捨て台詞を吐くとさっさとテントから出て行った。
「…まあ、此方も多少、家族を引き離す罪悪感はあるからな…」
選択の時間を与えるのはそのため。
レイドはぽつりとつぶやき、書物に集中しなおすことにした。
九章 なんのはなし?
「マジアって王様がいないんですの!?」
「ああ、でも年に1度リーダーを2人、みんなで投票して決めるんだ。その他にも政治家がいて、大体その人達が国のいろんなことを話し合いで決めるんだ。」
ルビーの部屋へ行くと、早速ジャンヌのマジア国話が始まった。
ちなみにボクも後で森の中のことを教えてくれと言われた。
ボクはほんの少しの政治的知識はあるものの、ジャンヌが話すことの半分以上は初めて知ったことだ。
つくづく世間知らずなんだなぁと思うが、この機会にいろいろ知っていた方がいい。
「なんで、国のことはみんなで話し合って決めないんですの?」
「マジアは広いからな。まず集まるのに大変だろ?それに、変に口の上手い身勝手な奴が主導権を握ることになったら大変だから、信頼できる政治家を選んで国を任せるんだ。」
ルビーも興味津々という様子だ。
ルビーは後々女王を継いで政治を取り仕切ったりするのだろう。
そう思うと、この会話は決して無駄になることはないんじゃないかなぁ。
そう思った所で、ふとさっきのツェレンさんとの会話を思い出す。
そういえば、トルシェはコーサラに乗っ取られるかもしれない危機の真っ最中。
トルシェは無事でも、ルビーはコランダム所有者として連れて行かれてしまうかもしれない。
こんな幼い子供になんとも酷なことだ。
それだけじゃない。
そうなったら次の女王はどうなる?
女王には子供はいないし、養子とか取るのだろうか。
でも今更、一から教育なんてなると万一の時に間に合わないかもしれないし。
やはりツェレンさんの言うとおり、身代わりという策が現実的なのかな…。
「シナさま?どうかしたんですの?」
ルビーにそう尋ねられて、はっとなる。
いつのまにか顔にでてしまっていたようだ。
「いやその…と、トイレいきたいなーって…」
咄嗟にでた言い訳に顔を覆いたくなる。なんだこれ恥ずかしい。
「あら、気がつかなくて申し訳ありませんわ。ご案内しますわ!」
ああ…ごめん、本当は違うんだけど…。
今更嘘とは言えなくて罪悪感ばかりが募る。
「じゃあ俺待ってるよ。いってらっしゃ…」
「あーら、うら若き乙女の部屋に1人で留まって何をするつもりですの?」
「なんもしねえよ…」
「一緒に行きますわよ!」
ルビーは立ち上がってジャンヌをひきずるように廊下に出た。
ボクは2人に心の中でありったけの謝罪をしながら、それに続いた。
*
ルビーにお手洗いまで案内してもらう途中、当初の目的も忘れてボクらはある扉の前で立ち止まっていた。
「ツェレン、なにを言っているの。」
「ルビー様の身代わりを、と申し上げました。意味がわからないはずはございませんでしょう。」
それは、先ほどボクらがいた女王様の部屋だった。
話し声が聞こえたので、ルビーが好奇心から聞き耳を立てたのがきっかけだ。
「身代わりってなんの話ですの…?」
ルビーの顔がくもる。
ああ、しまった。ボクが外に出すようなことをしたから…
きっと、というか絶対この話はルビー本人に聞かせない方がよかったはずだ。
だけど、ボクとジャンヌも誤魔化したりすることも、質問に答えることもできない。
「ルビーの身代わりになる者なんていないでしょう。」
「いますよ。その者に許可も取っています。」
「国民を売るなんて。」
「自ら行きたいと言っているのです。」
女王様にとっては国民と娘、どちらも大切なのだろう。
俯いたままで表情が見えないが、かなり悩んでいるみたいだ。
…あれ?でも、身代わりの人は望んでるんだよね?
ボク達がツェレンさんからこの話を持ち出された時、身代わりの人が進んでルビーの代わりになるとわかっていたら、ボクもこの策に乗っていたかもしれない。
女王様は何を迷っているんだろう。
ツェレンさんもどうしてボクらにはその事を言わなかったのだろう…
バンッ
「うわっ!?」
考えてこんでいると、耳をあてていた扉が急に勢いよく開かれた。
ボクは咄嗟に対応できなくてすっころんでしまった。
頭が追いつかないまま起き上がろうとすると、隣にいたルビーが気にせずズカズカと部屋に足をすすめているのが見えた。
えっこれ、まずいんじゃないの…
ボクは今更すぎる危機感にかられながらも、ルビーの後ろ姿を眺めることしかできていなかった。
十章 わがままですの
「ツェレン!!なんですの身代わりって…!私いままで一言も聞いてませんでしたわ!」
「ル、ルビー様…」
第一声から、喉がかれるんじゃないかというくらいの大音量で叫ぶルビーに、思わず肩が跳ねる。
ツェレンさんも突然の本人登場に同様したようで、顔がこわばっている。
「やっぱりコーサラの事は私が原因ですのね?!」
「ルビー様は悪く…」
「他の人を犠牲にしてのうのうと暮らすなんて悪い奴ですわ!
そのくらい私だってわかりますわ…!気を使うくらいなら責めてくれた方がマシでしたわよ!!」
ルビーは拳を握りしめながら、ツェレンさんの否定も最後まで聞くことなく否定で返す。
今にも殴りかかりそうな勢いに、正反対の場所にいるボクですら縮こまってしまった。
女王様もなんとかなだめようと思ったようだが、言葉が出てこないらしくとても止められそうにない。
「王族が国民を大切にするのがトルシェの決まりでしょう!?私はちゃんと王族として…」
「うるさい。」
冷たく低い声でルビーの訴えを断ち切ったのは、意外ともいうべきか、その原因であるツェレンさんだった。
「貴女が素直にコーサラに行ってしまったらその大切にすべき国民が困るからです。ルビー様は王族の責任というものを勘違いしているようですね。」
「…」
「何も知らない子供の癖に…」
ルビーはその言葉に顔を歪めた。それと同時に目にはじわじわと涙が溜まってきた。そしてそれを隠すようにくるっと向きを変える。
「もう…いいですわ」
そう言って、彼女はそのまま扉の外へと走っていってしまった。
「ルビー様!!」
ツェレンさんはそれを追いかけようとしたが、今までボクと一緒に黙っていたジャンヌが彼女の肩を掴む。
「ツェレンさん、今ルビーを追いかけてどうするつもりだ?またルビーの気持ちを無視して一方的に押し切るのかよ?」
「…そうですね。これはルビー様の為でもあり国の為でもあることを理解してもらわないと。」
「今行くのはどうかと思う。それに、俺達も状況を把握しておきたいし…内容次第ではルビーの説得にも協力できるかもしれない。」
「…わかりました。包み隠さずお話しします。」
ツェレンさんの肩に手を置きながらボクの方へ目線を変える。
「こっちの話は俺が聞いておくからシナはルビーのとこ行ってくれ、ルビーが何を思ってるのかもちゃんと聞いてやらないと。」
そう言ってジャンヌはニッと歯を見せて笑う。
「わ、わかった!」
ボクは返事を返しながら慌ててルビーを追って走り出した。
*
「ルビー、ボクにちゃんと話してくれるかな…」
そもそもボクは冷静に話を聞けるだろうか…
森ぐらしで揉め事の間にいるのは慣れない為、不安が募る。まずジャンヌなしでコミュニケーションがまともに取れる気がしない。
もしルビーが先程の様にまくしたててきたら、焦りに焦って泣いてしまいそうだ…。
そう思うと、ルビーのもとへゆく足がだんだん重くなっていった。
ああでもダメだこんなんじゃ!ここで立ち止まれば役立たずもいいところだ。
一心不乱に足を動かしていると、いつの間にかルビーの部屋の前に到着していた。
きっとここにルビーはいるんだろう。
とりあえず、まずは落ち着かせてあげなくちゃ…
小さく深呼吸をしてから扉の取っ手をゆっくり引く。
中を覗くとそこにはやはりルビーが居た。
「シナ様…?」
すぐにこちらに気づき、顔を向けたルビーは落ちこんだ目つきで表情は晴れなかった。
だがボクが懸念していたような取り乱した様子はない。
予想以上の落ち着きっぷりに焦って、逆にボクの頭が回らない。
「えっと…大丈夫…?」
ああ、咄嗟に言ってしまったが言葉間違えた気がする。
大丈夫ってなにがだよ。ボクがルビーの立場だったら、イラっとしてしまうだろう。
「…大丈夫ですわ。」
ルビーはそのまま、再び黙ってしまった。
「あの…さ、ボクでよかったら、ルビーが今何を考えてるのか教えてもらえると嬉しいな…
ボクは国の事とかよくわからないから、ルビーの言い分に文句だって言えないし…正直今のままじゃボク達どうしたらいいかわからない。」
なんとか会話をつづけなくては、とボクは慎重に言葉を選んでいく。
だが、どんなに理屈を並べてもしっくり来ない。
…でも、最後のこれはちゃんとボクがすんなりと口にできたボクの本心だ。
「少しでも、ルビー達…トルシェの助けになりたいんだ。」
そのためには、ボク達は正しい判断をしなくちゃならない。
正しい判断は自分一人じゃできないから。
ちゃんとルビーとも向き合いたい。
なんだかそう言ったら偽善者みたいで恥ずかしい気がした。
顔を覆いたくなる…
だけどボクはできるだけルビーをまっすぐ見据える。
「…ツェレンの言ってる事は、その通りなんですの。」
ボソボソと、ルビーの口が動いた。
「ただの私のわがままですの。」
「わがまま?」
「みんないつも私を責めないから…守ってもらってばかりで、揉め事があっても離れたところから見てることだけしかできないんですの。
身代わりだって、そうするのが1番といっても私を守っていることには変わりありませんわ。
私、王女ですのに。王女らしくちゃんと国を守りたいのに。」
「それに、私だって何も知らない訳じゃありませんのよ…」
彼女は目を手の甲でゴシゴシと拭う。いつの間にか涙がこぼれていたみたいだった。
だが、すぐに顔をあげ「それだけですわ!」と言ってルビーはニッと歯をみせて笑う。
「話したらなんだかバカバカしく思てきましたわ。落ち着いたらツェレンとお母様にもちゃんと謝りますわ。」
「えっじゃあ納得できたの?」
「ええ!すっきりしましたわ、ありがとうございましたシナ様。」
目元はまだ赤いままだった。
十一章 同じだね
やけに時間が長く感じる。
あれっきり黙ったままのルビーと同じ部屋に居るものの、ボクにずっと背を向けている彼女に話しかける勇気はこれっぽっちも湧かない。
そもそもどうしろっていうんだ。
あんな話の切られ方をされたらなんて切り出せばいいかわかんないじゃないか…。
ボクがなにか言ったって、きっとまた「もう大丈夫だから」と返されてしまうんだろう。
これでは埒が明かない。
思った以上の進展の無さに溜息がでそうだけど、ルビーとツェレンさん達の見えない心の溝はそれほど深くなってしまっていたのだろう。
本人達もその深さに気づかないまま…
ボクは沈黙をいいことに、昔のことを思い出していた。
昔といっても4、5年前程のことだが、なんだか今のルビーとその時のボクを重ねてしまう。
*
街外れの森の獣道を進んだ先にぽつりとあるウッドハウス。
そこでボクは生まれ、父に育てられてきた。
お母さんは小さい頃からいなくて別にそれがさみしいとは思わなかったが、人里離れた森の二人暮しに不満がなかったわけじゃなかった。
不満は単純に、友達がつくれないことだ。
子供だから1人で遠くまで行かせてもらえないことは理解していた。
それに近くの街中くらいなら1人で出歩かせてもらっていたから、行動範囲についてはいいのだ。
だけど、お父さんは学校には絶対に通わせてくれなかった。
いつも「学校の教師より俺が教えた方がはやいから、必ず行く必要はない。」の一点張り。
まあたしかに、お父さんは頭がよかったから大抵なんでも知っていたし、学校は遠かったし、そもそも義務な訳じゃないから、その言い分は的を得ている。
それに、その話をするとお父さんは「行かせたくても、行かせられない。ごめんな。」と滅多に見ない苦しそうな顔をするのだ。
だからボクはしつこくそれを追及したりしなかった。
でも、時折見るボクと同じくらいの歳の子が制服姿で友達と学校に行く風景は、確実にボクの不満と劣等感を加速させていた。
でもある時、そんなボクに初めて友達ができた。
かわいいおしゃれな同い年の女の子2人組。
ボクが雑貨屋さんで話しかけてきてくれたのだ。
「ねえ、あなた前もここでお買い物してたよね。」
「う、うん。」
「このお店、好きなの?」
ボクが小さく首を縦に振るとその子達はわっと声をあげ、顔にも喜色があらわれた。
「私たちもここ大好きなの!仲間だね!」
ボクは戸惑って一瞬何も言えなかったが、”仲間”というフレーズに嬉しさを隠しきれなくて、ボクの手を取りきらきらした表情の彼女達に、にやけた顔で「そうだね!」と返事をした。
それからボクはその子達とよく遊ぶようになった。
お店に行く時も、外で遊ぶ時も、勉強する時も3人一緒で、「私たち親友だよね」ともよく言い合っていた。
けど、唯一3人でできないことがあった。
「ねえ、シナちゃんは好きな男の子いないの?」
ある日、そんな感じのことを聞かれた。
「いないよ?」
ボクは正直に答えたが、女の子はこういう話題にしつこい。
「えー、気になる人は?」
「かっこいいなーって思う人いない?」
「うーん、別に…」
今までは2人共自分達の好きな男の子の話をして、ボクはずっと聞き役だった。
2人の恋バナを聞くのは好きだったが自分のことになると困ってしまう。
「男の子と接点ないし…」
「学校で話したりしないの?」
「そういえばシナちゃんどこ通ってるの?」
…いきなり地雷を踏み抜かれてしまった。
2人と学校についての話はそれまでしたことがなかった。
そもそもボク以外の2人も別々の学校だったようで、共通の話題もなかったからだ。
コンプレックスに触れられてドキッとしたが、友達を得たことで殆ど忘れていたそれは、笑って流せる程度だった。
「そもそもボク、学校行ってないしね〜」
「…えっ?」
「…本当に?」
あははと乾いた笑いをするボクに対し、彼女達は正反対の反応をした。
ボクは他にも学校に行っていない子は普通に居ると思っていたが、どうやらここの街ではそうでなかったらしい。
ボクはその時の2人の表情を未だに忘れられないんだ。
その後はよく覚えてない。
話を切り替えていつもと変わらない態度だったと思うんだけど、2人とも気を使っているように見えた。
次の日から、ボクは家にとじこもるようになった。
2人の顔を見るのが気まずくて、学校へ行く子の制服姿を見るのも嫌になってしまったのだ。
何日か経った後、お父さんがボクに何気無く聞いた。
「最近遊びに行かないな、友達と喧嘩でもしたのか。」
喧嘩じゃない。
ボクの一方的な被害妄想だ。
そんなことは分かってたのに、口をついたのは酷い罵声だ。
なんて言ったかも覚えてないけれど「全部お父さんのせいだ」というようなことを口走っていたのは間違いない。
父がいつもの苦しそうな顔を見せたところでハッとした。
「あ…ごめんなさい」
それからお父さんは何て言ったんだっけ。
友達とはそのまま顔を合わせられなくなったし、お父さんとも一切そういう話をすることもなくなった。
けどその時期の記憶がうやむやだ。
都合のいいことに、楽しいことははっきり覚えてて、辛いことはあんまり鮮明に残らないみたいだ。
そこまで思考を膨らませたところで、またルビーの背に目を向ける。
ボクより広い視野と重い責任感を持っているルビーだけど、誰にも見せようとしない気持ちは、きっと。
(きっと、あの子も同じだね…)
ボクはあの頃の幼いままの自分に囁いた。
十二章 嘘はつきません
シナはうまくルビーと話ができているだろうか。
俺も行こうかと思ったが、お節介に余計な事を言ってしまいそうだ。
シナもそうかも知れないが、ルビーはシナには「様」呼びで、なんだか憧れみたいなものを感じたので、俺より素直に聞いてくれると信じたい。
ていうか、性別はさておき一目惚れした相手かどうでもいい付属品かだったら、前者のが穏便に済むだろ。
もちろん腑には落ちない。
「後でシナに伝えるんで、もちろんルビーにも。」
「はい、ルビー様も知っていなくてはいけませんよね。」
今は俺ができることをしなければ。
「ではまず、コーサラの外交官が持ちかけた同盟の話からでしょうか。」
次に口を開いたのは女王だった。
その中に初めて聞くワードがある。
「同盟?」
「はい。コーサラは何を言ってくるのかと身構えていましたが、案外平和的な内容でした。主に”同盟を結んだ国同士は戦争もせず、公平なルールの元対等であろう”という。
しかもその同盟、他のフェイリーなどの周辺国にも持ちかけ、承諾済みだと。
もちろん”返事次第ではコーサラに宣戦布告をしたと王にお伝えします”…とか脅しはありましたが。」
同盟と聞いた時点で大方コーサラのいいように要求してきたのだろう…と見ていたが、対等であるという内容なのは驚きだ。
しかも、フェイリーは国土の小さな国家とはいえコーサラと並ぶ軍事力と発言力を持っている。
”対等”という言葉にも説得力がある。
「他にも貿易を盛んに、とか規約についても言っていました。それもあくまで公平に、両国に利益がある内容で問題ありません。」
コーサラが何を考えているかはわからないが、戦争は望んでないらしい。
戦争好きな王だと聞いていたので本当に意外だ。
「…ですが、あちらはやはりルビーが欲しいようで…
コーサラのコランダム所有者の一人をこちらに寄越す代わりにと要求してきました。
お互いの勝手を許さないためでもあるのでしょう。」
「ちょっとまてよ、それだけなんか不公平じゃないか?
同じコランダム所有者といえど、ルビーはトルシェ唯一の王女だろ?コーサラにはコランダム所有者が何人も居ると思うんだけどな。」
いくらコランダム所有者が珍しいと言っても、俺みたいにあまり国に必要とされていない奴もいる。
コーサラみたいに何人も居るなら、なおさら同じような奴もいるだろう。
もしトルシェに来る奴がそうだったなら、あまり牽制にならないではないか。
「そうですね、私もそう思ったのですが…外交官の後ろに控えていたその方を見た途端、なにも抗議できなくなりましたよ。」
伏し目がちな女王が告げた名は、口をだらしなく開けたまま固まってしまう程には衝撃的だった。
グラファイト・バタリャ
コーサラ国国王が自ら隊長を務める特別戦闘部隊の副隊長で国内外から恐れられる程の人物だ。
なんといっても近年国力を強めるコーサラの最大戦力と言われているのだ。
この周辺でも知らない奴はほとんどいない。
「それは…たしかに、なにも言えないな…」
いよいよ、コーサラが何をしたいのかわからない。
そんなにルビーの能力を必要としているのだろうか、なんだかそれだけじゃない気がする。
わざわざ同盟を結び、妙に公平を主張するのが謎だ。
だが、その真意は俺はおろか目の前の二人もわからないという様子なので今これ以上考えても無駄だろう。
「コーサラが持ちかけた同盟の話は大体わかった。
身代わりの件はどうなんだ?ルビー本人がコーサラに行っても少なくともひどい扱いはしないだろ。
俺達と逃げる方が危険じゃないか?」
ここからようやくこの話の核心に入る。
女王やツェレンさんの考え次第で俺達がどうするべきか決めなくてはいけない。
「危険かどうかは正直同じくらいですよ。コーサラはまだ信用するには値しませんから。」
そう辛辣に言ったのは、やはりというべきかツェレンさんの方だった。
「ルビー様の身の安全を取るならコーサラへ行った方がよいかもしれませんが、コーサラの狙いは”洗脳”という目的の可能性も捨て切れません。実際、あの外交長官のノライノーツという方も相当自国の王に心酔していたようすでしたし。」
「そうですね、冷静で賢明な方と思ったら突然『我が王は非常に心優しく…』とか熱く語りだして…国のアピールより王のアピールする外交官も珍しいですね。」
「まあとにかく、1番の不安要素はそれです。ルビー様は王女、ひとつの思想に囚われるとトルシェ王国も危険です。」
たしかに、ルビーはしっかりした子だが、それでもまだ子供だ。
自我を強く持ったつもりでもそりゃ不安だろう。
「あと…俺ずっと気になってたんですけど、コーサラには第一王女を向かわせるっていってあるんですよね?ルビーじゃない奴が行ったとして、ルビーが次の女王になる時はどうするんだ?」
普通に考えて、そこでルビーが女王になってしまったらバレるだろう。
「それはルビー様にしか継承権がありませんから、ルビー様が次期女王となりますよ。」
「えっでもバレるんじゃ…」
「バレるも何も嘘はつきませんから。ねぇ、"お母様"。」
そう言って、ツェレンさんは女王様へ不敵な笑みを向けた。
女王様も静かに頷く。
「幸い、書簡でも外交官様のお言葉でも”第一王女”という表現しかされていませんでしたからね。」
えっ?ちょっとまてよ…
「それって、ルビーが第一王女じゃないってことか?」
しかも、今ツェレンさん”お母様”って…
「はい。お察しの通りです。」
ツェレンさんが長いメイド服の袖を捲ると、ハッキリとトルシェ王国の紋様がその腕に刻まれていた。
「継承権こそありませんが、私こそが正式なトルシェ王国”第一王女”ですわ。」
やけに自信たっぷりなその口調と表情に俺は「あ、ああ…確かに似てるな…」という見当違いな感想しか出てこなかった。
十三章 ごめんなさい
「おーい…シナ…」
背後から突然声がして振り返ると、扉を拳一個分くらい開けたジャンヌが顔を半分だけのぞかせていた。
気を使ったのだろうが、小声でボクを呼ぶので一瞬幽霊かなにかかと思ってしまった。
「話おわったの?」
「ん〜まあ大体な。…ツェレンさんが直接ルビーに言いたいことがあるっていうから、一緒に来てもらったんだけど、今大丈夫そうか?」
ルビーを見るとこちらに背中を向けたまま、首をまわしてボク達をじっと見ていた。
「どうしたんですの?シナ様。」
「あ、ルビー…ツェレンさんがね、話したいって言ってるんだけど。…入ってもらって大丈夫かな?」
「…大丈夫ですわ。」
「今度は本当ですわ」とボソッと付け足したルビーの表情は確かに、ボクがこの部屋に入ってきた時とは違ってなにか決意を固めたような、そんな顔に見えた。
「シナ、一体なんて言ったんだよ。やるじゃん…」
それを見たジャンヌはボクの手柄だと思ったらしいが、生憎ボクは正直なにもしていなかった。
「ちょっと、ルビーに話してもらっただけなんだ。
これは自分のわがままだって分かってるって、でも王女らしく自分が国民を守りたかったんだって…
ボクは本当になんもいえなかったんだよ。」
自分で言っておいて自分の不甲斐なさに少し落ち込む。
「そうなのか?
…まあでも、シナがそばにいたからこそ冷静に考えれたのかもしれないぞ?」
「ありがと。役に立ってたならいいんだけど…」
小声でフォローを貰い、それを小声で返すと、彼は後ろに控えていたツェレンさんを呼んだ。
「失礼します。ルビー様には、私から直接申し上げたいと思いまして。
…まずは、ルビー様にこの一連の話をお伝えしていなかったことを謝罪します。」
「えっ」
ツェレンさんは入ってくるなり勢いよく頭を下げた。
対するルビーは怒られるとでも思っていたのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を見開いた。
「私はルビー様に謝ることはあっても、怒鳴ることなんてもうありません。
ルビー様は立派なトルシェの王女だと思っております。…だからこそ、失いたくないのです。ご理解いただけませんでしょうか。」
「さっきの件は…分かりましたわ。もう私はでしゃばりませんわ。」
ルビーは静かに、だが確かに芯のある声で応える。
「…ごめんなさい。」
ツェレンさんは俯いて、再度謝罪の言葉を発する。
「謝ることじゃありませんわ。これはツェレンが正しかったんですの。」
「違います!!
私は間違っていた。最初から!!」
そう、子供のように泣き叫ぶツェレンさんは、先程ボクに話しをしてくれたルビーに似ていた。
「最初、から?」
「そうです。…聞いてくれますか、ルビー様。」
「…ええ。」
「まずは、これを見てください。」
ツェレンさんがそう言って長いメイド服の袖を捲ると、なにかの紋様らしきものが刻まれていた。
ルビーはそれを見て肩をびくりと震わせる。
「…あれは、トルシェの国紋。王族の証だ。」
なにがなんだか分からないボクに、すかさずジャンヌが説明を入れてくれる。
「つまり、姉妹ってこと…?」
「そういうことらしい。」
驚いて声が漏れそうだったのを押しとどめて、ツェレンさんの方へ向き直る。
ツェレンさんはその事についていまから話してくれるのだろう。そこでボクが騒いでしまうのは不粋だ。
「お姉様が居たのは知って居ましたわ…。ただ、他の国へお嫁に行ったって…」
「はい、それは間違いではありませんが…まあ、順を追って説明します。」
*
私は、14までこの城で次期女王にふさわしい教育を受けていました。
当時、他に姉も妹もいなかったので私だけが後継する権利を持っていたのす。
当然、お見合いの話なんかもこの頃にはよく出てきていました。
そんな中、私はマジアの騎士に一目惚れしてしまいました。
彼もまた優しく、私を好いていてくれた。
もう、この人しか居ないと思いました。現に彼に変わるようなお方には今も出会っていません。
ですが、トルシェは他の国とは真逆の女尊男卑社会でしたから、自国の貴族の中から婿を取るという形の結婚が通常であり規則でもありました。
だから、私達は駆け落ちという形を選びました。
…ルビー様は、駆け落ちなんてロマンチックだと以前仰っていましたが、実際は本当にお粗末なものです。
二人とも所詮、温室育ちの子供でしたから、逃げた先で生活する術など無いに等しい。
夫となった人は、駆け落ちして1年程で病気を患い、帰らぬ人となってしまいました。
私は何もかも無くなってしまった。
結局、私は世間知らずの”お嬢様”を抜け出せない子供だったのです。
私はまた1年程、財布も心もすっからかんの状態で、なんとか細々とその日暮らしをしていましたが、それも終わりをつげました。
トルシェが、私を探していたようなのです。
見つかり次第、すぐに城へ引き戻され、お母様…女王様の前に出されたのです。
合わせる顔がないと、俯く私に女王様は「無事でよかった」と笑顔をみせてくれました。
ですが、普通の家の娘の家出ではなかったのですから、それだけで済むはずはありません。
「ツェレン、貴女はあのマジアの騎士と一緒に出て行ったのでしょう。…でも、確認する限りその方は亡くなったのだと聞いています。」
「はい。間違いありません。」
「可哀想に…と哀れむのは容易いですが、一度捨てたものはもう戻ることはありません。
…貴女は、国を捨てたのです。」
「はい。」
もう王女の地位にまた戻れるとは思っていませんでした。
一度国を捨てた王女など、いくら国民が寛容であろうとも信頼できる訳が無い。
「貴女は元に戻ることはできない。でも、ツェレン。私は女王である前に、貴女の親でもあります。
”親は死ぬまで子供の味方でいるのが務め”…これは、かの救世主ライズの教えのひとつ。私が破るわけにもいきません。」
「私などに…情けをかけていただけるつもりでしょうか。」
「情け、といえばそうかもしれません。
ですが、私は一般の方々と同じようなチャンスを与えようと思った次第です。
それを生かすか殺すかは貴女次第ですが。」
「チャンス…?」
「はい。ツェレン、幼い頃に習ったことは今も覚えていますか?」
「おそらく、大半は身についております。」
「貴女は大変出来がよかったものね。…それを誰かに教えることはできる?」
「教える…」
そう、女王様の言ったチャンスとは教育係の試験を受けさせるというものでした。
もちろんそのチャンスを無駄にするなんてことはしませんでした。
私が姿を眩ましていた間に生まれた実の妹、ルビー様の教育係だとは後から知りましたがね。
*
「…まあ、そんな所です。1度トルシェ王族の地位を捨てた身ですから、扱いは一般市民と同じです。試験もそれを隠した上で、試験官に選んでいただきましたし。
ルビー様には、無事女王になられた際にお伝えするつもりでした。」
ツェレンさんはそう締めくくると、また頭を下げて「ごめんなさい」と強く言った。
「ルビー様はこんなプレッシャーを受けるべき立場じゃなかった!
私の勝手でルビー様の自由を奪っていたのです!」
ツェレンさんは顔をさげたままで、その表情は伺えない。
「全然、知りませんでしたわ…」
ルビーがぽつりとこぼす。
「でも、なんとなくそんな気がしていたというか」
ツェレンさんはその言葉を聞いて顔を上げた。
目には雫が溜まっている。
「少なくとも、『ツェレンはお姉様みたいだな』って感じることはよくありましたわ。」
照れ臭そうに笑うルビーは、なんだかこの上なく嬉しそうで…
それを見たツェレンさんの目に溜まった雫が、一筋頬を滑っていった。
十四章 それでも本当は
「わかっていると思いますが、時間がありません」
あれから話はすんなりと進み、ボクとジャンヌはルビーを国外へ連れて逃がす役目を請け負った。
ただ逃げると言っても、ルビーが目的のはずの王女であることがバレたらお終いだ。
ツェレンさんは先程の様子が嘘のようにテキパキと計画をボク達に伝える。
「コーサラの外交官が再びこの城に訪れるのは明日の午後です。それと同時に城から出ていくのが無難かと」
「そうだな、ルビーが見つかろうものなら勘のいいやつは魔力でコランダム持ちってわかるだろうし」
「調印式では私が前に出ているので警備も緩むでしょうしね…まさか王女が2人居るとは思ってないでしょう」
計画の決行は明日の午後、外交官一行が城へ入るその時、一度だけ。
裏庭に潜んで城壁付近の地下隠し通路から外へ、そして商人のフリをして一直線にトルシェの門をくぐる。
「門番には話を既に伝えてるんだっけ?隠し通路まで用意周到だな…」
「いえ、隠し通路はもともとありますよ。城の中にもあります。」
「城の中からじゃダメなの?」
「城から庭に出る際、周りが見渡せませんのでなるべく外からがいいのです
ちなみに、城壁の方はある宿に繋がっているのでそこから商人風の人間が出て行ったところで何の違和感もありません。」
なるほど、商人なら宿から出ていっても国外へ出ても不思議じゃないもんね。
「宿の方にも話を通しておりますし、商人風の装いも荷物も準備できております。」
うーん、やっぱり用意周到だ。頭が上がらないよ。
「じゃあ、これでいいか?」
「うん!」
ジャンヌの確認に力強く応える。
ツェレンさんもそれに伴い、ルビーへ目を向ける。
「ルビー様も、大丈……」
「ん?」
声をかけたツェレンさんの言葉が途中で途絶えたのを不思議に思って、ボクらもルビーに視線を向ける。
すると、ルビーは頭をかっくんかっくんさせて「ん〜」とか「う〜」だとか、言葉にならない呻き声を出していた。
これはもしかしなくても…眠たいんだろうか。
「大丈夫じゃ…なさそうですねぇ」
ツェレンさんは少し屈んでルビーに同じ目線で話かける。
「すみません。夜更かしさせてしまいましたね。ベットに向かいますか?」
「うん…」
ルビーが力なくこくりと頷くと、ツェレンさんはボク達へ向き直り「すみません、いつもは寝ている時間なので」と苦笑いを浮かべた。
「お2人にはそれぞれ今朝お目覚めになった部屋でお休みいただきたいのですが…」
「ありがとうございます。あの部屋なら自力で行けますんで、これ以上はお気遣いなく」
「ルビーを無事にベットまで送り届けてあげてください!」
「…感謝いたします」
ツェレンさんは一礼すると、ルビーをお姫様抱っこして静かにベットへ向かう。
ボクらもそれに習って静かにルビーの部屋から出て行った。
*
ルビー様を寝かし付けようとベットの上にその小さな体を降ろす。
小さいとはいえ、前より少し背が伸びている。前よりも少し重くなっている。
最近は抱っこすることもあまりなかったので、先程気づいた。
ルビー様は子供だ。
でも普通の子供じゃない。普通でいてはいけない。
トルシェを継ぐただ一人の王女だから。
私がそうさせてしまった。
私はそれに苦しんでいた筈なのに。
今回の事は、その償いを兼ねているつもりだった。
私が奪った自由を少しでもルビー様に返せるように、と思って。
「本当にそれが理由なのか?」と私の中のもう一人の私が問う。
私は答える「きっと違う」と。
正直、私は姉であることに自覚があまりない。
ルビー様が産まれてすぐに対面したわけでもないし、本来そのまま呼ぶ筈の『ルビー』という名前にも、『様』をつけなければ違和感を感じる。
ルビー様を妹だと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいで上手く接することができないから、ただの仕えるべき主人だと言い聞かせる日々だった。
けれど、それでも本当は
「私はお姉様になりたかったの」
ルビー様を妹として護れる、そんな姉に。
声に出して言ってみたら、その言葉が心にストンと落ちたような感覚がした。
「…ツェレン」
寝ていた筈のルビー様が薄っすらその瞼を開き、唇を震わす。
「は、はい」
独り言を聞かれてしまったのかと思い、少し肩がビクッと上がる。
「お母様と、お父様と寝たいの…」
ルビー様の言葉に少しほっとする。聞かれていなかったようだ。
やっぱり大人びたルビー様も甘えたい年頃の子供なんだ、と当たり前のことを思う。
私が「わかりました」と返事をしようとすると、ルビー様はそれを遮った。
「………あとね、ツェレンも」
ああ、これは聞かれていたのでしょうか。
「…はい、急いでお母様とお父様を呼んできますね」
私は言葉通り急いで、自らの騒音も気にすることなく長い廊下をバタバタと走っていった。
十五章 いってきます
城の大きな門が開く時の独特の重々しい音と、大勢のものと思われる揃った足音が聞こえる。
「来たみたいだよ」
「よし、行くか!」
ボクとジャンヌと、それからルビーの3人は昨日の作戦通り裏庭の草むらから城壁の地下通路を目指した。
先頭にいるのは城の仕組みをよく知ったルビーだ。
家族と離れることとか、ツェレンさんの告白とか、なかなか踏ん切りがつかないこともあっただろうけれど、今のルビーの表情はそんなことを感じさせないくらい力強く頼もしいものだった。
ボクが家を出るとき、お父さんを困らせたくなくてわざと明るく振舞っていたけれど、森を出たところで既に冷や汗と足の震えが止まらなくなったっけ…
今だって心臓バクバクいってるんだから、全く情けない。
目立ったことをしなければよっぽどバレないだろうけれど、そろりそろりと慎重に歩く。
かえって空き巣みたいで怪しまれそうだ。
「ちょっと待っててくださいな」
ルビーが小声で知らせる。
前を見ると城壁の穴に棒状の鉄柵が等間隔に並んでいる。
ルビーはその中の一本を迷いなく掴むと、慣れた手つきでそれを外した。
そしてルビーは向きを変えて、すぐ近くの銅像にある、小さな穴に鉄柵を差し込む。
すると銅像の直方体の土台の一面がぱかりと開いた。
どうやら鉄柵の先は鍵になっていたようだ。
「よし、ここから入れますわ。階段を降りてまっすぐ進んでくださいませ。」
ルビーに手招きをされ、ボクとジャンヌがそこへ先に入る。
最後にルビーが入り、入ってきた入り口を塞いだ。
「うおっ!?く、暗い!」
「当たり前ですわ、入り口塞いだんですもの」
「狭いし…お化け出たら逃げられないじゃねえか…」
「おおおお化けとか言わないでくださいまし!!」
「ひびくから叫ばないでよ…」
いきなり騒ぎ出す2人に、苦笑いを浮かべる。
そうか…2人してお化け苦手なんだな、脳内辞書登録しとこう。
「ボク魔法で灯り作れるけど、やる?」
「いや!薄暗いのはもっと嫌だ!!」
「お化け見えちゃいますわ!」
出る前提なんだ…
出る前からぎゃあぎゃあと喚く人間の居る場所にお化けも近づくわけもなく、ボク達はいつの間にか通路の終わりまでたどり着いていた。
「一刻も早く日の目を拝みたい」と先頭に居たジャンヌが宿へ通じる扉を勢い良く開けると、そこは明るい日の光を浴びた感じのよい民宿の一室だった。
「確かにここから出てきても全く違和感ないよな」
「ベッドの上にいろいろありますわ、多分これがツェレンの言ってたやつですわね」
ボク達はそれぞれ置かれていた衣類や荷物を手に取り、持ち物を決めていった。
「俺この長いローブ使うな、鎧も隠れるし」
「シナ様!この服似合いますわ!絶対かっこいいですわよ!」
「それ男物じゃ…まあ、今着てるのもだし今更か」
服がひととおり決まり、荷物の中身を見れば、トルシェの民族工芸品など、商人という設定に忠実な商品らしきものが綺麗に整頓されていた。
ツェレンさんの準備の完璧っぷりに、思わず感嘆の息が漏れる。
ふと、横を見れば別の大きな鞄を見ていたジャンヌが目を見開いていた。
「うわっ凄い、貴金属がこんなに…本当にもらっていいのか…?」
「お母様が『ご迷惑をかけるんだからこのくらいは』って用意してくれたんですの。豪華そうに見えますけど、最低でもこれくらいなければ途中で死んじゃうって言ってましたわよ?」
「いや、貧乏人にとっちゃ十分すぎるって…」
多分女王様のご好意なんだろうな…
ボク達を城で世話してくれたり、トルシェの王族は優しいだとか以前に太っ腹だ。
「今更返すわけにもいかないし、もっていけばいいのですわ!」
「シナ、落としそうで怖いから持っててくれ」
「う、うん…」
ボクは例の空間魔法で貴金属を丁寧に収納する。
すると、ルビーはその空間に空いた穴に食いついた。
「シナ様凄いですわ!!そんな魔法はじめてみましたわ!!」
「ジャンヌも言ってたけど、そんなに珍しいのこれ?」
「城にも偉い魔導師様がいらっしゃいますけど、使ってるのはみたことないですわねぇ…」
みんな使わないのか、便利なのになあ…特別難しいわけでもないし。
猛特訓していた過去の自分を棚にあげてそんなことを考えていると、「ところで、この中ってはいれますの?」とルビーが目をキラキラさせはじめたので、「入れるけど真っ暗だから…」となだめておいた。
準備も整い、宿を出る。
ルビーの「受付のお兄さんがイケメンだった」という主張を延々と聞かされながら、トルシェの出口の前まではあっというまだった。
宿はおもったよりもそこから近かったようだ。
ツェレンさんが言っていたとおり、出口の手続きは驚くほどスムーズだ。
もはや、顔パス同然である。
「行ってらっしゃいませ。良い旅を」
にこっと笑う門番さんにルビーは元気よく手を上げて、「いってきまーす!!」と返事をする。
最後まで、暖かい国だったなあ。
ここでボクは、ようやく体中の緊張が解すことができた。
もうひと段落ついた気分だったのだ。
「…どこいくの?」
その声を聞くまでは。
十六章 信じるよ
この声は…聞いたことがある。
また会いたいとは思っていたが、今は一番遭遇したくなかった人物。
「ガ、ガーネット…」
「やっほー!一昨日振りねぇ」
相変わらずのノリで近づくガーネットに、ボク達は引きつった作り笑いを顔に張り付けることしかできない。
そしてボクとジャンヌは2人でルビーをさりげなくガーネットから隠す。
ルビーも空気を読んでなるべく影を薄くするようにしているようで、口を開かない。
「ガ、ガーネット…剣、ありがとね…!」
「トルシェじゃ幸い使うことにはならなかったけど、この先何があるか分からないしな…!いやあ、助かったよ!」
「ふふふ、どーいたしまして!」
お粗末な誤魔化しだとは思うが、ガーネットは態度を変えることなく、機嫌良く受け答えをしている。
これは…なんとか押し切れ…
「ところでその子はどちら様?」
…ませんよね。知ってた。
だが、存在を気づかれた所で終わりじゃない。要は、ルビーがコランダムを所有する王女だと分からなければいいのだ。
「こ、この子はね!トルシェの街で会ったんだけど、身体の弱いお母さんの為に薬を買いに行くんだって!途中まで同じ道だから一緒に行こうってことで…」
よくもまあ、こんな口からでまかせが出るものだ。
隣のジャンヌが「グッジョブ!」とでも言いたげな視線を送ってくる。
「へぇ!偉いのねぇ〜。名前は?」
「ル、ルビー…」
「あたしはガーネット、よろしくねルビーちゃん!」
ガーネットは手を差し出したが、ルビーは小さく頭を下げただけにしたようだ。
ガーネットは、それも全く気にする様子を見せず、「あはは」と笑って手を引っ込めた。
このままボロをださなければいいが…
「ねえ、ところでシナちゃん」
「な、何?」
「ルビーちゃんのお母さんは何の病気なの?」
「えっと…身体が弱いから、病気になりやすいらしいんだ。だから、そういうのに効く薬を…」
「ふーん…だったら治癒魔法のが効くんじゃないかしらぁ?
…だと思わない?治癒のコランダム所有者さん?」
そう言ったガーネットの視線は完全にルビーに向いていた。
「やばい!逃げるぞ!」
ジャンヌの合図が先か、ボクらが振り返るのが先か、とにかくジャンヌの言葉とほぼ同時に全力で走る。
もうこうなったら逃げ切るしかない。
けれど身軽なガーネットをボク達の足が超えられるとは思えない…
だが、ひとつ策を思いついた。
「ねぇ!ちょっと、協力してほしいんだけど!」
「ああ!」
「何ですの?」
走りながら2人に指示を送る。
「まずルビーを先頭に一列に並んで!ジャンヌは後ろからローブでボクとルビーをガーネットから見えなくして欲しいんだ」
「わかった!」
指示通りのフォーメーションが出来た所で、ボクは例の荷物用の空間魔法を発動する。
「ルビー!入って!」
「えっ?」
「はやく!」
「は、はい!!」
ボクの作った空間の穴にルビーが飛び込む。
それをボクは「大丈夫だから、待ってて」と一言いって穴を閉じた。
真っ暗だから怖いかもしれないけど…ごめんね!!ちょっとの我慢だから…
また怖がってしまわないか心配しながらも、すぐに次に移る。
「ジャンヌ!そこで二手に分かれよう。ルビーの幻覚を2人分簡単な魔法で作る。」
そうすれば、ガーネットはどちらかに行かなくてはならないから、撒きやすくもなるだろう。
「待てよ、それならシナとルビーの幻覚をひとつずつ作って、俺と一緒に行動するようにしてくれ。
シナは可能ならルビーとあの中に居てやれよ。無理なら安全な所に隠れててくれ。
お前に何かあったらルビーも出られないんだからさ」
「入れるけど…ジャンヌはどうするのさ!」
「多分…なんとかなる」
「多分って…」
「あーもー!お前よりかはこの場をしのげる力はあるんだからとりあえず任せとけよ!」
まあ、ボクよりは当然体力も実力もあるだろうし…
ここはジャンヌを信じて頼った方がいいのかもしれない。
「わかった」
ボクは言われた通りボクとルビーの幻覚をつくり、空間の穴を開ける。
「幻覚は喋ったりできないし、多分ガーネットが気づいた時点で解けちゃうからね」
「ああ、ガーネットをまいたらここに戻ってくるから…」
「そうだ、預けてたドゥサック出してくれないか?」とさも今思い出したかのように言うジャンヌに、悪い予感を感じながら黙ってドゥサックを渡す。
「…気をつけてね」
「ああ!」
親指を立てて自信たっぷりな笑みを浮かべるジャンヌを横目に、ボクは真っ暗な穴の中へ飛び込んだ。
十七章 これは愛?それも愛?
走るシナ達を追っているガーネットは当然本気を出していなかった。
本気を出しているんだったら見つけた時点でルビーをとっ捕まえて、今頃はトルシェ城に連行しているだろう。
ガーネットがそうするのは『必死にシナとジャンヌがルビーを庇っていたから』。それだけだ。
ガーネットはシナ達をゆるく追いかけながら、その理由ばかり考えている。
(なんでシナちゃん達はあそこまであの子を護ろうとするのかしら。国も身分も違う。元から知り合いとも思えないし…)
興味本位でいろんなことに首を突っ込むガーネットだが、自分に損害のあることは基本的にしない。
基本的に、というのは例外があるからだ。
ガーネットにとっての例外はただひとつ。
『愛』のあるものだ。
それは恋愛はもちろん、友愛、家族愛、師弟愛…それら人と人との間に生まれる愛全てを指す。
(シナちゃん達の行動が愛だというのなら、それを邪魔するわけにはいかないわ。
でも、それがただの同情なのだったら…その時は容赦しない。)
シナ達を動かすものが何なのか、それをガーネットは見定めているのだ。
シナ達には想像もつかないだろう思考を巡らせながら走っていると、ふと追いかけていた筈のシナ達が立ち止まる。
ガーネットが顔をしかめると、その中の1人、ジャンヌが振り返る。
「なあに?諦めたのぉ?」
「いや、いたちごっこしててもラチが空かないと思ってさ」
「あたしと戦う気?」
「ああ、やるからには倒す」
随分と威勢がいいことだ。
「悪いけどあたしは倒れないわぁ」
「知ってる。
…不老不死なんだろ」
「…知ってたの」
そう、ガーネットは不老不死のコランダムを持った、過去と未来をどれだけ探してもたった一人の人間だ。
確かに、コーサラでは有名人だから地理や国の情勢をある程度知っているジャンヌなら知っていてもおかしくはない。
実は名前を名乗った時点で気づいていたのかもしれない。
「不老不死だろうが、倒す。」
「どっからくるのその自信…」
「俺だって剣のコランダム持ってんだよ」
そう言ってジャンヌは、ガーネットが以前渡したドュサックの切っ先をガーネットに向ける。
対するガーネットも続いて武器を取り出す。
こちらは、ガードもグリップもない刀身がむき出しのナイフに近い短剣であった。
ガーネットは常にそれを2つ両手に持ち、双剣として使用していた。
「そっか、ジャンヌくんもコランダム持ちだったの…
でもおかしいわねぇ、コランダム所有者なら魔力で分かるのに」
「それもすげーと思うけど、残念ながら俺は生まれつき魔力がないんだよ」
「なにそれ、そんなんわかるわけないじゃなあい」
ガーネットは「やーねぇ」と溜息をついた。
十分距離があるとはいえ、やれやれと体制を崩す彼女をジャンヌは見逃さない。
「隙与えていいのかよっ!」
助走もなしに一気に飛びかかる。
普通ならありえないスピードで間合いをつめていくジャンヌにガーネットは目を見開く。
カキィーンと甲高い音が響き渡る。
「さっすがぁ!でも悪いわね、そのくらいは受けられるわぁ」
ジャンヌはそれに驚くようすもなくただただ剣を振り、それをガーネットは次々と短剣で受け止めていく。
(あーあ、なんか期待はずれねぇ)
さっきからずっと受け身の体制だが、ガーネットは傷一つついてない。
ダメージを受けるのはずっと左の短剣だけ…。
それもドゥサック相手だ。ジャンヌの剣の方がすぐに折れそうなものだが。
(そろそろ切り返すかぁ…)
ガーネットは左でジャンヌの剣を受け流すと、ここにきてようやく右の短剣を向けた。
重さを感じない鮮やかな動きで、ジャンヌの頬に傷をつける。
あっというまに形勢逆転だ。
「短剣だからって馬鹿にしちゃだめよぉ!!」
ジャンヌは焦っているのか、黙ったままだ。
ガーネットは切り返す隙を与えて見るものの、それに気づいているのかいないのか、ジャンヌはガーネットの斬撃をその剣で受けるだけ。
ガーネットにしてみればつまらないことこの上ない。
(この子受けるのは上手いのに、攻撃って概念ないのかしら…)
ガーネットはこの攻防に若干飽きはじめてきた。
いや、若干というかもう飽きている。
(どうせなら、折っちゃおうかしらぁ)
剣を折られて顔面蒼白のジャンヌの顔が目に浮かぶ。
さぞかし傑作だろう。
ガーネットは上がる口角を抑えようともせずに思い切り両手の短剣を振り上げる。
するとジャンヌの顔つきが変わった。
だがそれはガーネットが想像していた焦りの表情ではなく…
「馬鹿になんてしてねぇよ。」
無表情だった。
「…!」
その表情に思わずゾッとしたガーネットは慌てて短剣を引く。
そしてすぐに距離を置くと左の短剣をちらと見た。
「ねぇ、何したの?」
「特に何もしてないけど?」
表情の変わらないジャンヌに、ガーネットは「すっとぼけやがって」と眉間にしわを寄せる。
「…随分、外道な手を使うのね」
「気づいたのか、流石だな」
ジャンヌは「流石」と言ったがガーネットにとってはもう手遅れであった。
「これ以上やっても結果は見えてるし、退散してあげるわよぉ」
「は?いいのかよ?」
「なに?まだ戦いたいってのぉ?これだから血の気の多い男は…」
やれやれ、と馬鹿にしたようなものいいだが、優位に立っているのはジャンヌのはずだ。何故そんな呆れられないといけないんだとジャンヌの顔がくもる。
「退散してくれるなら願ったり叶ったりなんだけどさ…なんか意外っていうか」
「はあ?なにがよぉ?」
「失礼ながら、コーサラって『相打ってでも相手を倒せ!』みたいなイメージあったからさ」
ガーネットは「あーなるほど」と相槌を打って納得するようなそぶりをする。
「まあ、ちょっと前までそんなんだったわねぇ…まあ、あたしは痛いの嫌だからいつの時代も負傷する前に逃げるけど」
「ちょっと前?」
「そうそう、ジャンヌくんの情報って結構古いのよねぇ〜。イメージがついてるだけかもだけど。いいわよぉ、剣の腕に免じて教えてあげる!
…国王がかわったの。8年前に」
コーサラは8年前、身勝手な王に愛想を尽かした民衆による革命が起きたのだ。現国王は、当時の革命軍を率いていたリーダー格の男だ。
ガーネット本人は、当時興味本位で入った革命軍の初期メンバーだった。
それもあって、新体制になる時にまあまあ良い地位につくことになったのだった。
「ちゃんと情報は更新しとかないと。世界は常に移り変わってくんだからぁ」
「そうだな…教えてくれてありがとう」
ジャンヌの情報は基本的にマジアの軍で働いていた時から止まっている。
これから旅を続けるにも、ガーネットの言うとおり、情報収集は欠かせない。
「じゃ、そういうことで!また会いましょうね!シナちゃんによろしく!!」
ガーネットは、さっきまで戦っていた相手から逃げるにしては明るすぎる別れの挨拶をしてジャンヌに背を向けた。
「あっ、部下にも撤退するように言っておくし、王女の…ルビーちゃんだっけ?その件も黙っとくから安心してねぇ」
「あ、ああ…じゃあな」
「お前は誰の味方なんだ」という疑問がジャンヌの口からついこぼれそうになるが、とりあえず今は口を結んで心の中に留めておくことにした。
味方か敵かは曖昧なままだ。
だがガーネットは、”邪魔しない”ことを選んだのだ。
十八章 仲間だからね
「怖かったですわ…」
「ご、ごめんよ…」
「あまりにも真っ暗で、知らぬ間に死んだのかと思いましたわ…」
「すみませんでした…」
ボソボソと、先ほどまで身を潜めていたあの空間の感想を述べるルビーにボクは謝罪の言葉を連ねることしかできない。
「でも、作戦は成功してよかったですわ。」
「けど、ジャンヌひとりで大丈夫だったのかな…」
「ジャンヌはあれでも一応コランダム所有者で、強いのでしょう?
シナ様の場合はわかりませんが、私じゃ居てもきっと足を引っ張ってしまいますもの。」
そうだよなあ。ボクみたいな魔導士もどきがいてもきっと何もできない。
思わずため息をつくと、ルビーは慌てたように「それに、シナ様が居なければ私今頃こんな元気ありませんわ!」と付け足した。
まあ確かに、ルビーと空間の穴に入ったのがジャンヌだったらルビーと共に震えていそうだ…
適材適所ってやつか。
「そういえば、あのガーネットって人は何者なんですの?」
「ボク達もよくわかんないんだよね…ルビーを捕まえようとしてたからコーサラの人なのは確実だろうけど、話してる事もどこまで本当なのかもわかんないし。」
彼女が嘘をついている確証もないが、どこか胡散臭いような気がしてならない。
けれど、そのガーネットはボク達の作戦にまんまと引っかかってくれたみたいで、ジャンヌと共に森の奥へと行って…
「やっふー!!ウワサのガーネットちやんよぉ!!」
「うわぁ!?出た!」
いきなり響いた声にボクもルビーも腰を抜かしてしまう。
瞬時に逃げなくてはとおもったが、同時に「何故戻ってきたのか」を考えてしまって目の前が真っ白になった。
ジャンヌは…?もしかして…
「うそ…」と情けない声が口から漏れて、その場に崩れ落ちそうになる。
「ちょっとーその反応はなくなぁい?…まあ、しょうがないか」
「ジャンヌは?!ジャンヌはどうしたの!!」
「もー!どうもしてないわよぉ!!見た目は無傷だけどこっちのがジャンヌくんより痛手負ってんだからね!」
ぷんすかと不満を口にしながら、ガーネットは両手に持っていた2つの武器をこちらに見せつけてきた。
「…は?どういうこと…?」
「ちょっともー!きーてよー!ジャンヌくんたら酷いのよぉ!ほら見てココ!」
こちらの疑問を盛大にスルーして、ガーネットはずいずいと武器を近づけてくる。
刃物を突きつけられ、恐怖心しか沸かなかったが、ボクは普通の刃物にはあるべきでない物を見つけた。
「…これ、ヒビ…入ってる?」
「そーなのよ!!超ショックよ!!このあたしが丹精込めて毎日お手入れしてる長年お気に入りの剣なのに〜!ジャンヌくん許すまじよ!!」
「わっちょっと、あぶなっ…」
人に刃物向けたまま地団駄踏まないでよ…!
ていうかその口ぶりから想像するに、ヒビを入れたのってもしやジャンヌ…?
「彼、いかにも人畜無害そうな顔して、意外と外道な手を使うのねぇ。最初っからあたしじゃなくて武器を狙ってたみたい。
それも、1点だけを。」
いつもより重たい雰囲気を纏う彼女の言葉に、息を呑む。
実際見た訳でもないが、少し想像すればそれがどんなに凄い事かわかる。
ガーネットの素早い動きについていきつつ、1点を目指し、武器が破損するまで正確に打つ。彼女がそれに気づいたのが破壊直前だったということは、悟られないように考えながら動いていたのだろう。
「かなり長いこと剣術をやってきたけど、あんな騎士道を無視した戦い方する人ははじめてよぉ。やっぱ、勝てるわけないかぁ」
なんだか空想の話に思えてしまう。普段のジャンヌの様子をみるとなおさら現実味がない。
「…それが、コランダムの力って事ですのね」
ボクの後ろで縮こまっていたルビーが小さく呟いた。
そうか、コランダムは石の”恩恵”。つまり”与えられたもの”なんだ。
ただその道に優れている人を所有者としているだけかと思ったが、努力や時間では埋められない差がそこにはあるのだろう。
「ま、そういうこと。」
ガーネットは不服そうに肩を落とした。
「いくら不老不死でも元が凡人だからどーにもなんないわぁ」
さらりと爆弾発言をしなががら。
「えっ!?ふ、不老不死?」
「あらー?聞いてない?ジャンヌくんは気づいてたみたいよぉ。
なーんとガーネットちゃんは500年くらい長生きしちゃってまーす!」
ご、500…?!
ボクより上だとは思っていたが、そんなに離れていないと思っていた。
それに不老不死っていうと、もっとこう…
「もうちょっと落ち着いててもいいんじゃない…」
「うん!それよく皆に言われる!」
いい笑顔だ。
「あたしもコランダム所有者の1人ってことよ。すごくなぁい?意図せず3人も揃うとか!まあ、今はジャンヌくんいないけどぉ」
「…!そうだよ。ジャンヌはどうしたのさ!勝ったんならなんでここに居ないの!」
ガーネットの話が本当なら、痛手を負ったと主張する彼女の状態からして、ジャンヌが重体だとは考えにくい。
どこかで足止めを喰らっているとか…?
「さーねぇ?あたしはなんもしてないわよぉ。気になるなら行ってみたらぁ?」
ガーネットは「ここの道まっすぐよぉ」と何でもないように人差し指で方向を示した。
…ちょっと待って。ボクらを捕まえに来たんじゃなかったの?
「シナちゃん達の事は見逃しとくわぁ。上にも言わないし、安心してちょーだい」
「えっど、どうして…」
「じゃ、逆に聞くけど、どーしてシナちゃん達はルビーちゃんを守ってるの?」
そりゃあ…前はボクらが助けて貰ったし、それに。
「…仲間だから、かな?」
そう聞かれると返答に困る。けれど、この言葉くらいでしか表せない。
「シナちゃんは素直ねぇ。普通1日や2日しか過ごしてない仲間なんて大体口だけじゃなあい?」
「ボクには普通の感覚がよくわかんないよ…」
そもそも、名前を互いに知っている人物なんて両手で数えられるほどだ。
人との関わりなんて殆どないのが当たり前だったから…
「ふーん、仲間ってもっと薄い関係性だと思ってたけど、シナちゃんは違うのね。」
ガーネットは顎に手を当てて考えるような仕草をしたが、直ぐに何かを閃いたようにこちらへ向きなおった。
「じゃあ、あたしがあなた達を逃すのも、同じ理由にしといてくれるかしらぁ?」
「へ?」
ガーネットも仲間にしろってことだろうか。なんなんだろういきなり…
「そうと決まれば早速行動よぉ!
ってことで、一旦戻るわねぇ!バイバーイ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!結局ガーネットは一体どっちの味方なの?」
一方的に話を完結させ、駆け出そうとしたガーネットは、一旦立ち止まりボクの疑問ににっこりと答えた。
「あたしはいつだって愛の味方。だからシナちゃん達の仲間よぉ」
さっきの会話で愛だなんて言っただろうか…
再び疑問を投げかけようとした時には、彼女は姿を消していた。
十九章 やめます!!
ザザッ
『やあ、レイド。元気かい?』
ザーザーという不快な音を立てながらも、目の前の歪な形の魔法器具はその役目を全うしている。
これは本国から持ってきたもので、音声でやりとりができる通信具だ。
遠ければ遠い程音質は悪くなり、使用する魔力を消耗する。
以前からある物だが、消耗される魔力はけして少ないものではないので一般で使われることはない。
そんなものを使いこなしているのは勿論俺ではなく、この通話相手の方だ。
『…今日調印式の予定だったと思うんだけど、どうだった?』
「はい、無事トルシェとの同盟も滞りなく結べました。
第一王女ツェレン様とグラファイト副隊長の交換も問題ありません。」
「ご苦労様」
相手が1番欲しいであろう情報だけをはっきりと告げる。
此方が話を長くすればするほど負担がかかる。
だが、彼は自ら話をつなげた。
『交渉大変だったでしょ、たった一人の後継者をひきぬくんだから』
「…いえ、それがたった1日の猶予で交渉に頷いたのです」
『1日で?…ふーん、トルシェもライズ信仰に狂うような馬鹿じゃ無いってことか』
小声でぼそりと発した言葉に、聞き覚えのある単語を見つけた。
ライズ信仰…たしかトルシェを訪れるにあたって勉強した覚えがある。
ライズ信仰とは、その昔トルシェの危機を救った救世主ライズの言葉を教えとする宗教だ。トルシェの国教でもあるらしい。
「ライズ信仰が何故そこで?」
『前に聞いた話だと、今のトルシェの王女って『ライズの生まれ変わり』って呼ばれてるらしいから…よけいに国民も女王も手放すのは嫌がるかと思ってさ』
「生まれ変わり…?何故そう呼ばれるのですか」
『さあ?詳しいことは知らないよ、情報がデマだったのかもね…
まあ何事もないならいっか』
相手はそう締めくくると、一呼吸置いて「それよりさあ」と別の話を切り出した。
『”あの子”は、居た?』
「…誠に残念ながら…今だ、同じような髪色の人物すら見受けられません。」
『そっか、しょうがないねー』
なんでもないように淡々と話すが、騙されてはいけない。
この人はそんな表情のない声色を出している時ほど様々な感情が心の内で渦巻いているのだ。
残念ながらその心を占めているのが苛立ちなのか悲しみなのか、それとも焦りなのかは俺にはわからない。
『僕もそんな早く見つかるとは思っていないけどさ…グラファイトも居なくなっちゃったし、うかうかしてらんないよね』
「このまま捜索を続けましょうか」
『うん、よろしく。けどレイドはフェイリーの王と面会あるから一旦帰ってきて。
マジアとトルシェの捜索はグラファイトに命じてるから、東の方にガーネットを』
「はい。了解しました」
『…ごめんね、忙しくさせて。』
相手がポツリと申し訳なさそうに呟く。
ご自分も焦り、忙しくしているだろうに、部下を労ってくださるなんて、なんて素晴らしく出来た方だろうか。
だから、俺はこの人の元でこの人の力となろうと思えたのだ。
「…いいえ、全て貴方の為です。このくらいなんでもありません。」
相手はそこで、ハハッと軽い笑い声をあげた。
『…国の為じゃないの?』
「貴方が私共の祖国の為に尽力なさっているのなら、民である私共は貴方の為に尽くすまでです。
…我らが国王よ。」
通話の相手ーー王は「ありがとね」と苦笑混じりに言うと、通話を静かに切った。
俺自身もうかうかしていられない。今すぐにでも手筈を整え、国へ戻らなければ。
俺は即座に立ち上がり、テントの外に出た。
「おい!ガーネットはいるか!」
思いっきり声を張り上げたが、外に出ていた兵士たちがきょろきょろと辺りを見渡すだけで、目的の人物が出てくる気配がない。
「くそっ!また散策にでも行っているのか?フリーダムもほどほどにして欲しい。」
しょうがなく、そこらの兵士に捜索を頼もうと思った時、副隊長の男が出てきた。
「ノライノーツ外交長官様、隊長から書物を預かっております。」
…これは珍しい。あのものぐさが置き手紙を残すなど、そんなものを用意するくらいならじっとしていて欲しかった。
「御苦労」と副将軍からそれを預かり、その場で開く。
「…は?」
その内容に間抜けな声を出さずにはいられなかった。
__________________
顔が怖いと女子に評判のレイドくんへ
やめます!!
永遠の美少女
ガーネットちゃんより
__________________
「…おい、副隊長。」
「はっ!」
「お前も大変だったな…」
「えっ…は、はい…」
自由人どころかとんだ自己中心女に殺意こそ芽生えるが、いちいちイラついているのも馬鹿馬鹿しく思えた。
*
『んー…ほっとこうか』
テントに戻って再度王に連絡を取る。
もちろん内容は、あいつの辞表もどきの事。
「いいのですか?ガーネットは一応隊長ですし、穴は大きいのでは…」
『そうだけど…あいつが自分から行動したんなら、何か他に惹かれるものがあったんでしょ。強引に連れ帰った所で、もう僕の言う通りに動くことはないだろうね。
罰を与えても意味ないだろうし。』
興味のある者にだけ従うということか…
「…あいつには、忠誠心や愛国心の欠片もないんですかね。」
『ないだろうねえ。』
そんな訳で、東へは後日他の者が向かうそうだ。
ガーネットの穴を埋める今後の対応を話す王は何度も長い溜息を挟んでいた。
厄介な奴が辞めたと思うと清々するが、仕事は増え、王の心労も増えるとは。
つくづく恐ろしい奴だ。
二十章 進もう
ジャンヌが遅い。
ガーネットが去ってからボクとルビーはジャンヌが向かった先へと歩きはじめ、だいぶ経ったはずなのだが、彼が来る気配がない。
「ジャンヌのやつ、どこかで寝てるんじゃありませんの?」
「えぇ…この状況で?」
「道に迷ってさえいなければコレしかありませんわ。シナ様の話によれば、道案内は得意だと豪語してやがったのでしょう?」
そりゃ、この一本道で迷う事はそうそうないだろうけど。
寝てるっていうのも無理あるんじゃ…
「じゃあ、ジャンヌが道のド真ん中で寝てたら今度デートしてくださいな、シナ様ぁ!」
まだボクを王子様扱いしてくれてるのか……。
どうやら、顔が好みなら男も女も関係ないらしい。それでいいのか王女様。
「あら?シナ様、あれ……」
何かに気づいたルビーが前方を指差した。
ボクも促されるままに彼女の小さくぷにぷにした指の先を追う。
「うーん、マジか……」
「正直ここまで期待に答えられると怖いですわ……」
そこには、一本道のど真ん中で気持ちよさそうに眠りこけているジャンヌがいた。
*
「いやあ、疲れちゃって…」
むにゃむにゃと意味不明な寝言を言っていたジャンヌを無理矢理起こすと、まるで熊に追いかけられた後ベッドにダイブするうちのお父さんみたいな事をいいだした。
疲れたって一体どんな死闘を…
ガーネットはピンピンしてたけどなあ。
「そういえばあのガーネットって方がジャンヌについて何か言ってましたわね。それと関係ありますの?」
ああ、そうだ。言ってたね。だいぶご立腹だったみたいだ。
「えっ?わ、悪口か……?でも、あの間で失態犯した覚えないぞ?な、何か間違って伝わってるなら弁解しなきゃ……」
急に青ざめてあたふたしだすジャンヌに、ルビーはにこりと微笑んだ。
「ご心配には及びませんわ。確かにジャンヌは失態の塊ですが、今回はあの方の武器にヒビを入れて戦闘不能にさせたのでしょう?褒めて使わしますわ!あと、貴方の無様な昼寝姿のお陰でシナ様とデートできますわ!ありがとう。」
なんだか褒めてるのか貶してるのかわからない言葉選びだ。
ていうかデートの件すっかり忘れてたよ。
「あー、アレか!」
ジャンヌはほっとしたように肩をなでおろすと、急に「お前らにも俺の手の内を明かす時が来たようだな……!」とか言って胸を張って見下しはじめた。
「そういえばガーネットが言っていましたわね、1ヶ所だけを執拗に狙ってきたみたいなこと。そのことですの?」
その瞬間彼の動きが凍ったのを見るに、どうやらそのことらしい。
「なんだよ……見破られてたのかよ……しかもネタバレまでするなんて……」
「まあまあ……」
うつむき震えるジャンヌの肩に手を乗せ、宥めるような格好をすると、彼はすっと前を向いた。そんなに落ち込んでいた訳ではなさそうだ。
「まっ、手の内のひとつを明かしたところで俺の剣は防げないけどな!俺の凄さを見せつけてやったって感じ?」
「まあ、生意気ですこと」
「ルビーには言われたくねぇよ!」
「私が生意気だとでもいうんですの!?……今回は、助けられた身ですので、強くは言いませんが」
ルビーはちょくちょく辛辣な言葉を挟みながらも、彼女なりに感謝を伝えているようだった。
あ、しまった、と思った。
タイミングを逃してしまったのだ。
ルビーだって罵倒交じりとはいえ、ちゃんと言っていたじゃないか。
ボクだってずっと言おうとしていたのだけど、意識するとなんだか切り出しにくくなってしまう。
「あ、あのさ!!」
結果、こんな突拍子もないことになってしまった。まるで空気が読めていない。
ジャンヌとルビーが会話をストップして不思議そうにみつめてくる。
余計に言葉に詰まってしまうボクにはやはり社交性なんてなかったみたいだ。
「えっと…ありがとう、ジャンヌ。」
これしか咄嗟にでてこなかった。
「危険な事を丸投げしてごめん」とか「キミには助けられてばかりだね」とか色々と後に続ける言葉を考えていたのに、やはりなぜか口にでない。
言ったきり黙り込んでしまって、しんと静まる空気の中、ジャンヌが口を開いた。
「いーよ、みんな無事でなによりじゃん。」
彼はにかっと歯を見せて笑うと、すぐに「そんなことより腹減ったな」と話題を変えてしまった。
違うんだよ。お礼を言うだけなら誰だってできる。
けれどボクはこれからも、ジャンヌ達と旅を続けるんだ。今まで実感がわかなかったけど、さっきガーネットという敵が目に見えて危険と隣り合わせなんだってことがようやくわかった。
普通と同じじゃ、きっとダメなんだ。
「ボクも……!」
また空気も何も関係なしに切り込んでしまったけれど、はずかしいけれど、ここでちゃんと宣言しないとまた甘えてしまうかもしれないから。
「ボクも強くなるよ!!ジャンヌが背中を預けて戦えるようになるくらい……いや、それよりもっと……!」
いきなりの大声に二人はまた動きをとめたが、今度はルビーが口を開く。
「私も負けていられませんわね。私だって立派にトルシェを守れるようになろうってさっき決めたんですのよ!シナ様を見習ってここに宣言致しますわ!」
ルビーはボクと同じかそれ以上の大声で宣誓した。
ジャンヌはその間もきょとんとしていたが、我に帰ると「頼もしいな」と苦笑する。
「けど今のでコーサラの誰かに聞かれてないといいけどな」
あっ、そうだった……
ジャンヌの微妙な表情の理由を察し、ガーネット以外のコーサラ軍には追われていたという事実をようやく思い出した。
「は、はやく行こっか!!ボクもお腹すいたし!」
くるりと道の先に体を向ける。
2人に顔が見られないようにしたのは照れ隠しのつもりだったのだが、クスクスと笑われてしまったので意味が無かったのだろう。
「そう言えば、この森を抜けた先に小さいお店がありますの。」
「おっ!じゃあそこで腹ごしらえだな!はやくこの森抜けちゃおうぜ。」
「じゃ、じゃあ競走だね!!よーいドン!!」
羞恥で赤くなった顔を隠すように走り出す。
森を抜けるまで体力が持つ自信はもちろんないけれど。
「ちょっ……シナお前いつまで恥ずかしがってんだよ!」
「シナ様ったら可愛らしい所もありますのね。」
2人が微笑ましげな表情をしているのがありありと目に浮かぶようで、ボクはこのいつまで続くか分からない一本道を走り続けるしかなかった。
LAPIS -episode party-
LAPIS-episode party-を読んでくださりありがとうございました!!
完結までどんだけかかってんだ!!
学生で去年は受験生という身でありましたので不定期かつ亀の如くスピードの遅い更新でしたが、とりあえずキリがついてホッとしております。
月並みな言葉ですが、これも小説を読んで下さった方々のおかげです。
Twitterなどで感想や、シナさん達の絵や漫画を下さった方もいて、踊り狂うくらい喜ぶと同時に「はやく次を書かなきゃ!」という意欲ももりもり湧いてきました。感謝感謝大感謝祭です。
踊り明かしましょう。
話はかわり、ここからは次回作の紹介です。
話の終わり方といい殆どの伏線の残し方といい、大体の方は気づいていると思いますが
この小説は”LAPIS”という大きなくくりの中の第一期にあたる部分なのです。
前から構想していたというのも、このLAPISシリーズ全体のことであり、今回の-episode party-はシリーズの地盤と伏線をしっかりさせる意図があって書きました。
あと、シナさん達のパーティ結成を描かずにはこの先どうにもなりませんからね!
これからシナさん達は某海賊漫画のように様々な仲間を引き込んでいきます。みんな自慢の我が子ですから、もっと面白くなるはずです。(多分)
ですが、次回作の-episode cendrllon-の主人公はシナさんではなく、新キャラの『コハク』という女の子です。
シナさん達の旅はちょっと置いといて、舞台は一旦フェイリーランドという国になります。
地味に本編にも名前がでていましたが、コーサラのお隣で、シナさんが探してるヒスイさんが居るとリオさんも言ってました。
舞台も登場人物も変わって、雰囲気もがらっと変わるように書き進めていく所存です。
是非、LAPIS-episode cendrllon-も読んでくださると嬉しいです!