挑戦 ~中学生編~
1回「始まりの息吹 香河夏の悲劇」
僕は藤田鈴次。市立香南河崎中学、略して香河中の2年生だ。
昨年の夏、香河中は100チームほどがひしめく市予選を初めて突破し、県ベストエイトに輝いた。敗れた多奈川中は全国へ行ったから、もしかしたら香河も行けたかもしれない。
そして今年の夏、僕は六番サードでレギュラーを獲得。チームは昨年より高くへと練習に励んでいる。
今日は開会式。今年から市予選は廃止になり、県を東西南北4ブロックに分けて行うことになった。
「いきなりとは思わなかったな」と僕の後ろにたつ背番号12、田中が呟く。
そう、今年の県予選初戦の相手は多奈川中なのだ。
とにかく、これから僕の2度目の夏がはじまる…
それは後に、香河夏の悲劇と呼ばれるようになった。
進化した多奈川の打線がエース原田に襲いかかり、序盤に大量失点。
さらに多奈川の2年生エース、中野に香河打線は僕の内野安打のみの1安打完封を喫し、結果は24対0だった。
3年生は部を去った。僕はいまだに信じられなかった。3年生は去年のチームをしのぐともいわれる好チーム。なぜこうなったか、分からなかった。
2回「新世代はじまる 新人戦の快進撃」
夏休みが終わった。今日は秋の新人戦前最後の練習試合、強豪波留中だ。さっき、スタメンが発表された。
1番 センター 佐藤研一 右右
2番 セカンド 六原悟 右左
3番 ライト 鈴木海斗 左左
4番 レフト 野中翔 右右
5番 サード 藤田鈴次 右左
6番 ショート 竹井春信 右両
7番 ファースト 三田蓮 左左
8番 ピッチャー 桐沢信吾 左左
9番 キャッチャー 田中将太 右右
「鈴次、ちょっと走らないか」原田のあとをつぎエースになった桐沢が話しかけた。
「おう、緊張してんだもんな」
「初先発だからな。当然だ」
僕たちは香河のグラウンド外周を走り始めた。
しばらく走ると、その先には見慣れた人影。
「鈴次、あいつは」どうやら桐沢も気づいたようだ。
「中野だ」と呟く。多奈川のエース、中野だ。
「久しぶりだな、鈴次」中野が言う。僕らは同じ少年野球チームに所属していた。僕がサード、彼はショートだった。
「桐沢、先戻っててくれ」とぼくがいうと、桐沢は走っていった。
「なんでいるんだ」と僕は聞く。
「話したいなと思ってさ。お前がヒットにしたあの球、俺が一番自信のあったシンカーだった。」
「とはいってもボテボテのサードゴロだろ?」
「ヒットはヒットだ。俺は2度とお前には打たれない」そういうと中野は去っていった。
試合は波留のエース佐々木と香河のエース桐沢の好投で進んでいった。試合が動いたのは6回ウラ、香河の攻撃の時だった。
先頭の田中が四球で出塁。続く佐藤がバントでランナーを進めた。六原がヒットでワンナウト一三塁で海斗の打席に。
左打席に入り、構える海斗。僕はこの構えが好きだ。1球目は外角低めストライク。2球目はファール、3球目は内角高めのボール球。そして4球目、カーブ(7)を振り抜き、打球は右中間を抜く当たり。タイムリーツーベースで香河が2点を先制した。
その2点を守りきって香河が勝利した。これで夏の練習試合5試合全勝だ。1週間後には新人戦の予選リーグ戦がはじまる。チームはそれに向かって、一丸となっている気がした。
その日のミーティング、監督からこの秋の方針が話された。
「まずスタメンだが、基本はこのままいきたいと思う。バッティングはつながりを大事にしろ。次に投手は、基本的には桐沢が先発、時によっては他の者も投げさせる」
「具体的には?」背番号10、大田が尋ねた。
監督は「自分がよっぽど投げたいんだな」と言って皆を笑わせたあと、「考えているのは、大田、春信、鈴次だ」僕?
確かにこの間僕はブルペンに入ったが、ストレートしか投げられないし、球速も遅い。
帰り道、勝ったのに重圧が行きよりかかっていた。
香河はリーグ戦を4戦全勝で危なげなく突破した。4戦とも、大田と春信が3回ずつ投げ、桐沢がラストを抑えた。
最後の試合のあと、僕と桐沢は監督に呼ばれた。
「いいか。4試合、こんな戦い方をしたのは専らお前らのためだ。西ブロックを抜けるまであと3勝。まずは大滝中、次は香南須和か狩井、決勝は間違いなく多奈川。お前らで投げ抜くぞ」
準々決勝の大滝戦、先発は僕だった。
1番 センター 佐藤研一 右右
2番 セカンド 六原悟 右左
3番 ライト 鈴木海斗 左左
4番 レフト 野中翔 右右
5番 ピッチャー 藤田鈴次 右左
6番 ショート 竹井春信 右両
7番 サード 三田蓮 左左
8番 ファースト 桐沢信吾 左左
9番 キャッチャー 田中将太 右右
監督によると、僕の使命は5回を無失点で投げること。果たしてそんなことが出来るだろうか。
きれいに整備されたマウンド。それに向かって走る。スパイクが土を噛む音がリズミカルに聞こえた。
初回の守り、僕は先頭に四球を与えてしまう。続くバッターはヒット。三番はバントでいきなりワンナウト二三塁で4番というピンチを迎える。
田中がこっちへ来る。
「真面目になげろや、全然来てないぞ」
「わかってる」
「変化球は?」
「使ってみるか」と僕が言う。ここ一週間ほど、変化球の練習をしていた。自信はないが、やってみるしかない。
田中がいつの間にか18.44メートル先へ戻っていた。汗を拭ってからサインを見る。
サインは、カーブ。
一呼吸置き、セットポジションにはいる。素早く投げたその球は、自分の親指と人差し指から抜けていく。
それは緩く曲がっていった。コースも完璧。
ミットに入るはずだったその球は、4番のバットによって僕の視界から消えた。
「あれを打たれたのはバッターがすごいとしか言えない」田中がそばで呟く。
4番にホームランを打たれたあと、立て続けに2点を失い、スコアボードに5が点ったところで大滝の攻撃がようやく止まる。そのあと桐沢が抑え続け、なんとか6対5でサヨナラ勝ちを収めたのだった。
このままでは力になれないと思い始める。そこで僕は、監督のもとへ行き、ある頼みをしたのだった。
準決勝の狩井戦は桐沢が完投して、3対1で決勝に進んだ。決勝は、2日後に行われる。それまでに僕は、監督に伝授された球を完成させなければならない。
「どうだ、あれは」監督が、僕が練習中に寄ってきて言った。
「あともう少しです」と言うと、
「焦らずな 」とだけ言い残し去っていった。
ここで僕は「あれ」について説明しなければならない。
僕のカーブは完璧にとらえられてしまった。そこでなにか代用の変化球はないかと、監督に尋ねた。そこで提案されたのは、僕のカーブより速いカーブだった。
僕のストレートは110キロくらい、カーブは緩いので70キロもないだろう。そこで、ストレートと全く変わらない、110キロくらいのカーブを投げろというのだ。
しかしこれは難しい。というのも、カーブは捻って投げるためにどうしても遅くなる。そこで、僕はストレートのように手をたてて、抜くように投げることを考えた。
まだ完成はしてないが、夏の悔しさを思うとやり遂げられた。
そして、多奈川戦へと。
3回「夏のリベンジ! 多奈川と香河の死闘」
☆先攻 香河 スターティングメンバー
1番 センター 佐藤研一 右右
2番 ファースト 三田蓮 左左
3番 ライト 鈴木海斗 左左
4番 レフト 野中翔 右右
5番 サード 藤田鈴次 右左
6番 ショート 竹井春信 右両
7番 セカンド 六原悟 右左
8番 ピッチャー 桐沢信吾 左左
9番 キャッチャー 田中将太 右右
☆後攻 多奈川 スターティングメンバー
1番 セカンド 畠山次郎 右右
2番 キャッチャー 二村実 右右
3番 ピッチャー 中野薫 右右
4番 ショート 佐藤雄平 右左
5番 サード 亜細亜翔太 右左
6番 センター 李播但 左左
7番 ファースト 皆藤春 左両
8番 ライト 村田宏 左左
9番 レフト 鈴城亮介 右右
試合が始まった。僕はサードからの出場だ。
1回の表、多奈川エースの中野のピッチングに翻弄され、三者凡退。中野は130キロの速球にカーブ、シンカー、スライダー、チェンジアップを使い分ける。
だが、こちらのエースも負けてはいない。140にも到達しそうなストレートと、わずかに芯をずらすカットボールで三者凡退に切ってとった。
2回の表、ワンナウトランナーなしで僕と中野の対決第一ラウンドが始まる。
左打席に入る。秋の決勝とあって、そこの雰囲気はいつもとどこか違った。
中野が振りかぶる。初球は内角のストレートを空振り。2球目はスライダーを見送りボール。3球目は外低めの厳しいところにストレート。見逃してストライクになった。
4球目。僕はシンカーと読んだ。投げたタイミングに合わせ、外に狙いを定める。
バッチリだった。球はレフトの頭を大きく越える当たり。ツーベースだ。
ワンナウト2塁で香河唯一のスイッチヒッター、春信に打席が回る。僕は塁上でサインを見る。監督が帽子のつばを触ったあとに耳を触った。盗塁だ。
2塁だと僕の足では多少ギャンブルぎみにスタートを切らないと間に合わなくなる。
中野がセットポジションにはいり、動き出す前にスタートした。中野がホームに投げる。そのボールを捕ったキャッチャーが三塁に投げてくる。滑り込んだ。
「セーフ!」塁審が叫んだ。
これでワンナウト3塁のチャンス。プレッシャーのかかる中、春信の今大会.466という驚異的な打率にかける。
2球目は外に外れボール。3球目は内角のチェンジアップで空振り。4球目はスライダーをカットしファウル。5球目もファウル。6球目。スライダーに食らいついて三遊間に。ヒットになる辺りだと思い、ホームへとスタートを切ると、ショートが飛び付いて捕る。素早い起き上がりでホームへとボールを投げてくる。
と、思いきや、ショートはファーストへ投げた。なぜかと思えば僕の目の前にはホームベースがあった。ホームに投げてももに会わないと思ったのだろう。
「足早くなってる?」自分で思った。こんなに早くここにたどり着けるわけがない。
ともかく一点を先制した。
香河は1点のリードを守って5回まで試合を運んだ。しかし6回、先頭鈴城がレフト前で出塁。畠山、二村もヒットでノーアウト満塁の大ピンチを迎えた。ここで監督は投手交代をつげる。投手は僕だった。
この間とは違いスパイクの跡がついたマウンド。
挑戦 ~中学生編~