The end is not rewarded with unhappy
The end is not rewarded with unhappy
ギシギシと痛む肺と足を酷使しながら、真っ暗な廃ビルの中を駆け上る。
荒い息を吐きながら、ところどころから差し込む月明かりの向こう側を見る。
ボコリと、そこだけ切り取られたようなクレーター。その中心にいる「人だった者」が、今回の最終目的。
この任務が終われば、非日常も全部終わる。またいつもみたいな、くだらなくて大事な日常に帰れる。
そんな思いを抱えながら、屋上の、鍵の壊れた扉を力任せに押し開けた。
「ハァーイ! 意外と早かったねん?」
予想外な明るい声に、俯いていた顔を勢いよく上げる。荒い息を整えるのも忘れて、目の前の男を見る。
「あれ? 俺ちゃんがいるのそんなに意外だった?」
「なっんで……、おまえ、が……っ!」
「ぶはっ! 息切れ過ぎぃ!」
はい、シンコキュー! なんて、ふざけながら息を大きく吐いたり吸ったりするこいつは、俺の友人件、俺の所属する治安部隊のリーダーだ。
だが、こいつは一度も戦闘任務に出たことがない。正確には出たくても出れないらしいが、今はどうでもいい。問題は、こいつがなんでこんなところにいるのか。
「ふ、ざけんっな……!」
「あは、ふざけてはないよん?」
いつもの調子、いつものおかしな口調。何もかもいつも通りなこいつが、なんでフェンスの向こう側にいるのか。
「おまえ、なにするつもりだ……!」
「なにって、決まってるじゃん?」
息は整ってきたのに、心音が激しく鳴り響く。「なんで」という疑問とともに、嫌な予感がして、全身が落ち着かない。
そんな俺を落ち着かせるように、あいつは無邪気な顔で笑う。
「下にいる子と、ちょっと遊んでくるだけだよん」
ピッと、今回のターゲットがいる足元を指さして。あいつは本当に遊びに行くみたいな、軽い口調でウィンクをする。本当に、ふざけるのも大概にして欲しい。
「っざけんなよ!? アイツは街一つ飲み込んじまった奴だぞ!?」
「そこに単体で突っ込もうとしてるお馬鹿さんは、いったいどこの子かなー?」
あいつのわかりきった質問に俺が口篭ると、あいつはフェンスを叩きながら爆笑する。これじゃあいつもと立場が逆だ、と。
「ぶふ、ふ……っ! 俺がしょーちゃんの事注意するって、ふっ! そんな日が来るとはねぇ? あはは!」
「てんめぇ……!」
あいつはヒーヒー笑いながら、おざなりにこちらを見る。
あいつが緊張感がなさすぎて、なんだかこちらの緊張も解けてしまった。ここまで来るのに、どれだけ俺が覚悟を決めたと思ってるんだ。
そんな念を込め、睨みつけてやる。できればこのまま、ターゲットと「遊ぶ」事を忘れてくれないかと願いながら。
「さってとー、緊張も解れたところで、さっさと行きますかねー」
その一言で、俺の願いは聞き届けられなかった事がわかった。少しぐらい聞いてくれてもいいじゃないか。
「まっ……!」
狭いスペースでストレッチをするあいつに向かって、全速力で走る。今まで動かなかったのは、俺が少しでも動いたらあいつが飛び降りそうだったから。
でも、もうあいつの決心が止められないなら。それなら、無理矢理にでも止めるしかないじゃないか。
「んじゃ、行ってくるよ」
俺の手は案の定フェンスに阻まれて。とん、って静かに飛んだあいつは、足から落ちていく。
「橘あぁぁぁぁぁ!」
俺が叫んでも、あいつは俺の方を見向きもしない。ただただ、空中を滑るように落ちていって。
こんな時なのに、俺の意識はなんでか遠のいていって。
ヒュンヒュン鳴る、鋭く刺すような風を全身に受けながら、ゆっくりと腰に隠し持っていた水筒の中身を飲み干す。中身を簡単で簡潔にいうならば、「毒」。この一言で足りる。
俺の能力を発動するための第一条件。「体内に各致死量の毒がある事」。あとの条件は勝手にターゲットがやってくれるだろう。
「しっかし、まぁ……」
しょーちゃんには悪いことをした。まさか誰も来ないと思っていたら、たった一人で乗り込んでくるんだもの。なんとか動けないようにはしたけど、きっと俺がしようとしてる事に気が付いてたんだろうなぁ。
すとん、と足をつけた地面。これで第二条件「即死するほどの衝撃」クリア。あと一つ。
「ハーイ、ターゲットちゃん?」
「ナ、ンだ、きさま、は」
虚ろな目をこちらに向けるようすは、さながら廃人ってとこだろう。
「おーおー、目がイっちゃてるねぇ。コワーイ!」
肩を抱きながらウィンクをしてやると、ターゲットは不快そうに眉を寄せる。見た目は普通の人間なんだけどなー。白髪で赤い目、白い肌なんて、全身から色素が抜け落ちてる状態だけど。
「フゆ、カイ、だ……きえ、ロ」
「嫌だよん。ターゲットちゃん、あっそびっましょー」
わざと笑みを浮かべながら言ってやると、ターゲットはこちらに向かって巨大な、例えるなら竜みたいな手を召喚して振りかぶる。随分と高等な召喚術を使うもんだね。
「めザワ、リだ……」
俺が立っていた場所に向かって、勢いよく振り下ろされた手。それがほんの少し、頭部に触れた。瞬間、
第三条件「即死するほどの攻撃を受ける」をクリアし。能力が発動した。
バフリッ!
効果音にするならこんな感じで、攻撃を受けた体は黄緑と紫の煙になって散布する。ほんと、この感覚は嫌いなんだよね。全身がバラバラになったみたいで。
「ぐ、アああぁァァぁぁあアッ!?」
悲痛な叫び声をあげるターゲット。それもそのはず。なんせ手ぇ全体から、血を噴き出してるから。まぁそういう「病」を付着させたから、効いてもらわなきゃ困っちゃうよね。
「あは、噴水みたいじゃーん! 隠し芸かなにか?」
「ふ、ザケルなアアアアああぁぁァァァアあア!」
ゲラゲラ笑いながら聞いてやると、憤怒に顔を歪ませるターゲット。瞳孔が開いちゃってるあたり、理性がキレた模様。まるで獣だね。
「うわぁ! こっわいねぇ!」
「クっそォアあああアアアァ!」
ターゲットが俺に触れるたび、手の出血は増えていく。それに対し俺はダメージゼロ。あたり前だ。本来触れれるはずの身体は煙状になって、ふわりふわりと躱しつつ、「病」を降りかけているから。
「ターゲットちゃぁんのー、大事なきっかんは、どーこだぁ?」
ニヤニヤと笑いながら、即興の歌を歌ってみる。キレた相手にやると、効果抜群なんだよね。
案の定、咆哮を上げながらこちらに突進してくるターゲット。それを左に軽く躱して耳に平手を一撃。ついでに耳を使えなくする「病」も忍ばしておく。
「がッ……!?」
「はーい、どんどんいくよん」
次は目、次は鼻と、ターゲットの体に触れていく。失明する「病」、嗅覚が駄目になる「病」触れた部位によって、「病」を変えてプレゼント。
苦しそうにこちらに向かい、どんどん大振りになっていく攻撃。おかしいなぁ、もう身体が動かないように、だいぶ痺れさせたはずなんだけど。
すぅっとターゲットの後ろをとり、少しの違和感を持ちながら、最後の「病」仕込もうとしたとき。
「これで、ぁ? ……グッ!?」
脳内に携帯電話の目覚ましアラームのような、電子音が響く。
「あ、は……もー、じかんぎれ……?」
振れる視界と、小刻みに震える身体。喉が詰まったみたいに苦しくて、咳をしたら一緒に大量の血。嫌でも自覚させられる時間切れ。
「も、すこっ、し……!」
もう少しでアイツを、殺せたのに。
そんな未練を、掠れた声で呟くように叫んで。プツリと糸が切れた人形みたいに、受身も取れずに地面に叩きつけられた。
アイツは急に落ちた俺に、なぜか止めを刺さない。ぼやけた視界じゃあなにも見えないけど。まぁ、どうせ死ぬから考えても仕方のないことだよね。ああ、効果が薄かったのは、時間切れが近かったからか。
そうやってぐちゃぐちゃとした思考の渦中に、ふと思い出すしょーちゃんの存在。
屋上に置いてきちゃったけど、大丈夫かなぁ?最後見たとき、ちょっと泣きそうだったんだよなぁ。
そんな心配事が頭を過ぎって、真っ青になっているであろう唇を歪めて、ギリッ、って歯を軋ませる。
もう少し、時間があったら。
すでに、どこもかしこもピクリともしなくて。能力を使うためのもうひとつの条件が、寿命は、尽きていて。
しょーちゃんが危ないかも知れないのに、動かない身体が恨めしい。友達一人、守ることもできないなんて。
そんな後悔をしても、上から降ってくる黒い幕に、俺の視界は抗う術なく包まれた。これで、あっけなくおわって。
The end is not rewarded with unhappy
この作品を読んでいただきありがとうございました!