幸福屋は不幸を連れてくる

幸福と不幸の始まり

俺は誰からも愛されていない。
そう考えるようになったのは小学校高学年になった頃だった。

俺は物心ついた時には祖父母と一緒に暮らしていて、生みの親である筈の両親の顔は今までに写真ですら見たことがない。
最初は当たり前のように両親だと思っていた祖父母に対して最初に違和感を感じたのは幼稚園の運動会だった。
自分の友達の親はみんな若いのに、自分の親だけが老いていて、しわくちゃになった顔をにっこりとさせて俺を応援してくれる祖父母に違和感を感じた。
二度目は小学校に入学してすぐのこと。
小学校から帰った俺は祖母にお使いを頼まれて家を出たが、しばらくして買うものを書いた紙を忘れたことに気付いた俺が家へ戻ってみると、家の前には見慣れない車が止まっていた。
何か見てはいけない、聞いてはいけないものの予感はしていたが、好奇心には勝てずに俺は扉の陰から覗いたのだ。
客間にいたのは俺の祖父母と、俺の小学校の担任で、その様子からはすぐに家庭訪問だと分かった。
そして俺は、会話を聞いてしまったのだ。

「…と、いうことは朝陽(あさひ)くんは実のご両親とは会われてないんですね…」
「ええ…、朝陽には酷だと思ったんじゃが、母親があの状態だと朝陽が苦しむけえの。」
「朝陽くんは、現在の状況を知っているんですか?」
「いんや、知らねえ。言っても会えねえのは子供にとっちゃ辛いことだかんな。」

気付けば俺は家から逃げるように走っていた。
どこへ向かうかも、なぜ走っているのかもわからず、ただただ頭の中では祖父母と担任の会話の内容が何度も鮮明にリピートされる。

俺が実の両親と会ってない?
俺の両親はあの二人じゃない?
母親はあの人じゃない?
じゃあ誰が母親なんだ?
母親があの状態って何?
現在の状況って何?
言っても会えないって誰に?

幼い頭の中にたくさんの疑問が浮かんで、頭がはち切れそうなほどに痛くて苦しいあの感覚は今でも忘れられない。
祖母に頼まれたお使いなんてすっかり忘れて俺が帰宅したのは子供が帰るにしては遅すぎる時間だった。
いつまでたってもお使いから帰らない俺をよほど心配したのであろう。
祖母は目に涙を浮かべながら俺を抱きしめて、よかったよかった、と何度もつぶやいていた。

その翌日、学校から帰った俺は縁側に座る祖父の背後から聞いてしまったのだ。

「父ちゃん。」
「ん?何さ?」
「父ちゃんは、俺の本当の父ちゃんじゃないの?」

そう言った後振り返った祖父の顔はひどく悲しそうだった。
俺はその夜、祖父母に全てを聞かされた。

俺の母親はもともとあまり(体が良くなくて、俺を出産した後急に体調が悪くなってしまい、俺を育てられなくなってしまったこと。
そんな俺を祖父母が引き取り育てることになったが、俺が両親に会いたいのに会えないような環境になると可哀想だと思い、祖父母を本当の両親のように思わせて本当のことは黙っておこうとしたこと。
俺が幼稚園に入園する少し前に母親は体調が良くなって、俺をちゃんと育てられるようになったので、祖父母が母親に俺を返そうとしたこと。
しかし、母親は俺を育てるどころか俺の顔すらも見ることを拒否してこのまま祖父母のもとで育てるように言ってきたこと。
拒否された理由は何もわからず、さらには祖父母が俺にすべてを話した時に俺が両親に会いに来ないようにと、両親は引っ越しをして現在の住居や連絡先などが祖父母には一切わからなくなっていること。

全てを話し終える頃には祖母の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、俺にひたすらに謝り続けていた。
もちろん俺自身、俺を守ろうと俺を育てようと必死な祖父母には改めて感謝した。
だがそれと同時に芽生えた本当の両親への恨みは年々増していった。


続く

幸福屋は不幸を連れてくる

幸福屋は不幸を連れてくる

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-19

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