キミなら、きっと……
つまらない毎日、
仕方なく降りた駅で
不思議な老人と過ごした時間で
もう一度
俺は前に歩き出す。
こんなハズではなかった!疲れた日々の中で自分自身を見つめ直すキッカケをくれたもの。それは………
「はァ〜、疲れた…」
理不尽とも言える会社の命令で、こんな田舎町までクレイマーの苦情処理にきたものの
駅に着いたとたん足が動かなくなりホームのベンチにへたり込んでしまった。
13:30。
朝食もまともに取っていないのに、腹もへってこない。
「あーー、どこにも居場所はありません……か!」
妻とは些細な事の積み重ねでここ2年、家庭内別居の状態。
思春期真っ只中の一人娘“理恵”には鬱陶しがられて
ろくに口もきいてもらえない。
おまけに会社では出世コースから外されて、毎日クレーム処理を押し付けられる始末。
家にも、会社にも、外回りしても、、、、、安らぐ場所なんて
「俺には、ありませーんーーーー」
『お疲れですかな?』
「えっ!」
誰もいないと思っていたホームで独り言を吐いたつもりだったが
すぐ隣からいきなり声を掛けられてビックリした。
「あ、スミマセン。うるさかったですか…」
ベンチはここだけじゃないのに、何で隣に座ってんだ?!
『いやいや、申し訳ないのはこちらの方ですよ。季節のせいですかね。一人ベンチに座るのは寂しくて、ついお隣に座ってしまいました。』
「あぁ〜、そういえばもう秋ですよね」
俺、なに喋ってんだ?知らない人と…
『そうですね。楽しい季節でしたよね、子供の頃は…。運動会があったりして…』
そうか、運動会か…楽しかったな〜。
そうそう死んだ親父の大げさな応援、あれは恥ずかしかったなー。
でもハリキッテ作ってくれたお袋の弁当は美味かったな。
風で舞った砂でちょっとジャリジャリしたりして…
あの時はただ無邪気に笑っていれば家中が明るくなれていたんだよな。
“そうだよ、孝介。キミが笑えば皆が明るくなれたんだよ。
あの時の気持ちを忘れないでおくれ”
『お子さんの運動会には行かれましたかな?』
そうだ、仕事がうまく行かなくていつもカリカリしてばかりで…理恵の学校の行事には2年程行ってなかったな。
親父は……親父はいつも来てくれた。
暇だった訳じゃ無かったろうに、何かといっては俺の姿を見ていてくれた。
俺……理恵に悪い事してたな。
“いいんだよ、孝介。本当のお前は優しい子だって、私は知っているからね。”
『奥さんは、笑顔の素敵な人なんでしょうね。』
「えぇ、まぁ。料理はそこそこなんですが、笑い上戸の明るさが取り柄ですかね。」
そうだ、最近妻も私も腹の底から笑ったことがない。出会った時の、あの笑顔は…
すべての辛さを吹き飛ばしてくれたっけ。
そんな笑顔を見る努力もしなくなっていたな。
“いいや、まだキミは奥さんを愛しているよ。私の孝介は人を裏切れるような冷たい人じゃないんだ。まだ十分にやり直せるよ。”
『お仕事も大変みたいですね。でも、貴方のように一つ一つを大切にこなしていけば
どんな部署にいても充実したお仕事が出来るんでしょうな。』
「いや、そんなたいした所で働いている訳では………」
そうか…別に出世がしたかった訳じゃなかったんだ、俺は!
一人でも多くの人の笑顔を見たくて今の会社に入ったんだ。
会社の製品で楽しむ人達でいっぱいにしたかったんだ。
いつの間にか…忘れていたな。
つまらない仕事じゃなかったハズだ。
“思いだしてくれたか…孝介。お前はいつも私たちの太陽だった。出会うすべての人に笑顔を振り向ける、そんな子だったんだよ。”
『それじゃ、私はこの辺で…』
“まだ間に合う。まだやり直せる。キミにはその力があるんだよ。
なんと言っても、キミは私の自慢なのだから…
頑張りなさいよ、孝介…”
「うわぁーーーさっむーー」
ん、、あれ?、、あの人、隣に座っていた人?どこ行っちゃたんだ。
いっけね〜、すごい遅刻じゃね。
んーと、
13 : 3 2…???!!
え、2分?
嘘だろ…あれが2分の出来事って…
あ、夢か!
そうだよな。確かにホームには誰も居なかったもんな。
…疲れているのかな。
さてと、クレーム処理…頑張りますか‼︎
どんな事があっても、お客さんの笑顔は取り戻して見せないと。
もし、お客さんを笑顔に戻すことが出来たら……
今日こそは妻に謝ろう。
「キミには笑顔でいてほしい」って正直に言ってみよう。
俺にはやっぱり彼女が必要みたいだし…
あ、
確かこの街にネットで評判のケーキ屋があったな。
たまには娘にゴマでもすっておくかな。
嫌われたって、俺はあいつの父親なんだから…
よ〜〜〜し《寺井孝介》、まだまだ俺は頑張れるゾ‼︎‼︎
“そうだよ孝介。キミなら出来る。やり直せるよ。
キミなら…きっと………頑張れ”
キミなら、きっと……
誰しも初めは輝いていた。
子供の頃
仕事を始めた頃
結婚をした頃
思い出すことが出来た時
もう一度歩き出すことが出来る
そんな背中を押してもらえたら…と思います。