弱い僕と憎い君 1

きっかけ

僕は、消えてしまおうと思った。
特に悩みがあるわけではない。
苦しいとか、何もかもが嫌だとか、
そんな感情もない。
ただ、消えてしまいたかっただけだ。
6畳間の、小さな空間で、
僕は宙吊りになっていた。
だんだん意識が遠くなり、目の前が霞んできた。
ああ、このまま消えてなくなるんだ。
そう思い、目を閉じたその時。
首に食い込んでいた紐が緩まり、
身体に酸素が行き渡るのを感じた。
そして僕は床に崩れ落ち、咳き込んだ。
徐々に戻りつつある意識、霞が消えた目の前。
何が起こったのかさっぱりわからなかった。
紐の縛り方が甘かったのか?
いや、しかし一番強度のある縛り方を僕は事前に調べた。
何度も試したし、その度解けることはおろか、
緩むことさえなかったのだ。
それじゃあ他に原因があるはずだ。
しばらく放心状態のまま、僕が考え続けていると、
優しい、よく通る声が耳元で聞こえた。
「馬鹿げたことは、しないほうが吉だよ。」

質問と名前

驚いて振り向けば、
そこにはなんとも奇妙な服装をした、
茶髪の青年が座っていた。
僕が驚き、後ずさると、
「驚くのは分かるけど、
お礼ぐらい言ってくれてもいいんじゃない?」
と、青年は意地の悪そうな顔をして言った。
お礼?何故僕がお礼をしなければならないのだ。
未だに状況がつかめず、しばらく黙っていれば、
彼はにっこり笑って
「僕が、君を助けたんだよ。その紐を緩めてね。」
そう言った。
どうして彼が僕を助ける?どうやってその硬い結び目を解いた?
そもそも彼は誰なんだ?何故ここにいる?その奇妙な服は何だ?
言いたいことが多すぎて、何から言えばいいのか
分からなくなった。
とりあえず、僕は深呼吸をして、未だに痛みが残る首をさすり、
1つずつ、聞いてみた。すると、彼は始終にこにこしながら
僕の質問を聞き、そして全て聞き終わると、突然立ち上がった。
「そうだよなあ。まあ、聞きたいことは沢山あるよね。」
呟きながら伸びをして、目をこすり、またにっこりと笑った。
「まず、質問に答える前に、僕の名前を言っておくよ。
僕の名前は、ロクだ。もちろん本名じゃない。
なんとなく、僕が6が好きだからロク。それでいい。」
彼…ロクは、片方の口角だけ上げて、意地悪く笑った。
そして、僕が小さく、
「君の名前は、ロク。偽名。ロク。」
そう呟くと、
「そう!それでいいんだ。なんだ、喋れるじゃないか!」
クスクスと笑った。

増える疑問

「さあ、質問に答えよう。まず、何故僕が君を助けたか。
それは簡単な話さ。君を助けることが僕の仕事だから。」
仕事?仕事ってどういうことだ?
僕がそう聞こうとすると、彼の細い指が僕の喉に当てられた。
爪が食い込み、思わず声が出た。
先ほどまで笑っていた彼が真顔で立ち、
僕をじっと見下ろしていた。
嫌な汗が、僕の背中を流れた。
…黙っていろということか。
僕は目をつむり、両手を軽くあげ、
降参のポーズをとった。
彼は指を離し、再び話し始めた。
「さて、次だ。どうやって紐を解いたか。
頭を使えばすぐ出来る。どんなに強度のある
縛り方をしようとも、縛れるのなら、
解くことも出来る。僕は馬鹿じゃないからね。
えーと、次はなんだっけ?ああ、僕が何者かってことか。
さっきも言ったけど、僕はロク。
天使界に属する悪魔だ。従って、神からの指令を受け、
今ここにいる。何故ここにいるのかももう分かったよね?」
ロクは一気にまくし立てるとため息をついた。
まだ、あと1つ質問がのこっているというのに。
僕がそのことを言おうとすると、彼が両手を広げた。
「奇妙な服だと言うけどね、
これは天使界での正装なんだよ!悪く言うな!」
別に僕は悪く言ったつもりはないんだけどなあ。
まるで漫画に出てくる、天使というよりは悪魔のような
服を見て、僕は苦笑いをした。
「質問には全て答えたよ。まだ聞きたいことがあるなら、
答えるから。言いなよ。ね?」
ロクはその場に座ってあぐらをかき、楽しそうに笑った。
そして僕は、彼が話せば話すほど増えていく疑問を
頭の中で整理しようと必死になっていた。
彼は相変わらず笑っていた。
僕はうめき声をあげ、頭を抱えていた。

それから

僕はその後、いくつも質問をした。
ロクはその度にしっかりと答えてくれたし、
彼が話している途中に、僕が口を挟もうとすると、
また、指で僕を制した。
彼と僕はかなり長い間話していた気がするが、
その内容を要約すると、こんな感じだ。

ロクは、天使界に属する悪魔。
悪魔のような外見をしているが、それでも
彼自身は天使の仲間なのだと言い張る。
彼は神様から、「命を絶とうとしている者を救え」
という指令を受け、この世界(彼が言うには下界らしい)
にやってきた。そして一番負のオーラが強いという
この僕に目をつけ、神様の指令に従い、僕を助けた。
そんなこんなで今に至る。というわけだ。

僕はため息をついた。
助けられたというよりも、邪魔をされたという
感じがする。もう少しだったのに…。
ロクを横目で見ると、いつの間にか真っ黒な
翼を広げ、手入れをしている。
「…ロク、君は本当に天使なのかい?」
僕が聞くと
「ああ、そうだよ。天使以外の何者でもない。」
そう言ってすました顔をしている。
「ねえ、僕ってそんなに負のオーラ強い?」
「そりゃあもう!死んでやるっていう気持ちが
ひしひしと伝わってくるからね。」
そんなくだらない話をしていると、
手入れが済んだのか、立ち上がり、窓を開けた。
「急にどうかしたの?」僕は驚いて彼に声をかけた。
「どうかしたのって、もう帰るんだよ。」
自称天使の悪魔様がお帰りになるらしい。
「もう来ないんだよね?」
「いや、場合によってはまた君の目の前に
現れるかもしれない。乞うご期待だ!」
そんな言葉と、見慣れてしまった笑顔を残して
彼は飛び立っていった。僕は立ち上がり窓際へ行き、
空を見たがそこにはいつの間にか夕暮れで
橙色に染まった空と雲があるだけだった。

弱い僕と憎い君 1

弱い僕と憎い君 1

いつになるかわかりませんが、 続きます。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-18

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  1. きっかけ
  2. 質問と名前
  3. 増える疑問
  4. それから