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百三十四
長い靴下は履き直すことにして,ベッドから床を敷き詰めるクッションに降りた。花びらのひとつもない真面目な無地の青の,備え付けの机との間で出来たスペースに腰をぶつけたりしないように気を付けながら景色を止める大きな広い窓に向かう。備え付けの時計も,デスク上の腕時計も同じ時間を示していることは,ホテルの案内の一冊と近郊の観光名所をまとめた小冊子に,箱から貰ったお菓子の一枚と確認して,背の高いライトは,紐を二回引っ張ってまた明るく,重いカーテンは生地を掴むようにして開けっ放しにした。建物はビルに混じって並ぶ。見える範囲で,当然に円形のものを探したのだけれど五つも似たような形であったから,蓋を開けるようなつもりで屋根をつまみ,中の舞台の広さを指で叩いて,座席に備わる高低を登っていくイメージ。静まりかえる場内で,鼻歌を目立たせないことは難しいと思う。一番後ろの扉の前に立つまで,そこから回って恭しくご挨拶を返すまで。厚い生地にぱらぱらと砂糖がまぶされて,かじる度に小さくなったものが落ちるお菓子の残りを包んだ後で,ハンカチにある刺繍のイニシャルには,随分と難しい意味で終わる単語が多かったことを思い出した。黒板に向かった指差し確認,グレーの衣装を翻す存在。瑠璃色の瞳で,ゆっくりとその耳を傾けた。
切れないナイフ,解けたニット。それに私の名前を含めて。
長い靴下を履いてする屈伸運動に,踵が何度も擦れ合った。青い無地とのだんまりとしたお付き合いに,夜を迎える前のニュースがラジオで流れる。明け方の天気まで変わりがないことと,渋滞が少しあることで,バスが遅れているということが伝えられる。それに聞き慣れた通り道,今日から新しい図書館が出来て,入館者の声が数人だけど聞こえる。概ね好評であったと評価するに足りる人数は,と首を横を向けながら考える。
借りて来た本を答えたところで映った子とはそこで目があって,借りられた本の名前を復唱した。
『前庭でラビットがぴょんと跳ねてる。』
履いている長い靴下に名前はないから短い間隔で並べて,椅子を避けて,クリーム色の壁に一番似合っているものを見つけた。動物を模した図形の絵掛かっているところで,ランプの上部で明かりが届かない。赤や緑の単一色が眠るときの薄暗さでも映えることは分かるんだろう。真っ直ぐの線には,微細な起伏が描かれている。窓は鏡みたいに部屋や,人を写し,無地のクッションは柔らかく,ベッドに戻るみたいに跳ねる。
ノックが準備を尋ねたなら外の光を隠して,寝転ぶ姿に足を伸ばしてから,その名前にひとつずつ問いをかけた。
ラジオのつまみが上を向いている。
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