幽玄館殺人事件 登場人物まとめ・プロローグ
それなりに長くなる予定なので、分割しつつアップしていきます。駄文ですが読んでいただければ幸いです。
プロローグ
月明かりと穏やかな波の音だけが支配する砂浜。
そこに彼女は佇んでいた。
夜空に浮かぶ星々をただ見つめている彼女のその姿は儚げで、今にも夜の闇に呑まれてしまいそうな印象を受ける。
ふと、彼女は視線を下げ、目の前に広がる薄暗い海を見つめた。
月光に照らしだされた彼女の横顔には、深い悲しみと失望の色が浮かんでいて、冷めきったその瞳には、眼下に広がる海原の単調な動きだけが無機質に映し出されていた。
彼女は子供のころから夜の海が好きでは無かった。特に怖い体験をしたわけでは無かったが、夜の海を見つめているとそのままその闇に引きずり込まれ、誰にも知られない孤独の中に落ちていってしまいそうな何とも言えない感覚に襲われたからだ。しかし、今の彼女には不思議とそんな感覚が苦痛では無かった。むしろ、心地よいとも思える。
彼女は悩んでいた。
その小さな胸には納まりきらないほどに、積もり積もってしまった負の感情は、今にも彼女の喉を這い上がり、小さな口をこじ開けて外へあふれ出てきてしまいそうであったが、彼女は今日までそれらを必死に抑え込んできた。
(希望があったから……)
しかし、彼女の希望はついに叶わなかった。そればかりか、想像もしなかった汚らわしい裏切りに合い、彼女から生きる気力というものを完全に奪い去ってしまった。
(もうどうでもいい。どうでもいいけれども……)
生きる事を諦めた人間に残るものなどあるのだろうか。彼女は無いと思っていた。しかし、空っぽであるはずの彼女の心には確かにまだ残るものがあった。
たとえるのならば、それは青い炎。
一見すると冷めている様に見えるけれども、本当は見せかけの赤い炎なんかよりもずっと激しく燃えている。
そう、それは激しい感情。何も無い人間には決して宿ることのない激しい怒りだった。
彼女は再び夜空を見上げゆっくりとその瞳を閉じた。それからの数秒間、彼女は無限のような有限の思考を繰り返し、複雑で歪だった感情を、ある一つの方向に収束させた。
感情の見えない人形のようだった青白い顔に赤みが帯びていき、固く縫い合わせた様に閉じられていた口もとが僅かに開き、壊れたように吊り上がってゆく。
彼女を取り巻いていた先ほどまでの儚げな雰囲気は跡形もなく消え去り、まるで、周りの景色すべてが彼女の影であるかのようにその存在は絶対的な物となっていった。
彼女は決意したのだった。自分を追い詰めた運命やその原因を作った人々に対する明確な復讐を。そうして何も生み出さない自分勝手な復讐に身を焦がし、本当に何もかもを失って安らかな死の孤独に落ちていくことを。
彼女は瞼をゆっくりと見開き、夜空に浮かぶ月を見つめながら、これから自らが行うであろう惨劇の数々を思い浮かべた。
(きっと、私に安らかな死なんて訪れない……。間違いなく私は地獄行。でも、それでも……)
彼女は絹のように滑らかな髪をなびかせながら振り返ると、しっかりとした足取りで屋敷の方角へ歩いて行った。
彼女が振り返ることはもう無かった。
登場人物まとめです。
k大学ミステリ研究会
御巫由利絵(みかなぎ ゆりえ) 21歳 文学部文学科3年 k大学ミステリ研究会会長 探偵役
遊馬夕貴(あすま ゆうき) 21歳 経済学部経済学科3年 k大学ミステリ研究会書記 助手役
k大学映画研究会
水谷信二(みずたに しんじ) 21歳 教養学部映像造形科3年 k大学映画研究会会長・監督
西岡歩美(にしおか あゆみ) 21歳 経済学部経済学科3年 k大学映画研究会副会長・助監督
倉谷奈々枝(くらたに ななえ) 21歳 文学部文学科3年 k大学映画研究会書記・リポーター
森田和弘(もりた かずひろ) 20歳 経済学部経営学科2年 k大学映画研究会会員・カメラマン
高野千佳子(たかの ちかこ) 20歳 商学部商学科2年 k大学映画研究会会員・演出
中村一樹(なかむら かずき) 20歳 文学部文学科1年 k大学映画研究会会員・演出補佐
田中俊樹(たなか としき) 19歳 工学部情報システム学科1年 k大学映画研究会会員・編集補佐
中林幸一(なかばやし こういち) 23歳 医学部医学科4年 k大学映画研究会元会長・編集
幽玄館の住人(2000年・現在)
高島宗平(たかしま そうへい) 55歳 幽玄館管理人
高島由美(たかしま ゆみ) 55歳 高島宗平の妻
幽玄間の人々(1993年・過去)
竹岡紀一郎(たけおか きいちろう) 70歳 竹岡家初代当主
竹岡雄一(たけおか ゆういち) 43歳 竹岡家二代目
竹岡和江(たけおか かずえ) 33歳 竹岡雄一の妻
竹岡時雄(たけおか ときお) 13歳 竹岡雄一の長男
竹岡加奈子(たけおか かなこ) 14歳 竹岡雄一の長女
高島宗平(たかしま そうへい) 48歳 幽玄館使用人
高岡由美(たかしま ゆみ) 48歳 幽玄館使用人・高島宗平の妻
鈴木晴信(すずき はるのぶ) 30歳 竹岡雄一の秘書・竹岡和江の実弟
加藤幸彦(かとう さちひこ) 69歳 紀一郎の主治医
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