ノストラダムスの狼言綺語

ノストラダムスの狼言綺語

それは夏の日の幻のひとつに過ぎない。人の数ほどの都市伝説に過ぎない。
嘘、偽り、空想、妄想、幻想、後悔、鏡の中にさえある世界の中に微かにチラチラと視界の端に見える記憶。
その物語はおそらく妄言綺語で、そして果てしなく落花狼藉。
見え隠れしていた彼女のエゴは忘れ去ることが出来たとしても、しかし決して消えることの無い過去の話だ。
それでも、彼女はこれからもすべからく自らを「嘘つき」と呼称するんだろう・・・。
弄びながら「狼」と印象するんだろう・・・。
 
中学二年・巽ヶ丘 空人とのいつかの思い出の一部はジャルンの当てはまらない物語だった。

1)

都市伝説なんて物は、そもそも人の噂そのものだし、
人の数ほどある。
それに、人の数さえあれば、それだけ出回る噂も都市伝説も伝承も噂も多いし、そして誤りもある。
尾ひれがついて、それで大きくなって、まったく別物になってまるでゴキブリや誘蛾灯のように人の好奇心は集まって、
それでまた話しが巨大に、強大になっていく。
偉大な人が黒と言えば、それだけ信憑性が広がって、それは驚くほど巨大な力になる。
口は災いの元とはよく言ったものだ。 
人の噂はなんとやらというけれど、それもまぁやっぱり個人差だろう・・・。
人の噂なんて消えないし、気休めのようなものだろう。
そういうものは、宗教じみていて俺は諺というものはやっぱりどうしたって信用できるものではないし、
教えだったり、言い訳じみていて格好悪いと思っていた。
所詮は学校の国語だかの成績の材料にされてしまうものだ。それも都市伝説。
そう、思っていた。
でもまぁ、覚えていてためにならないものでもやっぱり無いわけで、こんな風に友達と放課後駄弁っていたり、
ちょいと頭のいい大人なんかと会話したりするときなんかには言葉のつなぎにはちょうどいい。
しかし、こんな風に頭いい奴みたいに上辺だけでそんな戯言を吐いてみたりしても、俺はそこまで四字熟語だとか諺だとかを知っているわけでもないし、それは別に国語に限ったことではなかった。
平々凡々、もしくはそれ以下な可能性さえある。
危険じゃない程度の、適当、適度な知識と知恵さえあれば人間はいくらでも生きていける。
それが、都市伝説だとしても都市伝説じゃないにしても・・・。
 
まぁ、そんな事を思うけれど、いやまぁ甚だしく果てしなく悲しいくらいに勉強に悩む学生の戯言だと我ながら涙が出る。
いや、俺が今本当に涙しているのは勉強の事でさえない。
夏休みの宿題が多すぎて、休みに入る前から絶望に打ちひしがれているというのでもない。もちろん、それもあるのだけれど、
今、現状、現在進行形、俺が頭を抱えて、自動販売機の前で、校舎から離れた校門の前に設置された自動販売機の前で財布の中身を凝視しているのは、
「・・・・・・金がない・・・。」
懐事情だった。
夏休みの予定として、いろいろあれやこれやそれやを頭の中で計算してはいたけれど、何故だ?どうして間違った??
財布の中には野口が三枚ほどと、申し訳程度の硬貨、おそらく何かを買ったときのお釣りという残骸。食べかす。
ためしに、野口と野口の間にさらに野口が挟まっていたり、願わくば諭吉が紛れていないかとか、涙ぐましい絵空事を浮かべてみるも、そんなことも無く果てしなく、嘘偽り無く野口3体だった。
野口・・・。野口3体で三千円の価値。
おかしい、俺の予定ではもっと居たはずだろ?野口?
もしかしたら、夏目だったりするかもしれないけれど・・・。
ところで、いつの間に夏目はリストラされて野口に摩り替わったのだろうか?いつの間にか「オメェノ席ネェデス♪」されたんだろう?
これでは、野口もいつ左遷されてもおかしくないんじゃないか?果たして野口の次に偉いのは誰なんだろうなぁ・・・。
『我輩は猫である』や『坊ちゃん』で有名な夏目漱石が作家だったから、今度は芥川龍之介さんあたりがきたりするのだろうか?
いや、時代はわからないものだからな・・・。
案外同じ畑である音楽業界がお札になるのかもしれない。
すると誰だろう・・・?ベートーベンは日本人ではないし、さすがにぶっ飛んでAKBだったりSKEだったりが来ることは無いとしても、和田あきこさん・・・むむ、なんだか安定してそうだけれどアッコさんはアッコさんで巨人にもなってしまったしな・・・。
ひょっとしたら、小林幸子さんが召喚されたりするんじゃないだろうか・・・?
まいったな・・・。世紀末じゃないか・・・。
ノストラダムスの予言した世紀の大魔王もびっくりじゃないか!みんなが懐にあんな召喚獣を握っていたらピッコロ大魔王だろうが、フリーザー様だろうが伝説のスーパーサイヤ人も怖くないな。全く・・・まったく・・・だからどうだなんだという事だ。
アッコさんだろうが、さっちゃんだろうが、どちらにしろ俺の財布の中身は変わらないわけで、
「うー・・・む、これは困ったな・・・。」
「そーらとっ!」
「う!?げほっ!!」
背後から担任のカラシちゃんが俺の首めがけてクロスチョップをかましてきた。
どっかのレスラーとかボクサーがやっていたら致命傷を負いそうな攻撃を愛嬌だけで普通はかますだろうか?というか、教師として生徒におふざけでクロスチョップなんてするだろうか?
悪意があるとしか思えない!
「どうよ?必殺のジャッジメントスティング!新技だぜぃ!」
「アンタは体育教師の方がむいてるんじゃないか!?それに、必殺って・・・つまりはただのクロスチョップだろうが!」
しかもなんだよそのネーミング?中学生より中二くさいぞ?
「初めては、空人って決めてたから・・・。」
「嬉しくないし、酷く迷惑だな・・・。」誤解されるような事を言うな。
「イメージとしてはマザーシリーズのペンシルロケットくらいの破壊力を込めて放っているんだ。どんなボスも一撃だ!」
「そんな安売りで首を持っていかれてたまるか!そんな安易な理由で生徒を襲うな!」
「ごめんごめん。でも空人はもう少し首に骨を付けたほうがいいよ?私だったからよかったものの他の先生にやられたら簡単に折られちゃうかもしれないよ?私としては必殺技がみんなに流行って感嘆の極みなのだけれど。あ、知ってた?感嘆って嘆くの字が入ってはいるけれど、嘆くんじゃなくて感心のあまり言葉をはっするとかそんな事だからね。あ、なんか今私先生っぽい」
「そんな生徒にクロスチョップなんかするのはアンタだけだと思うよ?それに、付けるなら骨じゃなくて肉だろ!」
お願いだからもっと先生らしい事をしようよ・・・。先生っぽいとか言うならさ。
「ところで、何してるの?」
「あ、うん。暑いしジュースでも買って帰ろうと思っていたんだけど、思ったよりというより予定より財布の中身が少なくってさ。」
「へぇ、いくらもってるの?」
そう言ってカラシちゃんは俺の財布の中を覗き込む。
「ちょ、人の財布の中見るなって!」
「別にジュースを買うくらいの予算はあるじゃん」
「まぁ、そうなんだけどさ。俺の頭の中の計算だともう何枚か野口が居たはずだったんだけど、それで夏休みの予定では、もう少し遊べる予定だったんだけどな・・・。」
「ふぅん。まぁ空人って算数あんまり得意じゃないもんね。あ、野口と野口の間にひょっとしたらまだ野口がサンドイッチされているかも?」
「それは、もう試したよ・・・。」算数じゃなくて数学って言えよ・・・。
あと、あんたに言われたくないよ・・・。
「はぁ・・・。記憶は嘘つきだな・・・。調子にのって買い食いし過ぎたかな。」
「あぁ、そういうのあるよね。私も毎日ハーゲンダッツとか買って帰っちゃうし」
「毎日・・・だとぅ!?」
一人暮らしのくせに食費とか生活費大丈夫なのかよ?
「ずいぶんとリッチな暮らしだな・・・。」
「まぁ、給食ある日はなるべくお昼に食べておいて、夜はダイエットがてらにアイスだけでもたせてるからね。」
「駱駝みてぇだな・・・」
どんな食生活してんだよ?
「駱駝って、偉いよねぇ。広大な砂漠を歩くために蓄えて行くんだから。ところで駱駝って何食べるんだろう?」
「人参か何かじゃない?」
「・・・人参味のハーゲンダッツとかあるかな・・・?私、人参嫌いだからね。マツゲは偉いなぁ」
「そうだなぁ、カラシちゃんもマツゲを見習って人参くらい食べられるようにならないとまたバカにされるよ?」
「まぁ、私はマツゲみたいな駱駝よりウサギが好きだから関係ないかな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それは名前からなのだろうか?
因幡芥子というフルネームでウサギ好きとは、まぁ似合うといえば似合う。
因幡も芥子もウサギを連想させるものがある。芥子はまぁ、なんとなくカチカチ山のイメージだけれど、それは多分、因幡という苗字に誘導されたんだろうけれど、
因幡の白兎とカチカチ山のウサギは違うウサギなんだけれどね。
カラシちゃん曰く、この名前は自業自得の名前らしいけれど、それはまぁまた別の話しだったりする。
しかしまぁ、どっちみち駱駝だろうが、ウサギだろうがどっちも好物が人参ってイメージだから、やっぱり見習うべきじゃないだろうか・・・?
オブラートに包むのも面倒くさいので俺は、話しそっちのけで財布から野口を一枚取り出して、自動販売機の口の中に流し込む。
「結局、買うんだね・・・。」
「まぁ、だって暑さには適わないしな。予定はまた見直すしかないよ。」
「ふぅん」
「どっかで妥協しておかないと、その瞬間を生きられないだろうし、やっぱり暑さ対策に水分補給は欠かせない。家に飲み物置いてきちゃったしな・・・。」
「教師としては、むしろ喜ばしいことなんだけれどね」
・・・・教師としては、ね。
俺は自販機の上の方のボタンを押して、ペットボトルのスポーツドリンクを購入する。
「ところで、空人は今日はどうする?部活。よってく?」
「んー・・・。まぁ、今日に限っては予定はないし、うん参加するよ。」
部活・・・。とは言うけれど、あれは部活というよりはただたむろするだけの集団なのだから、実際はその呼称は間違っている。
そのカラシちゃんがいう、『部活』には本来の部活をしている上で、気分で参加するメンバーもいたりする。
どんな部活かと聞かれると、「旧校舎の教室を間借りさせてもらって、みんなで楽しくお菓子を食べたりゲームをしたりする部活」としか、申し訳ないのだけれど説明できない。
『部活』と呼ばれているから、中には知らない人も居るかもしれないけれど公式な部活ではない。
教職員の中でさえ知らない人もいるかもしれない。
何故なら、何を隠そう、隠れてもいないし、隠そうともしていないのだけれど、その『部活』の顧問をしているのがカラシちゃんだったりするのだ。
そして、その『部活』を作ったのもまたカラシちゃんだったりするらしい。意図は不明。闇の中だ。
「了解。みんなに言っとくね~」
カラシちゃんはそう言って校舎の方へ駆けて行った。

 

2)

「今日はあと誰が来るんだ?」
通ったり使う机や椅子だけが整備の行き届いた旧校舎の教室は、舗装こそされてはいないけれど、それなりに綺麗な部類ではあった。
まぁ、本当に足の踏み場がある程度であって、備品だったりなんかだったりは基本的には各々の持ち込んだ私物だったりする。
カラシちゃんがどこからか拾ってきた変な形の棚があったりもする。
まぁ、それでも突然気分で大掃除をしたりすることもあったりしていて、他の教室にもいけないことも無いけれど、基本的には使わないため、どうだろう最近は見に行ってないけれど、果たして綺麗なのだろうか?
旧校舎と聞くと、いろいろな学園物のマンガやドラマなんかだったりするとオバケの巣窟だったりするんだろうけれど、
この学校の旧校舎はどうだろう?
なんだか果てしなくそういうのとは無縁のような気がするな。まぁ、見えていないだけで実は、そういう心霊現象も少なからず息づいていたりするかもしれないし、
そうでもないかもしれない。
都市伝説とか生徒間でのささやきではチラホラと七不思議みたいに語るやつもいるんだろうけれど、当たり前だけれど確たる証拠はない。
俺が『部室』に入ると、教室の中で机の下にギターのアンプを設置して机の上に腰掛けてクラスメイトの立花 奏が既にいた。
「どうだろうなぁ・・・。カラシちゃんは皆に言っとくって言ってたけど・・・」
「ふぅん。」
「・・・本命の部活はいいのか?こんなとこで練習するより音楽室で練習したほうがはかどるんじゃないか?」
「いいんだよ。俺にとってはどっちでも本命だし、どっちもついでだよ。どこで練習しても変わらないしな。遊ぶついでに練習するのも練習するついでに遊ぶのも同じだよ。
ライブだって遊びのようなもんだ。」
そう言って彼女はポケットから取り出したトランプをきりだした。
「ふぅん。」
「それに俺はソロだからな。楽なもんだよ。」
「俺はあんまり音楽のことはわからないけれど、なんか一匹狼みたいな感じで格好いいな」
「・・・狼か」
ふふん、悪くない。
「ポーカーでもするか?まだ俺とお前だけだし、そういうカードゲーくらいしかやれそうなのないだろう?」
「まぁ、そうだな。じゃぁ、ポーカーでいいよ。」
因みに、これは部活創立者の因幡芥子先生、つまりカラシちゃんの立てたルールで、部活内での賭け事は厳禁だ。
一見、中学生だからダメ!とかそういう先生らしい理由だと思われそうだが。これが実はフェイクだったりする。いや、そうだったらいいなぁとは思うけれど、
実際は、以前給食のデザートを賭けてUNOをしたときに、こてんぱんに叩きのめされたのがきっかけだったりする。
その時はまぁ、奏のだんとつの勝利で終わったわけだけれど、カラシちゃんに泣き落とされてデザートの代わりに賭け事を禁止する事になったのだ。
故に今回も勿論、賭けはなし。
「俺が勝ったら、コーラ一本パシリな。」
賭けじゃないけれど、そういう罰ゲームはアリらしい。
「俺はさっきジュース買ってきたばっかなんだけど、まぁいっか。」
 
ポーカーには様々な種類のルールが存在する。
スタンダードなスタッドポーカーだったり、役の強弱が逆転したロー・ポーカーだったり
しかし、ながら今回俺たちが始めたポーカーはディーラーもいないので、交互にカードを引いて5枚ずつにして、一回だけカードをチェンジするという形式をとった。
「・・・・・・・・・・」
・・・ブタかぁ・・・。
「どうした?俺はこのままでかまわない。チェンジするなら早くしろ」
「・・・じゃぁ、5枚チェンジだ。」
まぁ、かろうじてワンペアというところだな。ドローか、負けかな。でも、ワンペアくらいなら、少なくとも残りはチェンジしてそうだけど・・・。
少なくとも俺ならそうするんだけれど、でも相手は奏だしなぁ。
「いいんだな?」
「い、いいって?」
「もう一回チェンジしてもいいんだぜ?」
「は?チェンジは一回までだろ?いいよこれで。」
「ふぅん、じゃぁせーのドン」
「・・・・・・・・・」どこのバラエティ番組だよ。ちっともポーカーっぽくないよ。
というか・・・。
「ブタじゃねぇか!!」
奏の明かした手の内に並べられたカード達は、バラバラのブタ。フラッシュでもストレートでもなく、ワンペアでもツーペアでもなく。
ノーペア。ブタだった。
「お前さっき俺のこと狼って言ってたじゃないか?」
そういう事じゃねぇよ・・・!
「いや、だってお前今チェンジしてなかっただろ?笑顔で挑発してきたあれは何だったんだ!?」
「何言ってるんだ?ポーカーってやつはそういうもんだろう?常に相手の裏の裏を読め。というか、あんなので引っかかるとは思ってなかったけどな。」
「・・・・・・・・」
なんだか勝ったのに負けたような気分だ。
「どうした?狐につままれたような顔して・・・。」
「どちらかというと狼に狩られたような感じだな。」
別にうまいことを言ったつもりは無いけれど、ふふん。と笑われてしまった。狙っていないところでウケてもやっぱり嬉しくない。
「まぁ、実を言うと一度チェンジしたんだよ。」フルハウスだったと奏。
じゃぁ、結局俺の負けじゃん。
「なんで、わざわざチェンジしてんだよ。」
「いや、あっさり勝つよりそういう吠え面の方が拝みたくなっただけだ。狼だけにな。」
「狼はお前だ。」うまくないし。
「まぁ、いいじゃないか。基本的には嘘つきなんだよ俺は。」ははっ。なんて笑って見せた。嘘つきというか楽観的過ぎるような気もするな。
「もういいよ俺の負けで。ほら、小銭貸せ買ってきてやるから。」
「いや、いいよ。それくらいの満足感は得られたから。それに、コーラなら既に買ってきてあるからな。」
「・・・・・・・」なんて食えないやつなんだ・・・。
 
「ごめんごめん。仕事してて遅くなっちゃったよ~」
もうひと勝負しようかというタイミングでカラシちゃんが胸にたくさんお菓子を持って入ってきた。
「・・・あんたも大概の狼娘だな・・・。」
「ほえ?」
因みに、カラシちゃんの嘘はすぐにバレる。どうせまたこっそりお菓子を調達しに行ってて遅くなっていたのだろう。
そして仕事は後倒しになっているだろう。なんで教師になったのだろうと時折、不思議に思うよ。
あぁ、カラシちゃんの嘘というと『他の皆にも言っておく』というのも立派な嘘だったりする。
何故なら、他のメンツはほぼ自主的に参加するため別に彼女に聞かれることもない。その必要がない。
だって、俺だって『○○君は今日参加出来るってさ』とか聞いたことはないものだ。
「さっきまで何してたの?」
「ポーカー」
「へぇ」
甚だどうでもよさそうだ・・・。
「ロイヤルストレートフラッシュを出すと死ぬって都市伝説あるよね?」
「あぁ、なんか聞いたことあるな。それって単純に幸運を使い切るとかそういう事なんじゃないか?すごい低い確率だからな。まぁ、あれだ校門前の自販機で当たりが出る確率と同じものと考えてもらって大丈夫だと思うぞ?」
「え!?それってすごい確立じゃない!?」
「嘘をつくな!だいたいあの自販機抽選システムすらついてないだろうが!」
普段使っているくせに簡単に騙されるカラシちゃんもどうかと思うけど・・・。
「カラシちゃんは知らないだろうけれど、200年前はついていたんだ。学校に隕石が降ってきて、その時そこにあった当たりつき自動販売機が身を挺して学校を護ったんだ。あいつが当たりつき自動販売機じゃなかったらこの学校は今頃炭だったんだ。今ではあの校門の前にある自販機は神様として奉られているというわけさ。まさに、当たりつき自販機だな。当たり神と呼ばれている。」
「えぇ!?そんな事があったんだ!?覚えてないよそんな昔のこと!・・・そうか、あの自販機は神様のよりしろなんだね」
「なんで、そんな規模のでかい嘘を信じられるんだろう・・・。」
というか、200年も前の事だったらカラシちゃん生まれてないだろう・・・。
「え!?嘘なの!?狐につままれたよう。というか狼に狩られたような気分だ。」
「ふふん。狼か・・・」
なんて奏はまた不適に笑って見せた。
クールなのかコミカルなのか全く忙しい性格をしているものだ。二面相って感じだ。
「おつかれ~」
「お、今日は皆いますね!」
騒いでいると俺や、奏と同じクラスの柴崎 美子と1年の不知火 燐君が入ってきた。
もう一回ポーカーをやろうと思っていたけれど、これならもう少し規模の大きいローカルゲームでもよさそうだ。
奏もそれを見てカードをきる手を止めてポケットに戻した。
別にトランプで出来るタイプのゲームでもよかったのだろうけど、それは「ちょうどトランプあるし、ポーカーとかブラックジャックとかやろう」みたいな流れになるのを見越してのことだろう、
きっかけのない状態で遊びを始めるのだ。
ゲームこそ手を抜く彼女だが、ゲームを始める事には手を抜く気はないとかなんとか、そういう事らしい。
よくはわからないけど。
結局、今日はカラシちゃんが持ってきた人生ゲームとお菓子を囲みながらの部活になった。
後半になって金欠になり始め、逆上したカラシちゃんがルーレットを勢いをつけて回した所為で机に置いておいた奏のコーラが倒れ、みんなの人生に大洪水を発生させ
カラシちゃんに罰ゲームを背負い込ませてお開きになった。

3)

「いってきます」
 
汗だくになって帰宅し、少しでも宿題を片付けるとかそんな優等生じみた事をする事もなく、俺は部屋で涼んでいた。
涼みながら読書をしていた。
読書と言ってもまぁ、漫画なのだが・・・。
エアコン、扇風機、CDプレイヤーから流れてくるBGM、氷が入ってしっかり冷めたコーラ、調子にのって買った大袋のポテトチップス、極上の週刊誌に囲まれた空間。
これはもう南国でのバカンスのような気分だ。まぁ、実際にハワイとかグアムとかに行った事があるわけじゃないけれど、あくまでそんなイメージだ。
「まったく、幸せすぎて死んでしまうな」なんてブルジョワなセリフも漏れる。
「じゃぁ、ちょっとコンビニまで卵買って来てくれる?お金出すから。」
一体、いつの間に部屋に侵入してきたのか、ドアの前に我が家の母親がエプロン姿で腕を組みながら立っていた。
「えぇ~・・・」
「死にそうなんでしょ?暖めて生き返らせてあげるわ。それとも卵の変わりにアンタをレンジで温めてあげようかしら?」
なんてヴァイオレンスなんだ!
「蒸し殺されるわ!」というか、卵はレンジで温めたらダメだよ!
そんな会話の末、というか横暴の末、俺は母親に千円札を預かると早々に自室から追い出され締め出された。
というか、自分が涼みたかっただけじゃん!俺の部屋だぞ!
まぁ、いいか。ちょうど暇だったしお釣りはそのままお小遣いにしてもいいという報酬付きなのだから文句はあるけれど言うまい。言わずとしておこう。
さっさとミッションを攻略して、さっさと自室という楽園に帰ってこようじゃないか。
そんなこんなで、俺は家を出て近所のコンビニを目指した。
 
ハーフパンツに半袖のTシャツという完全な私服でクロックス。
それでも、まだまだ外は蒸し暑くて、これではせっかくサディスティックな母親から逃げられてもあまり意味は無いんじゃないかと思う。
夕方でもなく、かと言って夜でもない微妙な時刻、 逢う魔が時。黄昏時。時計の針が六時を回った頃合だった。
涼しい空調の行き届いたコンビニでのミッションを攻略し、外に出たあたりで高校生か大学生くらいの青年に話しかけられた。
「やぁ、こんばんわ。」「いい夜だね。」「見ない顔だね」どんな風に声をかけられたのかは忘れたけれど、彼は話しかけてきた。
「うん?何や?聞こえんかったかいな?君や君。君に話しかけとんや。うん?」
「え?あの、なんでしょう・・・?」
キョトンとしていると彼は中指を立てて俺の方に指を刺してきた。
「うん?そんなキョドらんくてもええやん。別に渇上げするわけでも、からあげでもあらへんで?クスっ!ええな!渇上げと唐揚げ!おもろいやないか!忘れんうちにメモっとこぉ」
「は、はぁ・・・」
流暢に関西弁を話す彼は胸ポケットに刺さったマジックで自分の左腕にサラサラと先ほどの駄洒落をメモりだした。
「うん?何や坊ちゃん?うん?」
「いえ、あの、何か御用があるのかと思って・・・」
「うん?あぁ、悪い悪い!これはボクの悪い癖なんや。目に付くやつには取り合えず話しかける悪い癖や。坊ちゃんRPGは好きかいな?ロールプレイングゲームやロールプレイングゲーム。町に入ったらまず全部の村人とおしゃべりするやろ?うん?」
「いえ、俺はあまりRPGはやらないので・・・」
「うぅん?まぁ、ええか。ところで坊ちゃん名前なんて言うん?」坊ちゃん言うのも、そろそろ飽きたわ。
そう言うので俺は、「巽ヶ丘、空人ですけど」と答えた。
「地名みたいな名前やな。」と言われた。
まぁ、事実そういう駅名もある。乗ったことは無いけれど・・・。
地名のような苗字は多い。
「あの、お兄さんはなんと言うんですか?」
「ボクか?ふふん。その『お兄さん』っちゅうのが真新しくて憧れさえ感じるな。それでええよ。『お兄さん』で、ただなぁその敬語はむず痒いなぁ。うん」
「それは・・・」でもどうだろう、仮にもどう見たって年上の人を呼び捨てにするのは抵抗がある。しかも初対面だし、まぁ、『お兄さん』と呼ぶのもなんだか他人行儀っぽくて何か違う感じがするな。
そんな風に考えを巡らせていると、自称:お兄さんの青年は俺の顔を覗き込み、先ほどと同じように「うん?どうした?」と聞いてきた。
「まるで、狐に摘まれたような顔やな」
そのセリフは今日既に2、3回程聞いた。
「いえ、さすがに初対面の人にタメ口というのも失礼かと思って・・・。敬わせてもらってもいいですか?」
「その日本語もなかなか変わっててオツなもんやけどな。まぁええわ。」
そう、譲歩してもらった。
「でも、どう見ても・・・っちゅうのは、ちょいと傷つくわぁ」
「あ、すみません。」
「ええて、ええて、そこも譲歩したろ。まぁ、何でも見た目だけで決め付けたらあかんで?うん?世の中には子供みたいな大人も大人みたいな子供もおるからな。身体は子供、頭脳は大人っちゅう名探偵やって闊歩しとる時代やからなぁ」
「あの子の場合は、自分で偽っているだけでしょう?」ばれなきゃOKみたいな。
「いやいや、ばれなきゃOKっちゅうのは結局は言い訳や。エゴや。つまりは、嘘八百や、恐らくあの坊ちゃんがサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の真実の口に腕を差し込んだら手を噛み千切られると思うで?・・・腕だけに」
「・・・・・・」気づいたようにハハハと自分の駄洒落に腹を抱え再び胸にマジックで腕にサラサラと書き殴る。
そのマジックは油性なのだろうか、水性なのだろうか?ちゃんと消えるんだろうか?
「でも、彼の場合は周りがそもそも嘘をついているなんて知らないから聞いたりしないんじゃないですか?だからまぁ、嘘というのとは違うような・・・?」
「ふぅん?聞かれなかったら答えんかった・・・。ちゅうのは何や、詐欺っぽいな。」
見えん。気づかん。
「それは、嘘八百、妄言綺語と何もかわらんで?うん?ホラ吹き男、狼少年。そいつ等の仲間となんも変わらんと思うで?・・・そんで最後はバッドエンドが王道やね」
そんな風に言った。
「・・・狼」
その言葉に無意識のうちにクラスメイトの立花 奏を脳裏に過ぎらせていた。
無意識のうちに、同じ『部活』メンバーのギターの少女の顔が脳裏を走った。駆けた。
まぁ、確かに嘘つきだけれど・・・。
 
 
「まぁ・・・。この世は皆大嘘つきやけどな」
なんて当たり前の事を言っていた。
「ふぅん?まぁ、そりゃそうだろう。知らない間に嘘付いてる奴だっているし、なんでもかんでも正直にペラペラしゃべってる奴も、それはそれで気持ち悪いと思うぞ?」
どんな乙女だよ・・・。
休日、駅前の駐輪場で路上ライブをしていた奏はそんな風に言った。
「気持ち悪い?」
「嘘のひとつもつけないなら、それはそれで病気だな。心配にさえなる。」
「お前、辛辣というかなんというか・・・」
「そんな正直者ってすぐ騙されそうだぜ?いい奴なんだろうけれど、それだけで付けいれられそうだ。」
「別にいい奴なのはいいだろう?」
「いや。多少腐っていないと味気ないと思うぞ?男でも『貴方、とってもいい人なんだけれどね・・・ゴメンね』って振られる奴とかな。」
「・・・リアルだな」
「バナナだって腐ってる方が美味いって言うだろう?限度はあるけれど。ツルツルピカピカのバナナの何がいいんだよ?ちっともワイルドじゃない。」
「いや、バナナと人は違うし、ワイルドなバナナって何だよ?」
「・・・活きのいいバナナか、なかなかオツだな」
「そんな魚みたいにビチビチしたバナナ誰が食べたがるんだ?」
どんなホラーだよ。怖いよ。
「バナナの皮についている黒い斑点みたいに、俺としては顔に斑点がある奴のほうが活きがあって面白いと思うんだ。イメージしやすいしな。ブラマヨのあいつ。あー・・・名前なんだっけな・・・あのブツブツ。味があっていいやつだな。」
「そんな人を食ったような言い方・・・」それで覚えられて無いじゃん。
「ただまっすぐ正直な奴もいいんだけれど、そういう奴はそれだけで個性が完成させられちまうんじゃないか?イメージし辛いしつまんねぇな。嘘ついてる奴は裏が存在しているわけだから、それだけ深い。活きがあっていいじゃないか?まぁ、周りからは疎まれるけど、俺は否定しないな。俺自身がそうだし、というかだから皆嘘つきなんだからさ・・・。」
「ギルティだな」
「いや?エゴだな。」
「同じことじゃないか?」
「さぁ、どうだろうな・・・。さて」
「うん?どっか行くのか?」
「あぁ、さすがに暑いからな。コンビニ。一緒に行くか?乗せてやるぜ」
駐輪場から自転車を引っ張り出してきて、荷台を親指で示していた。
「お言葉に甘えたいところだけれど、さすがに申し訳ないよ」
「ん?俺は気にしないけど?」
「俺が気にするんだよ。女子の運転の自転車に乗るとかあれだ。恥ずかしくて外歩けない。」
「そんな今更気にすることでも無いだろうに。耳をすませばの雫ちゃんだって天沢君の後ろに乗せてもらってたし、某デッキブラシの魔法少女だって勝平さんの後ろに乗って空飛んでただろう?それと同じだよ。」
「魔女宅だけ名前伏せる意味がわからないし、だいたいその子達は女の子だろう?俺は男だ。乗せてもらうなら俺が運転でお前が後ろだ。」
「それは、どこをつかんだらいいかわからないからダメだ。」
「そんなの脇とかでいいんだよ。」言い訳が乙女チックだな。いや、まぁ男っぽいけど女子だからいいんだけど。
「脇か・・・。摘まれて『ひゃぁん!』とか言うんじゃないかとちょっとばかり心配なんだが・・・。」
「そんな心配は要らないし、そんなイメージをしていたというなら寧ろ今すぐ謝れ」
「そうか、男だな空人。ふふん、見直したよ。わかった、じゃぁ俺が後ろだな。」
そんな事で見直されても全く嬉しくないけれど・・・。
そんなこんなで俺が運転し、後ろに奏が乗った。描写としては少女漫画で描かれても全く胸キュンしそうにない光景だっただろう。
しっかりつかまってろよ。とは言ったけれど、自転車が揺れる度に捕まる指に力が込められるため、脇腹に食い込む。抉られるんじゃないかと思った。どんな握力だよ。
しかも、普段あまり自転車に乗らないし他人の自転車だったから乗りにくかった。これはまぁ、言い訳だけれど・・・。
 
その後、コンビニで数分程葛藤と吟味と自問自答をして、
100円以内で購入できるガリガリ君を購入した。
消費税8%になった現在、涙ぐましい懐事情を抱える中学生である俺にとっては、こんな暖かい味方はいない。
いや、まぁアイスなのだからクールと言いたいところだけれど・・・。
「この前の部活での勝負の報酬として奢ってやろうか?」とは言われて一瞬、甘えてしまいそうになったが、いやだから直接金銭に関わる賭け事は厳禁なんだってば。現金だけにな。
「それにその話しはもう終わっただろう?」
「まぁ、そうだな。うん、そうだった」
そう言った。でもまぁ、今更あの規則が生きていたとしてもなんだかんだ言って俺は最終的に奏の申し出を断っていただろうな。
なんだかんだ言って頑固なんだ。
奏の前だと時折忘れそうになるけれど、それでも俺はこのプライドに対して頑なだったりするのだ。
別に否定しようとは思わないけれど、やっぱり最初は思ってしまう。違和感を覚えていた。
彼女が自分を必要以上に男勝りに作っているところに・・・。
「じゃぁな。また明日学校でな」
「おぅ。」
散々だべった後に奏と別れる頃には、いい感じに日が落ちて空が黄金色に染まった、先日と同じ黄昏、逢う魔が時を迎えた頃あいだった。

4)

 
特別夜更かしをしたわけじゃないのだけれど、妙に眠くて、妙に疲れている感があったりする。
寝坊して遅刻こそしなかったけれど、なんだか脳みそだけ眠っている様な感じだ。
「明日から夏休みだから気が抜けているとかじゃない?五月病とかみたいな。」
「別にそういうわけじゃないんだけどなぁ」
学校に到着して机に突っ伏して欠伸していると、「カバみたいだね」と美子が声をかけてきたのだ。
カバだって毎回、欠伸をしているわけじゃないから、それは偏見だ。
「特別何かあったわけじゃないけれど、まぁ逆に休みの日に自堕落な生活してるからかな?もしかして、明日から夏休みに入るのにまだダラダラ学校があるっていうのにうんざりしてるのかな」
「じゃぁ、夏休みに入ったらいよいよ本格的に自堕落になるかもね。」宿題が終わるかどうか心配なとこだね。
なんて言われた。
なんで、まだ休みに入ってすらいないのに宿題の心配なんかさせられなきゃいけないんだ。
「今日までなんだから頑張りなよ。」
「今日までなんだから、休みモードに入ってもいいんじゃないかって思うけどな」
「ふぅむ、意識の違いだね。私達や不知火君みたいに普通に部活参加してるメンバーと違って空人ってただの帰宅部じゃない?夏休みに学校の用事ないから、そんな怠け者みたいに自堕落そうになっちゃうんじゃないかな?」
「・・・自分で言うのはいいけれど、人に言われると思ったよりも傷つくな・・・。」
まったく、こいつはこんな真面目なキャラのくせに、なんで『部活』になんか参加しているんだ?
むしろ、美術部兼生徒会長のがあっているような気がする。
そういう肩書きのがあってるんじゃないかな?
いや、でもどうだろうなぁ・・・。美子は時々ものすごくメルヘンな事を言い出す事あるからな。
奏に『メルヘンさん』とかいうニックネームを付けられてからかわれていたくらいだしな。
「それを踏まえて『メルヘンな委員長』かな・・・」
「何を考えているかはわからないけど、取り合えず失礼な事を言われているんだという事はわかる。」
「え?いや、そんなつもりじゃ!」
どうやら、口に出ていたらしい。脳内から口をついて、滑らせてしまったらしい。
いや、まぁ本当、口は災いの元である。
「ずいぶんと楽しそうな事になってるな。有頂天外って感じだな空人」
「どっちかというと阿鼻叫喚だよ。」
こういう光景を眼にするとしたら人は「仲がいいね」なんていうんだろうなぁ。まさにそういう事言われる場面だ。
「おはよう」
「おぅ。おはよう」
挨拶すると奏は背負っていたギターの入ったソフトケースを壁に立てかけて着席した。
「珍しいね。いつもは私達なんかより早く来てるのに」
「あぁ、ちょっとばかし寝坊した。」そう言って欠伸した。
「練習してて気づいたら日付かわっちまっててな。コロンブスが羨ましいよ。あいつだって2,3時間くらいしか寝ないんだろう?調子のってくると時間が惜しくて、つい寝る時間の事忘れちまうぜ。」不眠症のやつが羨ましいぜ。
「いや、不眠症のやつらは不眠症のやつらで相当悩んでると思うけど・・・」
「中学生なんだから二人ともちゃんと寝ないとダメだよ?肌にもよくないんだから!」
「お前、お母さんみたいだな・・・」
クラスメイト女子にお説教を食らう光景を、多分皆ハーレムとか仲良しとか、そんな風に羨ましがるんだろう。
かくいう俺も少しばかり、憧れてはいた。だがしかし妄想が現実になってみると意外と鬱陶しかったりする。
イメージとは多少異なりますっていうあれだ。
「でもまぁ、今でこそ朝起きて支度して学校に通っちゃぁいるけれど実際夏休みに入ったらどうなるんだろうな?昼夜逆転した場合、獣や吸血鬼みたいにただ夜行性になるのであって計算上、睡眠時間はあまりかわらなくなるだろう?それは、ダメな事なのか?美容と関係あるのか?俺はあんまり肌つやとかあんま興味ないんだけどな」
「そこは仮にも女子なんだから気にしておけよ」
「というか、肌つや健康云々の前に人間は昼起きて夜眠る生き物なんだからそういう自然の摂理に逆らっちゃダメな気がするのよ。」
「なんかスケールがでかくなったな。」
「もし俺が実はゾンビとかヴァンパイアとか狼男とかの魑魅魍魎の類とかだったら?」
「お前はお前でスケールが異次元だな・・・。」
どちらかと言えばお前の場合は『狼男』じゃなくて『狼女』だな。
「ヴァンパイアとかゾンビは日光浴びると干からびたり溶けたりで、文字通り死活問題なんだからしょうがないよ。眼を瞑って上げましょう。」
「そか、ゾンビが羨ましいな。」
「でも奏、ゾンビになったらクリスに殺されちゃうよ?」
「あんなタフガイに殺されるなら本望だと思うけどな。でも、あいつ意外とおっちょこちょいだよな冒頭で武器なくしたり研究所で捕まってたりしてな。・・・ふむ、前言撤回だ。むしろ喜んで相手になってやろう」
「どんな体育会系だよ。」ドロドロのゾンビの状態でどうやって戦うつもりだよ。
「奏が爆弾ゾンビだったら、攻撃されることなくクリスをタコ殴りできるね。」
チートじゃねぇか!というか、だから真面目キャラなんだろう?そういう迂闊な発言するなよ。
「いや、俺がクリスだったら攻撃してると思うから、爆発してゲームオーバーだな。飛び散った臓物で部屋が汚れて終了だ。片付けはよろしくな。」
「なんだそれは?新しい死亡フラグか?」というか朝っぱらから臓物の話しとかしてんじゃねぇよ・・・。
「まぁ、どの道ゾンビになろうが、ヴァンパイアになろうが狼男になろうが、美容とは縁遠い気もするけどね。」
ゾンビは肌が爛れて、ヴァンパイアは血色が悪そうで、狼は毛むくじゃらだし。と美子。
「おーい!もう皆、体育館行っちゃったよ?何してるの?」と言ったのはカラシちゃんだった。
ずいぶんと話し込んでいたらしく、周りは殆どというか、俺と奏と美子の3人だけになっていた。
 
 
ドン!
ガシャーンッ!!
と、教室で衝撃が走った。
それが何の音か、それが何の衝撃かなんて誰も考えなかった。ことごとく焼き付けられただろうからだ。
日常的な喧騒が一気に沈黙した。黙殺された。
目の前の現状を理解できないと人という生き物は、あっさりと意識を食い殺されてしまう。
そんな状態。そんな有様だった。
鼻や口から血を吹き出し、教室のドアを突き破って倒れていたクラスメイトの胸倉を掴み奏は力強く握り締めた拳を振り下ろさんとしていた。
「こら、やめなさい立花さん!」
「触るなぁ!!」
振り払った手の甲が男性教諭のこめかみに炸裂して、吹き飛ばされた。
まさしく、乱暴狼藉、落花狼藉だった。俺からも見えた奏の顔には、いつもの余裕のあるクールでワイルドな笑みではなく、まさしく鬼の形相だった。
周りには何人もの教師や上級生が駆けつけて、奏を取り押さえにかかっていた。
有象無象と野次馬まで集まりだしていた。
「おとなしくしなさい!!」
「うるさい!放せ!!殺してやる!!うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁあぁぁぁ!!!」
ぐったりと倒れこんでいる女子生徒を抱きかかえて保健室に運び込まれていくのを睨み付けながら、奏が大声で叫んでいる声が聞こえた。

5)

 
「ごめん。だいぶ落ち着いてはいるみたいなんだけど、私も危ないからって言われて追い返されちゃったんだ・・・」
「追い返されちゃった・・・って、カラシちゃん担任でしょ?」
「・・・ごめんね。」
「ぁ、・・・いや、俺もゴメン。」カラシちゃんに謝られ、俺も攻めたてる様な言い方になってしまって反省した。
奏が生徒指導室に連れて行かれた後、俺と美子、それに後輩の不知火君は生徒指導室から戻ってきたカラシちゃんと鉢合わせた。
「諏訪部さんは?」
「さっき、お母さんが車で迎えにきてつれて帰ったよ。・・・すごく怒ってたなぁ」
殴られた諏訪部 円という女子生徒は、奏と同じく軽音部だったらしい。
もともとは奏とバンドを組んだこともあって、二人ともあだ名で呼び合うくらいに仲がよかったんだよ。
と美子は言った。
「なんで、先輩はその諏訪部さんを殴ったんですか?」
「・・・諏訪部が奏のギターを叩き壊したからだ。」
そう、奏がいつも背中に背負って歩いているギターを諏訪部は叩き壊した。叩き壊していた。
 
体育館に集まって終業式を終えた後、俺と美子、それに奏は3人連れ添って教室に戻った。
この後の『部活』でやるゲームについて話し合いながら教室に戻ってきた。
そして、教室の扉を開いたとき、そこに居たのは先に戻ってきて奏が壁に立てかけておいたギターをコンクリートで固められた壁めがけて思いっきり叩きつけている諏訪部 円の姿だった。
奏の姿を確認すると少しだけ戸惑った表情をしたものの諏訪部は虚勢をはって笑って言った。
「いいきみね。そうやって格好つけてるからよ!」と言って、ネックの部分から圧し折れてグチャグチャになったギターを奏のほうに投げた。
それからである。
俺を突き飛ばし、並べられた机を薙ぎ倒して奏は諏訪部に襲い掛かった。
諏訪部目掛けて、諏訪部の顔面目掛けて牙を剥いたのはそれからだ。
「もうじき、奏ちゃんのお母さんも迎えに来るみたいだし、みんなももう帰って?私、担任だしお母さんとも話ししなきゃ・・・」
そうカラシちゃんに促されて俺達はその場を離れた。
 
「明日から夏休みだけど、あんまりそういう気分じゃないね」
「まぁ、明日にでも奏に電話してやろうぜ」
教室に荷物を取りに戻ってくると吹き飛ばされたドアは撤去されていたもののドアそのものがなくなっているため、廊下から教室内は丸見えになっていた。
床に奏のギターの残骸がほったらかさているのが見えた。
そして、まだ何人かの生徒も残っていて先ほどの騒動の話をしているのがわかった。
どんな会話をしているのかは、あまり聞こえはしなかったけれど彼らが奏の事を会話のテーマにしている事はわかった。
荷物をまとめて廊下に出ると窓の外に見知った車が入ってくるのが見えた。
その車に母親に連れられて歩く奏の後姿はさながらニュース番組で見る犯罪者のような有様だった。
普段ならギターのケースが覆いかぶさるように背負わされている背中は低くうな垂れていて
小さくなっていた。
「とりあえず、またな。」
美子と不知火と別れ家路に着こうとした。ちょうど、その時に気づいた。
駐輪場に一台だけ止まった見知った自転車の存在に・・・。
「そういえば、車で帰るってことは、自転車はこのままになるのか・・・。」
奏の性格からしてわかってはいたけれど、自転車には鍵がかかっていなかった。
まぁ、『盗んでくださいと言っているようなもの』なのだけれど、やっぱり後ろめたい。
どっかのガキ大将なら『盗られる方が悪い』だの『お前のものは俺のもの』なんて言うのだろうけれど、そんな心臓に毛が生えたような性格をしているわけじゃないので、気が引ける。
しかし、けれども、俺は、
「仕方ない。持っていってやるか」と思い至ったのだ。
持って行って、そっと置いていって後でメールの一本でも入れておこう。
だって、あれだ親と鉢合わせたら気まずい・・・。
もちろん、そんな平和的な意味ではなく、緊迫した意味で気まずいからだ。
 
・・・っと思っていたけれど、その心配は大きく外れていた。
「車ないな・・・。」先程、奏を迎えに来た車の姿は無くガレージはスッカスカだった。
そのまま、どこかに出かけたのか?とは思ったものの、しかし俺は失敗した。
勘違いしないでいただきたいが、別に親と鉢合わせしたわけじゃない。
いや、場合によっては鉢合わせよりも厄介な行為を自らしているのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺の伸ばした人差し指は立花家のインターホンのボタンを押していた。
そっと置いて、そっと帰ろう。まさに忍びの者の如く!とか思っていた俺はあろう事かインターホンを押していた。呼び鈴を鳴らしていた。
何をしている俺!
しばらくして、インターホンの向こうから『・・・はい。』という声が聞こえた。
「あ、ぁああの、巽ヶ丘といいますが・・・!」
『なんだ、空人か・・・どうした?』
奏本人が出てきた。
「いや、お前自転車置きっぱなしだったから困ってるかなって思って、持ってきたんだけど・・・」
『持ってきたんじゃなくて、乗ってきたんだろう?それは・・・』
「揚げ足をとるな!」
『ふふん。まぁ、いいか・・・。入れよ。』
あれ?インターホンの向こう側は至って普通の声色をしていた。
「・・・お邪魔します・・・」
自転車を降りて、俺は立花家の玄関をくぐった。
整理整頓された靴箱に、玄関には奏の靴だけが綺麗に揃えられて並べられていた。
「お前、どうしたんだよその目?」
奏は玄関で待ち構えていた。その奏の左目は真っ白な眼帯で覆われていた。
真っ白だけれど痛々しい眼帯だった。
「ん?ああ、まぁ・・・あれだよ。諏訪部殴ったときにな・・・」反撃にあったのだと言う。
「大丈夫なのか?」と言うと「問題ないよ。ありがとな」と言って奏は左目の眼帯を摩りながらいつもの余裕綽々といった表情を作った。
「まぁ、玄関で立ち話ってのもなんだし、俺の部屋こいよ。お茶くらいだすぜ?」
「・・・じゃぁ、お言葉に甘えさせてもらうよ・・・。」
「中学生のセリフとは思えない恐縮っぷりだな・・・。」
「それは、お前のいえたことじゃないだろう・・・?」
「違いない。」と奏は言いさえしたものの笑いはしなかった。
 
そういえば、奏の家に来たことはあったものの、実際に奏の部屋に入ったことは、初めてだった。
それどころか、家は知っているものの敷地内に足を踏み入れたことは無かった。
奏の部屋にはギターやスタンドマイクをはじめドラムセットや鍵盤などの楽器や、パソコンのモニターが3台あったりと、なかなかに羨ましい環境だった。
楽器は触れないけれど、パソコンを一人で3台も使えるなんてのは贅沢三昧極まれりといった感じだった。
それに棚にはギッシリとCDや漫画が収まっていた。
図書館だか漫画喫茶みたいだ。
「悪いな。菓子類がみつからなくてな。麦茶だけだ。」
「そんな厚かましくするつもりはないよ。ありがとう。・・・奏、おばさんは出かけたのか?迎えに来てただろう?」
「ん?あぁ、母さんなら仕事に戻ったよ。父さんも母さんも共働きで忙しい人たちだからな・・・。」
「は?こんな時なんだから休めばいいのに・・・」
「こんな時だからだろう・・・。放任主義なんだよ。」
「こんな時って・・・」
「まぁ、家庭の事情は個々各々違うって事だ。逆に俺はそれが普通だと思っているし、それが楽だ。」
「・・・・・・なんか、うまく丸め込まれた気がしなくも無いけれど、まぁ確かに家庭の事情は家庭の事情か・・・」
「そういう事さ」と奏は言った。
奏本人がもし本当に納得してしまっているなら仕方あるまいと思った。
暴力を振るわれているわけでも、育児放棄をされていたわけでもないのなら、俺のどうこう言うことでは、やはり無いのかもしれない・・・。
「ところで、今日は『部活』は参加しなかったのか?」
「いや、『部活』は今日は中止になったんだよ。」
「・・・なるほど、それは、すまないな。」察してか、そんな風に謝った。
「じゃぁ、せっかくだ。ジェンガでもしよう。この前買ってきて最近の俺のマイブームなんだ。学校に持っていくには、ちょっと物がでかいからな。ギターケースには入らなかったんだよ。」
そう言って机に置いてあったジェンガの箱をちゃぶ台の上に置いた。
「罰ゲームは・・・まぁ、無しでいいか。遊びなんだから。」
「もともと遊びみたいなもんって言ってだろう?」
「ん?そういえばそうだな。そうだ。俺にとっては何もかも遊び、ゲームみたいなもんだよ・・・。」
「・・・人を食ったような言い方だな。」
「ははは。ん?このやりとり前にもやったか?」
箱の中からカラフルで大きめのジェンガが出てきた。いや、これは箱の時点で気づいていたけれどただただ『大きいジェンガ』というよりは『ジャンボジェンガ』という感じだった。
たしかにこれは大きすぎて鞄やましてや学校に持ってこれるほどのサイズではないものだった。
どこで買ったのだろう・・・?
「ところでさ、奏。」
「うん?」
「なんで諏訪部を殴ったんだ?いつものお前ならギター一本折られたくらいじゃあんな風に暴れたりしないだろう?」
「・・・まぁ、はしたない姿を見せてしまったと思っているよ。」
「いや、別にはしたないなんて思ってないけれど・・・。」
「あれはな、空人。俺のギターじゃないんだよ。」
奏が一番下のブロックを引き抜くと、少しばかりバランスを崩し、けれどその柱は安定を取り戻そうとする。
「は?お前のギターじゃないっていうのならあれは誰のなんだよ?借り物なのか?」
「あれは、立花 奏の所有物だ。」
「は?おい、言ってる意味がわからなねぇぞ?どういう意味だ?」
「どういう意味もそういう意味だ。つまり・・・」
「つまり・・・?」
 
「俺が立花 奏じゃないからだ。」
ブロックがてっぺんに重ねられて、少しばかり危うく揺れたように見えた。
そして、語られる。立花 奏の嘘つき狼、一匹狼の御伽噺の舞台裏が・・・。

6)

 
俺は立花 奏だ。
いや、正確には違う。正確には、厳密にはすべからく異なる。
立花 奏ではない。けれど、俺は『その』立花 奏として生きなければならなくなった。
これはエゴだ。けじめだ。
だから、これからもどうかお前達は俺のことを『立花 奏』という名前で呼んで欲しい。呼び続けて欲しい。
さっき、空人に『あのギターは借り物か?』と聞かれて俺は違うと答えたけれど、
俺はそれを撤回する。
あれは俺のギターだ。もはや、そもそも、今となっては俺のものだ。
というのは、建て前。表の方便だ。
では、裏はなんだというと、あれはお下がりだ。
あれは・・・というと嘆かわしい言い方に、厚かましい言い方になるかもしれないな。
だって、そもそもお下がりでないものなど俺にはないのだから・・・。
ギターもベースもドラムも鍵盤も、その宝の持ち腐れともいえそうなパソコンも、
もっと言えば服や夜寝るベットも全てお下がりだ。
この『立花 奏』という名前もこの命さえもお下がりだ。
そう、俺は『立花 奏』じゃない。奏であり奏じゃない。
俺の言う『立花 奏』は、死んでしまった。なんでかって?
俺の言う『立花 奏』は、殺されたからだ。誰にって?
そう、俺の語る『立花 奏』は俺に・・・俺の手によって殺されたんだ。
俺の所為で死んでしまった。
『立花 奏』という俺の姉さんは俺のいたずらで命を落とした。
 
俺は・・・俺達双子の姉妹は瓜二つの一卵双生児として生まれた。
しかし、姉さんと俺とでは性格も才能も天と地ほどの差があった。
男勝りでいて、大人顔負けの才能を持って、何をさせても、どこにだしても恥ずかしくない。それどころか尊敬の対象でしかなかった姉さんだった。
言い過ぎなんて事の無い完璧さをもっていた。
しかし、俺はどうだ?
完璧すぎる姉と比べて、欠陥だらけの俺だ。実に滑稽な有様だったよ。
するとどうだろう、俺の両親は次第に姉さんをひいきし始めたじゃないか。
それは、小さい俺でも容易に感じ取ることができたよ。
ふん、見捨てられているのだと心底拗ねたものだよ。
けれど、姉さんは・・・奏はそんな俺に優しかった。奏だけが俺に優しかった。
俺が楽器に触ると父さんも母さんも凄く機嫌を損ねていたものだけれど、
奏は二人が見ていない時、こっそり俺に楽器を触らせてくれていた。
『うまいじゃないか』なんて言ってくれたよ。
けれど、しかし、ある日、事件はおきた。引き起こしてしまった。
俺はよく父さんがライターので蚊取り線香をつけるの見ていて、興味本位でライターに手をとった。
マッチ売りの少女じゃないけれど、火をつけることに夢中になってしまった。
くせになってしまった。
そう、まだ小さかった俺にとってはまるで魔法でも手にしたような気分になった。
火を扱える事に満足し、しかし、それで何かを燃やすことをはじめてしまった。
最初は、小さなゴミ。その次はティッシュペーパー。
次第にその程度では満足出来なくなって大きなものを燃やしてみた。
キャンプファイヤーみたいだ。なんて嬉しくなった。
けれど、今度はそれを消すのに手間取った。いや、これは嘘だ。
消せていない。俺は、その後始末を出来なかった。
大きくなった火は居間の絨毯に燃え移って小さい俺の身体よりも高く火の手があがった。
そして、その火柱は居間をキッチンを食い荒らした。
パニックになった俺は消防車を呼ぶことはおろか、自分が逃げることさえも忘れていたのだ。
違うな。足がすくんで動けなかったんだ。
その時、奏が駆けつけて火から護ってくれた。
塾から帰ってきた奏が俺の手を引っ張ってくれた。だから、俺は逃げることができた。
奏があの時、帰ってきていなかったら今の俺の命は失われていただろう。
・・・しかし、奏は助からなかった。
俺を火の手から救い出したものの、奏は火に飲まれたのだ。焼け落ちていく、家と一緒に飲み込まれていった。
消火活動が行われ、火事は収まったものの、奏の命は助からなかった。
奏は俺の所為で、俺の命のために死んだ。
父さんと母さんが駆けつけたのは、俺が全身を火に喰われた奏の死を目の当たりにした後だったらしい。
ショックで気絶して、眼が覚めた俺に父さんはなんて言ったと思う?
「・・・お前が死ねばよかった」だってさ・・・。
何も言い返せなかったよ。本当は何でもっと早く帰ってこなかったんだとか理不尽なこといいたかったけどな。
けれど、俺にはその資格がない。
今思えば、まったくもって同意だ。俺が死ねばよかったって思うよ。
そして、二人は俺に言ったさ。
俺が奏になることを言ったさ。
これはけじめだと。俺への罰だと。
そして、俺・・・つまり『立花 叶』は死んだ。
当時、ずっと伸ばしていた長い髪も奏のようにばっさり短く切り落とし、
奏がもともと買ってもらっていたピンクで可愛い人形みたいな服もやめて、
『アタシ』口調さえも切り捨てた。切捨てて、『奏』をかぶった。
それから、俺は奏として生きはじめた。叶を殺し奏を偽った。
そして、俺はその時唯一助かった、奏が使っていたギターを手に取った。
だから、俺が使っていたのは奏のギターだったんだ。
 
世間体的には『立花 叶』は完全に死んだことになっていた。
その代わり、俺、『立花 奏』が代わりに塾へ通い、ギターを弾き、学校へ行った。
こうして、沢山の楽器やパソコンに囲まれているのは、両親としての譲歩なんだと思う。けれど、これも俺にではなく、あくまで『奏』になりきるための資金のつもりなのだろう。
けれど、まぁ、それでも俺が『立花 奏』だと偽り続けるのには無理があった。
嘘なんていつまでもつき続けられるものじゃない。
嘘をひとつつけば、言及されたそれに対し新たに嘘をつかなくてはならない。
しかし、そんなアンバランスなもの、ちょっと小突かれた程度であっけなく崩れ去る。
そんな俺を同級生達は嘘つきと呼んで遠巻きにした。
うん?まぁな、そうお前の言うとおり明確ないじめなのだろう。
ただし、それはそうだろう。しかたない。
俺が嘘をつく対象は『立花 奏』の友達であって俺の友達ではなかったからな。
あぁ、もちろん、そいつらと俺とは面識があった。だからこそ奴らは気づいていたんだろう・・・。
奴らの怪訝そうな表情は昨日の事のように思い出せる。
そして、立花家は遠くに引っ越す事になる頃には俺はもう完全に嘘をつく事になれてしまった後だった。
嘘に飲まれてしまった。今ではほとんど日常的に嘘をついてしまう。
だからこそ安定のアンバランスさを有してしまっていた。
ふん。安定のアンバランスというのもなかなか矛盾した話だな。
 
俺が『部活』に参加する理由は極力、人とのかかわりを減らそうと思ったからだ。
そのまま帰宅部でもよかったんだけど、そんなもの親が許すはずがないしな。
けれど、軽音部には入部していたものの、カラシちゃんが『部活』を創立するまでは俺もお前と同じで半分帰宅部だったよ。
しかし、そんな時、諏訪部は俺とバンドを組みたいと言ってきた。
いつも、一人でギターを弾いている俺に興味をもったんだと言ってな。
だから、俺は俺の作った曲を諏訪部に聴かせた。
それで、諏訪部はバンドを組もうと言ってきた。
ソロで居たいという気持ちはあった。けれど、バンドに興味がないと言えば嘘になる。
それで、お試しでいいから一度組もうと諏訪部は言った。
まぁ、楽しかったから一度と言わず2度3度と一緒にそのままライブなんかもしたものだ。
それが1年の頃だった。
俺は初めて『奏』以外に信頼できる友達を得ることが出来た。そう思った。
けれど、ある日俺が部室に忘れ物を取りに行こうとしていたら、聞こえてきたんだ。
「あいつ、本当に私達が友達になったんだって思ってるよ。演技だともしらずにさ。」
・・・なんてさ。
あいつは、俺に興味があったんじゃない。俺の作る曲が目当てだったんだ。
だから俺はバンドを辞めた。軽音部に名前はまだ載ったままだけれど部活にすら足を運んでいない。
メンタルが弱いと思ってくれても別に構わない。けれど、それだけショックだったんだ。
その代わり、泣いたり弱音を吐いたりすることも怒ることもなく俺はあいつと同じクラスになろうが顔色ひとつ変えずに教室に入ることにしていた。
これは子供の捻くれた反抗みたいなもんだ。
しかし、それはあいつも同じたっだみたいだ。
諏訪部は俺のいないところで俺のある事無いことを影で囁いていたみたいだな。
その内容自体は知らないけれどな。
美子から『ヤクザの総大将をやってて下町の切れたナイフとか言われてるのって本当??』なんて聞かれた事があったな。
いや、そんな噂思いつく奴の方が俺は見てみたいものだよって思ったけどな。
余談だけれど、美子と仲良くなったのはその時だな。
けれど、他の奴らはそのまま俺の陰口を言いながら小学生の頃と同じく遠巻きにし始めた。
なんだ、お前は気づいていなかったのか?まぁ、お前もお前で友達の多いほうじゃないみたいだけどな・・・。
はは、怒るな。まぁ余計なお世話だったな。
まぁ、それで、部活に参加せずに一人で黙々とソロ活動をしながら楽しんでいたのが諏訪部にとっては面白いことじゃなかったらしく、ちょっかいをかけられてたよ。何かとな。
かわいい悪戯のようだったよ。笑ってあしらっていた。
けれど、それでエスカレートしていった挙句、今日のあれという事だ。
 

7)

まったく、やっぱ姉さんと俺とじゃやっぱり全然違うな。
人気物の姉さんと、嫌われ者の俺。
時代が変わろうが、場所が変わろうが、性格を偽ろうが、そこは覆らないな・・・。
俺の目の前に座る眼帯をした立花 奏はそう言っていた。
結局、その日はそのまま出された麦茶を飲み干すことも、
いつもの馬鹿なトークをすることも、
ジェンガが崩れることも無く時間が過ぎ、奏の両親が帰ってくる前にお暇する形になった。
体感時間としては、数十分程度だと思っていたけれど、
なんだかんだ言って、結局数時間ほど話し込んでいたらしい。
空は少し薄暗くなっていた。
話し込んでいた。とは言ったものの、八割ほどは奏の話しを聞く形になっていたので、
厳密には話し込んでいたというか、話しを聞いていたわけだけれど・・・。
 
夏休み中はともかく、
学校が始まったあとのクラスの空気としてはどうなるんだろうなぁ・・・。
クラス全体が奏を遠巻きにしているというならば、やっぱり皆諏訪部の味方をするんだろう。
それなら、今までと変わらないどころか状況はもっと酷くなるんじゃないだろうか・・・。
そんな考えても仕方ないことを考えていた。
奏には今日のことはあまり人には言わないでほしい。と言われた。
まぁ、そうだろうなぁとは思う。
というか、言われなくてもそんなホイホイと口外しようとは思わない。
「うん?なんや坊ちゃん元気なさそうな顔して?」
とどこからか声が聞こえた気がした。
「気がした。なんて失礼やな・・・。ボクはちゃんと坊ちゃんに話しかけとるで?ここやここ!」
「人のモノローグに入ってこないでください・・・。」
まるで野良猫のように例のお兄さんは柵の上歩いてきた。まるでサーカスのピエロでも見ているような気分だった。
「うん?なんや?なんかあったんかいな?いや、まて当てたるわ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「彼女にでも振られたか?いや、財布を落としたか?うん?」
「彼女なんてそもそもいないですし、財布なんて今日はそもそも持ち歩いていないです。」
意味深に言ってきたものの、発想が安直だった。
財布もってても今はあまり使おうとは思わないし、というかこの前奏に誘われてコンビニに行ってしまったわけだけどやっぱり節約を心がけないといけないと痛感したばかりだ。
「うんにゃ?坊ちゃんが気づいていないだけで、実は彼女はいて、財布も実は鞄の中にちゃっかり入っている事もあるで?知らない間に恋人同士になっていて知らない間に決別していたり、財布も知らない間にポケットに入っていて知らないところで実は使っていたりな。ほんまに、なかなかギルティやろ?ポケットにビスケットが2枚入ってると思っても、気づいたら1枚食べとって、もう1枚しか入っとらんみたいな?おっかないわぁ・・・。まぁ、ほんまにおっかないんは、無自覚で永久に無自覚なまま無意識でいることやな・・・。」
「それは比喩なんですか?」
「うんにゃ?経験談やな?無意識はもはやそれこそがギルティやな。口八丁。嘘八百。
許されないし、罪や。真っ黒やな。うん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
まったく難しく捻くれた言い方をする人だなぁ・・・。
「それは、でも皆嘘つきって・・・。」
「そうや?あるあるやな。コインと同じや。裏も表もある。恋愛と同じや。うん。」
けれど、
「ボクは、それを悪やとは言うとらんよ?誰にも否定する事もできんし、裁く権利もない。」
些細なあるある。仕方ないこと。光があれば影が生まれる。表があれば裏でてくる。
そう言った。
ただ、影も朝になれば光があたり、裏向きのコインも表になろうとする。
嘘は本物になろうとする事ができる。
それだけ、価値がある。
そういう事や。うん。なんて彼は言った。
「坊ちゃん、黄昏時っちゅうんがなんで、夜やなくてこんな微妙な時間帯かわかるかいな?」
「・・・それは黄って字が入っているのは何か関係あるんですか?夕日が黄色とかオレンジに見えるとか・・・」
「見えんからやな」
「・・・見えない?」
「逢う魔が時は黄昏時と一緒なんや。黄昏は誰・・・彼・・・とも読むんや。そこに誰が居るかわからない。逆行で人の姿なんて影絵に紛れてまう。黄は太陽。昏は影やな。まぁ、ボクなりの戯言にすぎんけどな。」
藪から棒にそんな風に言われた。
「坊ちゃん・・・ボクの事、見えとらんやろ?」
「・・・・・・・・」
言っている意味がわからなかった。
「坊ちゃん、ボクの顔、知らんやろ?つまり、そういう事や」
どういう事なのかは、具体的にはわからなかったけれど、しかし、確かに彼の顔を特徴を思い出すことも、言葉に言い表すことも実はできない。
何故なら確かに逆光で彼の姿をしっかりと捉えることなんて出来ていないのだから・・・。
しかし、彼の存在は嘘ではなく、また俺の存在もまた嘘ではない。
「せやから、今回の話はそういう話しなんやで坊ちゃん。」
そんな風に彼は言った。流暢にそう言った。
裏側を語る話しだと、そう言った。
「まぁ、せいぜい坊ちゃんなりに頑張りや。期待しとるで坊ちゃん。」
とか言って、彼は俺の目の前から姿を消した。
しかし、結局あの人は俺の名前をいう事は無かったな・・・。

8)

結局、俺はあの後何をするでもなく、美子に言われたみたいに自堕落な夏休みを過ごしていた。
LINEこそするものの、みんなで集まって遊んだりだべったりするようなことは特になく、
気がつけば宿題も手につかないままに8月に入っていた。
まぁ、美子や不知火みたく本職(本来の部活)があるわけでもないし奏みたいに没頭できる趣味も別にないので、結局漫画を読んだり自分の部屋に引きこもってぼーっとしている日が続いていたわけだけれど。
いや、奏の場合は諏訪部によってライブ用に使っていたアコースティックギターを破壊されていたので、実質奏も俺と同じ状態なのかもしれない。
・・・・・・なんて、今の俺はそんな風に思えるようなメンタルは無いのだけれど・・・。
こんなことを言うと宿題をすればいいじゃない?とか美子に言われてしまうかもしれないだろうけれど、しかし、
「暇だな・・・」なんて口から漏れてしまう。
怠慢は人を殺すというけれど、それでも今外に出て行ってもやっぱり照りつける太陽に焼肉にされて殺されるような気さえする。
アスファルトのホットプレートは見ているだけで眼がかすみそうだ。
 
しかし、俺は来ていた。
地元の図書館に足を運んでいた。
空調がきいていて、静かな場所だ。まぁ、あのまま自室にいてもいい気はしていたけれど、しかしあのまま引きこもっていては考えなくてもいい事さえ余計に考え込んでしまって、なんだか自殺こそしないけれど悩死にしそうだった。
暇すぎて死ぬ。というより考え事に対して脳みそがついていけなくなってキャパシティオーバーになってしまいそうだったからだ。
せっかくだし、宿題でもしていよう・・・。もしかしたら、気が紛れるかもしれない。
というか、こんな光景を見ていたら奏に「なんでお前が悩んでるんだよ?」なんていわれそうだ。言われるだろうな・・・。
考えるのをやめるんじゃない。考えることを変えるんだ。そういう事にしよう。
学生の本分は勉学なのだ。というカモフラとして、俺は図書館に来た。という事だ。
「あれ?空人だ。珍しいね!?」と図書館の二階から声をかけて来たのは俺達の担任。『部活』の創立者にして『部活』の顧問をしているカラシちゃんだった。
「図書館ですので、静かにお願いしますね?」
「あ、すみません・・・。」
という従業員とのやりとりが遠くで聞こえていなくてもわかった。
 
「私、家にいると仕事しなくなっちゃうからね・・・。お休みだからたまった仕事を図書館でしてるんだ。」
「へぇ・・・」
なんか考えてる事が似ててなんか嫌だな・・・。
カラシちゃんと向かい合っての席に座り、俺は宿題を広げた。俺が持ってきたのが数学の宿題だったから、「なんだ、数学かぁ、国語だったら手伝えたのに・・・数学は苦手だからごめんね。」なんて言われた。
いや、はなっからカラシちゃんに教えてもらおうなんて思ってはいないけれど・・・。
「せっかく図書館なんだから読書感想文とかにしたらいいのに・・・」
「読書感想文は読書感想文でまた本を探すからいいんだよ。というか、たまたま手に取ったのが数学の宿題だったからな。」
「ふぅん。宿題っていうのはあるいみ口実なんだね。」
「・・・まぁ、否定はしないよ。家にいると自堕落になるからな」
「私と一緒だね。でもまぁ、私が教師になったのもある意味、気まぐれみたいなもんっていうか、口実っていうか、消去法?どちらかと言えば・・・みたいな?」
「・・・・よくそんなんで教師になれたな・・・。」
「嫌ではなかったし、給食が恋しくなったっていうのもあるかな・・・あ、なんか給食と教職って似てるね。」
「・・・・・・・・・。」
似てるけど、なんだかのっかったら負けな気がした。
「まぁ、でも私にしてみたら材料みたいなものだよ。」
「材料?」
「起承転結、物語を構築していくにはそれなりの理由、動機が必要になるんだよ。ミステリで言うと、何かをされたから誰かを恨んだ。とか、こういう動機。つまり材料。物事の発端が材料でお話しの結末が調理されたご馳走みたいな。・・・私の場合は色んな材料を集めて、結局教師になったみたいな感じだよ。」
「ふぅん。でもなんかあてつけって感じするけど・・・」
「そんなもんだよ。」
「そんなもんか・・・?」
「うん。そんな綺麗である必要ないし、なんだったら無くてもいいかも。適当のなってから材料なんて思いつけばいいし、知らない間に材料はあって、知らない間にお料理は完成してるかも知れないしね。」インスタントみたいにね。
「インスタントな夢ってなんか先生としていいのか?」
なんだか、流れでなったつまらない人生って感じだな。
「だから、別に綺麗じゃなくてもいいんだよ。食べるの自分なんだし。美味しいかどうかは自分が決めたらいいよ。」
「カラシちゃんは?」
「え?」
「今の人生、どう感じる?」
「うー・・・ん、塩コショウって感じかな?クリスマスの七面鳥が食べたくなるよね!食べたこと無いけど・・・」
図書館の従業員がカラシちゃんを睨み付けてるのが見える。
「七面鳥か・・・。」
「うん。なんかお腹すいてきちゃうね。」
「そうだ、カラシちゃん。今度皆で焼肉パーティしようよ。七面鳥は無理でもそれくらいならみんなでお金出し合えばできるでしょ?」
「いいね!やりたい!」
「因幡さん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
従業員のお姉さんに大目玉を食らった。図書館なので怒鳴られたわけじゃないけれど、
しばらくは図書館で空調に当たりながら宿題という目論みは叶わないのだろう・・・。
 
「あれから、奏ちゃんには会った?」
「いや・・・結局あの後は自転車を奏の家に届けてそれだけだよ。」
「そっか、奏ちゃんから話し聞いたんだよね?空人。」
「話し・・・。」
それは、おそらく奏の過去の話し・・・奏の嘘の話しの事を言っているんだろうな・・・。
「まぁ、ちょっとびっくりしたよ。カラシちゃんも聞いてたんだ。」
「うん。まぁ、私の場合はカラシちゃんからじゃなくて、奏ちゃんのお父さんからなんだけどね・・・。酷い事を言ってしまった・・・。奏ちゃんの・・・叶ちゃんの人生を奪ってしまったって・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「奏ちゃんもお父さんもお母さんもすれ違っちゃってるんだよ。きっと・・・。お姉ちゃんが死んじゃって気が動転しちゃって、そのまま溝ができちゃったんだろうね・・・。」
引き返せないところに来てしまったんだよ。
とカラシちゃんは言った。
「私達にしてあげられることって何か無いのかな・・・奏ちゃん、部屋から出てきてないみたいだし、このままだと本当に一人ぼっちになっちゃうよ・・・。」
一人ぼっち・・・一匹の狼になってしまう。
「・・・カラシちゃん・・・」
「うん?」
図書館からの帰り道、黄昏時、逢う魔が時、うつむくカラシちゃんの影法師が顔を上げるのが見えた。
その小さな影法師に、俺は提案する。お願いする。
 
「ライブをしよう・・・。」

9)

8月上旬、5日の出校日。
出校日とはいったものの、しかしそれは厳密には誤りだ。
かといって、俺の成績が悪くて補習とか、そういう事ではなく、まぁ比喩みたいなものだ。
それ以外の何物でもないし、いい例えが思いつかなかった。
そう、出校日というのは誤りだ。
そしてそれは謝って然るべきで、叱られるべきだ。
それはそうだろう。
何故なら、目の前に立つ立花 奏は訝しげ、怪訝そうな顔をしていたのだ。
怒っているわけでは、ないのだろうけれどそれでも、いい気分ではなさそうな顔だった。
 
ここで、時間を戻して語ると、
図書館でカラシちゃんと別れた後、俺は奏に電話をかけた。
「奏!8月の5日に出校日だっていうの聞いた?」
『・・・いや、初耳だけれど・・・』
「出てこれる・・・?」
『・・・・あぁ、問題ないよ。ありがとな。』
「あぁ、いやいや。こちらこそ、ありがとうすまない。じゃぁ、俺ちょっと忙しいからまた8月5日にな!」
『・・・・・あぁ。また学校でな。』
本当はLINEでもよかったのだけれど、やっぱり心配だって声を聞いておきたいっというのもあったので、電話した。もちろんやましい気持ちは・・・あるにはあったのだけれど、ない。
つまり、出校日なんていうのは嘘だ。
 
「回想しているところ悪いけど、実はお前が嘘をついている事なんて最初から気づいてたよ・・・。」
「は?俺が嘘なんてつくわけねーだろ?」
「・・・嘘じゃねぇなら、もっと自信持てよ。下手くそ」お前は犯罪者にはなれねぇな。
なんて言われた。
「犯罪者にはもともとなるつもりはねぇよ」
「・・・何か話しがあるからあんな電話したんだろ?誰も居ない教室なんて、なんだ?愛の告白でもしてくれるのか?」
「悪いけど、そういうのじゃあない。」
「そうか、それは残念だな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」そんな乙女チックな表情されると演技だと思っていても動揺してしまうな・・・。
「今日はお前と『部活』をしようと思ってな。」
「あん?『部活』?・・・・・・・・・いいよ。何考えてるかは甚だ疑問だけれど、乗ってやるよ。」
もう、どこまでが嘘でどこまでが本当なのかわからねぇな・・・。
「うん?コイントスか・・・。」
チラつかせた一枚のゲーセン用コインを奏に見せびらかせた。
「あぁ、暑いから早く帰りたいしな。いいよそれで。」
「せっかくだから、何か賭けようぜ」
「いいぜ。いつもの『部活』ルールだな。」通称か『カラシちゃんルール』というらしい。
「ただし、賭けは勝敗が決着してからだ。」
「は?」
「いいだろう?勝敗なんてもんは、ペナルティの材料でしかないんだからな。」
「・・・ふぅん?まぁいいぜ。・・・俺は裏でも表でもどちらでも構わない。空人が選んだ方とは逆のを選ぶさ。」
「わかった。じゃぁ、俺は表だ。」
「という事は、俺が裏だな。」
「あぁ、・・・じゃぁ、投げるぜ。」
「あぁ」
そう言って、親指で弾かれて宙を舞うコインが表と裏を交互に回転させている。
セミの鳴く声と部活に来ていた学生の喧騒がBGMになっている。
そして、コインはチャリーンという音を立てて、床に落ちる。
「・・・・・・・・・・表だ。」悪いな。俺の勝ちだ。
「そうか・・・しかたない。今回は俺の負けだな・・・。」奏は両手をヒラつかせてお手上げポーズをしていた。
 

10)

 
「屋上なんて始めて来たけどな・・・」
「いい眺めだろう?」
『部活』のあと俺は奏を連れて、学校の屋上に登った。本来は危ないからとガッチリと鍵をかけられ、机や椅子で入れないようにバリケードが施されているのだけれど、今回に限りそれらの類は撤去されていた。
否。これは厳密には誤りであって、撤去されていたなんて他人事のように語るつもりは毛ほども無い。毛頭ない。
この所業は、我ら『部活』メンバーの仕業だからだ。
「遅いよ空人。」
「そうですよ?準備するのすごく大変だったんですからね?」
俺と奏が屋上に登るとそこには大きな機材を抱えた美子と不知火がセカセカと準備をしていた。
「何してるんだお前ら?」
「あ、立花先輩!眼大丈夫ですか!?」
「あ?あぁ、大丈夫だ。痛みもだいぶひいてるしな」
細腕で大きな機材を持ちながら機敏に駆ける不知火に対し、むしろそっちの意味で引いている感があった。
「あ、みんなもういる!準備できた?こっちはもう準備できてるよ!」
「出来てるっていうか、アンタは殆ど見てただけでしょ?一つ貸しねイナバン。」
カラシちゃんと軽音部顧問の雲雀先生も来ていた。
「奏、アンタの部活無断欠席のために張り切ったんだから覚悟しなさいよね。たまには、こっちにも参加しなさいよね」
「はい、奏ちゃんこれ、誕生日おめでとう!」
「え?あぁ、ありがとう・・・いや、俺の誕生日はまだ先だけど・・・」
「嘘!?」
それは、俺がカラシちゃんに流したデマ情報だ。
 
「え?ラブライブ?」
「違う。ライブだ。」
図書館の帰り道、カラシちゃんはキョトンとした表情をした。というか、文字数が明らかに違うし!
「そんなアイドルグループみたいなのじゃなくて、バンドでライブをしようって事。」
「・・・?」
なんだか要領を得ない感じだ。
「ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードを『部活』メンバーでやろうっていう事。」
「つまり、バンド?」バンドでラブライブ?
「カラシちゃん。ラブライブの事は一度忘れよう。」それとも最近のマイブームなのだろうか・・・?
どうやら、バンドというものがあまりわかっていないらしく、それを説明するのに5分程かかった。
「・・・つまり、XJAPANとかLUNA SEAとか世紀末とかみたいなのを私達がやるって事?」
「そう。そういう事。」世紀末じゃなくて、聖飢魔Ⅱだけどね。
というか、カラシちゃんの趣味偏ってるな・・・。アニソンからロックとかメタルとか。
「え、そんな私、人を蝋人形になんかしたりしたことないよ!?で、できるかなぁ?」
「別に閣下はキャラでやっているのであって、本当に蝋人形にしているわけじゃないよ?」比喩だよ。
閣下を超越した所業を犯すところだった。教育者として、ぶっ飛んだ行動にうつさせるところだった・・・。
「まぁ、つまりみんなで集まってギターを弾いて唄うって事だよ。」
「ギターを弾いて、楽しく歌を唄うんだね。」
「そういう事だね・・・。」なんだかカラシちゃんが言うと童謡っぽいな。なんだっけ?教育テレビの歌のお姉さんみたいな感じだ・・・。
「とりあえず、みんなにも声かけるから、カラシちゃんは準備だけお願い。」
「何すればいいの?」
「それは、あとでLINEするよ」
「わかった!」
そんな感じでカラシちゃんと別れて、俺は今度は美子に電話をかけることにした。
というか、寧ろ美子からかかってきた。
「あれから奏と何か話した?」という話題展開だった。というか、先ほどのカラシちゃんとまったく同じ会話の展開じゃないか・・・。
「ライブをしようと思うんだけど・・・。」
『はい?』
「なんだ聞き逃したのか?ノイズでも酷いのかな?えっとな、ライブをしようと思うんだ」
『え?空人、アイドルにでもなるの?ローラースケートに乗れるようにならないとアイドルになるのは難しいんじゃないかな?』
「光GENJIじゃねーよ!」いつの時代の話をしているんだ!
「じゃなくて、バンドだよバンド。『部活』メンバーでバンドをやろうって話し」
『あぁ、バンドね?でも、みんなでバンドなんかして何が楽しいの?バンドじゃホームランにならないじゃない?やっぱり、やるならホームラン打ちたいよね!』
「なんで野球の話しに摩り替わってるんだよ!だから、ギターとかベースとかドラムとかキーボードとかをみんなで持ち寄って歌を唄うんだよ。」
『つまり、ギターを弾いて、みんなで唄を歌うって事だね。なんだ、それってバンドじゃない?』
「・・・・・・・・まぁ、そういう事だよ・・・。」だから、さっきからそう言ってるじゃないですか?というか、あれ?このやり取り、すごい既視感あるな。
『でも私、鍵盤くらいしかできないけど?』
「それくらいできれば十分だよ。鍵盤は学校にあるの貸してもらうし、あとでなんか変わった事あったらLINEするよ。」
『わかった。』
それで、美子との通話を終えた。
まぁ、あとは不知火だな。なんだか、この流れだとボケを放り込んできそうだけれど、
とりあえず、不知火の名前を探して電話をかける。
『・・・・私だ。』
「・・・お前は期待を裏切らないな。」
『あ!なんだ先輩じゃないですか!?ビックリしたなぁ』
「いや、ケータイにかけてるんだから、気づくだろう?」
『いえ、癖で・・・。ところでどうかしたんですか?』
「えっと、単刀直入に言うと、バンドでライブをしようと思うんだけど、ギターとかベースとかドラムとかキーボードとかを使って『部活』メンバーでな。」
『ほほぅ、それは・・・プリキュアみたいになりそうですね!』
「それは、バンドとは無関係だ!」どういう思考回路してやがるんだ!
ボケる要素を駆逐しようと全部説明した俺の努力が無駄になった。
というか強引にボケようとするな!
『まぁ、復唱するわけじゃないですけど、『部活』メンバーでバンドをやってみた。がやりたかったわけですね?』
そんな某動画サイトみたいなタイトルで言われてもよくわからないのだけど、
「まぁ、そんなところだよ。」
『いいですよ?ボク、実はドラム叩けますし。』
「そうなのか?それは心強いな」
『先輩、それは、立花先輩の事が絡んでるんですよね?』
「そうだな。」
『そうですか。じゃぁ、頑張らないとですね!・・・と、それはいいとして、先輩は大丈夫なんですか?』
「ん?何がだよ?」
『つまり・・・』
つまり、俺が楽器を扱えるか・・・?という事だ。まぁ、それは眼を背けていたことで、
内心、考え無しに思いついた事で、「なんとか、なるだろう・・・」とか思っていた。
『・・・なんとか、なるだろう・・・ではなく、なんとかしましょう・・・。』
「・・・そっすね・・・。」後輩相手に低姿勢になってしまった。
『しかたないですね。立花先輩ほどじゃないですけど、ボクもそれなりには齧っているつもりなので、一緒に練習しましょう!』
「そ、そうだな・・・。それは助かるな。」
そんなわけで、時間の許す限り鬼教官・不知火 燐の手解きを受けることになったりした。

「いやぁ、先輩もなかなかにギャンブラーですよねぇ。無謀というかなんというか・・・」
「けど、とりあえず形にはなったからいいじゃないか・・・」
因みに、カラシちゃんは雲雀先生と連携して、機材やらなにやらの調達をしてくれていたらしい。
ほかにも色々していたみたいだけれど、雲雀先生の口ぶりから察するに、とても期待できそうだ。それは、嫌な意味でなのだけれど・・・。
「それ、私が買ってきたんだよ?よくわかんなかったから適当に似てるの買って来ようと思ったけど、全部同じに見えて・・・。」
「・・・まぁ、悪くないよ。ありがとう。大事に使わせてもらうよ・・・。」
そう言って奏はそのギターをいつもの通りに構えた。
「じゃぁ、楽しくやろうか」
「は、楽しくなんて笑わせるな・・・。これ、ライブなんだろう?だったら・・・」
「これは、狩りだ。一匹狼のステージ、見せてやるよ」
「一人でいきがらないでくださいよ!先輩!」
「そうだね。だからこれは狼達のライブだよ!奏」
「じゃぁ、いっちょ行きますか!」
「おぅ!!」
そして、奏はそのギターにシールドを、大袈裟なアンプを接続して、臨戦態勢のように、
狼の遠吠えのようにギターを鳴らして、叫んだ。吼えた。
食い殺さんと吼えた。
 
「食い殺してやろうぜ!!」

11)

 
「そういえば、空人。お前イカサマしたろ?」
「は?何言ってんだ藪から棒に・・・」
本当の出校日の放課後、俺は奏と一緒に部室で例にならってポーカーをして遊んでいた。
なんで、いっつもポーカーなのだろう?はまっているんだろうか?
「コイントスの話しだ。俺が気づかないとでも思ってたのか?」
「あぁ・・・」
あれは、近所のゲーセンのコインをたまたま持っていたものだ。
どっちが表でどっちが裏かなんて宣言していなかったし、というよりそもそも、あのコインのどっちが裏で、どっちが表なのかなんて俺自身わかっていなかったのだから、
実際、同じようにどっちが勝ちで、どっちが負けなのかなんてわからないのだ。
俺が表だと、宣言した時点で俺の勝利が確定していた。
まぁ、ばれていたからと言って大して驚きはしなかったのだけれど・・・。
「騙すならもっとうまくやれよ。今なら弟子入りさせてやってもいいぜ?」
「嘘つきの師匠ってなんだよ・・・」
「まぁ、冗談だけどな・・・。」
「・・・・・・・・・・・」ですよね!!
「そういえば、今日はこのあと焼肉パーティなんだっけな?カラシちゃんの家でやるのか?」
「まぁ、そうだな・・・。どういうわけか校長先生が感動したとかで焼肉の予算を大量に出してくれたとかで、本来は『部活』メンバーでお金出し合ってやるつもりだったんだけどな・・・」
「なるほど、校長とカラシちゃんが妙に仲良さげにしていたのはそれでか・・・。俺はてっきりそういう事なのかと思って、ビビッたよ。」
「そんな事があってたまるか!」
「いや、でもどうなんだろうな・・・。カラシちゃんの枕営業で校長を抱き枕にして、そのチップとして・・・」
「うまくねぇんだよ!なんて事言ってんだお前は!?」そんなブラックな話し聞きたくねぇよ!
「まぁ、カラシちゃんだしな。うん・・・ありえないな」
想像つかねぇな。と奏。
「当たり前だ。それに雲雀先生も手伝ってくれたんだから、あの人もあの人で上機嫌だったろ?」
「あぁ、そっかあの人も参加するんだな・・・。まぁ、雲雀さんの事だからさぞかし踏ん反り返って飲み食いするんだろうな・・・」
そういえば、カラシちゃんと雲雀先生は二人で期待以上の仕事をしてくれたらしい。
というか、しでかしてくれたらしい。
町、地元の思いつく限りの場所に拡声器とかスピーカーを設置し、あまつさえハッキングだのなんだの、なかなかあざとい事をして、まさしく町を食い殺す・・・飲み込む程の演出をしでかしてくれたらしい。
枕営業だのなんだのをしていそうと言ったら、むしろ雲雀先生の方だろう。
「しかし、あれだけのことをして、なんでお咎め一切なかったんだろうな。」
「いや、実際にはあったんだよ。片付けをしているところを教頭に見つかってカラシちゃんだけ大目玉だった。まぁ、雲雀先生がカラシちゃんを生贄にして逃げたんだけどな。それを、校長が間に入ってフォローしたって感じだよ。あの校長、カラシちゃんを孫みたいに扱うとこあるからな・・・」
「ふぅん・・・」
お咎めは無かった。
どこかでうまい具合に、偶然プラマイゼロにでもなったんだろうか・・・?
けれど、あれだけのことをして、何もなかったことはやっぱり無かった。
翌日のニュース、朝刊の新聞の見出しには、俺達のしでかした悪行三昧、落花狼藉が迷惑千万が書きなぐられていた。
しかし、あの迷惑ライブでの伝説は文字通り都市伝説、噂として、攻め立てられることはなく、一部の人間にしか真相は明らかになっていなかった。
そういえば、実はこれは俺の知らない事だったわけで、知った当初「お前、そんな事一言も言ってなかっただろう!?」とつっこんだものの、奏は「聞かれなかったからな・・・」
なんて言った。
美子に教わった事だ。まったくあいつも口の軽い女だと思うけれど・・・。
奏はバンドを始める前から既にファンがついていたらしい。
某動画サイトでソロのアーティストとして活動していたという。だからこそ、学校をはじめ町全体に歌声が広まり、もともと居た隠れファンが顔を出し始めたわけだ。
そして、そのファンは拡散して群れていた。学校に来て見るとクラスメイトの半分以上は奏の話しで持ちきりだったりした。夏休み前の騒動とは真逆で、手の平を返すように黄色い声を上げていた。まったく都合のいいものだ。
そして、それはあの諏訪部さえも虜にし仲直りしたのだという。甚だ都合がいい話しだ。
「まぁ、歌声と地声って意外とわからないらしいからな。今まで気づかなかったんじゃないか?」
「まぁ、確かに別人みたいだったな。普段から聴いてはいたけれど・・・、なんか本物はここにいたって感じだな。」
「本物?何言ってるんだ?俺は嘘つきだよ。お前の言うとおり嘘つき狼だ。」
「いや、お前はあの日に本物になったんだよ。楽しかったんだろ?それは裏でも表でもなく、『立花 奏』じゃなくて『立花 叶』っていう本物でしかできなかった事だろ」
裏とか表とか嘘つきとか偽者とか考えず、ただ奏は吼えただけだった。
それだけに過ぎない、楽しい事をしていた。
町を虜にした。食い殺したのだ。
「くっさ!」とか言われた。「クサヤを数日間放置したくらい臭いな。」とか酷い事言われた!そして、散々笑いものにした後言った。
「・・・そうだな。うん。そうだ。けれど、まぁ俺はこれからも嘘をつき続けるぜ。俺らしく、嘘つく。」
俺は、狼だからな。
彼女、立花 奏はそう言うのだった。
 
ところで、このコイン、いつの間に俺のポケットに入っていたんだろう・・・?
それも、知らない間に入っていたものなのだろう・・・。
それも、もしかして嘘の反対側なのだろうか・・・・

ノストラダムスの狼言綺語

おはこんばんちわ(Φ∀猫)ノ
Cheshire猫ですの(Φ∀猫)!!
あとがきです!!
 
夏です。
すべからく夏です。
もともと夏は心躍るものだったはずなのだけれど、それは外に出て初めて思う幻想なんじゃないかと思うんです。リア充なんじゃないかと思うのです。
夏らしいことって何かしたっけ?俺は蚊取り線香に火をつけました。
あとは・・・アイスを食べました。
どっかで花火の音を聴きました!自転車をこいでいるときに顔面に蝉が飛んできました!
・・・・・・・病院いきました。
近所で火事があって、雨が降ってました。誰かが悪戯をしたとかそんな噂が・・・
俺はバイトをしていたので、それどころじゃありませんでした。故に犯人は俺ではありません!
それでも、ボクはやっていない!
 
奏の話しにしてみました。
奏を書いてて思った事は、やべぇこの人めっちゃカッコいい!!だった。
満足してしまった・・・。
久々に書いてて楽しいストーリーになりました。
あ、俺もギターやってます☆
 
因みに、タイトルの『狼言綺語』とは四字熟語の『妄言綺語』と狼を混ぜた個人的な造語なので調べても無駄ですよ♪

ノストラダムスの狼言綺語

恋愛でもなければスポ魂でもグルメでもないちょっとした自己満足、エゴのような嘘つきでジェンガみたいに不安定な物語です。 ひょっとしたら主人公・・・なのかもしれない少年・巽ヶ丘 空人を視点にした物語です。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-14

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著作権法内での利用のみを許可します。

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