ヘイズ~2話~

それぞれ家を飛び出した詩と長閑。しかし日常を壊す影は近づいてきていて――

前回の続き――

眼をさました時には日はたっぷり暮れ暗闇が窓の外を覆っていた。
 いつからふりだしたのか雨が窓を叩いている。雨はなにかしら憂鬱にさせる効果があるのではないかとうんざりしながら窓に背を向けた。
 昼からなにも口に入れてなかったが不思議とお腹はへっていない。
 詩は暗い部屋の中手探りで電気のスイッチを探してつけた。急に明るくなり目がくらむ。少しくらくらするがそのままカーテンを閉めようとして窓の外を覗く。
 偶然だった。しかしそれは必然だったのかも知れない――詩は気づいた。
 女の子が外を走っている。
 制服姿で。
 こんな暗い雨の中、たった1人で。
 なぜ?
 詩が目をこらしていると少女は詩の家の前あたりではっとしたように立ち止まった。そして――詩のほうをずいっと向いた。
 一瞬びくっとする。それから詩は動けなかった。
 少女の目がちらっと光る。
 まるで強い光を見つけてそれに反射したように。
 輝いたのは一瞬だったがその光は確かに詩の心に刻まれた。
 そう。
 詩はその目の奥にひそむ寂しさに魅せられていたのだ――もっと少女のことを知りたい。
 詩の心が初めて『欲』に支配された。
 そのまま世界が止まったようにさえ感じた数秒間は案外すぐに終わった。
 少女は目を背けてまた走りだす。それはこの世の全てから逃げ出しているような小さな背中だった。
 詩はその後ろ姿を見ながら思った。あの少女を救うことができれば、もしかしたらこの大嫌いな自分を少しは好きになれるかもしれない。生まれて初めてのこの感覚に身を投じれば――何かが変わるかも知れない。
 詩はカーテンをそのままにしてベットから飛び降りると机に向かった。机の上に貯金箱を引っ張り出す。それを壊して中のお金をかき集めて財布にぶちこむ。携帯と財布をポケットにつっこむとドアを開けた。
 階段を一段飛ばしで駆け下りていると母さんの驚いた声がした。
「こんな時間にどうしたの!今のはなに? 上から大きな音が聞こえたじゃない」
「外に行ってくる」
「外って雨が降っているでしょ! 止めなさい」
 母さんが呼び止める声を無視して玄関に行くと傘を2本掴んだ。いつもの靴をはくと外へ飛び出した。
 雨はこの数分でさらに激しさを増している。携帯の待ち受けをみると11時を少し回ったところだった。
 詩はにやっとし、怒りの叫びを背中に受けながら雨のしたたる暗闇に飛び込んでいった。
 詩はこの衝動をなんというのかはっきり自覚していた。それは初めて起こった詩の『欲』であったのだ。


3始まる~長閑
 最悪だ。
 長閑はそう思わずにはいられなかった。
 今日の3時間目の数学らへんだろうか。ついうとうとしてしまった。話が全く分からなかった。そして、そのまま居眠りに突入してしまった。
 そしてバッと跳ね起きた。
 夢に出てきた『彼女』に驚いたのだ。
 いや、驚いたじゃすまない。そう、長閑はかなり動揺していた。今まで思い出さないように自然にストップをかけていたのかもしれない。あの嫌な記憶を。そう感じるほどに強烈。
 長閑は教室の『人型』からの視線に耐えられなくてすぐに保健室にいった。
 そこでもまた夢を見たのだ。
 今頃『彼女』が姿を現すなんて。長閑は起きてすぐの頭でボーっと考えた。悪い知らせかもしれない。だって――『彼女』自身がそうだったのだから。
 長閑は保健室のベットから降りた。
 先生はいない。
 帰ろう、そう思った。灰色の世界なんてなにも心安らぐものなんてない、があるとすれば家はそれに近いものだった。
 休み時間に教室に戻り、荷物の整理をして勝手に教室を出た。
 今はその帰り道である。
 長閑がぼんやりと歩いていると前方から1人の少女が歩いて来るのが見えた。さけなくちゃ。長閑がよけるように歩くと驚いたことに少女はそこで立ち塞がるように止まった。
 年齢的には高校生くらいだろう。腰ほどまである長いツインテールの髪で金髪である。その輝きをみるにあれは元々の髪の色だろう。目は茶色。すらりと背は高く長閑より頭1つ分は大きい。全身を明るめの色でコーディネートしている。そして勝ち気な顔をして長閑を見下ろしていた。
「空島長閑だね?」
 少女は名乗りもせずに聞いてきた。というかその口から日本語が出てきたことのほうに驚いた。
「えっと…誰ですか?」
 長閑としてはそう聞くしかない。
 みんな同じ灰色のフィルターがかかっているのに名前なんてあまり意味はない、でもまず名前を聞いておいたほうがいいというのは分かっていた。
「あ、忘れてた」
 少女は舌をだして微笑んだ。
「音羽緋香莉っていうんだ。よろしくね。のどかちゃん?」
 長閑はいろいろ聞きたいことが頭の中をぐるぐる廻っておかしくなりそうだった。えーと、まず聞くことは――なんで名前を知っているだろう?
「私がきたのは一応忠告――かな」
 長閑にかまわず緋香莉は話を続けていく。
「このまま行くと私は君を殺すことになるんだ。ここまではおっけー?」
 おっけー、なわけがない。初対面の人が名前を知っていて、しかも殺すといっているのだ。意味が分からん。
「えーとなんで私を……」
「殺すのか?うん知らなくていいよ」
 あっさりと返されてしまう。
「1つ言いにきたのは夜が明けるまで今日は二度と家をでないで。――それだけ守っていれば殺さないから」
「てか殺す理由を教えたらそれこそ殺さなくちゃいけなくなるから、さ」
 長閑はまだ頭の整理がつかなかった。取りあえず今日は家から出ないようにしよう。
「じゃあな。もう会うことがないといいね」
 少女――緋香莉はくすくす笑いながら長閑とは反対方向に去っていった。
 そんなに用件だけテキパキテキパキ話されても。
 あとに残された長閑はなにがなんだか分からないというような表情で立っていた。取りあえず帰ろう。それから考えよう。しかし長閑は考えることが苦手だった。というか、集中することが苦手なのか。
 長閑は家へと続く灰色の道をまた歩き出した。


 夜。
 目を覚ましたのは今度は「彼女」のせいではなく親の怒鳴り声だった。
「長閑!きなさい!」
 まだ重いまぶたをこすりながら声のするほうに歩いていく。この様子だとリビングだろうか。結局帰ってすぐ眠ってしまったからなにもしていない。
「ふわーあ」
 あくびをかみ殺しながら部屋に入るとものすごい形相の母親(灰色)がいた。
「遅くに仕事から帰ってきたと思ったら…」
 こっちを睨み付けている。
「先生から電話が来てるじゃない。勝手に学校から帰ったの?」
「うん」
 ちらっと時計をみた。10時半すぎか。
「どういうことなの?先生心配してらっしゃたじゃないの」
「あーうん」
「聞いてるの?大体いつもふらふらと―」
 いらいらする。怒っているようで自分の評判ばかり気にしている母親。世間からどう見られているかを誰よりも気にしている母親だ。そんな人の子供が小さいころから灰色の世界に生きているのだ。
 ほんとにくだらない。
 さっきから自分勝手なことばかり言っているんだ。昔から灰色の世界について相談にのってくれたことは一度もなかった。唯一もらったアドバイスが「人前でそんなことを言っちゃだめ」である。
「うるさいなあ」
 つい心が言葉になってでていってしまった。
 もういいや。
 心のなかでため息をつく。
「あんたが気にしているのは私が休んだことで周りからどう思われているかどうかだけなんだろ?」
「はあ?あんたって何様なの!」
 かみつくのはそこか。まったくあきれる。
「私はここを出て行く」
 目の前の「人型」に静かに告げた。
「もう関わらないで、あたしも邪魔はしないから」
 そういうと長閑は目の前の娘を信じられないという顔で見つめている「人型」にくるりと背を向けると玄関にとびこんだ。
 少女の言葉が響いた気がした。
 『外に出たら殺さなきゃいけなくなる』
 もうここまできたらどうなってもいい。
 数秒後に玄関からでてきたのは2番目に大きな束縛から逃げ出した少し自由になった少女だった。


 

 
 とりあえず走ることにする。この街から逃げだそう。
 20分ほど走っていて気づいたら住宅街に迷い込んでいた。長閑はアパートでしか過ごしたことがない。しかし一戸建てもアパートも同様に灰色のフィルターがかかっている。長閑にとって両者に特に違いはない。
 住宅街の間を駆け抜けていく。だんだん激しくなっていく雨さえも今の長閑には気にならなかった。それぐらい気分がよかっ…。
 長閑は突然立ち止まった。そしてゆっくり左側の家をみる。
 今まで何度も通り過ぎていたような2階建ての家だ。家自体はほかとなにも変わらない。
 しかし、そこの住人が――正確に言うと2階の窓から顔を出している少年が普通じゃなかった。
 その少年には色がついていた。
 灰色ではない。髪も、肌も、服も。まるで輝いているような、「色」。
 「彼女」の顔がふと浮かんだ。
 そうか、あの夢は、これのことだったのか?分からない。けど導いたくれたのは「彼女」だと思った。思わずにはいられなかった。
 目がくらむ。
 何年ぶりかに『色』を直視してしまった。
 長閑はもとの道に目を戻す。やっぱり灰色だ。なにも変わっていない。あの少年のことは忘れよう。
 また走り出した。

ヘイズ~2話~

次からショッピングモールでの戦闘編になります。
ではでは~

ヘイズ~2話~

それぞれ家から逃げ出した詩と長閑。日常を壊す影は2人に迫っていく――。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted