それでも愛しい彼との幸せを願う

それでも愛しい彼との幸せを願う

 顔をグシャグシャにしながら泣き、あいつを止めようとする彼女も。怒り、怒鳴りつけながらあいつに突進する彼も。驚きのあまり凍りついた彼女も。あいつが少しでも後悔すればいいと、想いを込めた視線しか送れない俺も。皆、おまえを愛してる。親愛という意味を込めて。

 「愛しい親友たち、ってもう伝えちゃったけど、まあいいや。――俺こと橘明人(たちばなあきひと)は、君たちの事を愛している! だから、この想いを贈ろう!」
  廃ビルの、窓枠だけはまった窓辺に座り、両手を広げながら声高らかに愛していると宣言するあいつ。
  いつもなら、「ふざけるな、馬鹿野郎」って、軽口も叩けるのに。そんな事も言えないのは、きっとあいつが真剣な瞳をしているから。少しの後悔も、未練も、全部全部残さず混ぜ込んだ、しかし決意に澄んだ瞳は、止めようとしても無駄なのだろう。
 だから、俺もおまえに贈ろう。(皆も贈る、それぞれの想いを)
  「俺の精一杯の愛を籠めて!」
  ありがとう。(俺の命を救い、出会ってくれて)
  「ありがとう!」
  ごめん。(おまえとの約束が、守れなくて)
  「ごめん! そして最後に――」

  さようなら。(次逢う時は、別人になっても探し出してやる)
  「さようなら! 愛しい君たち!」

  感謝と謝罪と別れを告げて、止める彼らの手は空を切り、あいつは真っ逆さまに落ちて逝った。

 あいつの葬式中、ずっとリピートされる表情。最後の顔。あいつの、半分嬉しそうに笑って、半分苦しそうな、泣きそうな顔。ぐちゃぐちゃに混ざって、どっちが本当かわからない顔。たぶん、全部本当なんだろうけど。
  泣きじゃくりながら、あいつの名前を呼ぶ彼女。不機嫌なのは確かで、けれど、赤く腫れた目元を隠す余裕がないのも確かな彼。二人は目の前まで行って、止められなかった二人。
  驚きで凍りつき、なにもできなかったと静かに唇を噛み、泣く彼女。
  憎まれ口と、感謝と謝罪とかってに取り付けた約束を告げた、俺。
  ふ、と右肩がひんやりとし、重くなる。原因があいつの手だったらいいなぁ、なんて。

  「君たちの幸せを永遠に、願うよ……」

 俺は勢いよく振り返る。そっと呟くような声だった。けれど、それは確かにあいつの声で。
  振り返ったのは皆も同じようで、周りに怪訝な顔をされたが、もうどうでもいい。
  今のが最後の遺言だったら受け取らない。それにおまえも受け取るなんて思ってないだろうし、俺の声がそもそも届いてるかわからないけど、
  「おまえと俺たち全員の幸せを願えよ。じゃないと意味がないだろうが……」

 最初はあいつと同じくらいの、そっと呟くような声で。最後は「馬鹿野郎」と口の中で呟いた。
  あいつがどんな顔をしていたか、もう確かめるすべはないけれど。

それでも愛しい彼との幸せを願う

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それでも愛しい彼との幸せを願う

注意:死ネタ(死亡)表現有り。グロはありません 「愛しい彼らに幸があらんことを」の別視点バージョンです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-08-12

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