殺すまでが結婚
殺すまでが結婚
「ちょ。今すごいこと言ったよね」
そう言って野仲美花は芹沢俊介の横顔を見る。
「そう?俺いつもそう思って結婚生活送ってるけど」
「殺すってなんだよ。死ぬまで、でしょ」
「いや、嫁を幸せに殺してあげるのが旦那の務めよ」
そう言って俊介は煙草に火を点ける。
車が高速道路の料金所にさしかかる。
「ごめん、お金取って」
「ETCつけとけよ」
「この前の事故で大破したから仕方ないの。
今保険屋さんに頼んでるから大丈夫なの」
「でもほんとに怪我大したことなくてよかったよ」
美花は俊介の頭に巻かれた包帯を心配そうに見つめる。
「これはもう全然大したことないよ。ふりふり」
「なるほどね」
「でも怖いんだよね。もうなにが怖いって
センターライン越えてきそうにない車にも体が反応しちゃって」
「どういうこと?」
「だから、もうすれ違う車すれ違う車全部この前みたいに
センターライン割って突っ込んでくるんじゃないか、みたいに思っちゃうんだよ」
「恐怖だね」
「軽いな」
美花をちらりと見て俊介は言う。
「だって経験してないから」
「お前いっつもそうだよね。
いっつもそうやって突き放すよね」
「だってわかんないんだもん」
「リアルにわかることしか興味がないの」
「マネしないで」
そう言ってぷうっと頬を膨らませて美花はそっぽを向く。
田園地帯が広がるK市は交通の便はとても悪いが
美花はとても気に入っている。
「あ。ヘル中だ」
「ほんとだ。かわいいね」
夏休みのクラブ活動で登校しているであろうジャージ姿の中学生たちが
車の脇をすり抜けていく。
「なんか私たちにもあんな頃があったんだねぇ」
「あったよ。でも忘れたけどな」
「馬鹿みたいなことしか覚えてないよね」
「ああ、そうだな」
「ポテチに七味とかムースとかつけて食べてお腹痛くなったりとか」
「あはは。なにそれ。ばかだねー」
「俺はつれが峠を全裸でフルフェイスのメットかぶってチャリで疾走とか」
「ぎゃはははは!馬鹿すぎる!」
「警察に通報されてさぁ」
「馬鹿だ馬鹿」
「でもいい思い出なんだよな」
「その辺の線引きはもうぎりぎりのとこだよね」
「?なにが?」
「だからぁ、警察に捕まるかもしれないっていう線引き」
「そうだね。生きるか死ぬかかと思った」
「そっちの線引きはまだ幼かったからわかんなかったよ」
そう言って美花は手に持っている花束に目をやる。
百合はそれらしいから省いてくれとお願いして
あとはお任せにすることにした。
太った中年の女が店先やガラスケースに入った花をぽいぽいと手際よく
一つにまとめてくれた。
花の名前には全く関心がないので入っているこの花たちの名前を
美花は知らない。
「なにしてるかね、今頃」
なんとなく美花は俊介に聞いてみる。
「のんびりしてんじゃねーの?忙しいやつだったからさ」
「ちょかすけだよね」
「?なにそれ?」
「ちょかちょかちょかちょかいっつも動き回って先生によく怒られてたじゃん」
「ああ、なるほど」
俊介が右にハンドルをきる。
美花と俊介にとっては毎度おなじみの風景がもうそこまできている。
「元気でいるといいね」
「それは間違いない。保証する」
「転生できてるかな」
「それは知らない」
静かに俊介がタバコをくわえてそれに火を点ける。
「できてるんだとしたら、今頃どこかな」
「近くにいるのかもね」
「・・・そうだったらいいな」
「いつか会えるかもしれねーじゃん。それまで頑張って生きようぜ」
「でもそうなってくるとこれは意味あるのかな」
「それは儀式みたいなもん。こんなことでもしないとお前と2人で会えないし」
「そうだね」
「今日もやってく?」
含みを持たせ顔をして俊介がそう尋ねる。
「・・・考えとく」
自分の腕の中にある小さな花束を見つめながら美花はぽつりとそう呟く。
完
殺すまでが結婚