走る君に

土屋 碧

中学3年、最後の夏の話です。

最後の夏は

 野球部は県大会に進むことができなかった。

 
その事実が中学校いっぱいに広まると、よい形で部活をしめくくろうと汗を流して練習していた3年生は
驚き、戸惑った。

 私もその1人で、聞いた途端に「なんで?」と思わず口からこぼれてしまった。
 
 あ、と思ったときはもう遅くて、せっかく話してくれた野球部の福井君は弱い笑顔を見せた。
 
 「審判が向こうのチームびいきで・・・まぁ互角だったし、それがなくても勝てたかはわかんなかったけど」
 
 はは、と口から出たただの文字みたいな言葉を聞いて、私はそっか、と言うことしかできなかった。

 でもまあ俺はヒットを打てたからよしということにしよう、と福井君は冗談っぽく言い、私はうん、おつかれさま、と人並みのことしか言えなかった。 

 おとといの朝のことを振り返りながら、私は階段を上る。

 7月の5時を過ぎた頃の校舎。校庭で部活をしている賑やかさとはかけはなれていて静かだ。

 かばん棚に習字道具を置いてきてしまった私は部活を抜け出し、それを取りにきていた。3年生になってもう3ヶ月も過ごしたこの教室からは、校庭が窓側からよく見渡せる。

 私は棚から忘れ物を取ると、閉まっている窓に手をそっと当てて校庭を見た。

 右側でサッカー部が、その後ろで陸上部が最後の大会に向けて練習している。

 左側に、野球部はいない。

 1、2年生も今日は練習がないのかな、と思いつつ、ほかの部活より先に引退した同級生の姿を探してしまう。

 野球部の練習をここから眺めたことはなかったが、打ってベースを踏んで、白球を追いかけた3年生は
市の大会の前日まで確かにここにいたのだ。

 「今年も県で優勝」という高い目標を持っていたにも関わらず、市の大会で負けてしまったことに生徒は驚いたが、それより寂しいというのがやはり一番だろう。

 野球部の掛け声、挨拶、整列、練習。

 それが聞けなくなったり見れなくなったりして、ほかの生徒は寂しいはずだ。それに、誰よりも寂しくて 悔しいのはプレーした野球部員だろう。特に3年生は・・・・・。

 ― もう戻らなきゃ、と私は校庭を背に教室を出る。

 そうだ、私は県大会に行けるんだ。行けなかった野球部の分までがんばらなくちゃ・・・。

 3年生になって初めて行けることになった県大会を、私はがんばらなくてはならないのだ。

 1階に下りて渡り廊下を歩き、卓球部の部室がある校舎の端っこの空き教室へ行く。中では後輩達と同輩が練習をしている。

 弱小卓球部!と福井君やほかの野球部の男子にからかわれていたけど、やっと県大会に行けるんだ。

 部室の前で習字道具を持ったまま立ち止まる。私はユニフォームにも着替えていない。

 ―なんだろう、この感じ。県大会に行ける、のに。
 
 去年とは明らかに違っていることがあるからだ、と1人で結論を出す。
  
 すると、歩いてきた渡り廊下のほうで、男子が大人数話しながら校庭のほうへ行くのが小さく見えた。
ここからじゃ校庭は全く見えないので、私はまた渡り廊下に戻って彼らと校庭を見た。

 1から15までの背番号。白と紺のユニフォーム、ボール、バット、グローブ、白球。

 それは引退したはずの3年生全員だった。

 なんで、とぽかんとした私のことなんて気付きもせずに彼らはどんどんいつもの練習場所へ行く。

 9番の川上君や5番の三角くんが、福井君と一緒に笑っている。

 西日が強くて横を向いてしゃべるたびに眩しそうな顔をしている彼。

 またぼうっと立っていると、30mは離れたときに福井君が私に気付いた。

 「あかりーーーーっ」

 ブンブンと手を振るもんだから、残りの14人も一気に私を振り返る。

 こっちこいよーー、と言うから私は校庭をななめにつっきって彼らの元へ行った。

 「うわ、なにそれ習字道具?」

 あ、と持っていたものをぱっと隠し、聞く。

 「みんなで、なにしてるの?」

 校長先生がー、7月いっぱいまでは練習していーぞって許可くれたからー、やんの、と福井君は言った。

 「やるかどうか迷ったんだけど、まだ野球したかったからさ」

 川上君は横を見ながら言った。9番ライトの彼は身長が高くて、私より10cm以上の差をつけているはずだ。

 「ま、練習するから見とけば?」

 福井君はそう言うと、じゃ、始めよう、と言って準備の指示をした。私は彼の横で習字道具を抱えながら
ただ見ていた。

 校舎と校庭はオレンジ色に染まっていて、深緑のフェンスがよく似合う景色だ。向こうでピッチャーの岩井君とキャッチャーの益留くんがアップをしている。

 福井君は私が持っている習字道具を重そうに見つめると、愛用していたであろう使い込まれたグローブで校庭の真ん中を示した。直射日光になるので手で夕日を遮りながら、向こうに立っている彼を見る。

 「川上、あれとるよ」

 誰かがフライを打ち上げた。

 オーライ、オーライ、と言って川上君は数歩進みながらグローブを構えただけでなんなくとった。 

 うん、とったね、と私は福井君に言うと、彼も眩しいのか、目を細めると帽子のつばをぐっと深くかぶった。

 「県大会行けなかった」

 私は少し戸惑ったが、うん、と答えた。

 「優勝できなかった」

 うん・・・

 バットでボールを打つ音が心地いいのか、グローブにおさまる音が気持ちいいのか、普段はおちゃらけているな彼がこんなにも思いを込めて話しているのに、私は不思議と平常心でいられた。

 「県大会行けないやつの気持ちが分かったよ。2年間バカにしてごめん」

 「いいよ、別に」

 私はなんのためらいもなく答えた。変な間はあけたくなかった。習字道具をぎゅっと抱え込む。

 「でも、一緒に行きたかったね、県大会。私やっと行けるのに・・・・」

 うん、と彼は弱気に言った。

 中学生になって初めて話しかけてくれた男の子は、ムードメーカーで、自信家で、おちゃらけで、卒業するまでずっとこんな感じの人なんだろうなあ、と思っていた。
 
 けど、私が試合前で部活時間が延長になったときに、もう野球部はとっくに帰ったはずなのに彼が1人残って素振りをしていたことや、中3になって測った50m走のタイムが0.1秒落ちていたのを気にして部活のない日も走りこみをしていたのを私は知っている。

 彼は人一倍努力をしていた。

 「けど、ヒット打ったんでしょ?努力の結果だよ、すごいよ」

 もう、おとといみたいな文字だけの言葉は聞きたくないから。

 「―おう」

 彼は帽子のつばをぐっと上げると、なにか吹っ切れたように白い歯を見せて笑った。

 「高校入ったら全国行ってやる」

 「うん!」

 彼は乾いた地面を蹴って走り出した。川上君のとるはずだったフライを横取りし、笑っている。

 そして今度はバッターをすると言ってホームに立ち、アップの終えた岩井君が投げた速球を校庭に響く金属音で高々と打ち上げた。サッカー部のほうまで行くかもしれない。ホームランだ。

 けど福井君はのんびりなんて走らない。速く速く、ベースを蹴ってホームへ帰ろうと走る。

 「あかりーっ、ホームラン!!」

 大声で叫ぶ彼の顔は、ちょっと野球をしただけでもう土ぼこりでよごれている。

 私は頭の上で大きく丸をすると、彼は笑ってヘルメットをはずした。


 走る君に翼をあげたい。そしたらもっと遠くへ行けるから。

 それともやっぱり君は、走るほうが好きですか?

  

走る君に

閲覧ありがとうございました。

初めての作品でしたが、おもしろく読んでいただけたら嬉しいです!

走る君に

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-10

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