赤いひつじ雲
春1
ネクタイを緩めてダラダラと歩いてガイダンスの行われる講義室を探す。何度か講師らしき人間とすれ違うがかまやしない。どうせ、学生の風紀など乱れているものだと思っているし、出資者の集まる厳粛な入学式に出ているわけでもないのだ。
ガイダンスが2階の中途半端な位置にある講義室で行われる事を確認すると僕はドアを開いた。
木製の堅そうな机と椅子が整然と並んでいる中、女の子が一人退屈そうに携帯電話のボタンを押していた。学生を見下ろすような位置にあるスライドを見て席を確認すると、どうやら僕が座る席の隣のようだ。百人以上入る講義室に二人しかいないのに見知らぬ女の子の隣に座るというのも気が引けたが後で席を移るのも面倒だ。僕はそのままそこに座った。
「あんたんも寒いから出てきたんけぇ。北陸の4月はまだ冬なんに何であんなん寒い体育館で入学式やるんやろうね」
「僕はただ単に式に出るのも人ごみの中を歩くのも面倒くさいからサボっただけだよ」
退屈そうだった彼女は手の中にある液晶画面より、目新しい同級生の方が暇つぶしになると思ったのか、はたまた、ただのコミュニケーション依存なのか僕に話しかけてきた。
「節目節目は大事なんやからちゃんとせんな」
「ブーメランだろ、それ」
「うちは出てたけど寒いから抜けただけやし、ちゃんと理由あるけどあんた違うやん」
「僕はかしこいから出る前に寒いって気づいてたんだよ」
さっきメンドいって言ってたやんと笑うと手の中で転がしてた携帯電話を開いた。僕が怪訝な顔をしていると彼女も怪訝な顔をした。
「ナンパじゃないん?なんか暇潰せたから番号交換してもいいと思ったんに」
「いや、ナンパじゃないよ」
「こんなん空いてんにわざわざ隣きとるからナンパやと思った」
「ここ、僕の席だから。でも折角だから交換させてもらうよ。工業系で女友達できるか謎だし」
僕も自分の携帯電話を開いて赤外線を彼女の携帯電話に向ける。
「じゃあ、また連絡してきてね。こんかったらこっちからするし」
そういって彼女は携帯電話を閉じた。そのとき見えた色素が薄く存在感のない手には真っ白な線が手より白いのに危うげな主張をしていた。
赤いひつじ雲