夜空に箒をかけて

元々は秋の小説賞用のネタとして考えてましたが、つい先日「自衛隊宇宙部隊設立」が正式に発表されてしまったので、ネタ自体お蔵入りになりました。
でも、もったいないので、書き散らかしてみた。

「物語」ではなくて「設定」だけで字面を埋めてしまうのは悪い癖ですね。
短編だからこそ濃縮された物語を書かねば(苦

《…船体、姿勢安定。…エンジン噴射開始。…これより、作戦行動を開始します。》

「しっかし先輩、俺たちってなんの為に船に乗ってんスかね??」
「ん? なんやのん、急に」
「いや、マジでここに入るのしんどかったんスよね〜。試験の倍率なんて女子アナ並みっすよ。しかも面接は最初と最後だけで、あとはずっ〜〜〜と実技試験…」
「そうやな〜。私の時もめっちゃしんどかったわ。大学の同期の男の子なんか、私ん所に泣きながら電話かけてきて、俺にはもう無理だ、お前は頑張れとか言うてはったわ。実際電子部品の分解組み立ての時にはもう姿無かったし」
「あぁ〜それちょっとわかるっス。俺も受験するまでは結構自身あったんスよ。ところが毎日毎日機械をバラして組み立てる作業をさせられて、周りを見るとメンバーがドンドン減っていって。毎日弄る機械は複雑になっていくのに、時間制限まで短くなっていくんで、マジで胃が痛くなったスよ」
「あんたがなぁ〜」
「え、どういう意味っスか?」
「いや、別に〜」
「それが入隊してみたら毎日毎日宇宙船に乗ってるだけ。宇宙船はオートパイロットで、シートに座って地球をグルグルグルグル回るだけ。たまにするのは、羽根についたデブリの掃除くらいって」
「ま、かなり楽な仕事やね」
「そうそう。俺がこんなこと言っちゃ元も子もないけど、人件費の無駄じゃないかって思うっスよ。だって、俺たち結構貰ってるじゃないっスか?」
「あぁ、貰ってるな〜。さっきの男の子ももう課長やって言うてたけど、給料は私の1/3やて」
「そうなんスよね」
「んで、ホンマになんで私らがこうやって船に乗ってるか、わかってないのん?」
「ん?」
「ん?ちゃうわ。ホンマにわかってないんやね…」
「はぁ…?」

 日本国自衛隊宇宙舞台特殊作業チーム。国家公務員でありながら、同時に国際公務員扱い。国際宇宙ステーション3号機を基地として、毎日地球の周囲に浮遊しているスペースデブリの回収任務を受け持っている。
 自衛隊所有の船体は8基。高軌道用3機、低軌道用5機。30名の隊員が交代で乗務する。
 一度宇宙に上がれば、半年は地球には降りられない。

「給料もらっても、正直使い道ないんよなぁ」
「そうっスね」
「私なんか、もう株に外貨に国債にと、投資三昧やわ」
「うわ、堅実っスね」
「そりゃ、そやで。この歳で宇宙勤務やったらもう結婚相手も見つからんかもしれんからね。地球に降りて退官しても食べていけるようにせななぁ」
「もう、堅実過ぎて可愛げがないっスね」
「あら、それセクハラ? 私、上官やけど?」
「いや、あの…」
「冗談やって」
「もう、やめてくださいよぉ」
「退屈やから、可愛い後輩でも弄って遊ばなな」
「え〜、それパワハラっスよ〜」
「ちゃうちゃう、愛情やって」
「マジっすか? それマジっすか?」
「あ、そういう意味じゃなくて、先輩後輩としての、やからね」
「そうっスか…」

 宇宙船の下には青く光る地球。
 2人の乗る低起動用回収船2号は、大気圏スレスレの高度を回収用ネット(通称、羽根)を広げながら航行している。ネットは文字通りの『網』ではなく、強い電磁気を帯びた金属製の幕である。低軌道用回収船と高軌道用回収船では、エンジン等の機関部の他にこのネットの強度や大きさが異なる。
 2名の乗務員はパイロットではなく、あくまでエンジニアである。操縦はステーションを出てから帰還するまでずっとオート。実際パイロットの技術は必要ではなくて、入隊後の訓練で操縦方法を習得する。

「先輩の次の乗務っていつっスか?」
「ん? 今日はこのあともう1便。あと明日も乗るよ。一昨日非番やったから、5連勤ですわ」
「そうっスか〜。俺は明日非番なんスよ。かといって地球に降りられる訳でもなく、ステーションの中で本でも読んで、筋トレして終るだけって…」
「若い『野郎』は欲求不満なん?」
「うわ、それ完全にセクハラ&パワハラっスよ」
「良かったら明日の夕飯付き合ってあげてもええで。ただし、食堂の裏メニュー限定でご招待いただければ、やけど?」
「遠慮しておきます。先輩、リアルに競争率高いし、次の乗務で他の先輩と組んだ時がマジで怖いっス。本気でいじめられるっス」
「あら〜、私って高嶺の華なんや〜。って、どうでもいいけど、地球に降りたらお見合いしまくったろって思ってんねん。この狭いステーションの中でくっ付いたり別れたりしても、居心地悪くなるだけやん」
「うん、それすんごいわかるっス。下手にオペレーターの若い娘に声かけて、後でこじれたら目も当てられないっスもん」
「悪かったな〜、若うなくて」
「いやいやいや、先輩も十分ストライクゾーンっスよ」
「へ〜、あんたはデッドボールやけどな」
「酷い…」

 普段の乗務は無駄口に溢れている。
 国際宇宙ステーションの中に間借りをしている自衛隊員にとっては、この無重力で無酸素で閉鎖的な空間を健全に過ごす為に重要なことである。
 過去には着任後わずか2週間で心身に異常をきたし、地球へ緊急送還された隊員もいた。

「ほら、やっと半分終わりやで。ここで計器チェック!」
「了解、計器確認します。1番から8番まで異常なし。9番から18番…、あれ?」
「どうしたん?」
「16番の数値がかなり低いですね。異常値まであとちょっと。推進剤に混合する酸素が漏れてるのかな? 明らかに圧力低いです。このままだと定期ルートでの帰還が困難っス」
「あちゃ…。ついに来たか。予備タンクあるやんな?」
「はい、予備タンクがフルタンクだとすれば、十分に間に合うっス」
「じゃ、やる事は1つやな。準備するで」
「了解」

《こちら低起動用回収船2号乗務リーダー高城准尉。作業中間報告及び緊急対応報告を行います。中間点検査の際に右舷推進器への酸素供給に問題が発生。これより風見一士とともに船外活動を伴うタンク交換作業ならびに各部点検を行います。帰投時刻は、プラス45を予定。緊急時に備え援護願います》
《こちらステーション、通信士北谷。伝達内容確認。対応いたします。お気をつけて》

「ほいじゃ風見、行くで。準備は?」
「俺はOKッス」
「じゃ、私も支度するわ。先に船内から予備タンクの所に行って、ダクト、バルブ類のチェックをお願い。ライフケーブルの接続は慎重にな」
「了解っス!」

 デブリの回収船からデブリとなる物を投棄する訳にはいかない。残量の少なくなった酸素タンクは、中身だけを宇宙に廃棄する。もしそのまま圧縮率の高い酸素をボンベに残しておくて今度は船内での爆破事故につながるからだ。
 高城准尉が船外に出て、靴裏を宇宙船の船体に押し付けて姿勢を保持する。風見一士が船内で姿勢保持をしたままタンクの本体を固定し、高城がバルブを開けると、ボンベ内に残っていた液体酸素が一気に気化し、白い結晶をまき散らす。
「ダイアモンドダストみたいっスね」
「風間、気抜いたら死ぬで!」
「了解っス!」
 空になったタンクは、宇宙空間から回収したデブリが溜めてあるストックヤードに放り込む。
 空気漏れを起こしていたんは、推進器へと酸素を運ぶダクト。宇宙では気圧差や温度差によりダクトの破損事故が多い。
「ここに亀裂入ってるっス。かなりの勢いでエア漏れもあるっスね」
「テープ張りで処置できそう?」
「いや、テープではちょっと無理そうっス。テープを仮張りした上から、補修剤で固めるくらいしないと帰投までにエア切れしそうっすね」
「分かった。じゃ、私が補修剤を取って来る。1m見当でええ?」
「あぁ、ばっちりッスよ。どうせあとでメンテチームがダクトをすげ換えしなくっちゃいけないっスからね。がっちりやっときましょう」
 風間一士は、亀裂のある箇所にダクトテープを3重に巻き付けた。そして、高城の運んできた補修剤を使って、部分的にダクトの強度と密閉性を高める処置をした。

「ぐはぁ。やっぱり宇宙服作業はキツいっすね〜」
「まぁ、私らに支給されてるのは、高起動型って名前の簡易スーツやけどね」
「もし破れたら、はいそれまでってヤツっスね」
「そうそう。あ、なんで私らの給料が高いかわかったか?」
「ぶっちゃけ、危険手当っスね」
「その通り。あと、人間が乗ってなくても勝手に仕事してくれる船に私らが載せられてる理由は、保険」
「保険っスか?」
「そう。こうやって船にトラブルがあった時に、機械まかせでは復旧でけへん。デブリを回収している船が座礁してデプリになったなんてのはオモロ無いやろ? せやから、私らみたいなエンジニアにペラペラの薄い宇宙服を着せて、船に乗せてるって訳や。生身の人間なら、自分が生き残る為に必死になって船を補修してなんとか帰投するか、ステーションからの救援可能な位置まで移動しようとする。日本政府だけやなくて、どこの政府もデブリ掃除ごときに高価な船を大量投入する気はないから、あとは現場で必死になってやれってことなんよ。つまり私ら自身がこの船の『安全装置』ってことやね。わかった?」
「さっきの一件ではっきりとわかったっス。些細なことだけど、宇宙に来てから初めてMAXテンパったスもん。」
「今日はまだ楽な方やったけど、エンジンを取り外して分解修理とかしたこともあるんやで」
「いやいやいや、それは想像しただけでげんなりするっスわ…」
「まぁ、あと20で帰投予定やからノンビリしとこか」
「あぁ、先輩。今日はもう1便乗務があるんスね」
「ん? 予定ではもう1周やけど、この船のメンテが入るから、多分乗務はキャンセルになるやろうな。その代わり、メンテの立ち会いやわ」
「じゃ、今晩。裏メニュー付き合ってください」
「それ、デートのお誘い?」
「いや、そういう訳でもないんスが。無事生還した自分へのご褒美みたいなもんっスわ」
「よっしゃ、じゃ今日は上官が裏メニューおごったろ。今日は中々ええ仕事してたしな」
「マジっすか!?」
「あぁ、素早く的確やったし、何より冷静やった。これでもうちょっとええ男やったら惚れてたかもしれんわ」
「はいはい。ありがとうございます。俺はぶ男で良いっすわ。じゃ、19時でお願いします」
「了解!」

《ステーション侵入口確認、レーザー誘導OK。
エンジン減速から停止。50からカウントダウン開始。…5、4、3、2、1、着底。
低軌道2号帰投しました。
お疲れさまでした。》

夜空に箒をかけて

夜空に箒をかけて

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-10

Copyrighted
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