バグ

キジバト

 工場の勤めを終え、社員寮に帰る道でこじんまりとした定食屋を見つけた。
 社員寮に帰って、即席麺を食べるのも飽きたところだった。
 残業したんだしたまには外食してもいいだろと言い聞かせる。
 暖簾をくぐり引き戸を開けると、客が3人いた。
 中に入ると、カウンターとテーブル席のある普通の定食屋だ。
 厨房にいたおばちゃんが、愛想よく「いらしゃい!」と出迎えてくれる。
 割烹着を着て、頭には三角巾を結んでいる。
「カウンター席でいいですか?」
「はい」
 案内されたカウンター席に座る。
 メニューを見るとハンバーグ定食、生姜焼き定食、エビフライ定食と定番のメニューだ。
 周囲の客を見ると、生姜焼き定食とハンバーグ定食を食べていた。
 おばちゃんが水の入ったコップを置く。
「注文、何にしましょう」
「生姜焼き定食で」
「はい、生姜焼き定食ですね」

 少しして生姜焼き定食持ってくる。
 ごはんと生姜焼きとキャベツと味噌汁とたくあんがついた定食だ。
 生姜焼きと味噌汁が湯気を漂わせている。
 いただきますと心の中で言い、食べ始める。
 豚肉でキャベツを包み食べる。
 うまいっ! 生姜のタレが絶妙だ。
 ごはんを放り込む。
 腹が減っていたのか5分で食べ終わった。
 あ~おいしかった。

 会計するために立ち上がる。
 おばちゃんがこっちに気付いて「700円になります」と言う。
 1000円札を手渡した。
「はい、1000円お預かりします」
 簡易なレジからおつりを取り出す。
「はい、3円のおつりになります」と手渡される。
 え!! 耳を疑った。
 しかし、手に渡されたおつりを確認すると300円だった。
 単なる言い間違えか…
 モヤモヤした気持ちで引き戸の取っ手に手をかける。
 ごちそうさんと言い店を出る。
 その後、社員寮に帰って寝た。

 翌朝、同僚と共に工場に向かう。
 工場に着いて、時間になると皆でラジオ体操をする。朝の日課だ。
 何の工場かというと車の部品を作っている。
 流れてくる部品を1つ1つきれいに研磨する。
 まだ若手なので大した仕事を任せてもらえない。
 12時になると昼飯の時間だ。
 社員食堂でご飯を食べる。
 同僚とご飯を食べていると、工場長が食堂を出て行く姿を見つけた。
「工場長って昼飯の時いつもすぐ出て行くよな」
「おまえ知らないの?」
「何が?」
「ここだけの話な」
 同僚は辺りを気にして「工場長…浮気してるらしいぞ」
「え!! そうなの」と素っ頓狂な声をあげた。
「もう飯食べ終えたし見に行こうかな」
「やめとけ!」
「え…でも相手の顔見たいし…」
「世の中知らなくていいことだってある」
 同僚があまり真剣に言うんでやめておいた。

 その後も工場と社員寮の往復は続いた。
 残業がある日はあの定食屋にも行った。
 通っているとある法則に気づく。
 おつりの桁が1つずつ大きくなるのだ。
 3円、30円、300円、3000円、三万円とどんどん増えていくのだ。
 今じゃ3000億円まできていた。
 おばちゃんにおつりの事を聞いても、笑顔を浮かべて何も言わなかった。
 そしておつりはどこまで行くのか興味が湧いた。
 無量大数の先なんてあったかとぼんやり考えた。

 かれこれ1年ぐらい通ったか。
 ついにあの定食屋で
「はい、3無量大数円のおつりになります」と言った。
 その言葉を聞くと謎の達成感が湧いてきた。
 この定食屋で68回飯を食ったかと思うと感慨深い。

 そして、とうとうこの日がやってきた。
 次の残業の日に、定食屋に行こうと決めていたのだ。
 工場で残業を告げられた時、ついガッツポーズして周囲から失笑が起きる。
 仕事が終わると挨拶もそこそこに定食屋に向かった。
 暖簾をくぐって引き戸を開ける。
 いつもの姿で「いらしゃい!」と出迎えてくれる。
「いつもの!」
「はいよ」
 奥のカウンターに座ると、おばちゃんが水を持て来てくれる。
「今日も忙しかったのかい?」
「うん。そこそこね」
 通っていると世間話する仲になった。
 周りを見ると2人の客がいた。
 2人とも生姜焼き定食を食べていた。
 やっぱりなと思う。
 ここの生姜焼き定食は特別に旨い。
 他のメニューも食べたが、生姜焼き定食に敵う訳もなかった。

 少し待つとおばちゃんが生姜焼き定食を持ってきた。
 いつ見てもおいしそうだ。
 いつものように豚肉をキャベツに巻いて食べる。
 生姜の甘辛い味が口の中に広がった。
 ごはんをかきこむ。
 味噌汁を少し飲む。

 すぐに完食した。
 会計するために立つ。
 おばちゃんがなんて言うか期待していた。
 1000円札をカウンターに置く。
「おばちゃん! お金」
 厨房のおばちゃんが簡易のレジからおつり取り出す。
「はい、3…3……」
 おばちゃんの動きが止まった。
「おばちゃん! 大丈夫?」
 おばちゃんが微動だにしない。
 なんだこれ。おばちゃんが止まるだけか…
 するとお店が小さく揺れ出した。
 なんだ…地震か?
 カウンターに手をつき様子をみる。
 そして、10秒もしないうちに大きく揺れだした。
 厨房の食器が床に落ちて音を立てて割れている。
 店の客が外に逃げていく。
 おばちゃんはまだ固まっていた。
 何とか厨房の中から出そうとするが重くて持ちあがらない。
 その間も揺れは収まるどころか大きくなるばかりだ。

 仕方なく店の外に出ると、さっきの客が空の方を見上げていた。
 あちらこちらの空にぽっかり黒い穴があいている。
 辺りの空を見ていると何か落ちてきている。
 よく見るとそれは空色のパズルピースのようだった。
 パズルピースが落ちた場所から物凄い破壊音が響く。
 まだまだ揺れは収まる気がしない。
 まさかこんなことになるとは……
 同僚の忠告をもっと聞くんだったと悔やんだ。

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定食屋のおばちゃんの謎を追究する話です

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-10

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