愛しの都市伝説(1)

一 パフェをほおばるサラリーマン伝説

 ああ、暇だ。誰も俺に気づいてくれない。もう、何年だ。十年以上は、ここに座っている。それなのに、誰も俺に気づかない。そりゃそうだ。透明だもんな。誰も気づかないのは当り前か。それにしても、あの頃はよかったなあ。

「きゃあ。見てみて。都市伝説よ」
「可愛い」
「でも、単なるおっさんじゃないの」
「その単なるおっさんが、パフェを食べてるから、可愛いんじゃないの」
「あのパフェ、美味しそうね」
「ババナに、チェリーに、チョコレートに、クッキーに、この店の全てのお菓子がのっているわ。きっと、特注よ」
「あたし、食べたい」
「確か、都市伝説パフェって、言ってたわ」
「そんなのあるの」
「メニューにないじゃないの」
「常連しか知らないの。裏メニューよ。マスターが、都市伝説が食べているのを見て、作ったらしいの」
「さすが、商売人」
「おかげで、商売繁盛」
「それは、あたしたちのためよ。お店がつぶれれば、あたしたちの溜まり場がなくなっちゃうじゃないの」
「でも、あんまりお店にお客さんが来すぎると、今度は、あたしたちの座る場所がなくなっちゃう」
「難しいね」
「難しいよ」
「あっ、都市伝説がバナナを食べた」
「一番に食べるんだ」
「バナナが好きなのかしら」
「好きなものから食べる性格なのかな」
「あたしは、好きな物は最後に食べるタイプ」
「あんたのことは聞いていない」
「それにしても、見ていて飽きないね」
「飽きない。このソフトクリームと一緒」
「比べるものが違うと思うけど」
「まるで、ペットみたい」
「そう、都市伝説ペットよ」

 なんて、女子高校生の会話が昨日の、いや、今さっきの事のように思い出されるよ。俺は、この「七人の小人」という名のカフェの伝説となって、二十年になる。
 この店は、駅から近く、商店街の入り口にある。一等地だ。学校から家へと帰る女子学生たちにとっては、最高の待ち合わせ場所だ。スマホで、時間と場所を待ち合わせておけば、何人かがやってくる。約束していなくても、誰かがここにいる。全面がガラス張りのため、店の外からでも、店の中に誰がいるのかわかる。
 交差点の入り口にあるので、信号が赤で横断歩道の前で待っていると、甘いクレープの匂いが漂ってくる。その匂いの方向に顔を向ければ、ショーケースの中には、イチゴやチョコレート、夏ミカン、メロンなどのシュートケーキが目に飛び込んで来る。客が椅子に座り、サンドイッチをほおばりながら、果汁百パーセントのジュースをガラスの底を突き破らんばかりに飲み干している。こんな状況を見れば、誰だって店の中に飛び込まずにはいられない。
 ただし、飛び込めずに、躊躇している者がる。サラリーマンやおっさん、おじいさんたちの男どもだ。この人間世界は、どういう訳か、男は辛党で、女は甘党だと決めつけている。だけど、世の中には例外だってある。男だって、仕事や人間関係などで、性も根も疲れ果てた時に、無性に、甘いもんが欲しくなることがある。そんな時に、甘いもんを頬張れば、生きていてよかった、明日からも頑張れるぞ、という気持ちになるのだが、なかなかそうはいかない。どこからか、どんなところからか沸いてくるのか知らないけれど、女の子どものように、男は甘いものを食べてはいけないという、変なプライド、見栄があり、「七人の小人たち」に飛び込めなのだ。
 甘いものだけが原因じゃない。女、子どもの中に、男一人がいやがってという、他の男たちのあこがれや羨望、嫉妬、憎しみなどがないまぜとなった視線も店の中に入る勇気をしぼませてしまう。
 自分だって、女子高校生に取り囲まれて、パフェを食べたいという願望があるくせに、素直に表現できないため、実行している者に対し憎しみの目を向ける。性格や根性が折れ曲がっているのか、棒のないアサガオのように、上に登ることが出来ずに、地面近くでもつれあって、底辺を彷徨っている。
 それから間もなくだ。赤いネクタイを締め、髪を七・三に分け、黒ぶちの牛乳ビンの底もあるほどのレンズのメガネをかけたサラリーマン風の男が、この店の隅で、パフェを食べている姿を女子高校生やOLたちが見るようになったのだ。
 誰もいないのに、座ろうとしたら座れない、開かずの座席。その横に座ると、男がちゅうちゅうストローで吸いながら、巨大なパフェを食べている。パファはいくら食べても減らずに、男はただひたすら、パフェに向かっている。パフェだけに関心があるように見えながら、時々は、隣や店中を眺めながら、鼻をひくひくさせ、若い女たちの甘い匂いを嗅いで満足している顔、きもい奴という噂だ。その噂の主が、何を隠そう、いや、何も隠していないが、伝説の俺だ。男たちの羨望が、欲望が集積して、俺と言う形となったのだ。

「今日もいるよ」
「だって、都市伝説だもの」
「きゃあ。あたしたちの方を見た」
「ストローでちゅうちゅうしながら、上目づかいにあたしを見たわ」
「あんたじゃなくて、あたしを見たのよ」
「でも、すぐに目をパフェに戻したわ」
「照れやなんだ」
「そりゃそうよ。これだけ、あたしたち可愛い女子高校生やOLたちに取り囲まれているのよ。照れないほうがおかしいわ」
「でも、よく、女の園の中で、男一人いられるわね」
「男の願望じゃない。その執拗な願望が都市伝説を生んだのよ」
「すごい、推理力」
「学校の勉強は苦手だけど、社会の勉強は得意なのよ」
「社会は大学だものね」
「都市伝説物語りを書いたら?」
「そうね。フェイスブックに載せちゃお」

 こうして、最初は気味悪がっていた女子高生たちも、俺をアイドルにしてくれた。みんなが、俺のことを噂してくれればくれるほど、俺の姿はくっきりとした形となって現れることが出来るのだ。だが、そこに強敵が現れた。おばさま族だ。確か、おばさま族に説教されたことがあったっけ。
「なんで、サラリーマンがあんなところに座っているのよ」
「都市伝説だから仕方がないでしょ」
「いいおっさんが仕事もしないで、一日中、ぷらぷらと喫茶で、カフェを食べている場合じゃないでしょ」
「だから、都市伝説だって」
「いくら都市伝説だからと言って、甘えているんじゃないのよ。甘いのはパフェだけで十分よ。うちの旦那だって、汗水流して、上司や顧客に怒鳴られながら仕事をしているんだから。まあ、そのお陰で、あたしがこうしてカフェでパフェを食べられるんだけどね。そう言う意味では、都市伝説だって仕事をすべきよ」
「ここでパフェを食べているのが仕事じゃないの」
「いい御身分ね。まあ、あたしは都市伝説を見ることができたから文句はないわ。でも、あたしたちがこの店を出たら、さっさと消えなさいよ」
「都市伝説が消えたら、もう会えなくなるわよ」
「あたしたちが来たときだけ、現れてもいいわよ。たまには休憩も必要だろうしね」

 だけど、俺の姿は人間には見えなくなった。

「知ってる?都市伝説が消えたんだって」
「あんまり周りが騒がしすぎて、うっとうしくなったんじゃないの」
「都市伝説だもん。ひっそりと咲く菜の花のようじゃないと、落ちつかなかったんだろ」
「サイン会をやったし、着ぐるや銅像もできたし、バッジやシールは売っているし、一躍人気者だ」
「地方のスターだったんだけどね」
「でも、そのスターがしんどかったんじゃないの。伝説だもの。太陽の下では歩けないよね」
「残念だね。俺たちのあこがれの的だったんだから」
「あこがれもあったし、ねたみや嫉妬もあったよ」
「そりゃそうさ。若いギャルたちに取り囲まれてパフェを食べるなんて、なんて素敵な商売だ」
「もちろん、伝説は好きでやってんじゃなく、俺たち、おっさんの願望が結実したもんだろ」
「そうさ」
「それだったら、もう少し、好意的に見てやったら」
「でも、やっぱり許せないんだよ。俺がギャルたちに取り囲まれるのは許せるけれど、都市伝説ごときが、きゃあきゃあと言われるのは許せないんだよ」
「だから、都市伝説も消えたんだよ。俺たちの願望と一緒に」

 俺は、今、カフェの片隅でコーヒーを啜りながら、一日中、ぼんやりと座っている。マスターも俺を見に来ることはない。たまに掃除に来ることはあっても、俺の存在なんか気づいていない。いや、気づこうとさえしていない。今となっては、思い出してもくれない以上、俺が形となることは無理だ。記憶の片隅に残っているおかげで、姿は見えないけれど、存在することはできている。
 まあ、いい。所詮、伝説なんて、はやり病のようだ。一時的に、熱に浮かされていても、やがて熱は冷める。頭を冷やせば、俺たちの存在なんて消えてしまう。人間の欲望や願望、恐怖心、葛藤、祈りなどから生まれたものだ。それが失われれば消えてしまうのは仕方がない。どうやら、俺も、そろそろ潮時なのかも知れない。ああ、消えていく。消えていく。

愛しの都市伝説(1)

愛しの都市伝説(1)

一 パフェをほおばるサラリーマン伝説

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-09

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