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生まれてから死ぬまでに「死にたい」と思わなかった人間はいないだろう。
子どもの頃は誰しもが、何かに憧れていたものだ。
しかし、時が経つにつれ、等しく人間の愚かさを知ってゆく。
歴史となっても、繰り返される。
それでもコピーペーストの延命によって、我々の命は薄く引き延ばされてゆく。
自己嫌悪に反して、自分が死ぬのは怖いからだ。なぜ怖いか。
なぜ怖いのだろう。それは、未来の自分に可能性を見出せるからだろうか。
俗に言う「生きていればいい事がある」というやつだ。
そんなものはおまじない、自己暗示に過ぎない。妄想、現実逃避の類だろう。
けれど、人間を支える物なんて案外そういう脆いものなのかもしれないと、思うようになった。
虚勢。妄想。マジョリティ。何が正しく、何が偉く、何が強いのか?
もはや人ひとりの身体は、個人のものではない。生まれてから死ぬまで、必ず何かと結ばれている。
大抵の悩みは、そこから逃げてしまえば解決するものだ。逃げれない理由は様々だろうが、逃げるより自殺を選ぶ人もいる。
これはつまり、「逃げられない社会」というものが形成されている証拠だと考えられる。
だが、多くの人が死にたい死にたいと言いながらも、自殺は悲しいものだと世間一般には認知されている。なぜか。
「生きること」が絶対的に正しいとされているからに他ならない。日本にはそれだけ、生きていればいい事ある思想が根づいているのだ。
誰もが一度は死を願い、逃げ出したいと思っている。死んだ奴らが勝ち組ではないと、どうして言い切れるのだろうか。
そう言い切ることもまた、おまじないに過ぎないように思える。

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やんぬるかな

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  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-09

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