ミルキー・ウェイ
「今年もダメだったね」
窓の外の雨を見て、トオルくんが残念そうに言った。
「仕方ない。部屋でやろう」
てっちゃんは明るく言って、折り紙で作った短冊を差し出す。
「お願い事は一人一個だぞ」
「わかってるって」
私たち三人はそれぞれ好きな色のペンを持ち、短冊に願い事を書いた。
今日は7月7日。誰もが知っている七夕。
毎年……て言ってもまだ2回目だけど、私たちは七夕祭をしている。
祭といっても、ただ短冊に願い事を書いて笹に吊るし、あとはいつものようにただ飲んで騒いでってするだけなんだけれど。
てっちゃんから言わせると、
「七夕っていうのは、年に一回、離ればなれになってしまった織姫と彦星が再会する日なんだ。こういう時こそ、地上にいる俺たちも大切な人、好きな人と一緒に過ごすべきだ」
とのことらしい。
私はこの七夕に対するてっちゃんの自論に妙に納得し、こうして七夕祭に参加している。
去年の七月七日は、私とトオルくんとてっちゃんと、それからてっちゃんの彼女の清香さんと四人で七夕祭りをした。
去年もやっぱり雨が降っていて、七夕祭りは部屋でやったけど、すごく楽しかった。
でも今年は三人だ。
口には出さないけれど、ここに清香さんがいないことが、私は少し悲しかったりする。
きっとてっちゃんとトオルくんも同じ気持ちだろう。
今年のお願い事は『てっちゃんに早く次の彼女が出来ますように』にしようかな?
あ、でも、てっちゃんって見た目と違ってけっこう繊細だし、平気な顔して、実はまだ清香さんのこと引きずってるみたいだし、余計なことはお願いしない方がいいのかな?
短冊に何を書こうか迷う素振りをしながら、ちらりとてっちゃんに目をやる。
さっさと短冊を書き終えたてっちゃんは、難しそうな顔をして窓の外を見ていた。
せっかくの七夕祭りなんだからもっと楽しそうな顔すればいいのに……あれ、そういえば去年の七夕祭りでも、てっちゃんはやたらと外を気にしていたっけ。
すごく不安そうに何度も何度も空を見上げて。
清香さんとトオルくんは気づいていなかったみたいだったけれど、てっちゃんは一体何を気にしていたんだろう。
「願いごと書けたか?」
てっちゃんが私の短冊を覗き込んできた。
「うん。『三人いつまでも仲良しでいられますように』って」
「なんだ。てっきりトオルと結婚できますようにって書くのかと思ってた」
「書くわけないでしょ、そんなこと」
「え? 僕は書いたよ」
隣に座るトオルくんが真面目な顔して、そんなこと言うものだから、私は思わず「えぇっ!?」と上ずった声を出してしまった。
「嘘でしょっ!?」
「うん、嘘だよ」
「……」
もぉ、一瞬本気でドキッとしちゃったじゃない!
「ごめんね、ハコちゃん」
トオルくんにやんわりと微笑まれると私は何も言えない。これが惚れた弱みというやつなのね。
「本当はなんて書いたの?」
「ん? 『てっちゃんに早くいい人見つかりますように』って」
「大きなお世話だよっ」
てっちゃんは苦虫を潰したみたいな顔をした。
やっぱり傷心のてっちゃんにはこの手の話題はまだしない方がいいみたい。
私もトオルくんと同じようなこと考えていたから、書かなくてよかった、と思う反面、二人して同じようなことを考えていたなんて、やっぱり私たち、赤い糸的な何かで結ばれているのかしら……なんて馬鹿みたいなことを考えて、にやけてしまう。
「ハコ、何をにやついてるんだ」
呆れたようなてっちゃんの声に、「何でもない。気にしないで」と慌てて返事をする。
「ね、人のばっかり聞いてないで、てっちゃんは何をお願いしたの?」
気になって訊ねると、てっちゃんは自分の短冊を私に手渡した。
受け取った短冊には、『二人がちゃん出会えますように』と書かれていた。
「二人って、織姫と彦星のこと?」
横から短冊を見ていた、トオルくんが言った。
「そう。去年も今年も七夕は雨だからな。雨の日は会えないって聞くし、年に一回しか会えないのに、可哀相じゃん」
てっちゃんは本当に残念そうに窓の外を煽った。
ああ、これか。てっちゃんが外を気にしていた理由は。
「でもさぁ、てっちゃん。七夕のお願い事って織姫にするんだよね? 逢引きをする織姫自身に『会えますように』ってお願いしても意味ないんじゃないのかな?」
てっちゃんは「あ」というような顔をして、
「そうか……いや、そうだよな。あ、そうだ。俺、何してんだろ」
私とトオルくんは顔を見合わせ、小さく笑う。
三人の中で一番年上で、いつも難しいことばかり考えているてっちゃんは、時々すごく子どもっぽくて、ちょっと抜けてしまう。
そういうところ、私もトオルくんも嫌いじゃないけど、やっぱりいつものてっちゃんと違うから、何だか変な感じ。
でも、それはきっと、てっちゃんが純粋で優しい心の持ち主という証拠なんだと思う。
「大丈夫だよ、てっちゃん。今日の雨は雲で降ってるから。雲の上では晴れてるはずだから、二人はちゃんと会ってるよ」
「そうか?」
「そうだよ。それに、七夕に降る雨には色んな説があってね、その一つに一年ぶりに再会した織姫が感極まって流した涙という話があるんだ」
「へぇ」
それは知らなかった。トオルくんてば物知りだなぁ。
「一年に一回しか会えないなら、人目を忍んで二人きりで過ごしたいじゃない?」
「だから大丈夫」とトオルくんがやんわり笑顔でそう言うと、てっちゃんも安心したように笑った。
「てっちゃん、短冊付けよ」
てっちゃんがどっからか持ってきた笹に短冊を付けて、窓辺に飾った。
「来年こそは晴れたらいいね。天の川が見たいな」
「来年は晴れますようにってお願いすればよかったかな」
てっちゃんがふざけて言って、笑った。
窓の外では相変わらず雨が降り続いているけれど、雨の日デートっていうのも乙だな。
私たちはしばらく窓の外を眺めていた。
《FIN》
ミルキー・ウェイ