必死に、優雅に。
細い路地裏を必死に走り抜けた。
必死に、必死に。
後ろから俺を追いかけてきているであろう足音。
それは最初より増えていた。
「あぁくそっ!なんなんだよっ」
走りながら大きな声でそう叫ぶ。
その声は追いかけてくる奴らにも聞こえたのか「いいからとまれっ!」なんて怒声が飛んできた。
「だってお前ら止まったら俺のこと殺すだろっ!」
「だからっそんなことしねぇって!」
「絶対うそだぁ!」
緊張感があるのかないのかはっきりしない会話をしながら必死に走る。
先に見えた角を思いっきり曲がった。
いきなりの行動についてこれなかったのか、追いかけてくる足音が減った。
「よしっ」
なんて言ってみたものの、すぐにさっきと同じ状況に戻るだろう。
なんとかこいつらをまかねばならない。
変わらぬ状況。
もうどうしようもない状況。
走ってさえいなければ大きなため息をついていただろう。
元はと言えば俺のせいだった。
『裏切り』
そんな一言で片付けられてしまったが、それをしていないのかと問われれば「した。」としか言いようがない。
俺はしでかしてしまったことの大きさと自分の存在の儚さに嘆くことしかできなかった。
どれもこれもあの時に気づけばよかったのだ。
厳しい法で守られているはずの日本。
そんな日本で、ある組織に入った。
まともな組織ではないことくらいわかっていた。
そうしなければ生きていけなかった。
その時気づけばよかったんだよ。
そこには俺の求めるものがあった。
絶対的な地位。仲間との絆。そしてお互いに信じあえる友。
もちろん絶対的な地位は実力で得とくしたものだ。
汚いことまですべてやってのけた努力賞のようなものだろうか。
組織の幹部にまでのぼりつめた俺は、なんでもできると自分を過信していた。
「おいっ!もうあきらめろっ!」
「嫌なこったっ」
後ろからなおも怒声が飛んでくる。
路地は入り組んでおりなんとか捕まらずにいたものの、もう心が折れそうだ。
と、この逃走劇に終わりを告げる光景が飛び込んできた。
「いき…どまりかよ…」
路地はそこで終わっていた。
道があってほしかった場所にはコンクリートの壁が立ちはだかっている。
「終わりだな。」
そんな声がして後ろを向けば仲間だったやつらに囲まれていた。
文字通り、絶体絶命。
「さぁ、どうかな。」
だが俺はほほ笑んだ。
その行動に奴らは固まる。
俺はゆっくりと、堂々たる動きでポケットから折り畳み式ナイフを取り出した。
カチャッと音が鳴り、ナイフの刃があらわになる。
「お前は、無情なやつだな。」
そうつぶやいたのは友だった奴。
そいつは一瞬悲しげな顔をしたがすぐに俺を向いてほほ笑んだ。
「だがそれでこそお前だ。」
「ありがとよ。」
楽しかったぜ、なんて言葉はくさすぎて言えない。
「さぁ、はじめようや。」
「これで最後だな。」
俺はナイフを手でもてあそぶ。
俺も、お前もこれで最後だ。
俺の一生の友が俺に向かって飛び込んでくる。
俺はナイフで容赦なく斬りつけた。
静かに倒れていく友。
そんな一連の動作は俺が積んできた経験により、優雅に見えたそうだ。
「さぁ、相手してやるよ。この裏切り者を殺しに来い。」
優雅に笑ってやる。
どんなに必死に生きることに執着しても。
死ぬことを覚悟してみればそれはえらくバカらしいことで。
「友よ。お前の分まで生きてやる。」
必死に、優雅に笑って見せた。
必死に、優雅に。