かき氷シロップ


青い空に白い雲。寄せては返す波打ち際に、二つの白ワンピースが揺れている。一人は、麦わら帽子にロングヘアーの少女。もう一人はショートカットでやや大人びて見える。
姉妹だろうか。楽しげに、お互いの足下に水を掛け合ってじゃれていた。どこかゆったりとした仕草や、透き通るような白い肌から、良家のお嬢さんという印象を受ける。

俺は、昔懐かしいソーダ瓶を片手に、海の家から二人の様子を見ていた。何も卑しいことを考えていた訳じゃない。
田舎の小さな浜辺では、真夏であっても人気がない。海の家は開店休業中であり、バイトである俺の仕事といえば、調理やら何やらではなくもっぱら店番である。
時給のわりに仕事もなく、結構良いバイト先なんだ。まぁ、この暑さに耐えられれば、の話だけれど。

さて。お嬢さん方が、海の家に近づいてくる。ジャスト十五時。冷たいものでも買いに来るのだろうか。

カウンターに戻り、少しすると案の定二人組がやって来た。肌の白さに目を奪われる。「箱入り娘」ってこんな感じか。何でわざわざ、焼けつく夏の海に来たんだか。
「いらっしゃいませ」
営業スマイルで声をかける。二人共レジ前のメニュー表をじっと見ている。そんなに真剣にならなくても。何やらこそこそと相談をしているみたいだ。
「何にしましょう?」
「お姉様はどうされます?」
…お嬢様姉妹と確定。
麦わら帽子の目線の先には、かき氷のラインナップがあった。シロップの味で悩んでいるらしい。いちご、メロン、レモン、ぶどう、桃にブルーハワイ。シロップですませられるものは大方揃っている。シロップものなんて、所詮、着色料と香料しか違わないですけどね。

しばらくして、二人は密談をやめた。ショートカットが言う。
「かき氷、全種類一つずつ下さい」
え。全種類…?あんなに悩んだ挙げ句決まらなかったのか、あなたたちは。
「…どれもかなり量がありますけど、大丈夫ですか?」
一応確認する。とてもじゃないけれど、大食漢な子には見えない。華奢で頼りなく、どこか儚げな二人だ。
麦わら帽子が言う。
「食べ比べしたいの。私たち、結構食べるのよ」
口角は上がってにまっと笑っているけれど、ガラス玉のように透き通る目は全く笑っていない。有無を言わさない、はっきりとした態度だった。そうまでされたら断る理由もない。俺は黙々と氷を削り、粛々とシロップをかけていった。

店内の一番奥のテーブルへ、一気にかき氷を運ぶ。
「お待たせしました」
テーブルに並ぶ、色とりどりの氷の山。二人でなにやら目配せし、それからいただきますと手を合わせた。やっぱりお嬢さんだなぁ。

やることのなくなった俺は、再びカウンターに戻り、二人の観察を始めた。お客もいなくて暇すぎるし、このお嬢さん方に興味が湧いてきた。
ショートカットは、いちご味から試しているようだ。頭痛を防ぐためだろう、かなり慎重に氷の山を切り崩していく。麦わら帽子は、レモンのようだ。姉ほどではないけれど、それにしてものんびりとしている。
無言のまま、二人とも半分ほど食べ進めた後、味を交換しだした。双方とも目線は氷に集中していて、全然楽しげな雰囲気じゃない。

何分経ったろうか。氷の山はほぼ消えた。残ったのは、ショートカットが食べているメロンと、麦わら帽子のぶどうだけ。
もうじき、この浮世離れした彼女らともお別れかと寂しく思い始めた時。
麦わら帽子が、あっと小さく声をあげた。
氷から目をあげて、ショートカットがまっすぐに妹を見つめていた。
「美味しかったの?」
か細い声で尋ねる姉に、妹はただコクコクと頷く。何度も何度も。
「美味しい?」
再び尋ねる姉。頷く妹。
「良かったわ」
姉はテーブル越しに、妹の二の腕辺りをぽんぽんと叩いた。
「姉様は?」
「私は…好みではなかったわ。冷たすぎるのかしら」
あれだけ食べておいて、そう仰いますか。
「大丈夫よ。きっと姉様好みの味も出てくるわ」
「そうね」
二人の会話は、それで終わりだった。また黙々と、氷に向かう。ご馳走さまと手を合わせ、軽く頭を下げる。

テーブルを立った彼女達は、俺の方へ寄ってきた。
ショートカットが言う。
「ご馳走さまでした」
どこか陰りのある瞳だった。どうも、と返す。
続いて麦わら帽子も、俺に声をかけてくる。
「とても美味しかったわ。姉様は明日も来るから宜しくね」
ちょっと、と慌てた様子でショートカットが妹を止める。
「気にしないで下さい」
まるで犯罪者を連行するように、妹の両脇を抱え、ショートカットは出ていった。

翌日、ショートカットは本当にやって来た。今度は一人。少しデザインは違うが、やはり清楚な白ワンピースだ。
「かき氷、全種類一つずつ下さい」
またですか。
「昨日は妹さんがいたけれど、今日は一人でしょ?大丈夫ですか?」
「平気です」
有無を言わさない眼差しと口調。妹と同じだ。
いただきますと手を合わせ、黙々と食べ進め、ご馳走さまと手を合わせる。やはり口に合わなかったのか、どこか寂しげに帰っていった。
翌日も、その次の日も、彼女はやって来た。一週間、毎日毎日。
日没近い時間帯は、俺と彼女の時間になっていた。言葉少ない彼女と、今日も暑いですねとか、他愛ない話をした。妹さんは夏休みで旅行中なんだとか。ショートカットは実家に籠るのに飽き、海に来ているんだそうだ。

八月半ば。台風が接近する二、三日前のこと。海の家も開店休業から、遂に休業に変更になった。
いつも通りかき氷を全種類注文した彼女に、俺は告げた。
「週末に天気が崩れるのは知ってるだろう?ここもしばらく休みになるんだ。明日来てもらっても、誰もいないから一応言っとくよ」
少し寂しくもあるが、天気には敵わない。ただでさえ来ないお客が、台風となったらもうゼロになる。
「私も天気予報は確認していました。残念ですが、今日でお別れです。私、明日から旅に出るので」
そう言って、水色の封筒を渡された。
「あの…」
突然のことに、言葉が出てこない。
「かき氷、美味しかったです。ごちそうさま」
彼女はにこっと、心から嬉しそうな笑みを浮かべた。そして急かされるように去っていった。

彼女からの手紙は、品のある貴婦人らしい筆跡で、全てを伝えてくれていた。
その写しを残しておこう。

海の家のアルバイト様
こんにちは。白ワンピースの姉の方です。
今年の夏は、大変お世話になりました。毎日たくさんのかき氷をお願いしてしまい、ご面倒だったと思います。不思議に思われたでしょう?性懲りもなく注文して、一体何がしたいのだと。その答えをお伝えしようと思い、ペンを取りました。

貴方は、かき氷のシロップがどれも同じ味であると知っていますか。着色料と香料は違えど、その他の成分は基本的に同じなのです。
つまり、視覚と嗅覚を奪った上で食べたなら、どの種類も同じ味になるのです。私達の脳は、五感を働かせて<いちご>や<メロン>を識別しているということ。言葉を変えれば、脳が騙されている訳です。

私達姉妹は、その識別ができませんでした。五感はありますが、脳が騙されないのです。
白状しますが、私達は人間ではありません。アンドロイドです。私は家庭用ロボットのプロトタイプとして開発され、五感や感情の一つ一つをセットされてきました。しかしながら、<騙される>という感覚は、なかなか手に入れることができなかったのです。
そこで、新たに作られたのが妹でした。彼女も<騙される>感覚を得るのは難しかったのですが、先日手にいれたようです。それが、貴方のかき氷でした。

妹は私とは違い、感情面その他、全てのスコアで合格点を取っていました。残っていたのが味覚を騙されることだけだったのです。全てを手にいれて、妹はどこかの裕福な家庭に引き取られて行きました。

私も様々な調整を受け、試験を受け続けました。貴方のかき氷は、私にとってのテストだったのです。
ですが、何度試したところで結果は同じ。私には同じ味としか認識できませんでした。
私はそもそもプロトタイプでしたし、これ以上<成長>の見込みがないと判断されました。今年の夏が終わる頃、処分予定です。

今回わがままを言って、この手紙を書く許可を得ました。本来私達ロボットのことは世間には秘匿されるべきですが、貴方にだけ特別です。
妹に家族を与えてくれました。おかしな注文を繰り返す私に付き合ってくださいました。本当に感謝しています。

明日以降、私が海に来ることはありません。
けれどいつの日か。
私の<妹達>がかき氷を注文することがありましたら、静かに見守っていただけたら嬉しいです。

かき氷シロップ

かき氷シロップ

シロップのかかった、チープなかき氷がキーワード。 海の家における、お嬢様姉妹とバイト君のお話。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-07

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