The Memory Killer -記憶を狩りし者-

雪山 雪崩

Release -釈放-

遠くで銃声が聞こえる。

俺と1つ年下の妹、ツバサは廃ビルの柱を背に、じっと身を潜めていた。
辺り一面は闇に包まれており、視覚はほとんど使い物にならない。俺は全神経を耳に傾ける。
...上の階からかすかに足音がする。数は...1人。いや、2人か。
ツバサにも聞こえたらしく、さっと俺にしがみつく。
俺もツバサも寝巻き姿だった。
俺達は自分の部屋でさっきまで寝ていたはずだった。
ここが一体どこなのか、なぜ俺達がこんな場所にいるのか、まるで分からない。
ただ、気になるのは、この廃ビルの構造や外の景色がVRシューティングゲーム「ガンスリンガー・4」の廃ビルステージに似ていることだ。
それに、この状況が喜ばしいものではないことも明らかである。もしこれが夢でもゲームでもなく、現実だった場合、命を狙われている可能性も考えなければならない。

ツバサだけは絶対に守るからな。
心の中で呟いて、俺は怯える妹の頭を撫でる。

そう、ツバサだけは守らねばならない。こんな思いをするのは俺だけで十分なのだ。
そして、それは俺が殺し屋としての修行を始めた5歳の時から決めていたことでもあった。

ゆっくりと、しかし確実に俺達の真上へと近づいてくる足音に耳を澄ませながら、俺は「その時」がくるのをじっと待っていた.....

**********

カランカラン...

無機質な鐘の音が鳴り響く。
俺は硬いベッドの上で目を覚ました。
起床の時間だ。
いつもの俺なら看守にバレる寸前まで布団の上でねばっているのだが、今日は違った。

今日は待ちに待った釈放の日なのだ。

俺は天羽悠真、19歳。両親を殺した罪で15歳の時から4年間の懲役刑を受けてきた。
通常であれば、15歳で犯罪を犯した場合は、少年法に基づき、家庭裁判所によって少年院送致やら保護観察処分やらが下されるはずなのだが、俺の場合は違った。どうやら、両親殺しという余りにも凶悪な犯罪ゆえ、検察官へギャクソウされてしまったとかなんとからしい。

席につき、朝食を食べる。飽き飽きしていたサバ缶の味もこれが最後かと思うと、心なしか美味しく感じられるのが不思議だ。

周りには誰も人はいない。収監者は去年の暮れから俺一人になっていた。いわゆる「ルーキー」も、もう何年も入監していない。
というわけで俺は孤独だった。孤独が辛いなどというわけではないのだが、こうも長期間続くと、さすがに人の温もりが恋しくなるのは人として当然と言えよう。

食べ終わると、いつもはすぐ労働が始まるのだが、今日は看守から身支度をするように言われた。

俺は、独房にあった着替え一組と4年間分の給料が入った通帳、それからすっかり古くなってしまった藍色のペンダントを布袋に詰め込んで正門へ向かった。

ついに、ようやく、シャバの空気を吸うことができるのだ。
思えば4年という月日は本当に長かったものである。独房は四畳一間で冷房暖房一切なし。朝は6時きっかりに文字通り叩き起こされ、日中には車の整備やら加工やらの単調な労働が待っている。仕事が終わってもプライベートな時間はほとんどなく、夜9時には完全消灯といったところ。そんな生活が4年間も続いたのだ。気が狂わなかった俺を褒めてやりたいよまったく。
今後どうやって生活するかとかはまだ決めてないが、とりあえずムショから解放されるというだけで今は充分だ。

正門前のロビーでは国枝所長が待っていた。普通こういった仕事は看守が行うはずなのだが、最後の収監者ということもあり、所長としても最後の仕事を部下に任せたくないという気持ちがあったのだろう。

「君が、最後の収監者、天羽君だね」
「はい! 58番、天羽悠真ですっ!」
≪58番≫は、刑務所で収監者の管理のために便宜的に使われていた番号である。正直言って、収監者が俺だけになった時点で完全にその意味も失われたと思うのだが、その後もこの≪58番≫は俺のアイデンティティとして使われ続けていたのだった。

宣誓をし、所長から簡単な式辞が述べられる。

...刻々と釈放の時刻が迫る。

10時5分前になった時である。そろそろと近づいてきた所長は、なにやら意を決した様子で俺に耳打ちする。
「天羽君。これは職務上してはいけないことになっているのだが..... 外の世界は君の想像以上に変わっているはずだ。残念だが、君が4年間頑張って貯めたお金も役に立たないだろう。だからせめてでもこれを」
所長は背広の内ポケットから小さなメモ書きを取り出す。
「そこに書いてある住所に行きなさい。私、国枝からの紹介だと言えば分かってくれるはずだ」
俺は戸惑いながらもそれを受け取った。
今までムショからシャバへのいかなるアクセスも頑として受け付けなかったがゆえに「鬼所長」と叫ばれていた人が、最後の最後にこんなに優しくなるなんて...
不覚にも俺は目頭に熱いものを感じ、慌ててまばたきしてなんとかやり過ごした。

...10時になった。釈放の時刻だ。ゆっくりと重厚な扉が開いていく。

俺は一度立ち止まり、振り返って深く一礼をした。そして再び前を向き、扉からさす一筋の光の方へと歩みを進める。

さあ、新しい人生の始まりだ!

こうして俺は4年間世話になった川越少年刑務所に別れを告げた。

The Memory Killer -記憶を狩りし者-

The Memory Killer -記憶を狩りし者-

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted