ヤドカリ
海の中に君を見たんだ。
髪を風になびかせる彼女の髪色は海の青が溶け込んだような黒だった。
そのことを彼女に言うと
「私は海から生まれたの」
そう言って宝石のような瞳を輝かせてまっすぐ海を眺めた。
「人はみんな海から生まれたの。死んだら海に帰るの。わたしは帰りたくない。そのまま溶け込みたい。海になりたい」
そういって足元に転がる貝殻を拾った。
「ねぇ、見て。ヤドカリ」
僕の膝にヤドカリを乗せると子供みたいに笑った。
「綺麗な貝殻に住んで幸せなね」
そう言って目を細めた。
僕は膝の上に置かれたヤドカリを眺めた。
「いつも綺麗な貝殻に住んで波の音を聞いて柔らかい砂の上で眠って朝日で目が覚めるのかな。羨ましいね」僕は波を眺める彼女をファインダー越しに眺めシャッターを切った。
「…君のカメラのシャッター音久しぶりに聞いた。」
波を眺めながら彼女は呟く。
「ファインダー越しから君を見るのって勿体無くて」
そう言うと彼女は振り返ってイタズラを思いついた子供のように笑う。
「若くて元気なうちの私を沢山撮っておいて。綺麗な景色といっしょに撮っておいて。」そういうと自分の携帯で僕を撮る。
嬉しそうに笑うと「冷えてきた、帰ろう」
そう言って僕の手を取る。
いつのまにか膝にいたヤドカリはいなくなっていた。
僕は細くて暖かい手を握り返して立ち上がる。
塩っぽい匂いの風になびく彼女の髪を眺めながら。
「…明日も晴れるといいね」
そう言うと彼女は
「雨が降ったら本を読もうか」
そう言って新しく買った本の話をし始めた。
ヤドカリ