山ガール

 9月の上旬、広子が山登りをしようと誘ってきた。
 初めは渋々引き受けたが、2人で計画を立てていると楽しくなった。
 登る山は長野の天狗岳という山に決まった。
 理由は天狗という名前が気に入ったのと野沢菜が食べたいとのこと。

 真っ青に晴れた空の下、私は天狗岳を登っている。
 時々聞こえる鳥のさえずりや木の香りが私を癒す。
 たまには木々が生い茂った山を登るのも悪くない。
 
(はるか)! 何してるの。遅いわよ!」
「うん。ちょっと待って…」

 広子は木の根が張り出した山道を難なく登って行く。
 月に1回は山に登る広子はさすがだ。
 一方私は休日になればゴロゴロしてる自称ぽっちゃりである。
 当然のように息を切らしながら登る。

「もうちょっとで休憩所があるってさ」

 休憩 その言葉をエネルギーにして登る。
 古い木を並べた階段を登り切ると、
 屋根と椅子がついた吹きさらしの休憩所が見えた。
 
 椅子に座ると広子が水筒のコップにお茶を注ぎ手渡してくれる。
 コップのお茶を一気に飲み干す。
「はぁ~生き返った…」
「まだ中腹だよ……大丈夫?」
「なんとか…」
 と答えたがふくらはぎがずきずきと痛んだ。

「中腹でこの景色だよ!」
 視界には色とりどりの紅葉が広がっていた。
「せっかくだしここでごはん食べようか?」
「そうだね」
 近くのコンビニで買ったおにぎりをだす。
 広子は野沢菜入りのおにぎり2つ。私はツナマヨと明太子だ。
 広子が喜々としておにぎりをほおばっている。
「やっぱり長野の野沢菜は違うな~」
「へぇ~」
 興味深げに返事すると野沢菜の製造方法などを語りだすから注意が必要だ。
 広子は毎月違う野沢菜を買って味比べをしている。
 私は定番のツナマヨを食べる。景色のいい場所でご飯を食べるのは最高だ。

 だけどこうして楽しい時でさえ頭の片隅にはある事が浮かぶ。
 今勤めている会社は初めは居心地がよかった。
 だが上司が変わると環境は一変した。
 書類がなってないだの、言葉使いがなってないだの。
 私に集中砲火。私が何をしたというのだ。
 挙句の果てには人格否定と来た時には辞めてやろうと思った。
 そんな時に配属されてきたのが広子だった。
 私たちは話しているとすぐ意気投合した。
 私が落ち込んでる時もいつも傍にいてくれて励ましてくれた。
 そんな広子がいたからこそあの上司の元で1年働いてこれた。
 だがそろそろ限界が近い。もう島根の実家に帰って新しい職を探そうか悩んでいた。
 いつのまにか頭上にはどんよりとした雲が漂っていた。
 
 景色を眺めながらご飯を食べていると、若い男の登山者が正面に座った。
 髪は短めだが野暮ったくなく目がキリッとしていて鼻筋が通っている。
 まさにイケメンだった。
 じっと見ていると、こっちを見て軽く会釈した。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「お二人はこちらの方ですか?」
「いえ、東京から旅行で来てるんです」
「そうなんですか。」
 広子が彼の体を見ながら
「いい体してますね。何かやってるんですか?」
「ええ、こっちで山岳救助隊をやってます。」
「山岳救助隊って言うと遭難者を助けるあれですか?」
「はい。でも、普段は消防署で勤務してるんですけどね」
「そうなんですか」
 広子が目配せしてきて「よかったら一緒に登りませんか?」
「いいですけど…お邪魔になりませんか?」
「いいよね?」
「うん…」

 ご飯を食べ終えると3人は歩き出した。
 広子にヒソヒソ声できく。
「なんで一緒に登ろうとか言うの?」
「だって遥気になってたじゃん」
「あんまり気になってないよ」
 気になってないと言えば嘘になる。
 彼を見ると重そうな荷物を持っているのに身軽に登って行く。
 「そういえば自己紹介してなかったですね」
 「僕は朝倉正平といいます」
 「私は山中広子です」
 「私は相川遥です」
 自己紹介を終えるとふたたび登りだす。
 黙々と登っていると段々足のふくらはぎがチクチク痛みだす。
 頂上まで後どれくらいだろう。
 少しづつ2人と距離があいてきた。
 俯きながら登っていると正平さんがストックを貸してくれた。
 1時間ぐらい登っていると周りの木々が少しづつ減ってきた。
 代わりに切り立った崖のようなものが見えてきた。
 膝に手をつき肩で息をする。
 「あれの上が頂上だって」
 足が痛いが一歩ずつ登って行く。
 2人が頂上で歓声を上げる。
 「遥! 早くきて」
 足の痛みも忘れ急いで登る。
 何事かと見てみると雲海がでていた。
 山と山の間を沿うように雲が連なっている。
 雲が途切れた場所には色鮮やかな紅葉が見えた。
「きれい…」
 カバンからコンビニのおにぎりを取り出す。
 頂上でおにぎりを食べたかったのだ。
 「フフッ……」
 正平さんが堪え切れず笑い出す。
 「何がおかしいんですか?」
 「ごめん。さっきまであんなに苦しそうにしてたのにすぐ食べ出すから」
 正平さんがあまり笑うから私も吹き出す。
 景色を見ながらお互い笑い合う。
 なにか憑き物がとれたみたいに体が軽くなった気がする。
 広子が小さめの一眼レフで写真を撮っている。
「頂上で写真撮ろうか?」
「うん」
 広子が三脚を取り出しカメラをセットする。
 タイマーを設定し広子が急いでポーズを取る。
 3人とも良い笑顔だっただろう。
 私もピースしながら心の底から笑った。

山ガール

山ガール

山を登る広子と遥がイケメンに出会う話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted