おさかな

「――なんだろう、特徴なのかな。あの、ひとを小馬鹿にした態度」
「何の特徴よ?」
「言いたくないけど、『世代』みたいなもの」
「ああ、まあ……仕方ないんじゃないの」
 彼女は笑って魚をつつく。私はサラダの水菜を持て余す。――どうにも硬すぎる。針金みたいだ。
「『新人ちゃん』、相変わらずみたいねえ」
「小馬鹿にしてるなんて自覚がないんでしょ、変わりようがないんじゃない。あの子だけじゃないもの」
ビールばかりが減っていく。
「『空気読め』みたいなこと偉そうに言ってるけど、あれって『あたしの顔色を窺え』ってことでしょ」
言った途端に彼女は噴き出し、笑い始める。私は水菜を諦めて焼き物に箸を伸ばした。

「ねえ、なんでウチに戻ってこなかったの?」
 彼女は言う。わたしは時計をちらりと見る。夫には言ってあるし、子供は実家に預けてあるので気にすることもないのだけど。
「……うん、やっぱり前と同じには働けないもん」
数字が一切ないシンプルな文字盤も、十年以上の付き合いである。針が示している午後十時十二分。
「あ、懐かしい! それウチに居た頃もしてたね?」
「入社するとき買ったのよ」
彼女との付き合い、時計との付き合い。矢張り復帰すべきだったのかな、という気持ちが、サンマみたいに頭を過ぎる。結構速い。
 六年前。職場復帰を断り、息子の保育園に近い小さな会社に入社した。あの社長、面接の時「家庭が最優先」だなんて言ってたっけ。と、今度過ぎったのはトビウオだった。かなり速いし、何より飛んでる。

「だからね、わたし――」

 地下街の天井は低い。低いなりに低く見せない工夫がされていると思う。頭の上をバスが通って、足の下を地下鉄が通る。蟻にでもなった気分で、あらかた店も閉まった地下街を走るように通過する。
 仲の良い元同僚と久し振りに会って、それでも晴れない気分には地下が似合ってる。

『新人研修、進まないねえ。やっぱり若い子とは合わないもんなのかな? きみもそう目くじらを立てずに、彼女たちのお姉さんにでもなった心算で……』
にやにやと無遠慮に近付いて来るから私は言ってやったのだ。
『与えられた仕事は滞りなく済ませています。新人研修は当初の業務説明にありませんでした。ですから仕事外についてのお説教は業務終了後、残業という形でお聞きします』
『君は――』
みるみるうちに社長の顔色が変わって行くのを私は見ていた。馬鹿みたい。こういう言葉を目上に対してぶつけることで憂さを晴らしているのだとしたら、彼女たちの毎日というものはさぞかしつまんないものなんだろうな。
『君はいつもそんな風に思っていたのか』
耳から湯気でも出しそうな社長を見ていて、当分たこ焼きは食べたくないなとぼんやり思った。
『いいえ』
にっこり笑って私は答えた。多分この会社で見せてきた中で、一番出来のよい笑顔だったろう。
『あなたの娘さんとそのお友達の、私に対する言葉の受け売りです』

 地下街の天井は低い。照明が揺らめいて、丁度海面を見上げているかのようだ。頭の上を船が通って、足の下を潜水艦が通るんだろう。手首の時計は午後十一時三十四分。大丈夫、バスには間に合う。泳ぐ代わりに階段を使い、私は水面に顔を出す。
 今日の業務終了と同時に、上司から解雇が告げられたのである。とてもやんわりとした口調で、ゴミでも見るかのような目つきで。
『何か言いたいことは?』
『いいえ、全く何も。今日の分の業務は済んでおります。面接の際提出した履歴書、職務経歴書及び源泉徴収票等の書類は自宅へ郵送してください』

 大人気ないのはわかっている、と、マンボウみたいに頭を過ぎる。クジラみたいにバスが来て、クラゲみたいにバスに乗る。
「今から帰るね」
夫にメールを送ったら、
「お茶漬け食べる?」
と返ってきた。
 そうだ。今週末、家族みんなで水族館へ行こう。

おさかな

おさかな

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-06

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