水蜜桃の夜

水蜜桃の夜

こえ部であげた、同名「水蜜桃のよる」の完全版です。

夏になると思い出す出来事がある。

家族で母の実家に帰省した時の話だ。近所で仲良くなった子ども達に誘われ、蛍狩りへと出かけた夜、私は森の中で迷ってしまった。普通ならば恐ろしいはずなのに、闇夜に漂う蛍はとても美しくて、不思議とこわくはなかった。私はまるで蛍に導かれるようにただただ歩き、ふと気がつくと、見知らぬ家の庭先に私は立っていた。縁側には夕涼みをしていたのか、美しい浴衣の女性が座っている
「おや…?ぼうや…、どこから来たんだい?」
私はなんとも言えず立っていると、
「ははあ…、蛍狩りだね?こんな夜には、ぼうやみたいな人間の子どもが入り込んでくることもあるからねぇ。蛍たちはどうだったね?ふふっ….、綺麗だったろう?」
私は思わずうなづくと、ふと彼女の浴衣が目に入った。蛍がピカピカと光っている。なんて珍しい着物を着ているのかしら、と、つい見入ってしまった。彼女はそれに気がつくことなく、嬉しそうに
「今夜はお月さんもまんまろだ。あの子たちもはしゃいでいたろうね。」と軽やかに笑った。
「どれ、おあがり。あまい水蜜桃(すいみつとう)と、冷たい麦茶を入れてやろう。すこし休んでおいきな。麦茶にはお砂糖もいれたげる。食べ終えたころには、大人たちも迎えにくるだろ。さあさ、おあがりな。」
と、私を家に招き入れ、黄色く熟れたあまい水蜜桃と、よく冷えた麦茶を私に振舞ってくれた。
私が母の実家に来たこと、初めて見た山々のこと、そして森でみた美しい蛍達の話をするたびに、その人は穏やかな優しい眼差しで見つめ、時折うちわで扇ぎながらうなづいて聞いてくれた。

てろりん…てぃりん…

やがて、夜風に揺れる風鈴の音に聴き惚れて、麦茶を飲み終えた頃、気がつくと私は森の入り口にいた。空には、大きなお月さま。さっき頂いた水蜜桃みたいだ…とぼんやり思ったことを今も覚えている。
やがて、遠くから自分の名を呼ぶ父や母、子ども達の声が聞こえてきた。私は怒られながらも、大人たちに浴衣の人のことを話したが、みな首を傾げ、夢でも見たのだろうと話した。
翌日、明るくなってから私は森に入り、あの家を探したが、何度探してもたどり着くことはできなかった。今では、自分でも夢だったのかもしれないと思い始めるほどに曖昧だが、毎年水蜜桃を口にする度、私はあの人を思い出す。あの蛍のように美しく、水蜜桃のように爽やかなあの人の眼差しを。

水蜜桃の夜

こないだ水蜜桃を食べました。椎名林檎さんの歌にでてきてからずっと頭を離れなかった名前。桃、と一言いうよりも、水蜜桃と書くほうがなんとなくしっくりくるのはなぜでしょう?ほろりと崩れてなんともいえない甘さとみずみずしさが口に広がる。なんとなくそこにうつくしい夏の夜を僕は想います。暑い夜が続きますが、これを読まれたみなさまも、水蜜桃を是非召し上がってみてください。涼やかな気持ちになれることでしょう。

水蜜桃の夜

とある少年の、夏の夜の想い出を描きました。蛍の幻想的な光と、水蜜桃に秘められたうつくしい日本の夏の夜を感じていただければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-04

CC BY-NC-ND
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