赤毛布の娘 終
とある町の近くに深く古い森がある。
町の人たちは滅多にそこには入らないし、側に近づくこともない。
その森にはある噂があったからだ。
遠い町に住んでいた夫婦を射殺し、その娘を誘拐して育てている殺人犯がいるという噂だ。もう十二年も前の噂なので、本当に殺された夫婦がいたのか本当に誘拐された娘がいたのかどうかさえ、正確な記録が残っていない。それでも不気味な雰囲気を醸し出す森に近づくものは滅多にいなかったが、ごくまれに迷い込んだ者もいる。
その迷い込んだ人達の中には、このような不思議な光景を見たという者もいた。
大きな黒いオオカミとそのオオカミに寄り添うように側にいる、美しい娘。その一匹と二人が森の奥に住んでいるという光景だ。娘は、とても美しいがまるで血に染まったような、真っ赤な毛布を被っていたという。
「本当に見たんだよ俺は。狂犬病に罹った灰色のオオカミがうろついているという話があったから、始末しに森に入った時に見たんだよ。赤い毛布を被った娘と猟師の俺でさえ今まで見たこともないような大きな黒いオオカミを。隠れてしばらく見ていたがそいつらは何かしらの言葉を問いかけ合って遊んでいたのさ。娘はとても幸せそうな顔をしていた。まるで神様の使いみたいに美しくて…けれど、とても怖い光景だったし、狂犬病に罹ったというオオカミも見なかったから、何もせずに逃げてきてしまったが。いや、本当なんだって」
酒場で酔っぱらったとある猟師がそのような話をしたということだ。しばらく町の噂にはなったが、それ以来、森に入っても誰もその光景を見ることはできなかったという。
今では、誰も、信じてはいない。
赤毛布の娘 終