すばらしき宇宙生活(6)

六 ゴミの反乱

 「シャべラー」は、排水口から配管を通り、空中の家から外に流れ出ると地面に落ちていく。昔、人々が住んでいた十階建ての家の間を通り過ぎ、地面に積み重ねられたテレビや洗濯機など電化製品の間や生ごみのビニール袋の間も縫うように落ち、大昔、道路と呼ばれていたアスファルトに吸い込まれていった。
 僕と博士は、排水口から何か聞えないかと耳を澄ませていたが、何事も起きなかった。しばらくして、怒鳴り声が聞えた。地上千メートルにも届く大声だった。
「どけろ。どけろ。これまで、何百年、何千年と我慢に我慢を重ねてきたが、もう限界だ。人間ども、このゴミをどけろ、どけろ。今すぐ、どけろ」
 声の主は道路だった。道路は体全体を波打たせた。この道路につながっているすべての道路もうねり始めた。その振動のせいで、道路に積もった無数のゴミがトランポリンの上でジャンプするように上下しだし、ついに火山の噴火のごとく、空高く舞い上がった。空中の家々の底に、塀に、ゴミが衝突する。
「わあ、大変だ。博士。家が揺れます」
「君、大丈夫か。いや、大丈夫じゃないな」
 僕と博士は家の柱に思わずにしがみついた。
 地球上のありとあらゆるところで、
「これは、どうしたことだ」
「ゴミの反乱だ」
「俺たちは何も悪いことはしていないぞ」
「そう思い込んでいるだけじゃないのか」
「ゴミには意思はないんだから、何かの影響で、ゴミの台風が起こっているんだ」
「それじゃあ、ゴミフーンだ」
「そんな冗談を言っている場合か」
の声が、ゴミの嵐の隙間から飛び交う。
 人々は慌てて空飛ぶ家の地面を上から押さえた。だが、そんなことをしても無駄だった。なにしろ、この家の地面さえも浮いているのだから。
 次から次へと地上から飛んでくるミサイルのような勢いのゴミに、空飛ぶ家は玉突きのごとく突き上げられた。空にエベレーターがあるかのように、家はどんどんと上昇していく。
「ひゃー。博士。家が飛んでいきます」
「すごい力じゃな。ロケットよりも速いスピードじゃ」
「どこまで行くんでしょうか」
「わしにもわからん」
 空飛ぶ家々は、大気圏を通り過ぎ、地球を飛び出してしまった。
「博士。ここは宇宙ですよ。下に地球が見えます。あまり青くないですね。僕は「地球は青かった」と教えられてきたのですが」
「そうじゃな。確かに、青くないな。どちらかと言えば、茶色じゃな」
「これもゴミのせいですか」
「残念だが、そうだろう」
「僕たち、宇宙にいても大丈夫ですか」
「それは、大丈夫じゃ。安心しなさい。こんな時のために、それぞれの家は宇宙船のように作られているんじゃ。さあ、ドームを閉めよう」
 博士が壁のボタンを押すと、家の塀から透明の壁が出て来て、家と庭をすっぽりと覆った。
「さあ、これからどうしますか。博士」
「うーん。どうしよう」
 その時だ。
「まずは、掃除」
「そうだよ。掃除だよ」
と家の外から声がする。
 僕は、窓ガラスから庭を見る。そこには、おじいさんの、おじいさんのバットとボールがあった。このバットたちも、道路の怒りの噴火でここまで飛んできたのだ。
「さあ。掃除だ」
「そう。掃除だ」
 バットとボールは、慣れない体で、吹き上がって来たゴミを掃こうとしている。でも、バットとボールでは、上手く集められない。
「僕も手伝うよ」
 このゴミは、おじいさんの、おじいさんの時からあるけれど、今の僕たちにも責任がある。僕は家の外に出ると、バットとボールと一緒に、庭を掃き始めた。
「それじゃあ、わしは料理でもするか。腹が減っては、いい考えも浮かばん」
 博士は、キッチンの上に並んだインスタンラーメンを食べるため、お湯を沸かし始めた。

 その後、どうなったかだって。ご先祖様の君たちにも教えてあげよう。
地球のゴミと一緒に宇宙の塵となった僕たち人間は、
「自分たちが撒いたゴミは、自分たちで片付けなさい」と、「シャベラー」のおかげで声を得たゴミたちの命令のもと、宇宙に漂っていたり、地球にまだ残っているゴミを、宇宙を飛ぶ収集車に乗って、せっせと集めた。
燃やせるゴミは、週に二回、太陽に放り込み、燃えないゴミは月に二回、ゴミなどで海を埋め立てた要領で、宇宙に、もうひとつの地球である「夢の星」づくりに励んでいる。
 博士はというと、「昔、地球は青かった」を「今も、地球は青い」というキャッチフレーズに変えるべく、ゴミを資源として有効に活用できる薬の研究に没頭している。
 もちろん、もう寂しさなんて感じない。周りには、研究助手の僕を始め、研究を応援してくれしゃべるフラスコやビーカー、お腹が空いた時に料理を手伝ってくれる冷蔵庫やキッチン、疲れた時に体を癒してくれるソファーやベッド、そして、掃除を手伝ってくれる僕のおじいさんの、おじいさんのバットとボールがいるのだから。

すばらしき宇宙生活(6)

すばらしき宇宙生活(6)

六 ゴミの反乱

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-02

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