NON TITLE STORY

ボカロのとある曲を聞いて思い付いたお話です。
ちょっと長いものに挑戦してみようと思います。良ければ、気長に見てもらえると、飛んで喜びます。
まだ、完結していません。チャプターも考え付いたところで切れています。

タイトルはまだ仮定です。

プロローグ


昔々、ある森に怪物がいました。

その怪物は、みんなから恐れられていました。
嫌われていました。一人でした。

怪物は、悪いことをしていないのに、嫌われ続けました。心優しい怪物は、傷つき、一人城の中に閉じ籠ります。

扉の無い城の中に、今日も心優しい怪物はすんでいます。

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白なのか黒なのか、はたまた透明なのか

誰にもわからないその空間に一人。

「僕みたいにはしないからね……」

その人は、愛しそうに一点を見つめる。

その表情は、悲しげで、儚い。

しばらく、それを見つめた後、その人は姿を消す。

それは、本当に最初なのだろうか。

1

「お加減はどうですか?」
「お陰さまで、大分よくなってきたよ。ありがとうねぇ」
僕は、老女へ出す薬草を準備しながら問う。
医者のいないこの村では、薬屋である僕が、医者の真似事をしている。
医者のように正確ではないので、今回のようなことを言われるのは、光栄であり、
恐縮である。

老女に薬を渡し、見送るとすぐに次のお客さんが来る。
「マナー、転んだーっ」
ぐずりながらくるのは、村の子供たちで、僕のところに来る多くの患者だ。
「また?まったく、気を付けないと。薬じゃ直せない怪我だってあるんだからね?」
子供をあやしながら、治療をする。消毒をかけるたび、びくりと反応しながらも、にこにこと、さっきまでしていたことの話をしてくれる。
僕は相づちをうちながら、ほのぼのとしながら、ときが過ぎていく。そんな、日常が僕は好きだった。
そんな、時を一つの大声がぶち壊す。

「マナっ!急患だ!見てやってくれっ」
やって来たのは村の若い男性だ。連れているのは、傷だらけの旅人のように見える。旅人はぐったりとしていて、パット見るだけで危険な状態だとわかる。
僕はすぐに、ベッドの準備をしてそこに旅人を寝かせた。そして、薬の調合に移る。

そんな、忙しい日常の中の小さな変化。

2

旅人が運び込まれてから数日がたった。
あの後、旅人はすぐに目を覚ました。状況がわかっていないその人に、色々とはなし、しばらく僕の家に滞在させている。
旅人の名前は、ライと言った。僕と同じ黒髪。そんなとこを見て、親近感が生まれた僕は、目覚めてすぐにライに、しばらくはここに居るようにと告げた。

告げた瞬間、笑ったような、でも、寂しげなライの表情には気がつかなかった。

「マナ、これでいい?」
ライはスッゴク気が利いた。ライは医学を心得ていて、薬も僕よりわかっていたし、柔らかい表情で、すぐに
村にもとけ込んでいった。


「あ、あぁ、マナ、いたんだ。」


それは、僕の存在をかき消すかのように。

ライが、村に来て、何日もたったある日。
「ねぇ、マナ。」
「どうしたの?」

ライは徐に、言った

「マナは、どうしてここにいるの?」
何の他意もない、ただ純粋な疑問にも、その時の僕には、僕を追い詰めているかのような、僕を責めているような言葉にも聞こえた。

でも、その言葉は、僕に凄く重く聞こえた。

なぜ?どうして、僕はここにいるんだろうか。
肉親なんて、この世のどこにもまずいない。
この村唯一の薬屋で、医者まがいをしている。ただそれだけだった。
薬の技術もライの方が上で、最近では、僕よりライに頼る村人の方が圧倒的に多い。

なんで、僕はここにいるんだろうか。

僕は気がついたら、村を飛び出していた

(ごめんね、なんて響く声に気がつかない)

3

僕は、走って、走って、走り続けた。
現実から逃げたくて。

気がついたら、そこは森のなかだった。
普段、この森にははいらない。
それは、ある昔話。
この森には、化け物が住んでいるのだと。
森に入り、化け物の城へ迷い混んだら最後、殺されてしまう。

でも、いいかもししれない。僕は必要とされてないんだ。だったら、このまま化け物に殺されても……

僕は、疲れて立ち止まる。
そこは、ひらけたはらっぱだった。そこに、大の字に寝転ぶ。死にたい、でも、生きたい。なんて、矛盾したことを考えながら、誰もいないその場で空に浮かぶ青白い月を見た。

「そんなところで、何をしてるにゃ?」
誰もいないはずなそこから響く中性的な声。振り返れば、そこには、猫が一匹。その猫は、月明かりに照らされ神秘的だった。

「ね、ね、ねこがしゃべったぁあ!?」

僕の叫びが辺りに響いていた。

4

ねこがしゃべったぁあ!?

その叫びはひらけたその場にやけに響いた。

「猫がしゃべって何が悪いんですか。猫はしゃべらないって決めつけないでくださいよ。」

淡々と、猫から発せられる声にやはり驚きつつも冷静になる。きっと、僕はゆめをみているのだ。これは夢だ。

「そんな自問自答してないで答えてください。ここでなにをしているんですか。」
疑問符のつかない質問に少しびくりとしながらもここまで来た経緯を話す。

「つまりは、家出()なんですね。被害妄想が、ひどくなっちゃってなにも考えないで飛び出してきたバカなんですね。」

流れる罵倒に傷つく僕は悪くない。
「で、家出()さんは、いくところがないと。っぷ、だっさ」

「僕は、家出()じゃないよ!ださいのは否定できないけどさ……」

ちょっと凹んでみせた僕を気遣う様子はなく、猫は問う

「で、あんたは生きたいんですか?」
「は?生きるに決まってるよ。なんで、死ぬ前提なんだよ?!」
今現実生きてるし死ぬような状況じゃぁ無い。この後だって、きっと、すぐに町にたどり着ける。

「無理ですね。あんたが、どうやって来たかはしらないけど。町も村も近くにはないです。そして、民家もない。あなたは、このままだったら死ぬしかない。」

死ぬしかない。その言葉は僕を冷たくする。

「答えてください。あなたは、生きたいですか?」

いきる意味は僕にはない。でも、死にたくもない。なんと、矛盾したことか。死なない限り生き続ける。それだけなのかもしれない。

「死にたくはないよ。」
それが僕の答え。猫はニンマリと笑う

「上等です。だったら、いきていってください。」

突き放すようにも聞こえるその言葉に、少し理不尽を覚えた。しかし、それも束の間。
なにかを口で紡いだと思うと、ぼくはひかりにつつまれた。

(あの人の思い道理になんてさせません)
なんて、強い言葉は聞こえない。

5

side???

ふと、何かの気配がした。
そういう気配を感じなくなって、どのくらいたったのかわからなくなってしまったが、それが、嫌なものだと言うのに変わりはない。

其処に行くのが嫌だ、といっても、ここにいるのは自分だけなのだから野放しにするわけにもいかない。
俺は渋々気配のする方へと向かった。

向かった先にあったのは人影だった。扉もない、この城にどうやってはいったのだろうか。検討もつかない。
俺がここに住み始めてどのくらいになるかわからないが、この高い煉瓦の向こうからの来訪者と言えば、野生の鳥ぐらいだった。

目を覚ます様子の無いその人物に、俺はため息をつく。
この人が何者であろうと、ここにいてはただ邪魔になるだけだ、と、俺は結論付け、羽織っていたコートをその人にかける。じかで触るのは、すこし抵抗がある。
コートの上からその人にさわり、抱き上げる。
無駄に広いこの城の何処かにあるであろう客室を目指して、俺は歩きだす。

しばらく歩き、ようやく見つけた部屋に俺はその人を放り込んだ。その人に触れていた手がすこし、震えている。その事に自嘲した。

身じろぎひとつしないその人を、改めてよく見る。
烏の羽のように見事な黒い髪、目を閉じているので実際はわからないが中性的な顔。目元は、赤く腫れていて泣いたのであろう。服装は、ラフそうなTシャツと、ズボンの上に、白衣らしきものを羽織っていた。

町医者のような、気もするが、町医者が、こんな森の奥にやって来るだろうか。

よくわからないその人を、眺め、ふと気がつく。
俺は何をこんなに、人のことを気にしているんだ。どうでもいいんだから、もう、放っておこう。

そんなことを思いながら、部屋に戻ろうとすると、
身じろぎをする気配を感じる。

その気配に気がついた俺は、そっと振り替える。キョロキョロと、その人は周りを見回していた。状況な把握できないのだろう。

そして、その瞳は、青い瞳は俺を射抜く。

side end

6

あの猫と話し、光に包まれて気を失った僕。
訳もわからず、目を覚ました先は、何処かのお城の中のようだった。
もしや、僕は不法侵入でもしてしまったのだろうか。
不安に刈られ、部屋のなかを見渡す。こんなに明るいのに、窓ひとつ無く、
何処か孤独感に刈られる。

部屋の戸口の方を見ると、赤い宝石のような瞳と視線があう。
この部屋の家主だろうか。しっかりとした服装をしている彼に声をかける。

「あの、」

「お、おはようございます、あ、貴方は何者ですか。早く出ていってください。どうやってこの中に入ってきやがったんですか。通報しますよ、通報!!!」

僕より混乱してるとかなんなんだこの人。
「とりあえず、落ち着いてくださいよ。」
「おちつけるか?!」
混乱し続ける彼をみて、逆に落ち着いてくる。
彼の様子を見るとかなりの人見知りのように思われる。ならば、やることはひとつ。

僕は、そこから立ち上がり、彼の方へ歩み寄る。
「な、何ですか」
じりじりと逃げていく彼のてをつかむ。
びくりと、肩を震わす彼にすこし罪悪感を持ちながらも、決して離すことはない。

僕よりすこし大きいその人を引っ張る。
そして、濁りをはらむ彼の宝石に目をあわせる。視線がバチりとあうと、
彼の視線はさ迷う。

「………僕は君に危害を与えない。大丈夫だから。」

なるべく優しく、落ち着くように彼に語りかける。

「僕は、マナ。君の名前は?」

「……ユーリ。」
ポツリと呟かれた彼の名前。すこしは落ち着いたのだろう。
彼の視線は、警戒をはらみつつ、僕から外れることはなかった。

7

「ユーリ君だね。よろしく。」
「……」
警戒をすこし緩みながらも、返事をすることがない彼に
苦笑いしつつ、質問を続ける。

「ここはどこ?」
「………」
「君の家?」
こくんと頷く。
「僕はね、多分ここからすこし離れた村の村人だったんだ。」

「……なぜ、過去形なんですか?」
「帰る気がないし………」
ばつ悪そうな顔をして笑ってみる。
「なにかやらかして逃げてるんですか?」
警戒心を強めて問いかけてくる。その姿はまるで、野生の猫のようだった。

「何かやらかした訳じゃないよ。……僕が勝手に飛び出してきただけだから。」
「家出人……ですか。やはり通報します。」
「なんでだよ?!」

「不法侵入した家出人をなぜ、通報しないのでしょうか、いや、します。」
「正論過ぎて返す言葉もない。」
「しかし」
ユーリは言葉を一瞬止める。

「このまま、ここから立ち去るのであれば、通報も何にもしません。だから、早く、帰るでもなんでもしてください。」

人間に対する、恐怖、警戒、そして、寂しさをはらむような視線。
彼は、僕によくにている気がした。

8

彼が僕ににているのか、僕が彼ににているのか。
両方なのか、違うのか、全く持って分からないけれど。
ひとつだけ、彼の瞳を見た瞬間に、決心していたことがあったのだ。

「悪いんだけどさ。ここにおいてくれないかなぁ。」
「通報します」
「お願いやめてぇ!」
大分なれてきたのだろう、流れるように悪態をつく彼はとても面白い。

「貴方がここにいたい理由は何ですか」
「僕、村に帰りたくないんだ。」
「なぜ」
間髪おかず、聞き返す彼にすこし笑う。そんな僕をいなすように、にらむ彼を見て先を話す。

「会ってすぐな、君に話すようなことじゃないんだけど。僕は孤児なんだ。村の入り口に捨てられていたらしい。そこから、孤児院に入れられたけど、みんなよくしてくれた。村の人たちも、本当に僕によくしてくれたんだ。そして、それは今も変わらない。」

「では何で」
「最近やって来た旅人、ライって言うんだけど、その人に全部持ってかれちゃった。でもね、僕、すこし、それでよかったんだ、って思うんだよね。」

「居場所を取られたのに、ですか。」

「うん、憎くないっていったら嘘になるけど。あいつね、スッゴク寂しそうな表情するやつでさ。僕よりも、寂しくて孤独なやつに見えたんだ。だから」

「あー、もういいです、結局は貴方がお人好しだってことがわかったので。」

「そう?」

じゃあ、おいてくれないかなぁ、と、視線で訴えてみる。

「村に帰らないなら旅でもなんでもすればいいじゃないですか。」
その言葉に僕はにやっとしながら返す

「僕、野宿したことなくてさ。」

沈黙が流れる。

「きっと、このまま、出ていったら、すぐそこでミイラになるだろうなぁ。」

きっと、端から見たら脅しているように見えるのであろう。僕は構わず、彼の瞳に視線を送り続ける。
にこりと、笑っている僕に、彼は嫌なものを押し付けられたような表情をした。沈黙を破ったのは僕

「よろしくね、ユーリ君。」
言い切った僕に、面倒事だと、ため息をつく彼。

「貴方が君づけとか気持ち悪いです。」

よろしくの代わりに吐かれた言葉。きっと、これが彼の今のラインなのだろう。

「よろしく、ユーリ」

僕の目標は只ひとつだけ。彼には告げることができないけれど、

9


ユーリと、繰らすことになってすぐ、僕は城、いや、彼の家のなかを探索した。
探索した、というのは、ユーリが案内してくれたのではなく、僕が勝手に見て回ったのだ。彼は、僕という存在を異質としながら、ないものとしてあつかおうとしているのだ。別にそれでも構わない。僕は、彼と、ユーリといきるのだ。

歩き回って、部屋を見て回る。どの部屋にも人はいない。シーンとしたそこに、寂しさを感じた。部屋のどこも、廊下も、階段も、窓はあれど、すべては目殺しだった。そして、どこにも窓から見える、外へと出られる扉がないのだ。人を拒否している彼らしい。そんなことを思った。と、同時に、この中はとても寒く寂しかっただろう。なんて思うのだ。

一回りして、最初の場所に戻ってくると、そこにまだ彼はいた。よく彼を見ると、顔色は青白く、所謂、不健康の権現のようなのだ。
僕は、一回りしてきて、切実に思ってきたことを口に出す。

「今から掃除、しよっか。」

その言葉に、ユーリは不機嫌そうな表情をした。

10

掃除。
この城の部屋のどこにも、廊下にも、誇りが積もっていた。僕の見立てだと、一度も掃除をしていないんじゃないか、なんて思う。このままだと、ユーリの健康は損なわれるばかりだ。

掃除をするといった僕に、嫌な顔をしたユーリにノンブレスで言った。それに、体力のないこともあるので、一緒にやろうと、提案したのだ。いや、提案というより、決定事項だけど。

僕の雰囲気に、押されたのか呆然としている彼に、そこら辺で発見してきた箒を渡す。箒を見た彼はキョトンとする。

「これは、…………何ですか?」
「な、なにって、箒だけど。」
箒?と、首をかしげる彼。きっと彼の生活は、この城のなかだけで、外のことは全くわからないのだろう。
僕は、箒の使い方を説明した。

「要するに、このふさふさした部分で床を撫でるんですね。」

概ね間違っていないので、肯定すると、おとなしく床をはきはじめた。僕も、続くようにはきはじめる。
廊下も半分というところで、ユーリはどうなっているかチラッと視線をやる。

そこには、埃だらけな彼がいた。
「なんで?!」
僕の声に、こちらを振り替える。
「うるさいです。けほっ」
よく見ると、彼の周りで埃が舞っている。
そこから推測されるのはただひとつ。

掃除を続ける彼に、注意する。
「そんな荒くやったら埃が舞うだけで、掃除もなんにもないから!もっと、そっと、そっと!」
その言葉にめんどくさそうな表情をする彼。
掃き掃除からこれでは、先が思いやられる。そう思った。

なんにも知らない、真っ白な子供みたいな彼。そんな彼に、いつかあるかもしれない、外へ出たときの常識、それを教えるのが、僕の今の小さな目標である。

11

今度はキッチンの掃除をしてみる。
キッチンも埃は積もっていた。しかし、一度も使っていないだろうそこはすこし埃を払うだけで光を取り戻す。

「ユーリ、」
僕が声をかけるとやっとなれてきたのか埃にまみれていない彼がこちらを向く。

「何ですか」
ぶっきらぼうに返事をする彼はやはり子供っぽく見えた。
「好きな食べ物は?」
僕の突拍子もない質問に驚いて目を丸くする。
「何ですかいきなり。」
「いやー、掃除頑張ってるし?ご褒美になにか作ろうかと……」
「ずいぶんと上からですね。」
「別にそんなことはないけど」
ちょっと僕が口ごもる。すると、彼はボソッと呟いた。

「ー。」
「え?なに?」
「っ、なんでもありません。別になんでも構いませんよ。」
照れたように、顔を赤くしてそっぽを向く。
そんな彼がおかしくてつい声を出して笑う。すると、彼は不機嫌になったようで、一言も口を利かなかった。

彼にも人間らしさがあってよかった、なんて内心安心した。好きな食べ物はわからなかったけど、きっと何を作っても文句をいいながらも食べてくれるだろう。そんな彼を思い浮かべて、また顔が緩んだ。

12

一通り掃き掃除が終わり、拭き掃除に入る。
主要な部屋と廊下しかまだ掃除していないので、時間はかからないだろう。

バケツに水をくみ、雑巾にできるであろう布切れをユーリに渡す。

「?」

言葉にも出さず、態度だけで、それが何なのかわからないと信号を出す彼に苦笑いする。やはり、わからないか。僕は雑巾をバケツの水に浸す。そして、絞る。

それを真似するようにする彼を脇目に拭き掃除をする。
窓を拭き、壁を拭き、床を拭く。そんな様子を見て、彼も僕の真似をする。本当に子供っぽい。
何度も水を変え、最後の方にはユーリ自ら水を変えに行き、ちょっとした感動を覚えた。

しかし、実際、彼の拭いたところをみると、水浸し立ったりしたけど。

そんなところに、ユーリが戻ってくる。
ツルッと、そんなきれいな効果音が聞こえた。
「あっ」
それは、ユーリが自分で拭いたところで、まだ水浸しだったところだ。そこで彼は滑った。それは器用に。
彼は、滑ってこぼしたバケツの水を頭から被ったのだ。
どうしてそうなった?!

「だ、だいじょうぶ?!」

「……」
無言な彼。水浸しな彼は、すこし色っぽい。なんて、そんなこと考えている余裕はない。おろおろとする僕を見て、彼は、すこしにやっとした気がする。

「ー」
なにを言ったのかわからなかったが、直後、水がどばっと頭上から落ちてきた。
「俺だけ水浸しとかあり得ません。」
「意味がわからないよっ。」
僕は彼が風邪を引かないようにと湯浴みを促す。
嫌だという彼を浴場へ放り込んだ。

すこしの間、無音であったが、がさごそと、音がするようになり安心して、先程の場所に戻る。さすがに、湯あみの仕方がわからないということはなかったようだ。
僕はほっとしていたが、現状をみて、ため息をつく。

「っくしゅん」

僕も風邪を引かないように気を付けなければ。

13

翌日、僕は前の日に掃除したキッチンにたっていた。
朝食を作るためだ。僕は長年独り暮らしをしていたので、料理はなんとか、できる。

彼が、何の料理が好きなのかわからないので、取り敢えずありきたりのものを作り、盛り付けたり、机に並べたり。

そんななかに、ユーリが来る。

「おはよう。」
「……」

返事はなく、机の上の食べ物をボーッと眺めている。
なにか、変なことでもあったのかと、彼の顔をみると、顔色が悪く、変な汗をかいている。

明かに風邪だ。昨日、水を被ったせいだろう。彼の異常に気がついた僕は、取り敢えず、水を飲ませよう、とその場を離れようとする。

その瞬間、グラッとユーリのからだがぶれる。
「ユーリ?!」
咄嗟に彼の体を支えた。倒れたユーリは高熱だった。きっと、まともに風邪も引いたことがなかったのだろう。かなり苦しそうだ。
その場にいても始まらない、と僕よりも大きい彼を抱える。
「……軽い」
それこそ、その体型に合わないほど軽い彼に思わず言葉が溢れた。もしかしたら、食事もまともにしていなかったのかなぁ、なんて、思った。

ユーリの部屋に着く。彼をベッドに下ろし、看病するため、水など必要なものを取りに行こうとした。

ぐっ、と引っ張られたのは僕の白衣の裾だった。
いつの間に目を覚ましたのか、とろんとした目で此方をみていた。

そんな彼に、大丈夫だよ、と頭をひとなでする。気持ち良さそうな彼は、さながら猫のようだった。
そのまま眠りについたようだったが、白衣の裾は彼の手に縫いつけられたままだった。僕は、小さくのため息をつき、白衣を脱いだ。

扉を出て、少し走りながらキッチンに向かう。
風邪を引いた、孤独な猫のような彼に寂しい思いをさせないために。

14

sideユーリ

朝起きると、ふわふわした。風邪を引いたと悟るのに時間はかからなかった。取り敢えず起きて部屋から出ると、キッチンの方からなにかの臭いがしたので行ってみた。

そこにあったのは朝食だろう。俺にとって、こういった食事は本当に久しぶりだった。

食卓を見るたび、あのときの光景を思い出す。こうやって食べ物が並んでいるだけで、吐き気がする。でも、なぜだか、今は嫌な気分にはならないのだ。なぜなのだろう。

ボーッと考えていると、ふと目眩がした。目の前が真っ暗になった。

「ユーリ?!」

あの人の心配した声が聞こえた気がした。

15

目の前で、家族が食事をしている。

父さんに母さん、兄弟たちもいた。にこやかに、楽しそうに、俺なんていないみたいに食事をしていた。暖かな食事が湯気をたてて、家族の団らんを引き立てていた。

そこに、小さい頃の俺が入ってくる。

ー見たくないー

食卓はたちまち凍りつく。家族の笑顔は消え、怯えに染まり、食事は冷えきってしまった。
小さな俺は気にせず、台所にあるものを持っていく。

「お母さん。」
兄弟が怯えたように両親をみた。

ーいやだー

父さんは、小さい俺に向かっていった。俺は気にするわけでもなかったのに、殴られる。

「俺たちがいる間に降りるなとあれだけ言っただろう!何で言いつけが守れないんだっ」

俺は殴られて、殴られて、蹴られ、蹴られて。

ー聞きたくないっー
「こんな化け物、何で生まれたんだっ。俺たちがなにをしたって言うんだ。」
他の兄弟たちにはない、なにかを持って生まれた俺。

なんで、父さん、母さん。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そこで、俺は目を覚ました。まだ微睡んでいると、俺から遠ざかる人の背中が見えた。

やだ、いかないで

俺は、咄嗟にその人の服をつかんだ。その人は驚いたように振り返った。困ったように、でも、優しく俺の頭を撫でてくれる。

暖かい。

そのまままどろみに身を委ね、俺は再び眠りに落ちた。

16

sideユーリ

再び目を覚ますと、あの人が俺の方に背を向けて何やらごそごそしていた。
なにをしているんですか、と問いかけようとするも、かすれた声さえ出ない。
俺が起きたのに気がついたのか、その人はこちらに振り返る。

「起きた?」
にこりと、笑うその人の暖かさ。ソレは、俺にはなかったものだった。
触れるのがとても痛い。
熱は…、と俺に触れようとするその人の手を、思わず振り落す。
驚いた顔を擦るのもつかの間で、それだけ動ければ大丈夫だね
なんて、その人は笑った。

なんで笑うんだよ

俺は、魔法で、紙とペンを取り出した

『なんで、俺に優しくするんですか』

書いた紙をその人に投げつける。あたったものを見て、驚愕に顔が染まる。
なんで、俺に優しくするのか、理解できない。あったばかりなのに、なんでそんなに親身に出来るんだ。同情でもしてるんですか。そんなのいらない。あなたに、ナニが分かるんですか。
ナニもわからないのに、わかったような素振り、しないでください

熱に浮かさた体で書いた文字は少し弱々しかった。でも、全部書いた。声が出ないのがもどかしかった。どうしても、今聞かなくちゃいけなかった。もう、傷つきたくなかった。

全て読んだあと、その人はナニも言わなかった。ナニも言わず、俺を見ていた。いや、見つめていた。
その視線には、優しさと、暖かさと、俺を飲み込もうとするなにか。怖い。

俺が、その人から視線を逸らした瞬間、その人は俺を包み込んだ。嫌だ、怖い
暴れる俺を物ともせず、優しく、壊れ物をさわるかのように俺を抱きしめる

「ここは、冷たいよね」
意味の分からない言葉で話し始めた。
「一人は寂しいよね。僕もね、独りだから。でも君の気持ちがまるっきりわかるわけでもないね」
俺は、暴れるのをやめて聞き入る
「でもね、外を、人を怖がって、一人でとじ込もてもね、誰も君の気持ちはわからないんだよ。
君の気持ちを、理解したくても。君が一歩踏み出さなきゃ。僕は、君とわかりあいたいよ。
一人は寂しいもん。僕は、君のことを知りたい。だからさ、怖がらなくてもいいんだ。独りに慣れることなんて必要ないんだよ。」

って、ナニを言ってるんだろ、なんて笑うその人。俺にも、意味がわからない。わからないのに、なんでだろう

涙が止まらない。

俺は、本当に独りじゃなくていいのかな。俺は、この人を、この暖かさを頼っていいのかな

泣きじゃくってる俺に気づいたその人は、ぽんぽんと俺の背中を叩いた。
その手は、温かい。

side end

17

わけのわからないことを口走った自分に後悔しながら、ユーリの背中を叩いていた。

そして、ユーリが落ち着いた頃を見計らい、りんごを剥いてお腹に入れさせて
その後薬を取り出した。
その薬を見て、少し顔を曇らせた。

「薬は飲める?」
「…」
返事はない。
「飲めないの?」
「…」

返事を全くしない。その様子を見て、いつ高の光景に似ている気がした。
そうだ、風邪を引いた子が薬を飲みたくないと、駄々をこねている時。
そんな光景にとても良く似ていた。

「薬嫌い?」
小さくだが、コクンと頷く。やっぱり、彼は子供っぽい。大きな子供、と言うかなんというか。

「…じゃぁ、こうしよう!この薬飲んだら、完治した時なんでも好きな物作ってあげよう!」
目を見開く彼に、にこりとする。そう、子どもたちが薬を飲みたくない、と駄々をこねた時、僕は必ず
なにか、ご褒美をちらつかせるようにしていた。
お菓子を作ってあげる、とか、何でも一つだけいう事聞いてあげる、とか、なんでも。

ワクワクと待っていると、こんな僕に耐え切れなくなったのか、紙になにか書いてまた投げつけられる
ソコには、紙の割には、小さく細やかな字で書いてあった。

『アップルパイ』

「了解、作るから早く完治させるんだよ?」
僕は、頭を一撫でして薬を渡す。
しばらく薬とにらめっこしていた彼は、意を決したのか、勢い良く飲んだ。
粉薬だったので、少しむせていたのか水も勢い良く飲んでいた。
そんな光景に、苦笑いした。どこまでも、子供らしい人だ。

薬を飲んだら寝る、と無理やり彼を寝かしつけて僕は部屋を出る。
向かう先はキッチンだ。彼が目覚めた時に、食べさせてあげるおかゆと、
完治した彼のためのアップルパイの準備のために。

僕の足取りは少し軽い

18

しばらくして、ユーリの風邪が治った頃。僕はキッチンに立っていた。約束のアップルパイを作るためだった。

ただ作るだけなら別に何でもないのだけど。
「そんなにみてて、楽しい?」
目を輝かせた彼が目の前で僕がアップルパイを作っているのを見ているのだ。もう、それこそ穴が開いてしまうのではないかというほどに。 彼は、頷く。

アップルパイを焼く前、手慣らしにと焼いたクッキーをあげた。それが美味しかったらしい。もしかしたら、いや、もしかしなくてもユーリは甘党だ。絶対。

アップルパイも焼く段階にはいる。放っておいたら、オーブンに張り付いていそうなユーリに、飲み物を入れる。

その様子を見て、ユーリは顔色を変えた。
僕が入れた紅茶を見て顔を真っ青にしていた、なぜだ。
「紅茶、嫌だった。」
「い、いえ。あの、えっと……」
口ごもる彼に不信感を抱く。紅茶が嫌いではないとしたらなんなのだ。

少しむくれながら、なんなのか問い詰める。

Sideユーリ
出てきた紅茶は湯気をたてて美味しそうだと思う。
でも、その行程が怪しすぎるのだ。

なぜなら、あの人は紅茶を俺が風邪を引いてるときに、薬の調合に使っいたフラスコや試験管で淹れたのだ。
うまいまずいの前に、怖すぎる。

でも飲まないのも気が引けて覚悟を決めて紅茶を飲んだ。

Side end

勢いよく飲んだ彼に驚く。彼の方は、飲みきって安心したような表情をしていた。
「……お願いですから、普通に紅茶淹れてくださいね。」
「美味しくなかったの?」
「いえ、美味しいと思いますよ。でも、あの入れかたはちょっと……」

いつも道理淹れたのに、よくわからない。

19

アップルパイも焼き上がり、僕は紅茶を淹れ直して、椅子に座った。
フラスコで水の量を計ろうとしたら、ユーリに止められたことが少し解せない。

座り、アップルパイを頬張るユーリを見る。彼のリクエストのアップルパイだが、満足してくれているだろうか。そんなことを思いながら彼を見つめた。目が合う。

「美味しい?」
「…不本意ながら…」
僕は声を立てて笑った。
「ナ、なんで笑うんですか?!」
「だって、この前クッキー食べた時もおんなじこと言ってたよ?美味しいんだよね、良かった。」
僕はほうっと胸をなでおろした。気に入ってくれたみたいで何よりだ。

お互い無言で、だけど、穏やかな時間がすぎる。温かいパイと紅茶に心も体も暖められる。

最後の一口を食べ終わった後、ユーリはよく見なければわからないほど少し顔を歪ませた。
なぜだろう。僕は、わからなかった。でも、ソレを問う前に、彼は表情を戻し僕を強く見つめた。

「あの、」
「どうしたの?」
あの、えっと、その、なんて口ごもる彼に少し笑いそうになるけど今の彼の表情はとても真剣で
ソレどこではない気がした。

「…頼ってもいいんですよね」
小さく、か細い声だった。もしかしたらひとりごとだったかもしれないが、ソレは僕の耳に届いていた。
僕は頷く。
「…俺の過去の話見てもらえませんか?」
過去を見る?占いなんて僕にはできない。どういう意味なのかわからない。
そんな僕の様子がわかったのか、ユーリは言葉をたす。

「俺の中の結論で、俺の過去を、あなたと共有するってことで俺のことを知ってもらおうと思ったんです。実際に共有するわけではありません。俺が魔法をかけて、あなたに俺と俺の過去を第三者視点で見てもらおうと思ったんです。」

そうだ、彼は魔法使いだったのだ。水をかけられた以外魔法使い、という姿を見ていなかったのであんまり考えていなかった。

「俺の過去は、自分で言うのもアレですが、かなりきついと思います。だから、」
口ごもる彼を制して僕は言った。
「見るよ。教えて?君のこと。」

20

ユーリが、僕にはわからない言葉を唱える
「ー。」

最期の一節が終わった途端僕とユーリは光りに包まれた。
ソレは、僕達を優しく抱き上げて、僕たちはソコから消え去った。

==========================================

ある女性が子供を出産した。
その旦那である男は女性が無事なのと、子供が生まれたことに喜んでいた。
「名前はどうしましょう」
「もうソレは決めてあるんだ。」

大きく、ちょっと雑な字でユーリと書かれている紙を女性に渡す
二人は笑い合う。
「「ユーリ。」」

二人に返事をするように鳴き声を上げる赤ん坊がソコにはいた。

場面は代わり、赤ん坊は少し成長していた。それでも、二足歩行もほとんどままならないほど小さく
弱かった。
彼の父が彼に声をかける。
「おはよう、ユーリ」
ソレに、答えるはずもない彼が答えるのだ。
「おはよう、父さん」
父は頭を一撫でして、その場を去る。その顔には、隠しているであろう、自身の子供への嫌悪やきみわるがっている様子がにじみ出ている。

「ユーリ、」
今度は母が彼を呼ぶ。
ソレにハイハイをして近づいていく。母親は彼を抱き上げる。
彼と母親の目が合う。

目があった瞬間彼の母親の目には彼に対する恐怖しか映らなくなった。

少年、ユーリは異常に賢かった。早すぎる言葉の習得、相手の感情を理解する。
それは、両親にとって彼が異常なものに見える要因でしかなかったのだった。

また、場面が転換する。
また成長した少年ユーリ。二足歩行をして、おそらく5歳、いやもう少し上かもしれない。
彼の周りには、誰も居なかった。大人も、子供も、老人も、動物も。何もかもが寄り付いていない。
むしろ、彼から離れていった。彼は、ナニもしていないはず。

なのに、彼の周りの人間の目は冷たい。恐怖している。そうだとしか見えない。
周りの人たちから、少年ユーリに目を移すと、彼は無表情に俯いていた。

コツン、と、彼に何かがあたった。怯えた様子のユーリに似た男の子が石を投げつけていた。
ナニもユーリは言わなかった。ただひたすら下を向いていた。
周りの人たちは、ソレを見て次々に彼に石を投げつけていく。
恐怖をぶつける、罵倒をぶつける。ただ、彼に関係ない感情をぶつけていた。

21

次の場面へ飛ぶのかと思えば、僕は真っ白な空間にいた。
「……」
猫がそこにいた。そういえば、ユーリのところに来たときにも、猫にあったとあのときに思いを馳せる。
しかし、あのときの猫は月の光を反射させるほど白かったのに対し、この猫はこの真っ白な空間の光を全て吸収してしまうのではないかというほど黒かった。

「生きていたんだね。」
穏やかに、でも冷たく猫は言葉を放った。
「生きていても、君が辛いだけなのに。どうして君は生きるの?」
「辛いなんて、違うよ。」
否定する僕に無機質にいい放つ。
「違わないよ。本当は……ね。」
含みのあるその言い方に不信感を持った。でも、その猫は、僕なんて気にせず、いい放った。

「ここの子は、本当に不幸だね。寂しい。ただ少し、いや大分かもしれないけど、周りと違うからって、嫌われて排除されて。でも、あの子がもっと辛いのは、心の闇を作るのはこれからだ。」

猫の言いぐさに僕は行きを飲んだ。

「ユーリは君に全部見せる気はなかったみたいだからね。僕が全部見せてあげる。巻き添えになっちゃうユーリには申し訳ないけど。」

僕なんか居ないみたいに、独り言のように猫はいった。
「どうして……?」
僕は小さくながら声を絞り出した。

「理由なんてないよ。強いて言うなら……」
猫を光が包む。その光が僕の方へと飛んできた。
思わず目をつむるがそこにはなにもない。なにがあったのかわからなかったが、そのまま、目の前が真っ暗になった。なんだが、デジャブ感があった。

「あーあ、なんで介入しちゃうかな、僕は。」
猫は人の形をとり、ふぅと息をつく。誰もいなくなったその空間にただその人だけの声が響く。

「本当だったら、もう終わってるはずだったのに。
もしかしたらあいつが……」

そこまでいってその人は、言葉を止める。言葉に出したら、本当になってしまいそうだ。そう思ったゆえだった。
「もしそうだったとしても、僕の邪魔はさせないし、僕も捕まらないから。」

その言葉は、今度こそ誰もいなくなったその空間にいやに響いた。

22

ブラックアウトしたさきの場面のユーリは先程よりもかなり成長していた。おそらく10歳だ。

ユーリは先程と同じように、うつむいている。その様子だけは変わらない。
家に向かってるらしく、とぼとぼと足どりはおぼつかなく歩いていた。自宅の前に来るとなにやら人影があった。その人影は彼の家のなかに入っていく。

ユーリには見えていない。うつむいているから。そのまま、ユーリは家のなかに入る。家のなかに入ると、家の中の惨状におののく。彼の家のなかは血濡れであった。
その中心にいる男性は見覚えのない人物だ。

その周りには、彼の両親が転がっていた。かろうじて命は繋いでいるものの、放っておけば死んでしまうだろう。その脇には、前に彼に意思を投げつけていた男の子がいた。彼の兄弟なのだ。

(なんですか、これ。)
今のユーリと、少年ユーリ、どちらの声ともとれない声が響いた。
ユーリの目には、怒りと絶望と、仄かな喜びが写っていた。しかし、その怪しげな光りもすぐに消えていった。

(やめて、やめてください)
男性が何をいったのかはわからない。でも、確かになにかをいった。でもそんなのは関係なかった。
「ー 」
少年ユーリは、なにかを唱える。それと同時に男性が燃えた。
呻く男性を冷たい目で見るユーリ。
そんなユーリを両親が、彼の兄弟が、見ていた。
ただ呆然と。しかし、その瞳にはユーリに対する恐怖で満ちていた。
(そんな目で俺を見ないで……)

泣きそうな言葉が響いた。


バッと風がふき、場面が変わる。
ユーリは、何時も道理俯いて歩いている。周りの人たちは、石を投げなくなった。
でも、ソレは彼を認めたわけではない。
彼を恐れ、自分が報復されるのを恐れたのだ。彼の家に入った強盗のように。殺されたらたまったもんではない、とかかわらなくなった。

家に帰る。家につくと、誰も彼を迎え入れてはくれない。人は、彼の家族はいるのに、誰一人、彼に声をかける者は居ない。石を投げつけていた少年は、怯えた表情をして彼の母親の後ろに隠れる。母親も若干怯えた顔をするも、ソレを表に出さないようにと必死であった。
そんな様子を見て、彼の父親は、彼を叩くのであった。

「俺達がいるときに顔を出すんじゃないと、何回言ったらわかるんだ」
彼を叩く。彼はナニも言わない
「xxxが怖がるんだ、本当にナニを考えてるかわからない、この化け物めっ」
彼を蹴る。彼はナニも言わない。ただ、父親を、母親を、彼の兄弟を見つめる。
「こんな化け物、生まれてこなければよかった。」
まだ、暴力の嵐はやまない。でも、ユーリはナニも言わない。暖かさのない瞳で、その行為が終わるのを待っていた。

23

また場面が変わった。
先ほどとあんまり変わらないようにも見えたが、確かに時は進んでた。

朝起きたユーリは、もう部屋とはいえないほど小さな自分のスペースから、立ち上がり食べ物を取りに行った。誰も用意なんてしてくれない。ただ一人、生きている。

でも、この日は違った。
「ユーリおはよう」
声が、挨拶がかけられたのだ。何事だと、目を見開く。声をかけたのは、彼の母親だった。
ニコニコと、見たこともないような笑顔をユーリへと向けていた。
「おぉ、ユーリ起きたか。今日は、一緒に出かけるからな」
穏やかな声で、ユーリに彼の父親が語りかける。
少年ユーリの心は、暖かくなる。今までのは、嫌な夢だったかのように、今日は両親がきちんと自分を見てくれている。そんな事実に、浸った。

(嫌だっ、見たくないっ)

朝ごはんは用意されていた。温かい食事なんて殆ど食べたことがなかった。服も、新しいものを用意してくれた。古いものは必要ないと捨てられる。
母親も、父親も、優しく微笑んでいる。彼の望んだ理想だった。ありえない、机上の空論のはずだった。だが、何故か知らないが、かなってしまった。嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだ。


父親に手を引かれ、母親が後ろからついてくる。向かうのは、森の奥
「父さん、母さん、どこへ行くの?」
ユーリは尋ねるが、二人はにこりとして、
「いいところだよ」
というだけだった。

森の奥にたどり着く。ソコは開けた野原のようだった。母親が、お弁当を広げた。
「ご飯にしましょう」
ユーリは、ソコで初めて両親の目を見た。ソコに、光が灯っているかなんて、気がつけなかったが。
「美味しい?」
母親は、尋ねる。頷くと、そっか、と頭を撫でる。気持よくて、ユーリは目を細めた。
ソレに続いて、父親も頭をなでた。

次の瞬間、ドスッと鈍い音がした。
ユーリの腹には、ナイフが刺さっていた。鋭い痛みに顔を歪める。
助けて、と声を出そうとするが、両親の表情は氷のように冷たいものだった。
「母さん…?」
「母さんなんて、気安く呼ばないで、気持ち悪いっ」
先ほどまでのニコニコとした笑顔は見る影を見せず、まるでゴミを見るかのような表情をしている

「父さん…?」
「化け物の父親なわけあるか!こんな化け物、俺の、俺達の子供じゃない!」
穏やかな声は、鋭い怒鳴り声となった。

そのまま二人は踵を返す。
「待ってよ、おいてかないで。」
かすれる声など、二人に聞き取れるはずはなかった。その代わりに、二人の笑い声が延々と響いてくる。

(嫌だっ 父さん、母さん 行かないで)

ユーリは死ななかった。彼の中にあるその魔力が、宿主を無くさないように、と刺された傷を癒やしたのだ。
(なんで、父さん、母さん。俺は悪いことしてないよ?おいてかないでよ)

ユーリは、回復した体で自分の村へと帰る。10歳の足には辛いところもあったが、歩き抜いた。
すでに、辺りが暗くなり、家の前へと行くと、家の戸が少しの隙間を開け光が漏れていた。
ソコから中を覗いた。

「…あんなのが生まれた事自体間違いだったんだよ」
何の話なのかわからないが彼は話を聴き続けた。

「ねぇ、あんた、なんであんなのにやさしくしなけりゃいけなかったの?」
「それは、おまえ、万が一あんなのが俺たちに復讐しにきて殺されちまったら」
クスクスと、笑いを潜めながら交わされる会話を聞いていた。
「死んだかねぇ」
「死んだだろうなぁ」

ユーリは、戸から離れ走りだした。途中雨が降り出しもしたが気にせず走り続け、辿り着いたのは、皮肉にも彼の刺された場所だった。膝をつく。雨に打たれながら、呆然と空を見上げた。

(俺が、生まれてきたのは間違い?俺は死ななくちゃいけないの?)

初めて彼が泣いた。声を上げて、獣のように。生まれた瞬間の赤ん坊のように。
(死にたい、死にたくない。一人は嫌だ、人は怖い。憎い、人が、何もかもが憎い)
彼は、目をつむった。
目を開けた瞬間ソコにあるのは、大きな、窓のない城だった。



========================================

24

元の部屋に、戻ってきた。
瞬間、ユーリがしゃがみ込む。

「なんで、あんなの思い出したくなかったのに。見ないようにしてたのに、どうして?どうして??」

ぶつぶつと独り言を言ってる彼を抱きしめる。優しく、暖かく。
「君は、化け物なんかじゃない。大丈夫」
「でも、俺は赤ん坊の時から言葉を話してて」
「ソレは、君が他の子達より優れてたってだけだ」
「石をぶつけられても、ナニがあっても無表情に居ました。」
「辛かったよね?ソレでしか、自分を保つことができなかったんだから」
「ソレに、おれはっ、人を殺しました」
「お前は、お前の家族を守るためにやったんだろう?僕だったら、できない。お前は、勇敢だった」
涙を浮かべるユーリに、僕は求めてる答えを出してあげる。僕の思いでもあった。

「人間が憎いと思いましたっ」
「アレで人間を憎まないとしたら、それは神様ぐらいだよ。お前は神様なんかじゃないんだから。いくら憎んだっていいんだ。僕もね、君をいじめてた奴らも君の両親も、自分自身も許せないんだ。」
「なんで、あなたが俺の両親たちに怒ってるんですか。自分自身もなんて」
「君が、バケモノなんて証拠、そんなものもないわけだ。親は、子供を無条件で愛すべきだよ。ソレができない親なんて親じゃない。まぁ、僕のただの考えだけど。ソレに、僕がのうのうと生きてる時に、君がそんなことになってたんだ。もっと、外に目を向けていれば、君は、あるいはってこともあったかもしれない」
「…意味がわかりません」
「ほんとにね。自分でも言ってることがわからなくなってくる」
「あなたが言ってることだと、昨日どっかで起こった事故までもがあなたのせいだってことになります」
「もしかしたら、ソウかもね」
一呼吸おいて、涙をまだ携えながら僕の瞳をユーリが射抜く

「…あなたは、本当にお人好しなんですね」
「うん」
「お人好しすぎます」
「うん」
「ばーか」
「うん」
「…人は怖いです」
「いきなりは怖いよね」
「…一人も怖いです」
「大丈夫、僕が居てあげる」
「俺は、」
「うん」
「俺は化け物じゃないんですか?」
「君は、人間だよ。きちんと考えて、思って、想って、傷ついて、悲しくなって、憎くなった。君はれっきとした人間だ。そんな、君には、考えられて、思われて、想われて、優しい気持ちを知って、愛を知る権利があるんだよ。」

にこり、と、初めて見る笑顔を見た。それはぎこちないものだったけど、心からのものだった。
互いにナニを言ってるのかなんてわからなくなる。とてつもなく意味のない会話をしているのかもしれない。でも、これだけは言える。
話してくれてありがとう、ユーリ。

25

あれから数日が経った。僕と、ユーリの仲は、深まったのだろうか。
自分では、よくわからないところもあるけれど、どこかなつかれた感がある。
…なつかれてると、いいなぁ…

また、城の形も、少しだけ変わった気がする。相変わらず、玄関のないこの城だけど、
一箇所だけ、羽目枠でない、開く窓ができた。ユーリにさり気なく聞いてみると、心当たりはないらしい。僕の読みだと、きっとこの城はユーリの心情に左右されるのだろう。うぬぼれたことを言えば、
僕、という存在に、心をひらいてくれた証なんだと思う。ソレだったらとても嬉しい。だけど、そんなことを言ったら怖がりな彼は、すぐに戻ってしまうだろうから心のなかに閉まっておく。

一箇所だけで来た窓から外を眺める。開け放した窓から入ってくるそよ風に身を任せる。
「気持ちいい…」

バアンッ

僕がつぶやいた後か、同時かは分からないが、爆発音が響いた。僕は驚き、音の発生源の方を向く。外ではない、室内であった。ともすれば、ありえるのは唯一つ。僕は、足を発生源へ、ユーリの部屋へと向けた。

ユーリは、一日の大半を自室で過ごす。僕が料理をするとなれば、目を輝かせて台所へと来るのだが。そうして、その一日の大半は、魔法の研究と、読書に当てているらしい。さすが、魔法使いである。魔法の研究、というものを見せてもらったが、凡人である僕にはほとんどわからなかった。でも、薬に関する記述に関しては僕にもわかるもので二三口出しをさせてもらった。少し、悔しそうに聞いてる彼を微笑ましく想ったのは秘密である。

そんな彼は、いわゆるドジっ子なのである。掃除をしてる時にすでに少し現れていたが、ソレ以外にも、すぐコケたり、爆発させたり、こけたり、爆発させたり、なにか召喚したり、いろいろやらかす。僕としては、面白くも思うが、今までどうして無事(?)で生きてられたのか、不思議でならない。
ちなみに、今回の爆発は、僕が来てから記念すべき50回目である。

ユーリの部屋に到着し、中に入ると煙が蔓延していた。窓というものがないその部屋は、ドアをあける以外に換気の方法はない。
「ユーリー、大丈夫ー?」
煙の中にいるであろう彼に声をかける。息を吸う度に、甘ったるい煙が鼻をくすぐった。
煙が晴れてくて、彼の姿が認識できるようになってくる。
「ゲホッゲホッ」
咳き込んでる彼の無事にほっと胸を撫で下ろす。しかし、彼の頭を見て固まってしまった。
「え、あ、は?」
僕はうろたえすぎて口をパクパクさせるしかなかった。当のユーリは何なのかわかっていないのか
頭にはてなを飛ばしている。
「なんなんですか?」
「な、なにって、ユーリ、頭触ってみなよ。」
僕に促されてユーリは手で頭をさわる。

モフッ

彼の手に触れたのはモフモフとしたもの。
「は?」
唖然とする彼に僕は答える。
「う、うさみみ生えてる。」

今までにないほどのユーリの叫びが部屋中、いや、城中に響いた。

26

モフモフ
「さて、このうさみみどうしようか…」
「とりあえず、うさみみから手を離してくれ」
モフモフ
「だって、うさみみとか・・・」
「だってじゃない、お願いだから離せ」
「しょうがないなぁ」

僕は仕方がなくユーリのうさみみから手を離した。あのモフモフ感がとてつもなく癒やされるのに。なぜ、彼はわかってくれないんだろう。
「で、どうしてこうなったの?」
「失敗した」
「簡潔だねぇ・・・もっと詳しく」

彼の曰く、変身の魔法の研究をしていて試したら、爆発したのだという。
「え、ソレって失敗なの?」
「変身魔法っていうのは、自分の好きになったり、戻ったりするものです。こういった耳だけっていう中途半端なのも失敗ですし、俺が自分の意志で戻せないのも失敗です。」

垂れている耳がピクピクと動く。僕を誘惑しているのか。拷問だぞ。

「そんな見ないでくださいよ」
顔を耳で覆って隠す彼。ソレは、またかわいい。癒やしだなぁ。
「で、いつ戻るの?」
「わかりません。」
ですよね~、なんてちょっと不機嫌な彼には言えない。

「そういえば、」
彼部屋の掃除をしながら思い出したように僕はつぶやいた。
「よくあるお伽話でさ、キスしたら元に戻るって定石だよね」
僕の呟いた言葉に、本をか出していた彼は顔を真赤にさせてこちらを向く。
「なんなんですかっ?!」
「いや、なんなんですかってなに?!」
「変態なんですか。馬鹿なんですか?!セクハラです!責任とってください!?」
「いや、おとぎ話の話だからね?!」

なんだか、照れて慌てているようにしているユーリに僕は首を傾げた。

27

sideユーリ

爆発した。うさぎの耳が生えた。
状況は、それだけだった。だけど、俺はものすごく混乱した。今まで失敗もしたし、
爆発もいっぱいしてきたが、こんな失敗の仕方は初めてだった。
それに、モフモフとした俺の耳(?)をマナに、触られるたびに、胸がドクンとなった。なんなんだこれ。

そして、俺が本を片付けてる時につぶやいた言葉。
「キス」
という単語に俺は過剰に反応してしまった。自分でもよくわからない。でも、想像してしまった。
マナとの、その、光景を。
混乱した様子の俺にマナが近づいてきて余計に混乱した俺は、ずっこけた。

目の前まで迫っていたその人に、顔が近づいた。

「う、あ、す、すみませんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!」
俺は床にめり込む勢いで、土下座した。俺は、ナニをした?!転んで、男にキスをした?!
何だそりゃ?!
「他意があったわけではないんです。俺、あの、その、ほ、ほんとにごめんなさいっ」
「い、いや別に気にしないからいいけど…って、あ、耳!耳!!」

マナに言われて土下座をしながら頭に触れてみる。ソコにはモフモフとしたものはなかった。
「ちょっと寂しい気がするけど、良かったね。」
「は、はい」
あっけなく、無くなったうさみみに拍子抜けした。いや、拍子抜けしたのはもう一個。あの人のキスに対する反応にも拍子抜けしたのだ。別に俺ほど混乱しろ、とも言えないが、もう少し、照れるとか、嫌がるとかして欲しかったと思うのはなぜだろう。自分でもわからないが、モヤモヤした。
そのもやもやは、もしかしたら、魔法の後遺症なのかもしれない。本来ならどうにかして治すべきなのだろうけど、俺は、このままでもいいかもしれないなんて想ってしまった。

sideend

ユーリが混乱して転びそうになったので駆け寄った。そうしたら、結果唇がくっついた。それだけなのに、彼はなぜあそこまで混乱して、顔を真赤にさせていたのだろう。僕には理解できなかった。
そんなに、僕とキスしたの嫌だったのだろうか。

…それは嫌だろうなぁ…知り合って少ししか経ってない人間とそんなコトするなんて普通ないものだし、ソレに嫌悪を示すのは当然なのだろう。
申し訳ないので、このあと、彼の好きなアップルパイとそのほか気に入りそうなお菓子をつくろう。
なんてキッチンへと向かう。
あれ?もしかして、餌付けしているみたいになってないだろうか。
なんて疑問と、あの後から引かなかった顔の熱には気が付かないふりをした。


その後、お菓子を持って行くとやはり顔の赤いユーリに少し笑ってしまった。

28

うさみみ事件から数日。最近、ユーリがやたらとかまってきます。なぜでしょう…
ダレか教えて!!

sideユーリ
最近、やたらとマナが気になる。なんだか、あの人がそばにいないと落ち着かないし、いっしょにいたいな、なんて柄にもなく思う。だからか、最近あの人に構うことが多い。
「アップルパイ作ってください」
「え、昨日焼いたばっかじゃん」
「あなたのアップルパイ美味しいんで毎日食べたいんですよ。むしろ、毎日作ってください」
「いや、毎日は飽きると思うよ?」
今日も、おんなじやりとりをした。苦笑いをしながらも、焼いてくれるあの人は優しい

「あの、これ」
「へ?あ、この本僕が探してたやつ」
「たまたま、部屋にあったので。…たまたまです!!」
「うぇ?あ、ありがとう?」

「…、ユーリが、自分から掃除してるなんて」
「褒めてくれてもいいんですよ?」
「えらいえらい」

そんなことしているうちに、ふと思いついたのだ。ネタ元は、部屋にあった一冊の本。
あの人湯浴みを一緒にしたことがない・・・!
その本にあったのだ。
『男と男の裸の付き合い』
つまり、湯浴みで互いに無防備な姿を見せ合えばいい、ということだろう。というか、そう解釈した。
きっと、俺はあの人と、もっと近くなりたいのだ。だったら、徹底的にやってやろうと思う。

裸の付き合い、は最後に回すとして、ソレ以外を実行することから始めようと思う。

1 名前で呼び合おう
まず、俺は、あの人を比較的名前で呼ばない。むしろ呼んだことがないだろう。特に理由はなかった。でも、よく考えれば、呼ばない理由もない。
「あ。あの、ま。」
「なに??」
「マドレーヌ作ってください!!!」
「え、マドレーヌになんでソコまで必死なの?!」

簡単なんて想ってた自分が馬鹿だった。名前を呼ぶのが恥ずかしいなんて想っても見なかった。とりあえず、これは後回しに…
でも、マナのマドレーヌは楽しみだ

2 なにかプレゼントしよう
プレゼント…贈り物…されたこともないソレに頭を抱える。考えてもしかたがないと、本人に聞いてみた。
「なにか欲しいもの??」
「そうです」
「…なんで??」
「いえ、特に意味はありません」
「…はは、別にナニもいらないよ。気持ちだけで十分」
よくわからないけど、ナニもいらないとのことなのでこれも後回し。
頭を撫でられて、ちょっと気持ちよかった。

…いや、なんでこんなうまくいかない。おかしいだろ。
あのあとも、いろいろしてみたがナニもできなかった。解せぬ。なんて想った。
あの人は難しい。でも、あの人のことを考えているのは、楽しい。

29

俺は、やっぱり、裸の付き合い、をするための作戦を実行することにした。
ソレ以外に実りのあるものが見られなかったからだ。いわゆる奥の手?最終手段?だ

「あの。湯浴み、一緒にしましょう!」
「え、いいよ、遠慮しとく。先行ってきなよ」

「おれ、一緒に入りたいんです!」
「んー。僕今きりが悪いからまた後でねー」

「あの、y」
「あのさ、なんで僕とそんなに湯浴みしたいわけ」
三日目。ついにあの人に理由を聞かれた。別に理由なんて無い、なんて言えば絶対に、湯浴みなんていっしょいできないだろう。
「えっとですね、本に男は、裸の付き合いだ、と書いてあったので」
「別に、そんなことしなくても、僕らはもう仲いいと思うけど。それ、僕だけ??」
悲しげな表情をする、その人に、耐え切れずに否定の意を表す。
「そうだよね。じゃぁ、湯浴み、行ってきな」
…流された


何回誘っても折れることがない。俺も、半場意地になってくる。
人間てそういうものだろう。嫌がられれば、ソレをしたくなる。本能だ。

俺は、マナに水をかけようとするようになった。
まず、呪文をかけてみた
「ー」
失敗もしたが、今回はうまくいった。
「なにやってるの?」
と想ったのに、マナに気が付かれ、水はマナに当たらず少しそれたところに外れる
「え、えっと、水の魔法の練習です!」
「水の練習は、こんなところでやっちゃダメだよ!」
「こぼさない予定だったんです!」
「もう、気をつけてね」

危険回避に対する本能が強いのか、魔法が成功するたびにあの人は気がつく。その度に、俺は失敗したのだと言い訳をする。毎回同じ言い訳をする俺も俺だが、毎回信じてしまうあの人もあの人だ。お人好しすぎる

魔法もうまくいかないとなると、もう物理的に行くしか無い。と決意した俺が持ちだしたのはいつだかのバケツである。
作戦は、こうだ
まず、バケツに水をいっぱい入れて持ち運ぶ
次に、それをコケたふりをしてマナにぶっかける

よし、単純だし、きっと出来るはず。俺は、うきうきとバケツを取りに行った。

30

ワクワクと、水がなみなみと入ったバケツを運ぶ。前から行くと確実にバレるので、今回も背後から。
ゆっくり、そろり、音を立てないようにあの人の背後から忍び寄る。

射程圏内にはいって、バケツを振る動作に入る。


俺は、その反動でいつだかと同じようにずっこけた。
ばしゃああああああん

あの時より、水が多かった分ダメージが大きい。呆然としてる俺に気がついたマナが振り返る
「なにやってるの?!」
「いや、水を運ぼうと」
「もう、僕が片付けておくから、早く湯浴みに行ってきなよ」
「い、いえ、俺がやらかしたことですし」
「また風邪ひくからはやくいったいった」

マナに湯浴みに行くように促され不本意ながら、その場を後にする。
なんで、ここで俺は失敗するか…自己嫌悪でいっぱいだ。ビショビショになるべきは俺ではなく、あの人だったのに。

ふと、考える。俺は、なんであの人にここまで執着しているのだろう。別に、同居人であろうが、友人になろうが、なんであっても、ここまで執着する必要はないはず。
俺は、首を傾げる。
ぐるぐると考える。
俺は、あの人がいなくなるのは嫌だ。
嫌われたくない
もっと仲良くなりたい
もっと、いっしょにいたい

好きなのだ、あの人のことが

俺は、行き着いた考えに、顔を真赤にする。好き?俺が?マナを?俺達は男なのに??
こんな、思いは間違っているのだろうか。
でも、捨てることはできない。初めて、好意というものを感じたのだ。育て方も、捨て方もなんにもわからない。

俺は,思考をグルグルと回しながらぐだぐだと浴場へと向かう。考え事をしているうちに、濡れている衣服はすっかり生乾きになっていて気持ちが悪い。ヘタしたら本当に風邪をひくかもしれない
なんて思いながら、服を脱ぐ。

ガラッその戸を開ける。ザーッとソコにはありえないであろう音がソコに響いていた。
「え?」
「は?」

ソコにいたのは、黒髪の女性だった。

「す、す、すみませんでしたあああああああ?!」
俺は、その場から走って逃げ出した。
ぽかんとしたその人をその場に残して。
side end

31

ユーリが立ち去った後、僕は立ち尽くしていた。
最近嫌に、湯浴みを一緒にしよう、と言うとは思っていた。別に、彼に他意はないのだろうけど、
僕には一緒に入れない理由があった。

僕は、左腕に出来た痣を見る。いつつけたのかなんてわからない。でも、消えないのだ。この痣は。
普段は別に痛くない。生活に何の支障もなかった。なのに、時々、電気が流れたかのように、痛むのだ。ソレを隠すのは難しくなかった。でも、この痣は広がっている。現に、拳一個分もなかったソレは、腕全体を埋め尽くそうとしている。

怖い

そんなことを思いながら、浴場を後にした。

そして、ユーリの部屋。僕は、正座をさせられている。なぜ?!
「えー、これより、第31回家族会議を始めます」
「え、中途半端」
「被告人は黙るっ」
「えー」
僕が、気にせず台所へと向かっていたところ、彼に引っ張り込まれこの状況に至る。

「被告人は、なぜ、性別を黙っていたのですか」
「別に、黙ってたわけじゃないんだけど…っていうか、知らなかったの?!」
僕は驚愕した。確かに、僕、っていう一人称ではあるし、~だわ、とか~よね、とか、気持ち悪くて使えなかったし、邪魔だからって胸を多少潰したし、スカートもはかないし…
あれ?これって、れっきとした男装?

「そんな、いかにも男って感じの雰囲気出していて気が付くとおもいますか?俺はてっきりもやしな
引きこもり少年だと思ってましたよ」
「うぅ」
たしかに、これは気がつかないかも知れない。でも、ソレぐらいは察して欲しかったかも…

「で、湯浴みをいっしょにできなかったのはそのせいなんですね」
「…へ?」
別に湯浴みを一緒にしなかったのはソレのせいではない。が、あの痣について心配されるよりも
ソレを理由にしていたほうがいいかもしれない。

「…見た?」
「っ、み、見てませんよ!!!!!」
顔を真赤にする彼に、少し安堵する。あの反応は、僕の質問の意図をわかっていない。僕の裸とか、正直どうでもいい。この痣が見られなければ。

そういえば、僕はなんでこの痣をここまで隠したいんだろう。

顔を真赤にして否定している彼を見ながら、ふと考えた。
でも、どうしても、これを彼に見せてはいけない気がして。僕は、本能に任せこの痣のことを明かさないことを決意する

32

あれから数日。なんだかよくわからないけど窓がまた増えた。嬉しいことなんだけど、僕はなんもしてないから理由がわからない。

でも、ユーリが少しでも救われて、外に興味を持ったなら嬉しいなぁ。なんて、思いながら、闇に浮かぶ、月を見上げる。

ここに来た日もこんな風な月だったっけ。
そういえば、あの猫はいったいなんだったんだろう。慌ただしくて忘れていたことが僕の頭をよぎる。
あの白い猫は誰なのだろう。
声がどことなく誰かににている気がするのに、思い出せない。

そういえば、ユーリの記憶をみたときにあった猫もいたなぁ。あの猫もよくわからないや。

二人とも僕に何をさせたいのかわからないけど、僕のなかで完結させていいんだったら、きっと彼らは知り合いで、きっと二人はもう一度であって、きっと幸せになる。そう信じる。まぁ、これもただの僕の考えだけど。

二人の猫が寄り添う姿を思い浮かべる。真逆な色だけど、とっても似合う。
もう一度出会うなら、二人が幸せになり増すように。

星も流れていない夜空に浮かぶ月にお願い事をしてみる。
と同時に疼く痣。頭が御花畑のようにきこえるだろうけど、実際そうなのだから他に表しようがない。

月も隠れて、空は雲におおわれる。なんだか、嫌な感じがする。明日も、明後日もずっと、このままでいられればいいのに。

見えない月に願った

33

side ユーリ
あの人が、マナが女だという事実を知ってから数日。
俺は多少混乱していたがすぐになれることができた。女だろうが男だろうが、あの人はあのひとなんだ。
俺が彼女が女だということに気がついてなかったことに少しだけ怒っていたのか、拗ねていたのか、翌日はアップルパイがなかった。少し悲しかった。

そんなこんなな、数日だったが最近彼女の体調が芳しくないことに気がついた。
気がついたときには、ほうっと窓の外をていて、俺が声をかけてはっとしていることが多いのだ。何かあったのだろうか。ここにいるのは、俺とマナだけなのだから何かあるとすれば、俺なのだろう。でも心当たりはない。
裸を見てしまったことに関してなのかと思い聞いてみたが、ポカンとされ笑顔で否定された。ならば、なんなのだと聞けば、ごまかされた。

俺はそんなに頼りないのだろうか。そんなに信用がないのだろうか。たしかに、あんな化け物だから彼女も嫌なのかもしれない。そんなことを考えて、彼女のなかに踏み込むことができない。

そして、その日マナが倒れた。

34

あの時のように眠るマナを食い入るように見つめる。少しでも目を離せば、消えていってしまう気がしたのだ。身をよじったと思えば、マナが目を覚ました。
「?!大丈夫ですか?!」
一瞬呆けたマナは、すぐに意識をその場に戻し、苦笑いして、俺に大丈夫だと言う。大丈夫なはずがない。顔色が明らかに悪い、呆けている、そんなの人を見ない俺でも大丈夫じゃないと分かる。なぜごまかすのか。
「…………そんなに俺が頼りないですか」
苛立ちを隠せず、あの人にきつく言った。
暫しの沈黙。ポツリとあの人がいった言葉に頭の中の何かが切れた。
「でも、僕の問題だから」
そこから何を言ったのかなんて覚えていない。ただ冷静になった時、そこにマナは居なかった。それだけがどうしようもない事実だった。

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NON TITLE STORY

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登録日
2014-08-01

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