夜空のキャンバス
『Starry☆Sky』の二次創作です。
お相手:金久保誉 ヒロイン:保志夏月
夜久月子さんはヒロインとは別に出演しております。
第一話(side :Heroine)
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いつだって俯いていた。
顔を上げる事が怖かったから。
下ばかり見ていた私に、太陽は眩し過ぎるから。
けれど夜は違う。
夜だけは顔を上げる。
そこには星が瞬いているから。
初めはただの無数の星だったそれに、星座と言う形がある事を知った時。
夜空はキャンバスへとその姿を変えた。
もっと知りたい。
もっと見つけたい。
もっと見ていたい。
夜空のキャンバスに光り輝く星座と言う名の美しい絵を。
「他には何もないのか?」
はぁ…と溜息を零す担任の先生。
クラスの殆どが希望の高校を見けている中、私は未だに見つからない。
そもそも見つける気があるんだろうか?
私自身。
だから自分の成績で入れる学校なら、どこでもいい…と言ったのに。
ちゃんと【好き】と思える学校に入らないとダメなんだ!と、熱く語る先生。
そうして何か興味のあるものはないか?と訊かれ、「特に…」と応えるやりとりを今日までに何度繰り返した事だろう。
あまりに何度も続くこれを終わらせたくて、今日は珍しく答らしいものを返したと言うのに。
その内容に、結局先生はため息を零した。
「あの…だから、私…」
「待て!それ以上言うな。すまん、明日まで時間もらえるか?」
私がいつものように、入れる学校ならどこでも…と投げやりな言葉を言うのを制した先生は、宿題として考えてくるから…と続けたのだった。
興味のある事はないか?と言われて、「星が好きだからプラネタリウムが好きです」と答えた。
自分に自信がなくて、いつも下ばかり見ている私。
顔を人に見られるもの嫌いで、長めにしている前髪で、目を隠すようにして。
それだけじゃ足りないとばかりに、全力で俯いて。
だからクラスメイトの顔だって、ろくに見た事なんてない。
声をかけられても、前髪越しにわずかに相手を見るだけの私の顔を、多分あの熱心な担任の先生ですら知らないんじゃないかと思う。
俯いてばかりで暗いヤツだと、小さい頃から周りに相手にされなくて。
だから人が怖くなって、更に俯いて、もう顔を上げる勇気なんてない。
そんな私も夜だけは顔をあげて空を見上げる。
そこには大好きな星空が広がっているから。
都会だと自慢できる程の都会ではないけれど、星の美しさを誇れる程田舎でもない。
なんとも中途半端な街だけれど、それでも見える星がある。
星と星とを線で結んで、星座と言う名の絵を描く。
それが私の唯一の楽しみ。
そうして少しでも沢山星を見たくて、プラネタリウムに通うのが楽しみで。
休みの日には一人でプラネタリウムへと通っていた。
星を眺めている時は、嫌な事を忘れられる。
だからいつか誰かに教えてあげたいの。
もしも同じように俯く事しか出来無い人が居るとしたら。
ねぇ、星空を眺めて見て。
きっと嫌な事を忘れられるから…って。
翌日、再び職員室に呼び出された私は、学校案内を渡された。
「星月学園?」
「田舎にある全寮制の学校で、星のエキスパートを育てる学校だそうだ」
「はぁ…」
「おまえ…先生が必死に探して来たのに、もう少しなんかないのか?」
微妙なリアクションの私に、ガッカリした先生は、またもや溜息。
溜息で幸せが逃げると聞いた事があるから、ここ数日で私のせいで先生は、随分と沢山の幸せを逃してしまったに違いない。
「もしかして、この学校を勧めてくれてるんですか?」
「気づくの遅すぎだろ?」
「でっ、でも、この学校、遠くないですか?」
「だから、全寮制だっつったろ?」
そんなやりとりを繰り返した後の事だった。
「プラネタリウムで働くとか、プラネタリウム作るとか…、詳しい事は分からんが、そういうの目指してみたらいいんじゃないか?」
と言った先生の一言。
プラネタリウムは観に行くものだったから、そんな事考えた事もなかった。
けれど大好きな場所で働くとか、大好きな物を作るとか、そういう事も出来るんだ!
自分の学力で入れる高校に行ければいいくらいに考えていた。
けれど、今と何も変わらない。
じゃあ、星月学園に行ったら何か変わるの?
そう訊ねられたら、それも今は分からない。
分からないけれど、一つだけ分かった事もある。
それは新しい道が見つかったと言う事。
学力相応の高校に進学して、適当に大学も出て。
どこかの会社で事務なんかをして、お見合いでもして結婚して。
そうしていつかお母さんになれる日が来るのかな?
なんとなく漠然とそんな事を考えていた。
それは別にそれが夢と言う訳でもなく、私がそれを望んでいる訳でもなく。
そういう未来が普通なんじゃないか?と思っていたから。
ただ、その普通の未来すら、友達と呼べる人も居ない私には、手に入れる事が難しい。
ならばもっと難しい未来への道が見えた今、そっちに進んでもいいのかもしれない。
見たこともない世界に飛び込んだら、私の知らない私に出会えるかもしれない。
そうして星月学園を目指す事を決めた私は、学校説明会に臨んだ。
私を変える素敵な出会いをくれた説明会。
あの出会いが、未来を、そして私自身をあんなにも大きく変えてしまう事になるなんて、考えても見なかった。
学校見学当日。
広い敷地内を移動中、手にしていた案内のプリントの地図を懸命に覗き込み顔を上げると、辺りには誰もいなくなっていた。
「ウソ…、迷子?」
思わず呟いた。
慌てて地図を確認するも、やっぱり分からない。
「どうしよう…」
皆が居なくなってしまったと言うよりは、まるで私一人が別な空間に足を踏み入れてしまったかのようだった。
「そんな事ある訳ない」
自分に言い聞かせるみたいに呟いた私は、いつもは俯いてばかりのその顔を珍しく上げて、辺りを見渡してみる。
けれど、やっぱり誰も見当たらない。
でも、見渡してどうするつもりなんだろ?
誰かが居たとして、私はその人に声を掛けられるのだろうか?
そんな事を考えながら、地図と睨めっこしながら、取り敢えず進行方向だと思って居た方向に移動していると、
「わっ!」
誰かの声が聞こえたと思ったら、直後何かにぶつかり、派手に転んでしまった。
正面から何かに激闘して、尻餅を付く形で倒れていると、
「ごめんね。大丈夫だった?」
優しい声と共に差し出された手。
「だっ、大丈夫です」
そう答えながらも、顔面でその人にぶつかった私は、鼻とおでこをさするような仕草。
「ケガ…させちゃったかな?見せてくれる?」
手を差し出してくれたその人は、尻餅状態で座ったままの私の前に片膝をついて、こちらに体を傾けたかと思ったら、片手で私の顎を上向かせ、もう片方の手でいつも顔を覆っている長い前髪を持ち上げてしまう。
いつも俯いてばかりの私。
だから、当然男性との接触などとは無縁で。
突然の急接近に、固まってしまってされるがままの状態。
そんな私の前髪を持ち上げたその人は、ハッと驚いたような顔を見せた。
あっ、前髪!
彼の驚いた顔に、自分の状況を思い出した私は、慌てて顔を背けた。
「あの、大丈夫です!私の方こそすみません」
そう言いながら、体勢を立て直して、私との衝突で彼が撒き散らしてしまったプリントを拾うと、【星月学園弓道部】の文字が目に入った。
そうして前髪越しに僅かに顔を上げてその人を観察してみると、彼は弓道着を着ている。
「ありがとう。でも、本当に大丈夫?保健室に行った方が…」
心配そうに声を掛けてくれるその人に、
「本当にどこもなんともありません!」
転んだ事よりも顔を見られてしまった事の方が深刻な問題だよ。
あの驚いた顔は、きっと私の顔にビックリしてしまったんだ。
だからいつも前髪で顔を隠して来たのに…。
顔を見られてしまったショックから、すでに自分が迷子で困っている事なんて、忘れてしまった私。
「それなら…いいんだけど。それより、君、もしかして学校案内に来ている子?」
彼のその問いに、
「あっ!!わたし、迷子だったんです。ウッカリ忘れてました」
と、答えたそれに、クスクスと笑い出す彼。
「あぁ、ごめんね。ちょっとこのプリントを道場に届けてくるから、待ってて貰えるかな?」
「えっ!?」
「次、天文台だよね?案内するから、待ってて」
私の落としてしまった学校案内のプリントを見ながら、そう言った彼は、それをこちらへと差し出した。
「ありがとうございます」
それは渡されたプリントへのお礼のつもりだったのに、
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言って駆け出してしまった、背の高い後ろ姿を呆然と見送る私。
嫌じゃないのかな?
顔を見てしまったのに。
例え困っていても、こんな子と関わりたくないって、みんなそう思うはずなのに。
可愛く生まれたかった…なんて贅沢は言わない。
でも、せめて人並みに生まれたかった。
前髪がないと人前に出られないような、そんな自分の容姿が悲しい。
小さい頃に「やーい、ブース!」って、よく男の子達にイジメられて。
それ以来、怖くてまともに自分の顔を鏡で見る事も叶わない。
だから、どれくらい可愛くないのか、自分でも良く分からない。
ううん、分からないんじゃない、きっと分かりたくないんだと思う。
これ以上絶望したくないだけなんだ。
そうして戻って来てくれた弓道部の彼は、約束通り私を天文台へと案内してくれて、
「また4月に会おうね。試験頑張って」
そう言いながら私の頭を撫でてくれて、
「待ってるから」
と続けた彼は、私の返事なんて待たずに、再び道場へと走って行ってしまった。
共学になったばかりのこの学校には、今の所女子の生徒は居ない。
そうさっきの説明で先生が教えてくれた。
だから、女の子が珍しくて。
せっかく共学なんだから、一人ぐらい入学した方がいい…とか、そんな気持ちに違いない。
彼があんなことを言ったのは。
そんな風に自分に言い聞かせてはみるけれど、なんだかドキドキしてしまって。
そうして私は再び彼に会う為に、表向きは星の勉強がどうしてもしたい!と言う事にして、担任の先生と共に、両親の説得に励んだのだった。
続く
第二話(side:Homare)
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「おー、金久保!いい所に居た。ちょっと職員室に付き合って貰えないか?」
部活に向かう途中、陽日先生に声を掛けられた。
「はい、いいですけど」
「悪いな。ちょっとみんなに配ってもらいたいプリントがあってな」
「と言う事は、先生今日も…」
「そうなんだ。先生なかなか忙しくてな。ほら、今日は学校説明会もあるだろ?あーっ、そうだ!聞いてくれ!なんと今年は女の子が説明会に参加しててな…」
そう嬉しそうに話してくれる陽日先生は、これから説明会の学校内の案内に参加しなければないないそうだ。
僕達の通う星月学園は田舎にある星の綺麗に見える全寮制の高校。
星のエキスパートを育てる為、科ごとに独自のカリキュラムがあり、課題も多い。
そのせいだろうか?
部活動はあるものの、どこの部も本気で部活をしている…と言うのとは程遠い状態。
けれど僕の所属している弓道部は、顧問の陽日先生の熱血も手伝ってか、活気に満ちていた。
「女の子か…」
共学になったばかりのこの高校に、女の子は居ない。
僕達の学年も、今年入学したのは全員男子だった。
それでも同じに星が好きな生徒達が集まるここは、とても楽しい場所だった。
そうしてチラリとプリントに視線を落とすと、今後の練習メニューについて書かれていて。
それが気になって思わずプリントの文字を読みながら移動していた僕は、何かにぶつかった。
「わっ!」
と声をあげてはみたものの、僕は部員全員分のプリントをまき散らしただけで済んだけれど、ぶつかった相手は、そのまま尻餅をつく形で後ろに倒れこんだ。
「ごめんね、大丈夫だった?」
転んでしまったその子に手を差し出しながら、その相手が女の子であると気づいて驚いた僕。
あぁ、この子が陽日先生が言ってた女の子かもしれない。
こんな男ばかりの所に入学しようと思うんだから、きっと芯の強い、星の大好きな子に違いない。
「だっ、大丈夫です」
そう応えた彼女は、でも僕とぶつかった時に、顔が当たってしまったようで、おでこと鼻を撫でるような仕草を見せる。
「ケガ…させちゃったかな?見せてくれる?」
言うだけ言うと、相手の返事も待たずに、そのまま彼女の前に片膝を着いた僕は、片手で彼女の顎を上向かせて、もう片方の手で長めの前髪を持ち上げて、おでこにケガがないかどうかを確認する。
出会い頭にぶつかってしまったから気付かなかったけれど、彼女はその表情を判別する事が叶わない程に長い前髪で顔を隠してしまっていた。
ケガを確認するために…と勝手に前髪をあげてしまったお蔭で、彼女の表情を捉える事が出来た僕は、可愛いその顔と、まっすぐに澄んだその瞳に動けなくなってしまったんだ。
強い光を宿したその瞳と目があった瞬間、僕の中にある弱さを見透かされてしまうような気がしたから。
思わず目を逸らしてしまうそうになる僕に、
「あの、大丈夫です!私の方こそすみません」
と、とっさに離れた彼女は、無意識なんだろうか、慌てて両手で前髪に触れて、再びその表情を見る事が叶わない状態に戻してしまう。
とても可愛いのに、どうして顔を隠してしまうんだろ?
そう思うと同時に、誰もしらないかもしれないそれを知ってしまった事に、僅かに感じる優越感。
そんなに可愛いんだから、隠して置いて構わないよ。
誰にも見つからないように。
けれど、僕は知ってるから。
君がとても可愛いって事を。
そうして彼女は呆然としている僕をよそに、僕がまき散らした陽日先生から預かったプリントを拾ってくれて。
それを僕へと差し出した。
「ありがとう。でも、本当に大丈夫?保健室に行った方が…」
そう言いながら前髪越しに覗きこむ瞳は、やっぱりまっすぐで。
可愛い事よりも、そのまっすぐな瞳が、とても印象に残る女の子だった。
「本当にどこもなんともありません!」
必死な様子で返す彼女。
僕から瞳を逸らしながら。
その視線に釣られるように、僕も視線を下に落とすと、彼女の落としたプリントが目について。
それを拾い上げながら、
「それなら…いいんだけど。それより、君、もしかして学校案内に来ている子?」
と訊ねてみると、
「あっ!!私、迷子だったんです。ウッカリ忘れてました」
予想外の返答に、思わずクスクスと笑ってしまう。
一人でこんな所に飛び込んで来るくらいだから、しっかりした子なのかと思ったら。
なんだかちょっと危なかっかしいくて、放っておけなくなってしまう。
それは彼女だからなんだろうか?
それとも妹の世話ばかり焼いているから、僕の性分がそうさせるんだろうか?
「あぁ、ごめんね。ちょっとこのプリントを道場に届けてくるから、待ってて貰えるかな?」
笑われた事に困惑してる様子の君にお詫びをしつつ、そのお詫びの意味も込めて、案内を申し出た僕。
「えっ!?」
「次、天文台だよね?案内するから、待ってて」
驚く君に断られてしまう前にと、拾ったプリントを彼女に手渡す。
「ありがとうございます」
それはきっと手渡したプリントへのお礼かもしれない。
それでも気づかない振りをして僕は慌てて道場へと向かった。
すぐ戻るから…と声をかけながら。
傍に居たら、弱い自分を見つけられてしまいそうで怖いのに。
その反面見つけて欲しいとでも思っているんだろうか?
そんな事を自らに問いかけながら。
そうして彼女を天文台まで半ば無理やり案内した僕は、
「また4月に会おうね。試験頑張って」
と、彼女の頭を撫でた。
妹達に良くそうしている癖なのかも知れない。
けれど、初めてだったんだ。
妹以外の女の子の頭をそんな風に撫でた事は。
「待ってるから」
そう言って、道場へと駆け出した。
チラリと視線を脇へと送ると、桜の木が目に入った。
今は見られない桜。
あの木が満開の桜を見せてくれる頃、再び君と会えたらいいのに。
今年の4月、期待と不安を胸にこの学校に入学した僕だったけど。
今度の4月をまた期待と不安で迎える事になりそうな予感が、なんだか心地よく感じたんだ。
続く
第三話(side:Heroine)
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「マジで?これなら居ない方がいいんじゃねーの?」
「だよな?なんかガッカリだよ。いいよなぁ、天文科」
「あーっ、俺も羨ましいよ。天文科で受験すりゃ良かったよ」
「すげー可愛いらしいから、見に行こうぜ!こんなとこ居てもしょうがねーだろ?」
「よし!行くぞ!」
大騒ぎで教室を後にする男子達。
私以外は全員男の子のこの教室に、残っている人は私を含めて数名になってしまった。
こんな環境に耐えながら頑張れる程、私は星が好きなんだろうか?
男子ばかりの学校だと聞いた時、実は少しホッとしていたの。
それなら他の女子と比べられたりしないし、きっとみんな放って置いてくれるんじゃないか…って。
けど、違った。
最悪な状況になってしまっていた。
私の入学した星月学園は最近共学になったばかり。
今までは立地条件や専門的な学校である事も手伝って、女子の生徒は居なかったのに。
今年は私が受験しただけでなく、なんともう一人女の子が受験していたのだった。
彼女の名前は夜久月子さん。
私は直接見ていないけれど、さっきの男の子達の話から、とても可愛い女の子に違いない。
入学式の終わった後には、天文科の人達は「姫」なんて呼んでいたし。
そんな可愛い子が入学して居たから事態は面倒な事になってしまった。
居ても居なくても変わらないだろう…と言うポジションを期待していた私だったのに。
夜久さんの格好の比較対象になってしまったの。
姫と呼ばれる可愛い彼女。
人の目を見る事も叶わない程俯いてばかりの陰気くさい私。
誰だって夜久さんの方がいいに決まってる。
だからみんなの言い分は理解出来る。
出来るけれど心が痛い。
あからさまなその言葉たちが、胸に突き刺さるから。
そうして夜久さんを見に行った男の子達が、ホームルームの時間だからと、教室に戻り始める。
再び聞こえる痛い言葉達。
耳を塞いでしまいたい。
でも、あからさまにそんな事が出来る程子供でもなくて。
今まで沢山耳に痛い言葉を聞いて来たけれど。
このまま消えてしまいたい程、今はそれが苦しい。
こんな学校来るんじゃなかった…と言う思いが溢れて来ると、ふと彼を思い出したの。
説明会のあの日、「待ってるから」と言ってくれたあの人。
私の顔を見てしまったのに。
星月学園の試験の為の勉強はとても大変で。
正直何度も普通の家から近い高校にしてしまおうか?って考えた。
それでも諦めずに受験してしまったのは、あの人のあの言葉のせいかも知れない。
諦めそうになる度に思い出していた。
「待ってるから」と言ったあの声を。
「また4月に会おうね。試験頑張って」と優しく頭を撫でてくれたその手の温もりを。
そうまでして、私は彼に会いたかったのかも知れない。
「保志さん、保志夏月さーん。居るかな?」
彼の声を思い出していたから、幻聴かと思ったのに。
「保志、おまえだろ?保志夏月というのは。先輩が呼んでいる」
近くの席の男の子に言われて恐る恐る立ち上がる。
ただでさえも目立っているのに、余計に目立ってしまった事が辛くて。
それでも俯きながらも、声がした方へと歩いて行くと。
「良かった。無事に合格したんだね?おめでとう」
教室中に張り詰めていた刺々しい空気が、彼のその声と言葉に、柔らかくなった気がした。
そうして辿り着いた私の頭をあの時のように撫でてくれたやさしい手。
あぁ、ダメだ。
今こんな風にされたら、泣いてしまう。
どうしようと思いながらも、口を手で押さえ、僅かに前髪越しに顔を上げる。
あの日と変わらない優しい眼差しと視線が絡んだ瞬間、ぽたりと涙がこぼれてしまった。
「えっと…君、ちょっといいかな?」
背の高い彼は、私の頭越しに、教室の中の誰かに声を掛けると、呼ばれた生徒がこちらへとやって来た。
その人はさっき私に声を掛けてくれたクラスメイトのようで。
「あっ、僕は二年の金久保誉。君の名前は?」
「宮地龍之介です」
「宮地くんか?よろしくね。…あの、保志さん、体調が良くないみたいだから、保健室に連れて行こうと思うんだ。君から先生に話して置いて貰えるかな?」
「はい、分かりました。伝えておきます。保志、大丈夫か?」
宮地くんは他のクラスメイトとは違い、まるで普通の女の子に接するみたいに、私に声を掛けてくれる。
「はい…だ、大丈夫です」
心配してくれる彼にそう告げると、
「じゃあ、行こうか?」
そう言って私を促し歩き出す先輩。
開け放たれた教室が、再びざわざわと騒がしくなったのを感じたけれど。
もう怖くてその声を言葉を拾う事は叶わなかった。
少し歩くと、先輩はどこかの教室の扉を開けて。
「ここでいいかな?」
と呟きながら、私の手を引いてその教室へと入ってしまう。
「ここ…保健室じゃ…」
「うん、保健室じゃないよ。君が落ち着いたら、ちゃんと保健室にも案内するから心配ないからね。ここ、座って」
そう言いながら、先輩は私に勧めた席の隣に座る。
それに倣うように隣に座ると、
「よく頑張ったね」
とまた優しく頭を撫でてくれるから。
一度は落ち着いたはずの涙が、またポタポタと溢れて出してしまう。
「今は…ダメです。…そういうの…」
「もう、我慢しなくていいよ」
優しい声が、言葉が心に沁みて。
涙が止まらなくなってしまう。
やっぱりそうだ。
私は彼に会いたかったんだ。
会いたくてここまで来てしまったんだ。
「ごめんね。これからホームルームなのに、連れだしたりしちゃって」
そう言った先輩は、
「女の子の後輩が出来た事が嬉しくて」
と優しく笑ってくれた。
「あっ!先輩のホームルームは?」
「あぁ、それなら心配ないよ。後でちゃんと担任の先生に説明しておくから」
どこかおっとりしたような雰囲気を纏う先輩の隣は、なんだかとっても心地よかった。
さっきまで針のむしろだったのが嘘みたいに。
そう、まるで王子さまみたいだった。
トゲトゲした空気の中から、こんなにも安らいた空気の中へと私を連れ去ってくれ彼は。
「この学校はね、男子ばかりだから。君みたいな女の子には、ちょっと大変な所かもしれないけど。せっかく合格したんだ、一緒に頑張ってくれるかな?」
先輩の言葉の意味が理解出来なくて、
「一緒に…ですか?」
と訊ねると、
「えっと…なんて言ったらいいのかな?」
少し悩んでいた先輩は教えてくれた。
まだ私が入学する前の事、合格者の中に女の子が居る事で、今まで女子を受け入れてなかった学校では、色々と話し合いが持たれたようで。
夜久さんは幼なじみと共に同じ天文科に合格したけれど、私はひとりぼっち。
学校の環境の事もあるし…と心配になった先生方は、唯一入学前の私と面識のある金久保先輩に、私の世話係をするように頼んでくれたのだった。
「君が頑張れるように、僕が応援するよ」
と言う先輩の言葉に、
「えっと…じゃあ、金久保先輩は…応援団みたいな感じですね?」
そんな私の言葉に笑い出した先輩。
「私、何かおかしな事言いましたか?」
慌てて訊ねると、
「ふふっ、ごめんね。なんだか、保志さんの発想が可愛くて。…確かに応援団だよね?君専属の。僕はあの日も今日も、頑張ってってそればかっりだね」
苦笑いの先輩。
「あの…嬉しかったんです!私。あの時頑張ってって言って頂いて」
だから今、ここに居ます…と続ける私に。
「そっか、良かった。君の役に立てたのなら、嬉しいよ」
と頭を撫でてくれる先輩。
どうしてだろう?
いつもは出来る限り俯いているのに。
人に話しかけられても、ずっと下ばかり見ているのに。
金久保先輩といると、気づくと顔をあげているの。
優しい笑顔を見逃したくなくて。
もっとその笑顔を見て居たくて。
つい先日まで、一年間一緒に過ごした中学のクラスメイトの顔も。
熱心だった担任の先生の顔だって、ろくに覚えていない私なのに。
今日で二度会っただけの先輩の顔ならば、目を閉じても思い描く事が出来る。
そう、今なら夜空に散らばる無数の星を線で繋いで。
あのキャンバスに描く事も出来るかもしれない。
先輩のその笑顔を。
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夜空のキャンバス
閲覧有難うございました。
スタスカとの出会いからまだ日が浅い為、世界観を理解しきれていなかったり、キャラの雰囲気とかつかめていない部分も多々あるかと思います。
少しずつ理解を深めて行く事が出来たらいいなと、のんびりした感じで頑張りたいと思います。
また続きでお目にかかれましたら幸いです。