彼岸花

彼岸花

絶対にあり得ないことを想像する。
彼がまだ3歳にもならない幼い私とぶつかって、
私が転んで、
彼が私を宥めて私を肩車する。
高いところが好きな私は大はしゃぎ。
足をばたつかせて出店の
やれかき氷だ、やれわたあめだ、
やれ金魚すくいだと
彼を連れ回す。
彼がシャボン玉を買って
彼の頭上にいる私に吹いて見せてくれる。
私は手はしっかりと彼の首を持って、
足をばたつかせてはしゃぐ。
夜の出店をバックにシャボン玉が
生まれては消え生まれては消え。
彼が私に向かって笑いかける。
私も彼を見下ろしながら笑いかける。
とても、とても幸せな風景。
涙が準備をしている。
またあふれ出るのを、
決壊するのを、しかし私は止めない。
もう絶対に会えない、
私の恋人。
ゆっくりと目を開ける。
目の飛び込んでくるのは、
いつも彼一色の世界。
彼と過ごした時間は10年にもならないが、
しかし私の人生のハイライトはそこにあった。
確かにそこにあった。
現実はひたすらに冷酷だ。
彼の時間は止まったけれど、
私の時間はこうして今でも動いている。
どうしようもない距離だ。
もう2度と会えない。
そんなことを繰り返し自分に言い聞かせても、
それでも生活のなにげない瞬間に
彼を捜してしまう。
求めてしまう。
彼が私を愛したまま眠ってしまったのなら
私も彼を愛したまま眠りに就きたい。
ただし正しい方法で。
それを選んでしまうと、どこに行っても
もう2度と彼には出会えない気がする。
目を閉じる。
Tシャツにジーンズ、黒いキャップをかぶった彼と、
淡いピンクのワンピースを着た3歳にも満たない私。
肩車される。
夜の帳に出店のオレンジが浮かんで、
本当に、夢みたいに、綺麗だ。


彼岸花

彼岸花

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-31

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND