ゴースとらいあんぐる 2話
2 そして俺にとりつく幽霊
「どうしたの!? お兄ちゃん!!」
バタンッ! と慌てた感じで部屋のドアを開けて入ってきたのは、妹の美樹だった。俺にはあまりよく似てないと言われる髪の長い、兄の俺から見ても可愛らしい3つ年下の妹である。
「あぅあぅあぅ……」
ベットから転がり落ちていた俺は頭の上を指差して口をぱくぱくさせた。そこにはきょとんと首を傾げる日向が空中にぷかぷかと浮いていたのだが、
「何? 虫か何かでもいるの?」
美樹は怪訝そうな顔をしてそう言った。まさかー
「お前、見えないのか? そこに日向がいるんだよ……!」
俺は必死に日向を指差し、美樹に叫んだ。俺の指の先では日向が「えへへー」と、暢気に照れ笑いなんぞしていた。
「お兄ちゃん…」
「何だ、その顔は」
「そりゃ、私だって悲しいし、寂しいよ」美樹の俺を見る目は可哀想な人を見る目そのものだった。「でも、やっぱりヒナちゃんは死んだんだよ」
美樹は何も間違っていない。そりゃ、そうだ2人そろって葬式にだって出たのだから。いやでも…。
「ほら、そこ!そこに浮いてるだろ!!」
「あんまり、思いつめないでねお兄ちゃん」
兄を思いやる言葉を言って美樹は部屋を出て行った。足音と隣の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
俺は部屋に1人残された。いや、1人じゃない。
「ミキちゃん、可愛くなったねー」
日向がいた。
「おい」
「何よ、カズ」
「お前、日向なんだよな」
「それ以外の何だって言うのよ、あんた目が悪くなったの?それとも頭がおかしくなった?」
いらっとくるこの物言いは間違いなく日向だった。遠慮なくずげずけと何でも言うのは日向の長所であり短所でもあった。
「いや、おかしいのはお前だ。お前なんでここにいるんだよ……。ほら、その、お前死んじゃったじゃないか」
最後の方は流石に言いごもった。事実でもまだ三日しかたっていないのだ。俺の中では日向の死はまだ全く整理が着いていないのだ。
「そりゃ、幽霊だもの」
本人があっさり言うとこれほど胡散臭い言葉は無い、と俺は実感した。だが、宙に浮いているし美樹には見えなかったようだし、幽霊の要素は満点だ。
「そうか、幽霊か…」俺はベットに腰を降ろした「まあ、それはもういいや、でも、どうして俺の所に?」
日向に怨まれる事をした記憶は無かった。絶対の自信があるわけではないが、幽霊になって化けて出るほどの事を彼女にした事はなかったはずだ。
「別にあんたの所にすぐ来たわけじゃないわ、最初はお父さんとお母さんの所にいったけど2人とも私が見えなかった」
そう言った日向の表情に微かな翳りが見えた。
「涼の家にも行ったわ」
「涼の家?」
日向が頷く。
「でも、涼も私に気付かなかった。それから町の中を色々飛び回ったけど、誰も私の事は気付かなかった」
「で、行くところがなくっなって俺の所に来たってわけか」
「うん、もう行ける所はカズのとこくらいしか残ってなかったから、でも良かったよ。カズには私が見えて」
日向はニコッと笑った。でも、俺はどこかいらいらとした怒りのようなものを感じていた。真っ先に自分の所に来て欲しかった訳じゃない。だけど、涼よりも後回しにされたのは…。
いや待て、そんなことよりも、大事な事があった。
「お前、俺の所に来てどうしようって言うんだ?」
こいつの用件は何だ?
俺は祈祷師ではないから幽霊に来られても、してやれることなんてないんだが…。
「えー!? 助けてよ!! 幼馴染でしょ!」
「いやいやいや、見えるってだけじゃねーか、出来ることなんかないぞ!」
「むー」
むくれた日向が頬を膨らませる。さっきから生前と同じく表情がコロコロと変わる。そのせいだろうか、俺は幽霊の日向に対して驚きも恐怖も薄れてきていった。
何よりもこの三日間、沈んでいた気持ちが軽くなっていくのを感じていた。
「そうよ、こんな時こそ文明の利器よ!!」
日向はビシッ!っと、俺の机を指差した。そこには高校に入学した時に両親から入学祝に買ってもらったノートパソコンが置いてあった。
俺は机に座り、ノートパソコンを開くと電源を入れた。
「ねぇ、エロ画像とか保存してる?」
「少し黙っていろ、幽霊娘」
「ふん、ムッツリスケベのくせに、この童貞、ド変態、三白眼のくされ外道」
「…………」
1言えば10返してくる少女、それが日向だった。俺はそれをとてもとても痛感し、思い出し、これ以上何も言われないように、パソコンが立ち上がるまで黙っていることにした。
しばらくして、パソコンが立ち上がりホームページの検索サイトを立ち上げる。
「えーっと」
『幽霊 悪霊 お払い』と、入力。
「ちょっと…!」
日向の抗議の声を無視してクリック。下の方へスクロールしていくと1つの寺院が出てきた。お払いをしてくれるとの触れ込みだった。そこをクリックする。
「た…高い!!」
俺の第一声はそれだった。鑑定とお払いを合わせるとかなりの額だった。お払いだけも出来たが、その値段も高校生でバイトもしていないような俺には、はばかれる値段だった。
俺はジト目で睨んでいる日向を見た。
その額と幽霊の日向を天秤にかける。
「ないない」
俺は電源を落とし、ノートパソコンを閉じる。
「あんた、何調べているのよ、言うに事欠いて、悪霊とは何よ!」
「人に迷惑をかける霊を人は悪霊って言うんだよ」
「いつ迷惑かけたのよ、さっきここに着たばかりじゃない」
「着たばかりなのに、かなりの迷惑をかけられている気がするんだが」
「全く、少しは力になってよ」
「力になるって、何をすればいいんだよ」
至極最もな意見に日向はうーん、と考え込んで言った。
「あたしが成仏できるようにとか?」
「いや、そんな金ないんだが」
「お払いじゃないくて!! あたしの願いを叶えて、気持ちよく天国に行けるようにするとか」
天国に行くつもりとは何てずうずうしい女だと俺は思ったが、口にすると今度は呪われそうなのでやめておいた。
「お前の願いってなんだよ」
「え?」
日向の青白い顔が少し赤らんだ様に見えた。何だ? こいつは何を考えているんだろう。
「それはーそのー」
何でもずばずばと言う日向らしくない逡巡だった。怪しい…。
「明日、学校で言うわ!」
「着いてくる気か!?」
俺意外には見えないらしいが、この世の人間全てに試した訳ではなかろう。もし、俺の近くに幼馴染の幽霊が憑いていると噂でもたったら…!
「有無は言わせないわよ、絶対に着いていくからね」
俺はこいつを殴れないものだろうかと、ブンブンと腕を振った。しかし、その拳は日向のからだをすり抜けるだけだった。
言動も行動も幽霊らしくないのに、こういうところだけは幽霊らしかった。
理不尽な…。やっぱりこいつは悪霊じゃないだろうか…。
俺はふふん、と胸をはる日向を前に頭を抱えた。
こうして俺は今日、幽霊にとり憑かれた。
ゴースとらいあんぐる 2話