ランドセル

ランドセル

午後8時。
夕食を済ませたちゃぶ台の上で
繁彦はパンフレットとにらめっこをしていた。
「こりゃ真剣勝負じゃな」
麦茶を持ってきた妻のゆいに繁彦は
パンフレットから顔を上げずにそう声をかける。
「どれどれ?よっこいしょっと」
ゆいはゆっくりとした動作で繁彦の真向かいに
座り、空いていたパンフレットに手をやる。
「わぁ、たぁかいんだねぇ」
そうゆいは驚きをもった表情で繁彦を見る。
「それはまぁ、いいけどよ。
見てくれよ、色々な色がある!」
「ほんとだねぇ」
「見守り当番の時からちらちら見ていたが、
いざ自分が選ぶ立場になると・・・迷うな」
「そうですねぇ。あ、ほらおじいさん見て。
みりちゃんの好きなみみぃちゃんのランドセルがあるよ」
「どれ・・・これは・・・これはだめだ。
こんなもの背負って目立ったらいけねぇ。
それに6年生になるまでみりがみみぃを好きとは
限らねぇしなぁ」
「そうですねぇ・・・」
「しかし今の子どもは幸せだな。
ランドセルだけでも選び放題」
「私は赤がいいと思いますけど」
「俺もそう思うんだ。
黒を背負ったりしている子もいるけど、黒はなぁ・・・」
「みりちゃんに聞いてみますか?」
「もう寝てるんじゃねぇのか?」
「ふふふ。まーだ起きてますって。
おじいさん、電話とってください」
「いや、待て。俺あの男が出たらいやだぞ」
「出ませんって。
最近残業が続いて帰るのが遅いって
利香言ってましたから」
「あいつめ・・・まさか他に女が・・・」
「そんなことありませんって」
「ほら、早く電話電話」
「いや、もう少し2人で考えよう。
みりの要求をすぐ飲んだら
これから死ぬまで足許見られるからな」
「みりはそんな子じゃありませんって」
「・・・どんな女の子に、なるかな」
煙草の煙を天井めがけて吐き出す。
蛍光灯の明るさが目に痛い。
「やさしい女の子がいいですねぇ」
「俺、生きてられるかなぁ」
「煙草やめたらね」
ゆいは静かにそう微笑む。
「生きて、いたいよなぁ」
そう言って繁彦はもう一度、
煙草の煙を天井に向かって吐き出す。
TRRRRRR
電話の呼び出し音がふいに鳴る。
「もしもし及川でございます」
ゆいが少しよそいきの声で応対する。
「あ!利香。ちょうどよかったぁ。
今みりちゃんにランドセルのことで
電話かけようと思ったんだよぉ。
あ、変わってくれる?はいはい」
しばらく保留音が鳴る。
みりちゃんはどんなランドセルがほしいかなぁ。
ゆいはみりがランドセルを背負う姿を
想像してふっと顔をほころばせる。
「もしもしぃ?ばあちゃん?」
「みりちゃーん。ひーさしぶりだねぇ。
ばあちゃんのこと、覚えてる?」
「おぼえてるよぉ!」
「みりちゃん保育園頑張ってる?」
「うん!がんばってるう!
みりこのまえおゆうぎかいでね、わかめのやくしたんだよ!」
「わかめ?そーりゃよかったねぇ」
「ずっとくねくねしてるの。
ほんとはおひめさまがやりたかったけど
あゆきちゃんにきまったの」
「そうかーそれは残念だったねぇ」
「でもやってみたらわかめのほうがおもしろかったの」
「どうして?」
「わかめねーずっとくねくねしてるの。
みどりいろのきらきらもうれしかった」
「そりゃあよかった。ね、みりちゃん、
来年小学生だね」
「うん!すっごくたのしみ!」
「小学校にはなに背負っていくのかな?」
「ランドセル!」
「ばあちゃんたちみりちゃんにランドセルを
プレゼントしようと思ってるんだけど」
「わぁい!」
「何色がいいかな?」
「みどり!」
「緑?なんで・・・あっわかめと同じだから?」
「うん!」
「じゃばあちゃんたちみりちゃんに緑色のランドセルを
プレゼントするからねぇ」
「やったぁ!ばあちゃんありがとう!」
「じゃママに変わってくれるかな」
「はぁぃ!」
ゆいの持つ電話に顔を寄せていた繁彦は
みりに聞かずにランドセルを贈らずによかったと
心から思った。
まさか緑とは。
予想外の返答に驚いたが理由がなんとも子どもらしい。
パンフレットのあるちゃぶ台にどっこいしょと
腰を下ろす。
さて、これで選択肢の幅は狭まった。
長いみりの小学校6年間に想いを馳せながら
繁彦は老眼鏡をかけパンフレットの世界に集中する。



ランドセル

ランドセル

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-31

CC BY-NC-ND
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