「先生!!」

小島 司

ある男が飛行機に乗っていた。すると、突然機内に女性の叫び声が響きわたった。
「この中にお医者さまはいらっしゃいませんか?」
客室乗務員の女性の声だった。急病人が出たのかも知れない。
男は一瞬面倒臭いな、と思った。なぜなら、男は医者だったからである。せっかく飛行機の中で眠ろうと思っていたのに。誰か立ち上がらないかな、と思い、周りを見回したが誰も立ち上がる様子がない。
「お医者さまはいらっしゃいませんか?」
「お客様の中に、お医者さまはいらっしゃいませんか?」
仕方なく男は立ち上がった。
「私は医者ですが、誰か急病人ですか?」
「すみません、こちらにお願いします。」
客室乗務員の女性は医者を急病人のところまで連れていった。床の上に、顔色の悪い男があお向けに寝かされていた。ああ、この人が急病人か、と医者が思った瞬間、ぐげごぼがっ、と声を上げて急病人は血を吐いた。
「えっ?そんな…」
医者が慌てて急病人の男の腕をとり、脈を診たがすでに死んでいた。完全に手遅れだった。
「残念ながら死んでしまいました。お役に立てず、申し訳ありません。」
医者がそう言うと、客室乗務員の女性は恨めしそうな目で
「先生がもう少し早く名乗り出てくれていたら…」と小さな声でつぶやいた。
医者が自分の座席に戻ると、周りの乗客達が小声で会話しているのがイヤでも耳に入ってきた。
「病人死んだらしいよ…」
「アイツなんですぐに名乗り出なかったんだ…」
「どうせ汚い事やって金儲けしてんだろう…」
「医療ミスとか隠しているのかしら…」
突然医者の頭に痛みが走った。バサッ、と音がして足元に文庫本が落ちた。
「誰だ!こんな事したのは…?」
医者が怒鳴り声を上げると、機内のいろんな所から食器だの小さなビンだのが彼に向かって投げられた。
「やめろ!お前たちは自分のやっている事が分かっているのか!?」
医者の後ろの席に座っていた男がいきなり医者の顔面を殴りつけた。彼は床に倒れ込みうめき声を上げると、大勢の人間が彼の身体を蹴りあげ、踏みつけた。
その時、操縦室のドアが開き副操縦士が真っ青な顔で客室に出てきてこう叫んだ。
「只今、操縦士が食中毒らしき症状で失神してしまいました。お客様の中にお医者さまはいらっしゃいませんか?私はどうしていいか分からなくて…」と言うと、胸を押さえて倒れ込んでしまった。心臓発作を起こしているようだった。
飛行機の乗客達は慌てて医者を座席に座らせ、頭から水をかけた。医者がゆっくりと目を開けると、大勢の乗客達がこれでもか、というぐらいの満面の笑みで一斉にこう叫んだ。
「先生お願いします!操縦士たちを診てやって下さい!ね?先生!!」

「先生!!」

「先生!!」

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted