11号
元田 有 作
ゆずまめ 編
傷つけないようにして
お互い傷つけ合った。
遠回りした。
また、二人で
今度こそ二人で
歩いて行く。
11号 * 0
『…じゃあ』
きっかり2時間。
B型のお前が約束通り2時間で話を終わらせて席を立つ。
年々白くなった肌。色白とか美白とか、そんなレベルじゃなく蒼白でお前がどんな暮ら しをしてきたか痛いほどに分かった。
小さいと冷やかして握りしめた手。もうどちらの手の指にも何も見当たらない。あるはずの、あの。
『気ぃつけてな』
長い髪が、揺れる。ちょうど毛先のところ。小さく光ったものが何だったのか、本当は気づいていた。
階段を降りて行くお前の軽いヒラヒラしたスカートは少し寒そう。
今誰か、倒れそうになったお前を支えて、お前が寂しいと呟くときには抱きしめてやれる人がいるのだろうか。
烏丸に出たお前は細くなった腕を上げタクシーを止めた。大好きなMKタクシー。
「やっぱタクシーはMKだねっ!」
よくそんなことを言っていた。その車に乗ってお前は帰っていく。俺が知らない新しいマンション。
お揃いだったブタのキーカバー、本当はまだ付いたまま。新しいお前の鍵には何がついているんだろう。
「かぁくん色白だから白ブタね。ゆいピンク好きやからピンクのブタ。おそろい」
あのころ真っ白だったブタも、今はもう所々黒ずんでブチになっている。
俺とお前もずいぶん色んなものにまみれてもみくちゃになってしまったけれど、それも悪いことではないと思う。
その分またいらんもんは一緒に落としていったら良いと俺は思う。
一緒に。そうでないと意味がない。
遠くなるいっそう小さくなった背中。もう大人しく見送るしかないのだろうか。
* * * * *
この街は昼は昼で人が溢れ、夜は夜でその禍々しい光に人がたかる。
蝶だなんて自称するやつを寒いやつだと腹の底で嘲ったこともある。
まがい物の光にたかる俺たちは所詮蛾や蜻蛉で一生本物になんてなれない。目指した先がそもそもまがい物なんだから。
「シュンさん、お願いします」
名前だって何だって偽って、それで本物だと思わせて惑わせていつの間にか自分でも区別がつかない。
「シュンちゃーん!」
笑顔を作っていると返ってくる笑顔も嘘臭く感じる、それは仕方のないこと。それでも俺は結構ここが好きだ。
嘘偽りばかりのようでそれでも素で笑うことだってあるし、失うものが多いと人は言うけれど、得たものだってあることを忘れてしまうのは、きっと失ったとかいうものを美化しているんだ。
本当に失って後悔するものなら、いつだってまたこの手に出来ると俺は思う。
「カズ、携帯鳴ってねぇ?」
あのころ、いつだってサイレントにしていた。
自分の非を、不甲斐なさを認めきれない俺は、現実を突きつけられるのが怖かった。どこまでも小さな男だった。
「ええねん、ほっといても」
「ふぅん。女?」
「ほっとけ」
そう言って笑っていた。
思えば、作り笑いはあのころから上手かった。
「綾美にバレたんだろ? 浮気」
「それやし別れた」
「だっさ」
夏だった。暑くて熱くて、篤いものを感じた夏だった。
行為のために見苦しいほど必死に鳴く蝉を、見下していた夏だった。
「な、ちょっ…」
パチンコで昨日の負けを取り戻そうとするのが日課だった。毎日、昨日の負けに追われる。そんな日が1年近く続いた。
ついに俺は現実を目の当たりにする。
「俺が何し」
「身に覚えないんか! ほなこれは何や!」
マイナスになった金を取り戻すために借りた金。いつの間にか200万。
俺は、逃げた。
200万も借金したという事実から、毎日毎日同じ時間になると鳴り始める電話から。すべてから。
そのすべての受け皿にならなければならなかったのが親父。
「ごめ」
「大学もろくに行かんとお前は! 返すアテなんかないくせにこんな」
どれだけ殴られても何も言えなかった。いつもなら止めに入る母親さえ、泣きながらじっと堪えていた。良く見ると親父も泣いていた。それは5年前のこと。
今でもパチ屋の前を通るたび、マリンちゃんや芸能人のCMを見るたび意識が5年前に飛ぶ。
「お父さん、立て替えてくれはったんよ。あのお父さんが、すみませんすみませんって、電話の向こうに頭下げて、お、お父さ」
気丈過ぎるほどに気丈で威勢のいい母の声にならない声は、親父の泣き顔と同じく俺を引き裂いた。
どこまでも情けなく小さく愚かな自分。一生向き合いたくなかった自分と初めて対峙した。
「どこ行くん」
「め、面接。バイトするわ…」
11号