子猫

 ある晴れた日の午後いつも通り学校の帰り道に子猫が捨てられていた。
 陽平がうれしそうに「おい! 猫だよ猫」
 僕も「本当だ。でも妙にきれいだね」
 まるでさっき捨てられたみたいに真っ白で汚れひとつない。
 段ボールには子猫と水を入れた茶碗が入っていた。
 子猫がつぶらな瞳で陽平を見つめている。どうやら気に入ったようだ。
「飼ってあげたら」
「無理だよ。俺の親ペット禁止って厳しいだぜ」
 子猫を食い入るように見つめながら言った。
「優が飼ってあげればいいんじゃないか」
「マンションだからダメだよ」
「そうだった…じゃどうする?」
「う~ん…だれか新しい飼い主を見つけるっていうのはどう?」
「いいね!」
 陽平は指でパチーンと得意げに鳴らした。
「それまでの間は俺たちの秘密基地で飼おうぜ!」
「うん!」
 陽平が段ボールを、僕が茶碗を持って急いで秘密基地に向かった。
 陽平の家の近くのタバコ屋を角に曲がったところにある秘密基地。
 ところどころ茶色に錆びたフェンスをよじ登り目的地に着いた。
 林鉄工所と書かれたあばら家が僕たちの秘密基地だ。
「ここなら雨が降っても濡れないし完璧だな」
「うん。それに陽平の家からも近いしね」
 子猫を抱きながらなでている。
「それよりも名前つけようぜ!」
「え~でも別れる時さびしくならない?」
「でも名前ないと呼びにくいじゃん」
 ふくれっ面の陽平が言った。
「う~ん…何がいいかな」
 子猫を抱えて体を観察する。
「真っ白で雪みたいだからユキでいいじゃないか」
「そうだね!」
 名前が決まると一層愛着がわいたのか2人はユキを可愛がった。
 そのまま2人は暗くなるまでユキと遊んだ。

 翌日から僕と陽平は飼い主になってくれる人を探した。
 放課後になると秘密基地で給食を残したものとミルクをあげた。
 僕たちが来るとユキは足にまとわりついてエサをねだる。
 エサをあげているとユキは僕たちが親と認識したのかどんどんなついていった。
「ユキ!」と陽平が呼ぶとニャーと鳴き駆けつけてくれた。
 僕も「ユキ!」と呼ぶと軽く振りむくだけ。なんて不公平なんだ。
「優にはまだなついてないみたいだな」と馬鹿にしたように笑う。
「なんで陽平ばっかりなんだよユキ」とユキの体をなでてやる。
「そりゃそうだよな。俺なんて夜もエサやりに来てるんだぜ!」
「え! そうなの」
「そうだよ。雨の日も風の日も毎日エサやりに来てんだぜ。」
 それじゃしょうがないか。僕の家もここの近くにあればなぁと思う。
「それにしても飼い主見つからないね」
「そうだな。もっと早く見つかると思ってたよ」
と楽観的な陽平が同意する。
 クラス全員に声をかけたが全員飼えないとのことだった。
 他クラスに訊いたところで何の面識もない2人の頼みを聞いてくれるとは思えなかった。
「もうすぐ1週間になるよ」
「そうだな。早く飼い主見つけないと」
 2人を重い空気がつつんだ。
 陽平が何か決意したように膝をバシッと叩くと
「しょうがない。先生にも聞いてみようか」
「ええっ! でも先生厳しいし無理なんじゃ…」
「もう子供だけで対処するのも限界に近いと思うんだ」
「うん。でも…」
僕の言葉を遮って陽平が言った。
「それに最近近所で犬や猫の死体がみつかったってニュースでやってるだろ」
「そうだね。明日先生に頼んでみよう」
 その後2人はいろんなことは話して解散した。

 翌朝僕と陽平はいつもより早く登校していた。
 僕が放課後にしようと提案するといやこういう事は早く言った方がいいと早朝に決まった。
 学校に着くと教室にカバンを置いて職員室に向かった。
 職員室に近づくとジワジワと手に汗をかいてきた。
 職員室の前で深呼吸をしていると陽平が何の躊躇もなく職員室の扉をガラッと開けた。
 職員室の中に入ると辺りをキョロキョロと見渡して佐藤先生を見つけた。
 佐藤先生の机は職員室の中盤の端っこあたりにあった。
 陽平が歩いて行くのを後ろから付いていった。
「佐藤先生」
 佐藤先生が宿題の答え合わせをやめ僕たちを見る。
「なんだ。田中と斎藤か。なんか用か」
「佐藤先生に頼みがありまして」
「なんだ。言ってみろ」
「実は1週間前ぐらいに子猫を拾いまして世話しているんですけど…」
 腕組みしながら黙ってうなづく佐藤先生
「誰か飼い主になってくれそうな人を知ってますか?」
「話してみなければわからないが、私の友人に1人飼ってくれそうな人がいるが…」
 2人がヤッター!と手を取り合い喜んだ。
「ところで今子猫はどこにいるんだ?」
「えっと…」
 陽平が気まずそうにうつむいた。
 佐藤先生が僕に視線を向けて答えを促してくる。
 思わず「秘密基地です」と言って、しまったと思った時にはもう遅い。
「秘密基地ってどこにあるのかな」と指をポキポキ鳴らしながら聞いてくる。
 陽平がため息をつき呆れた顔をする。
「僕の家の近くの林鉄工所です」
「鉄工所! 」
 予想外の場所なのか本当に驚いた顔をしている。
「馬鹿野郎! 鉄工所なんか入っちゃダメだろ」と軽く頭をはたかれる。
「つまづいて転んで大けがしたらどうするんだ」
 ガミガミと説教は続いてひどく怒られた。
 職員室を出ると2人は疲れた顔を振り払って喜んだ。

 放課後、秘密基地に急いで向かった。
 「ユキ!」と呼ぶとニャオーと近づいてきた。
「よかったな。新しい飼い主が見つかったかもしれないぞ」
 ユキが陽平の膝にのって甘えてる。
「そうだね。新しい飼い主は優しい人だったらいいね」
 少しの沈黙の後
「けどもうすぐでユキと別れなくちゃいけないのか」
「うん…」
 2人は黙ったままユキを見つめた。
 ユキはなにか感づいたのか2人の手を舐めた。
「暗くなってもしょうがない。今日は存分にユキと遊ぼう」
「うん!」
 その日は飽きるまでユキと遊んだ。

 次の日の朝、佐藤先生の返事を期待したが何も言ってこなかった。
 まだ聞いていないだけだよとお互い励まし合った。
 給食の時間に佐藤先生がやってきた。
「田中と斎藤、話がある。ちょっと来い」
 僕は心臓を高鳴らしながら付いていった。
「さっき飼ってくれそうな友人に電話したんだがな」
 僕は手を握りながら固唾をのんだ。
「子猫を見て気に入ったら飼ってもいいとのことだ」
 2人は思わず飛び跳ねて喜んだ。
「ヤッター!これでユキの飼い主が決まったようなもんだ」
「そうだね。これでユキも幸せになれるよ」
「おい待てお前ら! まだ決まったわけじゃないんだぞ」
「大丈夫だよ。ユキは可愛いから気に入るに決まってる」
 その後の授業は全然頭に入ってこなかった。
 僕はユキとの思い出やユキがいなくなった時の事を考えていた。
 陽平もどこかソワソワしている。きっと陽平も同じようなことを考えているのだろう。

 学校が終わると2人は一目散に秘密基地を目指す。
 校門を抜け陽平の家の前を通りタバコ屋を曲がる。
 ユキが来てから幾度と通った道だ。
 錆びたフェンスをよじ登り秘密基地に着いた。
「ユキ!」と呼ぶといつもの鳴き声が聞こえなかった。
 おかしいと思いながらも「ユキ!」と呼びながら探していると
「ユキ!」と辺りを切り裂くような叫び声が聞こえた。
 陽平に近づいていくと丸まったユキを抱く陽平の姿があった。
「どうしたの…」
「………」
 丸まったユキを触るとカチカチに固まっていた。
「え……ウソだろ…」
 陽平の腕からユキを奪う。
 やっと…飼い主が見つかったのに…
 僕と陽平は泣いて泣いて泣きまくった。
 気がつくと辺りが暗くなってきた。
 赤くはらした目をぬぐいながら「墓を作ろう」
「墓…」ショックでうまく頭が回らない
 陽平がユキを抱いて歩いて行く。
 それに無言で付いて行く。
 通行人がユキの死体を怪訝そうに見る。
 近くの公園に着いた。
 小さい木の根元に穴を掘る。
 ユキが入れるぐらいの大きさになると僕はユキにお別れを言った。
 いままでありがとう。ユキがいたからこの1週間本当に楽しかったよ。
 隣を見ると陽平もお別れを言っていたようだ。
 2人でユキを埋める。ユキの真っ白な体に茶色の土をかける。
 ユキを埋めると犬に掘り返されないよう大きめの石を置いた。
 2人は無言で公園を出た。
 僕は家の方向を向いて歩きだす。
「じゃ、また」
「ああ」
 下を向いて歩いているとユキが足にまとわりついてきたことを思い出した。
 後ろを振り返ると陽平はもういなかった。


 ある企業の研究室
「博士本当によかったのですか?」
「なにが悪い?」
「こんな人権を無視した実験許されるんですか?」
「許されるだよ。ここは心理特区なんだ。ちょっとぐらい道徳に反した実験でも許される場所なんだよ」
 博士がまくしたてる。
「それにあの2人の少年の親にはたっぷり謝礼を払っているし契約書にもサインしてる」
 契約書をポンと置いた。
 ペットの死が飼い主に与える心理的な影響を観察する実験
「あの2人の少年がどういう行動に出るか楽しみだ」
 博士は下卑た笑みを浮かべた。 

子猫

子猫

子猫を拾った少年たちの物語です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-29

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