マヌケな年末特番
あぁ、かすむ。見えないなぁ。え?読み仮名が、ない?ど、どうしよう。
池下勝は動揺を隠せない。冷や汗がたれてきた。
ぼくの本がブームになったのは、5年前だったか。「そうだったんですか」シリーズが大ヒットとなり、印税で億万長者になった。テレビ出演も増え、この大みそかも、特番に出演することになった。業界用語でいう「冠番組」だ。
そもそも「そうだったんですか」シリーズの出版では、現場のディレクターたちが優秀で、情報をしっかりまとめてくれたから、あんなすばらしい作品ができた。テレビ番組だって同じ。ぼくは、ただの「冠」であって、知識もへったくれもないのだ。
しかし、視聴者からの期待は過大だ。番組の構成上、生放送中にファクスがどんどん届く。「今後の北朝鮮はどうなるのですか?」「TPPに参加すると、日本にどんなメリットがあるのですか?」・・・。そんなん知ったこっちゃあない。そのたび、優秀なディレクターたちがウィキペディアをはじめとするインターネットのサイトで情報を収集し、大きなカンペに書いて、知らせてくれる。
しかし、ぼくもいい年だ。大きく書いてくれた文字ですら、かすむ。そして、何より、ぼくのために一生懸命働いてくれるディレクターたちに申し訳ない気持ちで、心苦しい。
限界だ。よし。覚悟を決めた。
「えー、みなさん。今日は予定を変更いたします。ぼくはずっとうそをついてきました。わたくし池下勝は、なーんにもわかっちゃございません。ぼくの代わりに、いろんな情報をまとめてくれている、優秀なディレクターたちを紹介します。みんなカメラの前においで!」
ぞろぞろと、カメラの前に出てきたディレクターの総勢は100人。池下がていねいに1人1人を紹介したせいで番組は長引き、知らぬ間に年は明けていた。
マヌケな年末特番