ぶどう畑のぶどうの鬼より
<全16章>
月~金、1日1章ずつ、アップしようと思っています。
よかったら、お付き合いくださいませ。
1 いくら師匠の孫娘でも
「わあ これ全部
ぶどうの畑?
おじいちゃんの畑って
いったい
どっからどこまでなの?」
嘘だろ
おまえだったのか
もうじきここに
来るって聞いてた
師匠の孫娘とやらは
1年修行を
させてから
畑を全部
譲るんだって
いい娘だから
見ればすぐに
わかるって
師匠は笑って
目を細めてた
二親亡くした
俺にとっては
命の恩人
育ての親
一生の師とも
仰いできたけど
これだけは
言わずにいられない
師匠も人の子
身内のおまえを
語る口調は
孫に目がない
ごく平凡な
お祖父さん
皮肉じゃない
血のつながった
家族もいない
俺にとっては
微笑ましくて
うらやましかった
たった今
おまえが孫だと
知るまでは
おまえが今
あくびしながら
見てるのは
あっちの端から
こっちの端まで
見渡す限り
全部師匠が
つまり
おまえの
お祖父さんが
心血注いで
育てた畑
1周見回り
するだけだって
1日じゃすまない
大仕事
それが
どれだけ大変か
おまえだって
想像くらいは
できるだろ?
やれやれ
珍しく
大人しいなと
思ったら
人の話を
聞きもしないで
昼寝ときたか
都会の娘は
心臓にまで
毛が生えてら
おまえなんかに
言ってみたって
ちんぷんかんぷん
だろうけど
俺は毎朝
シャツの両袖
まくりながら
畑の彼方に
昇る朝日を
見るのが好きだ
ぶどうのつるの
あるかないかの
小さなうぶ毛が
朝露に
きらきら
輝くのが好きだ
撒くほどに
水を吸い込んで
棚じゅうの葉を
風にまかせて
そよがせる
木たちの
応え方が好きだ
甘い実を
より甘くと望む
身勝手千万な
人間が
水という
水はおろか
天の慈雨すら
遠ざけても
子孫を残す
苦しいときを
だまって耐える
ぶどうの房の
無心の
凛々しさが好きだ
実という実を
もがれ尽くして
満身創痍と
なってなお
見る影もない
無残な茶色の
葉だけをまとい
子を産み終えた
母のように
この上なく
誇らしげに立つ
ぶどうの幹の
神々しさが
たまらず好きだ
俺は
ぶどう畑を
こんな風にしか
見られない
目の前に
はるか広がる
この大地が
俺が生きてる
最後の日まで
みずみずしく
生き生きと
ぶどうを育む
楽園であれと
願ってる
俺は
ぶどう畑に
こんなことしか
夢見ない
その聖域に
ある日突然
土足も土足の
ハイヒールで
踏み込んで来た
闖入者
全身に
都会の香りを
漂わせて
おまえは突然
やってきた
ソウルのブティックの
マネキンが
そのまま抜け出して
来たような
チャラチャラ着飾った
小娘で
礼儀や常識の
かけらもなくて
とどめとばかり
ツンとすまして
のたまった
「1年たって
私が畑を
相続したら
あんたなんか
いの一番に
クビにしてやる」
これを
闖入者と言わずに
何という?
2 闖入者に告ぐ
見れば見るほど
浮わっついた
鼻もちならない
都会女
それなのに
何がどうして
俺のとなりで
ハサミ持ってる?
いやちがう
へっぴり腰の
その手つきは
“持ってる”なんて
代物じゃない
“つまんでる”んだ
言っとくが
ハサミってのは
葉やつるや
傷んだ実やらを
剪定するのに
使うんだ
どこの世界に
実りつつある
青々とした
ぶどうの房を
丸ごと切って
落として平気な
奴がいる?
水でも撒けと
雑用させりゃ
抱えたホースの
重さによろけ
虫見たとたんに
金切声で
3メートルは
後ずさる
草でも刈れと
鎌を持たせりゃ
即 立派な凶器
危なっかしくて
近づけやしない
ほんの数分
目を離してりゃ
さぼって日陰に
座り込む
まったく
始末が悪いこと
この上ない
まかり間違って
ぶどう畑を
相続なんかした日にゃ
3日とあけず
売り飛ばそうって
魂胆だろ?
冗談じゃない
師匠だって
おまえのこの
罰あたりさ加減を
知ってみろ
譲るなんて
ゆめ言うもんか
修業中の身で
おこがましいが
少なくとも
俺にとっては
ぶどう畑は
神聖な場所
かけがえのない
この畑を
遊び半分の
都会女に
汚されるような
いわれはない
肌に合わなきゃ
いますぐ出てけ
おまえの楽園の
都会に帰れ
半分本気で
良かれと思い
半分呆れて
皮肉交じりに
すましたおまえの
鼻先で
何べん俺は
怒鳴ったか
だけど
けったいな奴
次の朝も
その次の朝も
眠い
死んじゃう
やってられないと
わめきながら
おまえは畑に
ついてきた
3 田舎の現実
シャワーは庭の
隅っこのホース
水洗トイレの
家なんて
村に3軒
あったかどうか
ヒールの高い
サンダルなんか
肥料の牛ふんに
めり込むだけ
百害あって
一利なし
どんな高価な
ドレスより
Tシャツとモンペが
重宝で楽ちん
ちょっと買い物
しようにも
コンビニなんか
10キロ先
裏山に入れば
携帯なんて
無用の長物
アンテナ1本
立ちゃしない
朝は起きぬけに
豚のキョンスクに
餌やって
お日さまと競争で
畑入り
夜は縁側で
星を見ながら
泥んこだらけの
農具の手入れ
雨が降る日は
畑仕事は休みだが
大雨になりゃ
話は別
ぶどうの雨よけに
大忙し
俺はとうに
慣れっこだけど
都会育ちの
おまえには
目がテンどころじゃ
なかったろ
9時5時勤務で
土日定休の
都会の会社じゃ
想像もつくまい
「ぶどうばっかり
可愛がって
人間は二の次三の次!」
むくれた
おまえの口癖を
耳ダコじゃ
すまないくらい
聞いたっけ
4 気が気じゃなくて
田舎は田舎で
愉快なことや
肝冷やすような
ことが毎日
ゴマンとある
でもあの日
おまえがここに
居座ってからは
論外だった
ボロトラックの
助手席に
おまえを乗せて
走った理由が
ふるってる
我が家にはない
水洗トイレを
借りたくて
2キロも離れた
となりの家まで
今すぐ行けと
さもないと
便秘で死ぬと
真顔でわめいた
ほんとにおまえが
どうかなっちまうかと
青ざめて
となりの俺は
アクセルベタ踏み
全速力
かと思えば
今年の害虫は
手ごわくて
去年までの
農薬じゃあ
とてもじゃないが
歯が立たなくて
村じゅうで
思案投げ首
それからいくらも
たたない夜
怖がりのくせに
夜 真っ暗な
畑でひとり
あろうことか
滝のような
大雨の中
ズブの素人の
分際で
憎っくき虫の
1匹ごとに
当たり散らして
つまみ取っては
食われた空洞に
モチ塗りたくって
幹をなで
励ました
効果てきめんの
農薬が
もうすぐ出来るって
言ってるのに
このわからず屋
風邪をひくぞと
連れて戻りに
行ったつもりが
可笑しいやら
いじらしいやら
必死なおまえの
後ろ姿に
声かけるのも
忘れてた
あの頃からだ
おまえが次に
何しでかすか
気が気じゃなくて
でも半分は
楽しみで
仕方なくなった
5 医者と農夫
未だに
懲りずに
日に1ぺんは
俺と悶着
起こすけど
おまえはもう
田舎の暮らしを
面白がってる
見てればわかる
俺だけじゃない
会えば村じゅうの
人たちが
そう うなづいて
目を細める
おまえにとって
田舎の空気が
心地よく
なってきたのと
俺の心の中に
おまえが
するりと
もぐり込んできたのと
いったいどっちが
先だったろう
とはいえ
村の保健所に
足しげく通う
おまえの目当てが
ソウルから来た
医者先生だと
判った日
ああそうかと
これまた妙に
納得した
大学だか
大学院だかを出て
“研究の成果を実地で”と
意気に燃える
男がふたり
いたとする
でも現実は?
医学を学んだ
医者先生なら
世間はそれを
“臨床”とあがめ
農業学んだ
農夫には
“田畑仕事”と
あざ笑う
幸か不幸か
俺が夢中に
なったのは
ぶどう
人知を超えた
摩訶不思議な
畑の命
食べれば誰でも
笑みを浮かべる
甘い宝石
世間が何と
あざ笑おうと
ぶどうは俺の
誇りだった
ただの一度も
恥じたことない
この自負を
俺には
縁もゆかりもない
おまえの意中の
医者先生が
ものの見事に
こっぱ微塵に
してくれた
ただの一度も
恥じたことない
この自負が
今度ばかりは
あまりにも
みすぼらしくて
惨めだった
考えてみりゃ
火を見るよりも
はっきりしてる
畑仕事?
しんどくて
汚くて
そうかと言って
今年も実る
保証があろう
はずもなし
こんな辺鄙な山里じゃ
時として
世間から
取り残されたと
落ち込みもする
遠からず確実に
都会に戻る
好男子の医者先生が
見染めたんだ
人も羨む
医者の夫人の
肩書きが
すぐ目の前に
転がってるんだ
どこのイカれた
物好き女が
畑仕事の
雇われ男に
興味を持ったり
するもんか
それからほどなく
村のはずれの
あぜ道で
医者先生の
車と不意に
すれ違った日
鈍い俺でも
わかるようにと
思ったか
痛烈に
見せつけられた
医者先生の
洒落た車は
おまえと
おまえの家族を乗せて
挨拶だけは
慇懃無礼に
これ見よがしに
走り去った
あんな田舎の
泥道には
勿体ないほど
颯爽と
キョンスク用の
干し草を
山と背負った
俺の見ている
目の前を
助手席の
おまえの笑顔は
上品で
まるで別人
ご教示いただいた
礼がてら
この際 俺も
一言言わせて
もらっていいか?
俺の知ってる
おまえの笑顔は
あんなじゃない
長ぐつが
片方ポロっと
脱げただけで
手押し車が
あぜの小石に
よろけただけで
いい年した女がと
呆れるくらい
おっきな口を
おっきく開けて
腹の底から笑うのが
俺の知ってる
おまえの笑顔だ
ど素人の
おまえ相手に
誰が聞いたって
理不尽な
ぶどうの講義
熱が入ると
所かまわず
始める俺に
文句も言わず
聞いた端から
書きとめて
のみこもうとする
素直さも
先に家に
帰れと言っても
「帰れないでしょ
仕事中の人
残してなんか」と
頑固に手伝う
情の深さも
俺にムシャクシャ
する度に
豚小屋の
キョンスク相手に
あることないこと
ぶちまけたがる
無邪気さも
愉快どころか
愛しくて
たまらなかった
いつのまにか
だけどこの先
おまえが俺を
男として見る
はずもない
俺はあくまで
ぶどう畑の
雇われ人
それ以上でも
以下でもない
ため息だって
引っ込みそうな
確かな事実
ひとり相撲で
バカを見るのは
この俺だ
車が彼方に
遠ざかる
以上におまえが
遠かった
6 蛍
害虫騒ぎも
かたづいて
村じゅうが
祭りみたいに
浮かれたあの夜
「田舎のくせに
ここに来てから
蛍1匹 見たことない」と
むくれたおまえが
やぶから棒に
言った夜
どこに目を
つけてるんだと
言い返すのも
アホらしくて
手首つかんで
引きずって
裏山の
池のほとりに
そのままおまえを
連れて行った
俺がひとりに
なりたいときに
行く場所だ
夜更けなのに
空も森も
池も土も
白々と
薄明るくて
あたり一面
夏の匂いが
満ち満ちてた
あの景色
おまえにだったら
見せてやっても
惜しくなかった
俺が両手に
包んだ蛍
まんまるい目で
おっかなびっくり
覗きこんで
子どもみたいに
声上げたっけ
上気した
おまえのほっぺた
黄色いほのかな
蛍の明かりに
照らされて
見とれるほど
可愛かった
手に提げてきた
ペットボトルの
自家製ぶどう酒
交代で
ラッパ飲みしながら
あたり一面
降りしきる
虫の音の
勉強会
キリギリスはおろか
ヒグラシも
スズムシも
まったく区別が
つかないおまえ
そしてとどめに
「コオロギなんか
ソウルだったら
1年中鳴いてるもん」と
言ってのけたのには
恐れ入った
「コオロギは
秋に鳴くんだ!」
四の五の言うな
おまえが
泣こうがわめこうが
こればっかりは
譲れない
だけどあのとき
すねたおまえの
横顔に
心の中で
俺は言ってた
知らないってのは
恥ずかしがるような
ことじゃない
知るチャンスが
それまでなかった
だけのこと
責められる
筋合いは
ないもんな
何かを初めて
目にしたときに
怖がったって
恥じゃない
心が自然と
感じる怖さは
人間 誰しも
皆同じ
理性でどうなる
もんじゃない
それより何より
知らない何かに
出くわして
むやみに毛嫌い
するような奴
そんな奴こそ
俺はいちばん
虫が好かない
昔から
そう思ってた
毛嫌いするって
はなからそれを
無視して
侮辱するってことだろ?
だからおまえが
そんなイカれた
奴じゃないのが
嬉しかった
蚊に刺されても
部屋にゲジゲジが
這ってても
飛び込んで
隠れた甕に
大きなカエルが
ひそんでても
おまえは
ひとしきり
大声あげて
ありったけ
毒づいて
そのあとは
見てるこっちが
拍子抜けするほど
あっという間に
ケロッとしてる
まだまだ
上機嫌にとは
言えないが
その日の仕事に
納得したら
潔くて
手を抜かない
来てふた月も
たたないのに
いつの間にやら
木と言わず
草と言わず
石と言わず
もちろん憎っくき
虫と言わず
のべつまくなし
話しかけながら
仕事する
そして今
人によっちゃあ
雑音でしかない
虫の音に
目を閉じて
聞き惚れて
名前は何だと
俺をせっつく
畑仕事も
それ以上に
こんな田舎も
おまえは
毛嫌いしなかった
俺が言うのも
何だけど
おまえなんて
今どき珍種だ
けったいな奴
「幸せだから
このまま時間が
止まればいい」と
知らない世界に
体当たりで
飛び込んでくる
初めのうちこそ
おずおずと
だけど今じゃ
楽しげに
その度胸だけは
見上げたもんだ
褒めてやるよ
おまえの横顔
見ながら俺は
とりとめもなく
そう思ってた
蛍に酔って
ぶどう酒にも
さんざん酔って
千鳥足で
足をくじいた
おまえをおぶって
せがまれるまま
歌って歩いた
帰り道
他の男に
惚れてると
わかってながら
俺は背中に
おまえを乗っけて
蛍がくれた
夢かうつつの
ひと時に
浮かれるかたわら
気が重かった
いっそこのまま
家になんか
着かなきゃいいと
考えながら
気が重かった
もしもおまえの
頼みだったら
俺はきっと
一晩中でも
おぶったまんま
裏山じゅう
歩き回った
次の朝
俺がいなくて
師匠とふたり
心配したって
あとから聞いた
夜明け前に
薬草採りに
出かけたんだ
くじいて腫れた
おまえの足が
少しでも早く
治ってほしくて
いやちがう
半分ほんとで
半分嘘だ
ベッドで寝てても
苦しくて
夜も明けないのに
起き出した
おぶったおまえの
体温が
腕に残って
消えなくて
歌 口ずさむ
無邪気な横顔
あどけない声
目に耳に
こびりついてて
自分で自分に
嫌気がさした
足がきちんと
治るまで
家から出るなと
しつこく釘は
刺したけど
毎朝1人で
長ぐつをはく
ここ2・3日
3度の飯より
好きな畑に
行くのが
やけに憂うつで
その憂うつに
また腹が立つ
7 告白を悔いて
村の恒例の
ぶどう祭
うちの畑の
自慢のぶどうは
コンテストの
優勝カップを
もらいそこねた
内心穏やかじゃ
なかったけれど
冷静に見れば
妥当な結果
害虫の被害も
ひどかったんだ
仕方ない
だけどおまえは
例によって
そんな謙虚な検討や
反省なんかは
一切省略
帰る道々
駄々っ子みたいに
目に涙して
悔しがった
来年こそは
絶対うちが優勝すると
息まいた
そうさ
来年がんばりゃいいさと
あやうく口を
滑らしかけた
俺のほうこそ
途方もない
お門違い
おまえを笑えた
義理じゃない
来年の今ごろ
おまえがここに
いるはずなんか
ありゃしないのに
だったらこの際
お門違いの
ついでと行くさ
大笑い
されるの覚悟で
好きだって
告白してやる
深呼吸して
そう決めた
まん真ん中に
直球投げて
ホームランでも
見事に食らって
後腐れなく
退場してやる
そうすれば
すっきり諦めも
つくだろうって
大真面目に
思ってた
おまえの左の
薬指に
光る指輪を
見るまでは
ぶどう酒で
酔っぱらうなんて
初めてだった
医者先生が
くれたという
おまえの指輪の
素性を聞いたら
口が言うこと
聞かなくなった
「友達として好きだ」
なんて
間抜けな出だしに
輪をかけて
「俺たち2人は
気の合う同志
あうんの呼吸の
パートナー
よろしくな」なんて
とんちんかんな
意気投合まで
言った言葉を
取り消したかった
自分の口が
恨めしかった
飲み慣れた
うちの畑の
ぶどう酒で
不覚にも
酔いつぶれた
8 友情の証
腕を傷めて
三角巾で
悪戦苦闘する俺に
おまえは
脱ぎ着が
しやすいようにと
前開きの
楽な上着を
ミシンでたちまち
縫い上げた
思っても
みなかった
照れくさかった
たった一言
素直な礼が
口からすんなり
出てこないのは
今に限った
ことじゃないけど
鏡の前で
試しに着たよ
おまえが出て行った
あの後すぐ
“友情の証”とやらの
おまえの手製の
プレゼント
測ったように
ピッタリで
心地よく
包まれて
目の奥がジンと
痛かった
作ってくれたのが
おまえだったから
よけいにジンと
痛かった
“友情の証”なんだと
自分に念を
押せば押すほど
鼻がしらまで
痛くなって
そんな自分に
自分で呆れて
笑いさえ
うっすらこぼれた
9 落とし物
ここ何日か
おまえがやけに
きょろきょろ
探し回ってた
その落とし物が
医者先生の
この指輪?
今 部屋で
光る小さな
かけらを見つけて
自分の運の
悪さを呪った
往生際が
悪すぎるって
いいかげん
目を覚ませって
神様の
粋な計らいか?
よりによって
なんでまた
俺の部屋なんかで
落とすんだ?
よりによって
なんでまた
この俺なんかに
拾わせる?
見なかったことに
しようかと
一瞬悪魔も
ささやいたけど
大人げないから
思いとどまる
ことにした
ずいぶん出来た
“友達”だろ?
返してやったぞ
まちがいなく
それも
おまえの指に
はめてまで
医者先生には
言っとかなきゃな
あんたの自慢の
お相手は
おっちょこちょいで
困るって
それ以上に
残酷すぎて
困るって
世の中には
わざとじゃないって
わかってても
人の心を
打ちのめすのに
充分な
仕打ちってものが
あるんだってこと
覚えとけ!
もう二度と
俺の部屋で
物を落とすな
こんな惨めな
道化役
金輪際
ごめんこうむる
10 キョンスクを追った夜
豚のキョンスクが
突然逃げた
理由なんか
知るもんか
そんなことより
おまえがそれを捕まえに
ひとりで山に
入って行った
それを聞いた瞬間から
日暮れも近い
山奥で
迷子のおまえを
探し当てて
この目で顔を
見るまでの
記憶が今でも
俺にはない
俺と行きあって
ほっとして
当のおまえが
その場でへなへな
腰を抜かした
だけならまだしも
おまえだと
判ったあのとき
俺まで一瞬
失神しかけた
お笑い草だろ?
ヘビ!ヘビ!と
絶叫しながら
夢中で
突進してくるおまえは
幽霊じゃなくて
まだ足がちゃんと
2本ついてて
無事に生きてる
この世の
おまえだったから
俺は
体の力が抜けて
生まれて初めて
失神しかけた
だいたい
むこう見ずにも
ほどがある
男でも
日暮れ前には
下りる山
当てもないのに
女の足で
目までぼうっと
真っ赤になるほど
何時間
ほっつき歩けば
気がすむんだ?
探しに来てくれて
ありがとう?
いきなり何だよ
勘違いするな
豚捕まえに
来ただけだ
日も落ちて
川原におこした
火の前で
白いいつもの
長ぐつはいて
茶色い毛布を
ひっかぶり
ちょこなんと座った
誰かさんは
蓑を着た
ひなびた昔の
人形みたいに
あどけなかった
慣れない手つきで
混ぜてよこした
インスタントの
コーヒーが
何万もする
ぶどう酒よりも
俺にははるかに
美味かった
たき火の前で
おまえは口を
とがらせた
「テントも毛布も
コーヒーも
なんでこんなに
一切合財
1人用なの?
気が利かないったら
ありゃしない」
相手になるのも
大人げないから
知らんぷりして
聞き流したけど
心の中では
言い返してた
俺が行くまで
絶対死ぬな
何が何でも
生きてるおまえを
探し出すって
それしか頭に
なかった俺が
1人用だか
2人用だか
そんなことまで
知ったことか
量はともかく
登山道具と
名のつくものを
しょってただけでも
褒めてくれ
心の中で
そう言ってた
遅いから
テントに入れと
おまえを急かして
5分もたったか
たき火の番人
買って出たのに
疲労と安堵の
睡魔に負けて
夢うつつで
くしゃみをしたら
「一緒に寝よう
寒いでしょ?」
テントから
おまえがひょっこり
顔出した
無邪気な顔して
言うもんじゃない
そういうのは
親切なんか
通りこして
拷問って言うんだ
この鈍感
おまえのうぶな
良心が
あのときばかりは
恨めしかった
「俺を襲うな
おまえなんかに
興味はない」と
悪態つくのが
関の山
今だからこそ
笑えるけど
あのとき俺は
初夜の寝床の
新郎さながら
カチンコチンに
固まって
テントの隅に
縮こまってた
おまえが呆れて
噴き出したのも
無理はないけど
俺はいたって
大真面目
恋人でもない
結婚前の
娘と並んで
一晩いっしょに
寝るなんて
明日になって
どの面下げて
山下りられる?
俺がとやかく
言われる分には
大して痛くも
痒くもないが
せめておまえの
名誉ぐらいは
何としてでも
守りたかった
互いにちっとも
寝つかれなくて
間がもたなくて
おまえなんかじゃ
嫁のもらい手が
なさそうだと
ついつい
口が滑った俺に
そっちこそ
良くできた
嫁じゃなければ
1日だって
務まらないと
負けずに
突っかかってきた
テントで寝るのが
夢だったなんて
急に言うから
可笑しくて
家でも毎日
張ってやるよと
からかった
ムードもへちまも
ない男だと
おまえはヘソを
曲げたけど
あながち
茶化した
わけじゃない
張ってほしけりゃ
毎日だって
張ってやる
そこで寝たけりゃ
毎晩だって
テントの横で
番しててやる
そう言って
やりたかった
おまえが
ほんとに
そうしたいなら
いつの間にやら
目を閉じて
おまえは
俺の右肩に
くっついて
顔寄せて
赤ん坊みたいに
まあるくなった
その寝顔を
確かめてすぐ
俺は左に
寝返り打った
これ以上
見つめてたら
まちがいなく
気が変になる
こんなに近くに
息づかいだって
感じるのに
体温だって
感じてるのに
肝心かなめの
おまえの心は
ここには
ないんだろ?
勘弁してくれと
叫びたかった
本当は
今すぐにでも
お役御免こうむって
1人で山を
下りたかった
だけど
それすら
許されないなら
観念するしか
ないじゃないか
手のひらに
血がにじむほど
両手の拳を
握りしめて
一晩中
まんじりとも
しなかった
山の小川の
せせらぎと
溢れるような
虫の音だけが
せめてもの
救いだった
11 川原の朝
夜が明けて
起き出して
気にすべきは
一にも二にも
逃げたキョンスクの
はずなのに
話題になんか
一言も
上らなかった
ままごとみたいな
朝飯どきに
何の話の
成り行きか
遠い昔の
おふくろの死を
ふと口にして
口にしながら
しまったと悔いた
そこらに落ちてた
鍋のふた
慌ててつかんで
顔を隠した
おまえの頬に
涙があふれて
伝ってた
見かけによらず
泣き虫なんだな
俺に同情
してくれるのか?
俺?
俺のは
飯を炊いてる
煙のせいだ
おまえなんかと
一緒にするな
それから
これまた
ままごとみたいに
川辺で鍋皿
洗ったら
おまえは
何を思ったか
自分を笑って
はにかんだ
こんな年にも
なってまだ
すねっかじりの
甘えん坊だと
親のお金で
遊び歩いてる友達を
羨んでたのも
恥ずかしいと
7つでおふくろ
亡くして以来
俺が自炊三昧だって
話したからか?
動転したか?
今日はずいぶん
殊勝なんだな
調子に乗って
思わず説教
してしまったけど
言った中身は
本心だ
人をねたむな
何かひとつ
自分の力で
やりとげろ
遠からず
手も届かなくなる
おまえへの
ささやかな
はなむけの
つもりだった
世間知らずで
危なっかしいこと
この上ないが
度胸があって
人の言葉を
信じて素直に
受け入れる
おまえならきっと
大丈夫
あせらず
1歩1歩でいいと
おい
そんなに神妙に
うなづくな
いつもみたいに
口とがらせて
何よエラそうにって
言ってくれ
そのほうが100倍
気が楽だ
おまえみたいな
はねっ返りに
出逢えて毎日
楽しかった
おまえみたいな
じゃじゃ馬と
人生を
いっしょに歩いて
みたかった
おまえの心を
つかんだ奴が
正直 心底
うらやましいよ
そのときだ
手のひらが固いと
驚いて
ふいにおまえが
俺の左手
ひったくるなり
覗きこむから
反射的に
引っ込めた
感電でも
したみたいに
夜どおし握った
拳のせいで
手のひらの
爪の跡には
血がにじんでた
みっともなくて
見せられなかった
見ればおまえは
これは何だと
きっと訊くだろ?
それだけは
到底
答える自信がなかった
12 とげだらけの啖呵
娘を案ずる母親の
あの剣幕には
逆立ちしたって
勝てっこない
もうじき医者に
嫁ぐ娘だ
下心なんか
迷惑千万
頼むから
ほっといてくれと
釘を刺されて
兜を脱いだ
分不相応は
承知の上で
それでもなお
娘さんを
愛していますと
食い下がるほど
勇気はなかった
わかっていますと
尻尾を巻いた
おまえのためにも
これでよかった
もう潮どきだ
打てば響く
おまえだから
怒らせればいい
簡単なこと
愛想が尽きたと
言えばすむ
まちがいなく
食いついてくる
日も高い
畑でおまえは
ひとりポツンと
待ちぼうけ
待ってたのか?
2時間も
朝一番の
仕事の約束
くじける心を
鬼にして
やっとの思いで
すっぽかしたのに
顔なんか
まともに見たら
気が萎えるのは
目に見えてるから
そっぽを向いて
ぶっきらぼうに
声を荒げて
吐き捨てた
「畑もぶどうも
いやになった
金魚のフンじゃ
あるまいし
何の役にも
立たないくせに
朝から晩まで
ついて来て
足を引っ張る
おまえにも
もううんざりだ
収穫だって
じき終わる
いいかげん
俺の義務なら
果たしたろ?
おまえにクビって
言われる前に
こっちが先に
やめてやる」
最初も最後も
けんかの舞台は
やっぱり
ぶどうの棚の下
とげだらけの
酷い啖呵が
えらくすらすら
口ついた
そして食らった
平手打ち
身構える
間もなく俺を
ひっ叩くなり
息もつかずに
おまえは
まくしたてたっけ
「一言の
相談もなく
コンビ解消?
そんなに気楽に
はい さようなら?
言葉なんか
いらないくらい
気心が
知れ合えたって
信じた私が
バカだった
役にも立たない
バカな女に
今までいろいろ
教えてくれて
ありがとね」
俺の顔を
にらみつけて
目はまだ何か
言いたげで
でも
意固地じゃ負けない
俺の態度に
いいかげん
業を煮やして
やがておまえは
唇かんで
背を向けた
早く行け!
ここに立ってる
気力が俺に
まだあるうちに
遠ざかる
後ろ姿に
そう念じてた
視界から
今すぐ消えろ!
「さっきのは
全部嘘だ」って
走って行って
おまえを
抱きすくめる前に
見まいとしても
目が離れない
後ろ姿に
そう念じてた
つくつくぼうしが
賑やかだった
医者先生と
おまえが
ソウルに戻るのも
あとは時間の
問題だろ?
今さら口出す
ことでもないが
ぶどう畑の
相続だけは
発つ前に
師匠にちゃんと
してもらうんだぞ
師匠だって
きっと喜んで
譲ってくれるさ
援護射撃に
なるかどうか
自信もないが
俺からも
もう一度師匠に
頼んでみるから
これでいい
全部
これでよかったんだ
13 物言わぬぶどうの下で
いっそ
俺が先に発つか
あいつが畑を
去っていくのを
見るくらいなら
今日が最後と
決めた日だから
畑じゅうの
スプリンクラー
ひとつ残らず
全開にして
おまえたちに
水をやって
出て行くよ
実がなる間
水もやらず
むごい仕打ちで
悪かった
ほんとにごめん
でも俺が
水をやるのも
これが最後
せめてたくさん
飲んでくれ
スプリンクラーの
しぶきがやけに
威勢がいいのが
ありがたい
泣いても音に
紛れるよな
ここを離れて
出ていくのは
あいつを忘れる
ためなのに
離れたところで
忘れるなんて
とてもじゃないが
できそうにない
いったい俺は
どうしたらいい?
聞いてるのか?
長いつきあいの
おまえたちだから
こうして
白状してるんだ
黙ってないで
少しは何とか
言ってくれよ
最後くらい
モンペと長ぐつが
よく似合うあいつ
耕うん機だって
今じゃ難なく
乗り回すあいつ
バラなんかより
はるかに好きと
真昼の畑の
あぜ道で
ひまわりに
見とれたあいつ
おせっかいで
涙もろくて
暗がりを怖がって
見栄っ張りで
気が強くて
言いだしたら
引かないところは
俺と
いいとこ勝負で
そして何より
いつのまにか
俺の心に
根っこを張ったあいつ
見事に根っこを
張り巡らして
俺の心を
がんじがらめに
してくれた
生意気で
でも憎めなくて
あまりにも愛おしい
あいつの面影
あとからあとから
嫌になるほど
蘇るのに
どうやったら
この畑に
全部置いて
行けるかな?
14 帰るぞ
おまえが
ひまわり好きなのは
とっくの昔に
知ってるが
ひまわりは
ひまわりでも
おまえの好みは
都会の花屋の
洒落た切り花
そう思ってた
違うのか?
けったいな奴
今さら何を
トチ狂って
こんな田舎の
あぜ道の
路地ひまわりが
趣味なんて
それでいいのか?
本心なのか?
突然ズカズカ
やってきて
物も言わずに
殴りかかるほど失敬な
医者先生の
言うことだ
あながち嘘とも
思えない
ぶん殴られて
自分の鈍さに
目が覚めて
走りに走って
ついさっき
おまえがソウルに
発ったと聞いて
おんぼろトラックで
無謀にも
汽車に挑んだ
カーチェイス
鈍行しか止まらない
片田舎 永同(ヨンドン)に
今日だけは
心底 感謝
そもそもおまえに
特急なんかに
乗られてみろ
俺の決死の
カーチェイスは
無謀どころか
始まる前から
“勝負あった”だ
うれし涙が
ちょちょ切れるほど
田舎に万歳
信号もない
一本道を
エンジンも
焼けろとばかり
オンボロの相棒に
むち打って
2つ先
特急待ちの
深川(シムチョン)駅で
一か八か
改札わきを
すり抜けた
俺を殴った
医者先生の
罵詈雑言も
道で無理やり
追い越した
車の抗議の
クラクションも
改札で
怒鳴り散らした
駅員たちの
制止の声も
俺にはみんな
「惚れた女ぐらい
捕まえてみろ!」と
煽って冷やかす
挑発にしか
聞こえなかった
言われなくたって
捕まえるさ
首ねっこに
縄つけてでも
連れ戻してやる
鈍行は
えらくのどかに
停まってた
飛び乗るなり
おまえの名前を
叫んで歩いた
座席ごとに
左右見るのも
もどかしかった
どの客もどの客も
おまえに見えた
乗客たちは
迷子探しの父親とでも
思ったろう
そうじゃなけりゃ
半狂人だ
自分の名を
連呼する怒声
それがいかにも
場違いで
殺気立った
俺の怒声
驚いたように
長い髪が
ふわりとなびいて
ふりむいた
恐る恐る
立ちあがって
こっちを見たのは
見まちがえよう
はずもない
まんまるい
おまえの目
帰るぞ!
腕ひっつかんで
無理やりホームに
引きずり下ろした
否も応もあるか
早くしないと
汽車が出ちまう
性懲りもなく
戻りたがって
暴れるおまえを
力いっぱい
抱きしめた
鈍感にも
ほどがある
この俺と
おあいこどころの
騒ぎじゃない
人ひとり
乗り降りしない
さびれたホームで
無我夢中で
抱きしめてた
ドアが
閉まって
汽車がとっくに
動き出しても
すんでのところで
とっ捕まえた
ソウルになんか
行かせるもんか
二度と
離すもんか
俺は
おまえと
生きていくって
決めたんだ
15 俺という土に根を張れ
ジヒョン
俺は
土に片足
つっこんだような
野暮な男だ
誰が何と
笑おうと
きっと死ぬまで
畑の土から
離れない
きっと死ぬまで
ぶどう相手に
生きていく
だけど
おまえを愛してる
愛していける
自信がある
一生
おまえの土になる
ジヒョン
俺が
絶対に
揺るがない土で
いてやるから
少しでも
肥えた土に
なれるよう
日々驕らずに
努力するから
だからおまえは
安心して
俺に根を張れ
俺という土に
太くて
丈夫で
みずみずしい
根っこを張れ
俺から養分を
吸い上げて
すくすくと
茎を伸ばせ
そして
おまえの大好きな
ひまわりになれ
大輪の
花を咲かせろ
おまえ自身の
夢を叶えろ
叶えなきゃ
俺が一生
おまえの土に
なってやるから
<完>
月曜日には、エピローグを。
16 けったいなぶどうの鬼
半年前
この東屋で
初めて眺めた
見渡す限りの
うす緑色の
じゅうたんに
「ぶどう畑ってどれ?」
って
人ごとみたいに
叫んだ私
半年前
何とかあなたの
目を盗んでは
ここに昼寝に
来ることだけが
たったひとつの
楽しみだった
その私が
あのときと同じ
この東屋で
こうしてあなたに
膝枕を
している不思議
穏やかな
風吹く秋
実りを終えた
木々たちが
やっと憩える
安息の時を
満喫する今
ぶどうの季節が
静かにひとつ
終わった今
眼に映る
畑の意味は
私にとって
その姿かたち以上に
天と地ほども
変わったけれど
私の膝で
うたた寝してる
人だけは
あのときのまま
ちっとも変わらず
ぶどうの鬼
気が短くて
居丈高
子どもみたいに
すぐに大声あげる人
人の顔見れば
「ついて来い」
「黙って真似ろ」
「常識がない」
「世間知らず」
頭ごなしに
怒鳴るのに
ぶどうの木には
しゃがみこんで
幹なでながら
優しく声をかける人
二言目には
「そんな肩の開いた服で」
「若い娘が男の家に」
「男と2人で旅行なんか」
口やかましくて
頭が固くて古い人
「田舎って
どうしてこんなに
何にもないの?」と
毎朝毎晩
むくれる私に
シャワーから
鏡台から
果ては
水洗トイレまで
2日とかけずに
作ってのけて
そ知らぬ顔で
とぼける人
捕ってみせてと
せがんだ蛍
しくじりもせず
1度で見事に
そっと両手に
閉じ込める人
決して
ひけらかさないけど
訊けばたちまち
次から次へと
虫の名前を
そらで教えてくれる人
そして隣の
覚えの悪い
生徒の私に
堪忍袋の
緒を切らす人
しがみつくのに
苦労するほど
背中が広くて
あったかくて
歩きながら
よく通る声で
歌を歌ってくれる人
雨の中で
私を見るなり
傘も持たずに
大丈夫かって
飛んで来て
いっしょに
濡れてくれる人
呆れるのも
通りこして
ずっと一緒に
濡れていたいと
思う人
ため池には
落っこちる
便秘で死ぬと
騒ぎもした
酔っ払ったし
足もくじいた
自分が嫌で
情けなくて
泣きべそだって
何度もかいた
数えあげたら
きりがない
私のかっこ悪い姿
なぜか平気で
さらせた人
ヘビが出たって
クマが出たって
文句も言えない
山の夜
そばにさえ
いてくれるなら
朝までそばで
眠っていいなら
怖いものなんか
何もないと思える人
嬉しいことが
あったとき
悔しいことが
あったとき
迷わず足が
向くのは畑
顔が見えたら
飛んでって
いの一番に
話を聞いてほしい人
大好きな
パパとおじいちゃん
遠い未来も
損得抜きで
案じてくれる
見る目の確かな
私の味方
その2人が
口をそろえて
あの男なら
大丈夫だって
いい婿さんを
見つけたと
死ぬまで誇りに
できるって
太鼓判押してくれた人
足がすくんで
ふり向くと
口ひき結んで
目をこらし
いつのまにやら
すぐそこで
心配そうに
立ってる人
なのに
私と目が合うと
「性懲りもない」と
照れておどけて
からかう人
無事に育つか
どうかなんて
ましてや
甘く実るかなんて
そんな確信は
これっぽっちも
ないけれど
夢中にならずに
いられない
不思議な命が
畑にはあると
私に教えてくれた人
たえず
移ろいゆくからこそ
来年はおろか
明日の保証すら
ないからこそ
命はすべて
涙が出るほど
愛おしいんだと
畑で教えてくれた人
相性のいい
根と土が
出逢うことなど
奇跡に近いと
知ってる人
根を下ろすことの
厳しさも
根を張ることの
もどかしさも
ずっしり骨身に
しみてる人
それでもなお
ひるみもせず
じたばたもせず
一つところで
一生かけて
必要とあらば
自分のことなど
そっちのけで
守ってゆくに
違いない人
私もいつか
この人に
きっと何か
してあげようって
私はいったい
この人に
何をして
あげられるだろうって
生まれて初めて
思った人
私の夫にして
けったいな
ぶどうの鬼
けったいな
ひまわり志願者より
ぶどう畑のぶどうの鬼より