海と空と大地と

海と空と大地と

私は「海」から生まれた。「海」は私にとって産みの母であり、命の源だった。
しかし、「海」は産んでしばらくすると、まだ立てない私を穏やかな波に乗せて陸へと向かわせた。
まだ何も分からなかった幼い私は、母恋しさに何度も「海」へ向かった。
「海」へ身を沈める。けれども母である「海」の心へ触れることは出来ず、また陸へと打ち上げられる。ただそれを繰り返すだけの日々が悲しくて、泣いた。声が枯れるまで泣いて泣いて、泣き続けた。

そんな私の涙を何も言わず、何も聞かず優しく包み込んでくれたのは「大地」だった。
「大地」は偉大だった。私を他の多くの生命たちと分け隔てなく平等に育て続けた。
その身に降り注ぐ全てを何一つ惜しまず、与えて。
「大地」は私にとって育ての母であり、生涯、心の支えであった。

育っていくにつれ、私は知恵と技術を身につけていった。
すると同時に、自分の思うがままに生きたいと思う欲望が生まれた。
そうして周りを顧みず、我儘な行動へ走っていく私を戒めたのは「空」だった。
怠ければ、豪雨で叩き起こされ、酷く大きな雷の音で叱られることもあった。
私にとって「空」は畏怖の存在であり、それが父でもあった。

そうして、とうとう私は1人の男性を人生の伴侶に選んだ。
そのことを「海」「大地」「空」それぞれに報告すると、
「海」は良かったねぇと他人事のような言葉を投げかけ、微笑んだ「大地」は私を抱き寄せて、頑張りなさいと励ましてくれた。「空」は、泣いていたと思う。今までに無い涙を流して。

それから幾つもの歳月が流れ、私は1つの命から、1人の女になり、1人の母親となった。そしてまた1つの命へ帰ろうとしていた。必死に乾いた唇を動かして、すっかり大人へ成長した子供たちに伝える。
「私が死んだら、この身を「空」の所へ。何故か分からないけれど、今はとても「空」に会いたい。」
子供たちは頷いて、私の息が途絶えた後、その亡骸を燃やしたようだ。
煙が「空」へ吸い込まれていく様子をぼろぼろと涙を流して見送る子供たちが見えた。
そして、零れ落ちた涙を「大地」が静かに包み込む様子も見えた。あの日、そうしてくれたのと同じ景色だった。
残していくことが心配であったけれどそれを見て、もう大丈夫だろうと思った。

気付けば、目の前には広大な「空」が広がっていた。
「空」は私の姿を見つけると何も言わず、優しく抱きしめた。その瞬間、何故か「帰って来た」と全身が鳴いた。
それから、空と歩き始めた。どこまでも、どこまでも。…自分が自分になった果てしなく遠い何処かまでずっと。

海と空と大地と

海と空と大地と

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-27

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